パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

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『夜のガスパール』に聴く、色彩と闇の不思議な関係について

昔からルドンの絵に心惹かれます。

特に、花瓶に生けられた色鮮やかな花の絵。
色を混ぜ合わせることを余り行わないパステルを用いているためでしょうか、一つ一つの色彩の明度が高く、暗い背景色から花が浮き上がっているように輝いて見えます。でも、この絵を見て、単に綺麗な可憐な花と感じることができないのです。前面の輝きが強ければ強いほど、背景の暗闇に潜む何かを思わずには居られません。そして、描かれた花々も、明るい太陽の下、開け放たれた窓の爽やかな空気の中で咲き誇っている印象が全くないのです。

美しいだけではない暗く沈んだ思いを内に秘めた、心を持つ女性、あるいは生き物の様にも、ルドンの描く花を眺めていると、そういう姿が見えて来るのです。「この自分が放つ芳香で重たく淀んだ空気の暗闇に、私は閉じ込められている。それは何故?」という物思い。
そう感じるのは、ルドンのもう一つの作品群の存在を知っているからなのかもしれません。輝く花々の背景の闇に隠れているものの存在、美しい表面の下に見える花々の隠れた表情。作家はこのような世界を幻想しつつ、あの蠱惑的な輝きを持つ花を描いていたのです。

ラヴェルのピアノ曲『夜のガスパール』を聴くと、ルドンの絵を連想してしまいます。テーマになっているのは、水底に潜む妖精、死者の周りに蠢く小さな生き物たち、暗闇から飛び出してやりたい放題の小悪魔、ルドンの黒い絵に登場する不思議な、どこか憎めない連中の同胞です。
そして、そのテーマにラヴェルがつけた音楽は、超絶技巧のピアノの絢爛な響きなのです。その音の輝きは開放的に明るいものではなく、色彩の底に沈む暗闇と、そこを棲みかにしている者たちの存在を見事に描ききっているという意味では、ルドンの花のパステル画に通じる音楽なのです。そういう明暗の組み合わせの妙で描かれた幻想的主題という点で、ラヴェルとルドンは兄弟のような存在だと、この曲を聴くたびに何時も思うのです。

こういう曲を演奏させたら絶対に外せないのが、この二人。

アルゲリッチ。
「豊かな色彩で描く闇」という、ラヴェル=ルドン兄弟説を象徴するような演奏。第三曲スカルボの冒頭の低音の不気味な響きの重さ、そこから勿体ぶって何が飛び出してくるかと思えば甲高い笑い声で飛び回る小妖精、そのドタバタを表現するアルゲリッチの高音の煌びやかなこと。それが極端なほど、その向こう側の世界の不気味さがいやまします。

ポゴレリッチ。
「木炭で描かれたモノトーンの暗闇の中に、現れる色彩の世界」。アルゲリッチと逆のアプローチです。闇の深さも、そこで走り回る怪しい足音も、同じ色調で表現していながら、そのグラデーションの精緻さによって闇の中から、見えないものが見えてきます。この演奏のスタイルと主題の一体感は、まるでポゴレリッチ自身が暗闇の中で音を刻んでいる不思議な生き物のように思わせるほど。やはりポゴレリッチは、あっち側の人なのかと思います。


これだけでは、何時もと変り映えしないです。で、ご登場願うのが、先日、Orisukeさんが推薦されていた、グルジア(ジョージア)の新星、ビビレイシビリ。
先ず驚くのが、技術的に唖然とするほどの解像度。難曲で有名なこの作品が、これだけクリアに全ての指の動きが聴こえてくるかのような形で演奏されるのは稀有。暗がりを棲みかにしている連中は見えすぎてしまって困るのではと心配になりますが、違うのです。これだけ明晰であるにも関わらず、あの闇の世界はその存在をきっちりと感じさせてくれます。何故こんなことが出来るのでしょうか。

ここで、もう一度、ルドンのパステルの色彩が美しい花の絵に戻ります。
先ほど、パステル画の色を混ぜ合わせないその明度の高さが、花の輝きを浮き立たせ、闇の濃さを深めているという主旨のことを書きました。同じように、ラヴェルのピアノ曲の特徴は、ペダリングにより音を混ぜ合わせるよりも、一音一音のきらめきで世界を作っていく所にあります。ドビュッシーのペダリングにより音を混ぜ合わせ曖昧模糊とした靄のかかった湿度の高い空気感を和音で作って行くのと対照的(メルニコフのドビュッシーの新録音を聴きながら書いているのですが、それはまた別の機会に)。

ビビレイシビリのラヴェルは、このルドンの絵のように、鮮明な色彩によって描かれる闇の究極の姿のように感じるのです。彼女の明晰な音の連なりは、パステル画のような輝きを放ってはいます。でも、その見通しの良さ、一つ一つの色彩・音の強い輝きは、ルドン同様に、闇を照らす方向には行かず、それによって作り出される陰を更に深いものにする役割を果たしている、そういう演奏のように感じます。

そういう意味では、「豊かな色彩で闇を描く」アルゲリッチに通じるものがあるのですが、ビビレイシビリのこの一つ一つの音の精緻な組み立は、ルドンのパステル作品に感じる静かな不気味さが際立っています。このような独自表現を確立している彼女が、まだ30歳にもなっていないというのも驚きです。次にどのような曲を取上げて、どういう表現をしてくるのか本当に楽しみで、目が離せない演奏家の登場です。

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