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「名指揮者列伝 20世紀の40人」(山崎浩太郎著)

「レコードの世紀」を生き、その演奏という芸術行為の足跡をレコードに遺した40人の名指揮者たちの《私的》列伝。

もともとは、EMIの“GREAT CONDUCTORS OF THE 20TH CENTURY”の発売に沿って「レコード芸術」に掲載された紹介記事。従って、40人の人選はあくまでもEMIのシリーズで取り上げられたもの。

「はじめに」でも明言されているように、「名盤ガイド」的な買い物手引きでもなく、いわゆる「ランキング」ものでもない。だから、この曲ならこれが定盤だとか、どれが良いかといったアレーナ的推薦評ではないし、誰が誰より上だとかいった順位づけもない。そもそも著者が選んだ40人でさえないからだ。

レコードというのは記録であるから、ファンのひとりひとりにとって様々な出会いがある。一期一会のコンサート体験とは違って、その出会いは聴き手の世代と演奏者の時代との間に無限の組み合わせがある。

著者にとっては「初恋の人」はクレンペラーだという。クラシックに奥手だったという著者は高校3年生の時に運命的な出会いがあったという。それは、根拠のない確信で、一目惚れだったということを正直に独白している。

本書は、冷静で第三者的な語り口ではあっても、そういう著者の忌憚のない「音楽観」が存分に埋め込まれている。生き生きとして血が通っている。だから、冒頭のように《私的》と紹介した。

例えば、著者が感動したフルトヴェングラーは「バイロイトの第九」だけだと言う。他を聴いても感懐を覚えずすぐに関心を失ったという。それと入れ替わりに、初めは無縁と感じたトスカニーニに再会し夢中になる。

そこにはヨーロッパ音楽のスタイルの変遷に「俊敏」と「荘重」の交替が繰り返されてきたのではないかとの発見がある。『彼はオペラの指揮者ではなかった』(クレンペラー)と論破されたフルトヴェングラーと、そのフルトヴェングラーが『アリアとトゥッティしかない』と酷評したトスカニーニとの対比にも、ありきたりな2項対立ではなく、日本のクラシック界のオペラ受容をも重ね合わせる。

日本では長く器楽中心で、オペラには理解が薄かった。著者も、「典型的なオーケストラ好きでオペラなど興味がなかった」と白状する。この言葉を聞くことには、今の中堅世代であってもほろ苦い共感を伴うはずだ。脈絡と合理性を欠いた、絶叫マシン的な展開とスピードに、翻弄されるような爽快感を感じながらも、どちらかと言えば、緊密な構成を持つ有機的な変化の『移行の芸術』――大河のように滔々と流れる芸術――に魅了されるファンは今も多い。

レコードだからこその栄枯盛衰もある。「SP時代にスタンダードであったが、その後は忘れられた」ワインガルトナー。「CD時代になって、憑きものが落ちるように人気が退潮した」ベームなど。

レコードというものが両世界大戦をはさんで興隆した文化だけに、指揮者たちの人生やキャリアに落とした戦争の影は濃い。独仏の確執を繰り返したアルザスを祖地とするミュンシュはその代表だし、新たな世界覇者となったアメリカの財政豊かなオーケストラで新天地を得たユダヤ系ハンガリー人のライナー、セルやオーマンディなど、ナチに追われ戦後も東西冷戦の狭間で復帰の実を結ぶことがなかったクライバーなど。戦後のアメリカ新興レーベル、ウェストミンスターによってウィーン録音の尖兵となったシェルヘンも、戦争が生んだニッチから名声を得た。

レコード会社の勃興そのものにも戦争は影を落とす。デッカは、戦中は潜水艦のソナー技術を担う軍需会社に過ぎなかったが、戦後の民需転用で“ffrr”という広帯域高音質録音技術で急速に成長する。起用した音楽家たちは戦後の混乱期に楽界を徘徊した無名の若手が多く新興のデッカで勝機をつかむ。

高音質技術を得たレコードは、それはすなわち巨大な虚構の世界でもあった。デッカの寵児となったアンセルメとその手兵スイスロマンド管について、デッカのカルショーは「その技術力は平凡なものに過ぎなかった」と評価していない。晩年の来日時にはそのギャップに日本の聴衆は衝撃を受けたと伝えられている。アンセルメの最後の録音は、その来日の5ヶ月後のこと。起用されたのはロマンドではなく、ニュー・フィルハーモニア管だった。《火の鳥》を演奏するには「一流」のオーケストラが必要だと、アンセルメ自身がデッカに申し入れたのだという。

一方で、チェリビダッケは、「レコードを拒否した指揮者がCDではスター」という存在だ。LP時代は、レコードとは「きちんとつくられたもの」だった。ところがCD時代になって、そういうイメージは大いに揺らぐ。その伏線となっていたのはNHK・FMが70年代から盛んに放送していた海外放送局のライブ音源ではないかという。こうしたライブ音源は、セッション録音中心のLPに対するアンチ・テーゼだった。レコード否定のチェリビダッケも没後になってそういう時流にのったのだという。

CD時代を迎えてからは、海賊版か放送音源の正規版かを問わず、盛んにライブ音源が発掘される。そのおかげで人気を維持し、あるいは生前以上の評価と人気を得た指揮者は、フルトヴェングラーを筆頭として数多い。アンセルメとは、まさに、真逆の虚実関係だけれども、そこにも新たな虚構が生まれているのかもしれません。

レコード演奏史の俯瞰ともなっている本書には、こういう著者の独特の視点と語り口から生まれる痛快な箴言にも満ちています。そこが魅力。



名指揮者列伝 20世紀の40人
山崎 浩太郎
アルファベータ


登場する指揮者(生年順)
・フェリックス・ワインガルトナー
・アルトゥーロ・トスカニーニ
・セルゲイ・クーセヴィツキー
・ピエール・モントゥー
・ブルーノ・ワルター
・サー・トマス・ビーチャム
・カール・シューリヒト
・アルバート・コーツ
・レオポルド・ストコフスキー
・ヴァーツラフ・ターリヒ
・ニコライ・マルコ
・エルネスト・アンセルメ
・オットー・クレンペラー
・ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
・フリッツ・ライナー
・エードリアン・ボールト
・フリッツ・ブッシュ
・エーリヒ・クライバー
・ニコライ・ゴロヴァノフ
・ヘルマン・シェルヒェン
・シャルル・ミンシュ
・アルトゥール・ロジンスキ
・カール・ベーム
・ディミトリ・ミトロプーロス
・ジョージ・セル
・ジョン・バルビローリ
・ユージン・オーマンディ
・パウル・クレツキ
・エドゥアルド・ファン・ベイヌム
・アンドレ・クリュイタンス
・エフゲニー・ムラヴィンスキー
・カレル・アンチェル
・ヘルベルト・フォン・カラヤン
・ルドルフ・ケンペ
・イーゴリ・マルケヴィチ
・セルジウ・チェリビダッケ
・アタウルフォ・アルヘンタ
・カルロ・マリア・ジュリーニ
・フェレンツ・フリッチャイ
・ラファエル・クーベリック

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