裏庭の英雄
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裏庭の英雄と申します。クラシック音楽を愛好しております。 10代の頃にオーディオの世界に触れ、憧れること数年。その間、ショップやオーディオショウに出向いては、試聴や知識の吸収に努めました。 …

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ロベルト・シューマン「君に対するただ一つの心の叫び」 

ロマン派を代表するロベルト・シューマンの作品番号の若いもの(op.1~23)が全てピアノ曲であることが示すように、彼の作曲はピアノ作品から始まりました。

青年期のロベルトは、その将来を法律家と音楽家の間で揺れ動いておりましたが、1830年、当時20歳のロベルトは高名なピアノ教師フリードリヒ・ヴィークのもとに弟子入りし、本格的にピアニストとしての道を歩み始めます。
1831年、同時に作曲法も学び始めたロベルトでしたが、独自の器具を用いた過剰なピアノ練習による指の故障が原因で演奏者としての道は早々に閉ざされてしまいます。

失意の果てに神経衰弱に陥ってしまうロベルトでしたが、1834年、ヴィーク家でピアノを習い始めたエルネスティーネ・フォン・フリッケンに心を奪われてしまいます。
恋に目覚めたロベルトは音楽評論家、作曲家として生計を立てる決意をし、評論家としては1834年4月3日に音楽雑誌『新音楽時報』の創刊を行います。
また作曲家としては、エルネスティーネに寄せる想いを曲に込めて、彼女の故郷のチェコの街の名前である「アッシュ」と、自分の名前の綴りを重ね合わせたを音型をフレーズに書き起こして『謝肉祭』op.9を、エルネスティーネの父であるボヘミアの貴族フリッケン男爵の作曲した「フルートとピアノのための『主題と変奏』」の旋律を主題として『交響的練習曲』op.13を作曲しております。

このような情熱的なアプローチもあって、ロベルトとエルネスティーネは、出会ったその年の内に婚約に至るのでした。
しかし1835年、この婚約は突如破棄されてしまいます。理由は諸説ありますが、エルネスティーネが私生児であり、フリッケン男爵の財産分与の資格がないことが判明。限られた財力で彼女と生活していくには音楽活動を諦め、日雇労働者として働いていかなければならないことへの懸念が大きかったようです。

しかし、もう一つの原因として、クララ・ヴィークの存在があげられるでしょう。
「ヴィーク」の名が示す通りクララ・ヴィークは、ロベルトの師であるフリードリヒ・ヴィークの娘です。1830年よりヴィーク家に出入りしていたロベルトは、クララのことを幼い頃からよく知っていました。
クララは、父フリードリヒの徹底的な英才教育を受け、女性でありながら、後にウィーン皇帝の御前で演奏し王宮廷内室内楽演奏家の称号を与えられる程の、著名な天才ピアニストでした。

ロベルトが初めてクララに出会ったのは彼女が11歳の時でしたから、恐らく始めは、彼にとってクララは可愛い妹のような存在だったのでしょう。
一方、クララは早くからロベルトに惹かれていたようで、1833年には自身が作曲した『ロマンス・ヴァリエ』という曲をロベルトに進呈し、この曲を主題に新しい曲を作曲して欲しいという内容の手紙が送られております。ロベルトはこれに答え『クララ・ヴィークの主題による10の即興曲』op.5を作曲しています。

次第に美しい女性として成長していくクララと、その素晴らしい音楽的才能に、ロベルトもクララに惹かれていったのは間違いのない事実でしょう。
実際、エルネスティーネとの婚約破棄後、直ぐに2人の愛は急速に発展していきます。

ところが、翌年には二人の関係がフリードリヒの知る所となり猛反対を受けてしまいます。
片や売れっ子の天才ピアニストであるクララに比べ、ロベルトは評論家として僅かに名が知れる程度で作曲家としてはほぼ無名。しかもロベルトはエルネスティーネとの婚約を破棄したばかりです。
フリードリヒの反応は当然の事かも知れません。1836年、フリードリヒはロベルトに絶縁状を送りつけ、2人が会うことを妨害するようになります。
ロベルトとクララ、2人が愛を勝ち取るための苦難の道の始まりでした。


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さて、前置きが随分と長くなりましたがww、今回紹介したい曲は2人が結婚を認められるまでに、ロベルトからクララに送られた楽曲の中の、3つのピアノ・ソナタです。

上記が示すように、この時代のロベルト・シューマンは、大きな精神的苦痛を受けており非常に不安定な精神状態にありました。怒りと不甲斐なさに身を震わせていたことでしょう。
一方クララ・ヴィークへの愛情と渇望も頂点に達しており、この2つの感情がごちゃ混ぜになって混沌とした心象が築かれていったと思われます。
この時代に形作られたた心象は非常に強固なもので、後の作品を見ても、生涯彼の作曲スタイルとして固着化されてしまったように感じます。

例えばシューマンの残した3つのピアノ・ソナタは、クララに捧げられた「愛の詩」ですが、そのメロディーが美しい訳でも、メランコリックな訳でもありません。むしろ闘志が剥き出しにされており、技巧的で観念的、構造的にも混沌としています。
このようなラブレターを送られたら、普通の女性ならば裸足で逃げ出してしまいそうなものですが、天才クララ・ヴィークには熱烈な愛の言葉として受け止められたのかも知れませんw。




『ピアノ・ソナタ第1番』op.11では、シューマンがクララに宛てた手紙でこのソナタについて「君に対するただ一つの心の叫び」と語っており、この曲が出版された時にも「フロレスタンとオイゼビウスからクララに献呈」と記されました。

フロレスタンとオイゼビウスという人物はシューマンが創り出した架空の人物であり、同じくシューマンが創り出した架空の団体である「ダヴィッド同盟」の2人の主役です。
このフロレスタンとオイゼビウスというのは、シューマン自身の二面性を表す分身のような存在で、フロレスタンは情熱的に高揚する奔放な気質、オイゼビウスは夢想に浸る内気な気質を表しています。
上で紹介したシューマン創刊の音楽雑誌『新音楽時報』で、この2人が誌上討論する形で記事の内容が進められていました。
また作曲上でもこの2つ(2人)の性質(性格)を比較、交差させることで、2つの主題を活かした構成がとられた作品が幾つか見られます。

『ピアノ・ソナタ第1番』でも、第1楽章が情熱的で激しい主題が全体を支配するフロレスタン的な要素が強い楽章で、第2楽章が情緒豊かなオイゼビス的な要素が強い楽章です。第3楽章にスケルツォと間奏曲を挟んで、第4楽章では激しい和音を伴ったフロレスタン的主題と、落ち着きのあるオイゼビウス的なリズムが交錯する様子が見られます。

またこの曲の面白い点は、第1楽章の主部から離れたところに長大な序奏を設けているところです。このような巨大な序奏はソナタという形式性を崩壊させてしまいますが、それこそ実にシューマンらしい、形式と情熱のせめぎ合う息苦しさが魅力となっております。

私が好んで聴いているものは、レイフ・オヴェ・アンスネスによる演奏です。

この曲は技巧的にも内容的にも様々なものが詰め込み過ぎで混沌としておりますが、技巧面ではアンスネスは非常に安定しており、難易度の高い序奏部分のコントロールも十分に効いております。
楽曲全体に散見されるシューマン特有のスタッカートの処理も難なくリズミカルに処理している所にも安心感を覚えます。
そして何より、躁鬱の効いた感情表現が素晴らしいと感じます。この曲の持ち味である非常にマゾヒスティックな抑鬱や禁欲と、暗く激しい情熱のカオスが見事に表現されているのではないでしょうか。




『ピアノ・ソナタ第2番』op.22は、非常に簡潔にまとめられ、ソナタという枠組みに収まった古典的な作品であり、ぶっちゃけてしまうとシューマンらしくない音楽です。
らしくないにも関わらず、シューマンのピアノ・ソナタ3曲の中で最も人気があり演奏、録音の機会が多いのは、ひとえにこのコンパクトなまとまりに起因しているのでしょうかw?
とはいえ、瞬間的に凝縮されたパッションがこの短い曲の中に込められているところは、シューマンの所以であるとも言えるでしょう。

楽曲の特徴としては、全体を通しての速いテンポ設定とシンコペーションが挙げられるでしょう。
テンポに関しては、第2楽章を除き極端に速い指定がなされています。演奏者はこれにどこまで従うかというセンスが問われます。
また執拗なシンコペーションは、シューマンのクララに対する激しい渇望を十二分に表現できなければなりません。
また全曲を通しての音階の下降音型が、クララへの思慕を暗示していると言われています。

私のお気に入りは、マレイ・ペライアによる演奏です。

この曲でのペライアのテンポは決して極端に速いものとは言えませんが、この速度であるが故に、ソナタの構造を立体的に構築できているように感じます。名盤扱いを受けているアルゲリッチやリヒテルの演奏と比べてみても、書かれた譜面に対する被虐的な敬愛の念が抜きんでているように感じます。
また、ペライア自慢の瑞々しい音色が醸し出すロマンティシズムが、この曲の持つシューマンであってシューマンらしくない奇跡的なまとまりを過不足無く表現しきっているとも感じます。




『ピアノ・ソナタ第3番』op.14はシューマンのピアノ・ソナタの中でも最も大きな規模を持った作品です。
この曲の構想は初め、スケルツォ楽章を2つ持つ全5楽章で構成されておりましたが、初版は、2つのスケルツォ楽章が両方割愛され、3楽章の形で出版されました。これが「管弦楽のない協奏曲」と命名されています。
しかし第二版では、初版で割愛したスケルツォのうち片方を復活させ、4楽章構成の「グランド・ソナタ」と改名し出版されました。

『ピアノ・ソナタ第2番』では稀な古典性を見せつけたシューマンでしたが、この曲ではまた混沌としたフレーズと演奏的難易度の高い「らしさ」が戻ってきます。
非常に華やかな色彩感を誇る作品で、第3楽章に重点を置いているのが特徴です。

『ピアノ・ソナタ第2番』でも見られた、下降音型のクララのモティーフが第1楽章冒頭から表れ、以降も執拗に登場します。その執拗さといったら、クララへの愛情そのものではないでしょうか?
中心となる第3楽章は、クララ・ヴィークの主題による変奏曲となっており、ここにもシューマンの彼女への熱い想いが込められております。

この曲のわたしのお勧めは、ベルント・グレムザーによる演奏です。

グレムザーというピアニストは、非常に強靭な打鍵と大胆なアゴーギク、圧倒的なディテールへの拘りなどを特徴としたヴィルティオーゾです。
彼は、Naxosレーベルで活躍しているピアニストですので知名度はそこまで高くないかも知れませんが、その音楽的素養は非常に高いものがあります。

グレムザーによる『ピアノ・ソナタ第3番』は、とにかく歌い回しがしつこい事が特徴です。
クララへの愛を表現したた下降音型のモティーフでは、このしつこさが更に強調されていて、シューマンの感情の奔流にまかせきった音楽の、実に彼らしい偏愛を見事に表現しきっています。
また第3楽章の変奏曲部分では、その技巧に裏付けされた確信的な狂気が垣間見えるところに、発狂する程の暗欝とした気質と、グレムザーの内包する確固たるシューマン像に共感するのです。




さて、個人的にシューマンは前期ロマン派で、最大のロマン主義を誇った作曲家であると考えます。
ロマン主義というものを、古典音楽の持つ構造的形式美の崩壊と見なした場合、シューマンの求める過剰なロマンティシズムは感情の奔流にまかせた音楽として当に、「古典」を超えたところに存在しています。
彼の中に渦巻くカオス、そして、そのデモニッシュな側面から生まれる真の「ロマン」こそシューマンの最大の特徴であり魅力と言えるでしょう。






最後に、フリードリヒ・ヴィークにより猛反対を受けたロベルト・シューマンとクララ・ヴィークが、どのようにして結婚に至ったかを語って当記事を終わりにしたいと思います。

ことごとく2人の逢瀬を妨害したフリードリヒは、遂に、唯一許可していた文通までをも禁止してしまいます。
しかし、2人はフリードリヒの目を盗み密かに連絡を取り合って交際を続けていくのでした。
ロベルトはフリードリヒに結婚を認めてもらうべく様々な手紙を送るのですが、決して許されることはありません。

追いつめられたロベルトは、何と、結婚を認めてもらうためにフリードリヒを訴える訴訟を起こすという暴挙にでてしまいます!
この辺りは、さすがに元法律家を目指していたロベルトらしい発想なのかも知れませんが、非常識と言わざるを得ないでしょうねw。

何はともあれ裁判は進み、1840年8月には遂に判決が下り、2人は裁判所から結婚を認められるのでした。

こうして晴れて(?)結婚できたロベルトとクララは、幸せな新婚生活を送ります。
この1840年は所謂シューマンの「歌の年」と呼ばれ、それまでの散々苦しんで来た時代のピアノ作品とは趣の異なる、歌曲を中心に多くの傑作を残す事になりました。

しかしロベルトの人生がこのまま「めでたしめでたし」で終わった訳ではありません。
1853年、シューマン夫妻はその後の人生を決定づける、ある青年と運命的な出会いを果たす事になるのです。

その青年の名は………ヨハネス・ブラームス。

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