パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

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取り除くことのできない『歪』に思いを寄せること、あるいはバッハの『ロ短調ミサ』をK.リヒター指揮の1961年の演奏で、今、聴くことについて

今日のテーマはバッハの『ロ短調ミサ』をK.リヒター指揮で1961年に収録されたこの一枚。


この演奏に対する世間の評価は、「峻厳で、神の前で反省しないといけない気分になる」という様なものが多いのですが、昔からこれしか聴いていない自分には、本当にそんなものなのかしらと、何時も不思議に思えるのです。

だって、この曲には、神様側からの、怒りとか、お叱りとか、もっと頑張れとか、もっと真面目に生きろとか、そういう上から目線のメッセージは一切ないのです。では何がある?

この曲のテーマは至って単純。「神に救いを求める」その一言。
そう願ってはみても「本当に救ってくれるのだろうか」と思うのは人の性。
その自分の迷いを振り切るかの様に、「あなたを信じています」「あなたは万能」「あなたは偉い」「私を見捨てないで」「先に感謝しておきます」という願望・宣言をCD2枚の時間を使って延々と繰り返しているだけなのです。そうしなければならないほど、人の心は揺らぎやすいものであり、現世は自分たちの力ではどうしようもない問題を抱えているものだったのでしょう(「だった」という過去形でいいの?)。

それでは、これを作曲したバッハ、そしてそれを演じた人たちや聴いていた人たちは、本当に救ってもらえると思えたのでしょうか? そういう不信心なことを、神に救われるなんて、これっぽっちも期待していない自分の様な輩はつい考えてしまいます。 一方で、聖典の様な立派な曲といわれているから、何か感じなければ・・・、救われるとは思わないけれど、日ごろから疚しいところは沢山あるので、とりあえずは反省でもしておこうか・・・なんてことが冒頭の世評の裏にあったりしないかと捻くれたことを考えたりもします。

でも、最近ニュースで流れてくる、「引きこもり」にまつわる文字通り救いようのない事件が連鎖していくのを見ていると、この曲も現代に生きている今日的意味を持っているのではないかとも感じるのです。すごく乱暴な言い方をすれば、社会に適合しづらい辛さを抱えたまま、親子という極小の関係性の更に内側に退避せざるを得ない人たちが、近い将来直面せざるを得ない現実への不安を起爆剤として起こしてしまう暴発、そして同様の不安を抱えている多くの人たち(本人だけでなくその家族も含めた)への連鎖的影響。

これを救う手段は今、具体的には存在しないようです。そして、あのいくつかの出来事は既に過ぎ去った事件として誰も振り返りもしない様です。つまり、その問題を社会全体としては孤独の中に隔離し続けるわけで、それでは当人たちの不安も、それを周囲で無視できなくなっている社会の不安も、相互作用で積み上がり続けるという悪循環を抱え込んだまま日常は過ぎていくのだと思います。

こういう事態に直面して呆然としている時に、バッハのこの曲を聴くと、「これで救済を信じることが出来たのだろうか」とか「とりあえず反省」という当事者意識のかけらもない想いとは別の何かが見えてくる気がするのです。

この演奏の真摯さに接すると、「自力ではどうしようもない」「救いがくるかどうかも分からない」、そんなことは百も承知だったのではないかと感じられるのです。逆に、それが切実に分かっているからこそ、救いを集団として求めるという行為、つまり救いがあることを切に願っている人がこれだけいるということを確認しあう行為が必要だったのではないでしょうか。そういう想いを集約するための灯台としての役割をバッハの音楽が担っていたとすると、その音楽にあの緊迫感とか、力強さがあるのは当然のこと、いや、それ無しにその役割は担えなかったとも思えるのです。

今、目の前にある現代社会の課題に対し、そういう集団として問題を確認し合う行為なんて真の意味で解決にはならないという批判はあるでしょう。それでも、孤独の中で不安を増幅させ、その負のエネルギーを蓄積し続けるよりも、不安と願いを共有することが心と社会のバランスを取り戻すことに役立つのであれば、それは本質的問題解決とはならないかもしれないけれど、ある一定の意味はあるのではないか・・・。もっと言えば、この分断された救いの無い社会の歪に打つ手を見いだせずに呆然としている我々に必要なことは、どんな形であれ社会の紐帯をとりあえず作り直すことではないか・・・・。

これは、バッハのミサ曲に限った話ではないのかもしれません。でも、バッハのこの曲の、この演奏は、より鮮明に、そういうことを意識させるくれる気がします。そう、聖典として奉られているものを畏まって聴いておくというのとは違う、今の社会で生活していく日常にしっかりと繋がっている、生きた音楽として聴こえる気がするのです。

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