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日記

上岡敏之/読響 R.シュトラウス (オペラシティ名曲シリーズ)

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2012年01月18日

上岡敏之と読響を聴いてきました。

上岡との初の出会いはちょっと残念な結果となりました。

オーケストラのアラが見えすぎるのです。管楽器のアンサンブルは悪いし音程も不安定。ピアニッシモの頭は危なっかしいし不揃いで、ソロは目立ってもハーモニーがよくない。チューバが演奏中でもツバ抜きをやたらにやるのでプヒュっという音が耳障り。どうもあの行儀の悪さには辟易しました。

演奏はトゥッティでの盛り上がりは凄いのですが、オケのダイナミックレンジの実力がともなわずレンジのフロアが上がってしまっています。単に全体的な音量レベルが高いだけで、ppやpppの音が大きめで曇った感じになります。やたらに騒がしく、大仰で田舎くさい。

この傾向は「四つの最後の歌」でも同じでした。歌手のベーンケは声量もある美声で申し分ないのですが、オケの音量が大きいせいか高まりの部分ではかなり声を張り上げる感じですし、反面、静かで低いところではぼそぼそとして何が言いたいのか心に伝わりません。それでも三曲目の「眠りにつくとき」へと曲が進むにつれ声が落ち着いてきて、「夕映え」ではなかなかの絶唱。

『これが死というものなのだろうか?(Ist dies etwa der Tod?)』とくり返されオケが静かに闇へ消えていく…。

と…  一部の客席から盛大な「フライング」拍手。

バツが悪くなってしまってしすぐにぼんでしまいましたが、まだ指揮棒を降ろしていなかった上岡が拍手のした方を振り返りながら早めに腕を下ろし、小声で「どうぞ」。その声が私の耳にもはっきり聞こえてきました。

せっかくの音楽的余韻を台無しにされた上岡の気持ちもわからないではないですが、これはどちらもいただけません。一部の聴衆が音楽的に無知ではあったにせよ、音楽そのものの力不足だとも言えなくもない。よく音楽通のかたが「フライング拍手」批判をするので、私自身は聴衆が率直に感動を表現してもよいのではないかと思うし、一律に行儀作法みたいなことを上から目線であれこれ言うのもどうかと思っていたのですが、今回はさすがに興ざめでした。

後半は、オーケストレーションとしては聴かせどころの多い2曲でしたが、演奏は同じ傾向で、やたらにでかいトゥッティでドラマチックに盛り上がりますが、音楽的な幅に不足しています。細やかな音楽表現やハーモニーの緻密さまでに気配りが及んでいないのです。

上岡の音楽づくりにも少々疑問がつきました。例えば、「ブレス(息継ぎ)」の解釈。R.シュトラウスのスコアにあるカンマ(')記号をかなり拡大解釈しています。本来は管楽器で、ロングトーンで息が続くように息継ぎを《 ' 》で指定したもので、ある種の「呼吸」というか「気合い」といったようなアーティキュレーション記号としても使用されているようです。シュトラウスは、さらに息継ぎというよりは音の終わりを断ちきるように止めるというような意味合いでも使っています。管楽器ならタンギングを使って止める「うーーンッ」というような感じです。

これを上岡は、完全な「休止」にしてしまっている。例えば、「ドン・ファン」の英雄的な第2主題を呈示する前の移行部分301小節目の「間合い」はかなり目立ちました。さらには再現部で冒頭に急回帰する部分472小節目(練習番号W)の《 ' 》は休止と言ってもよいほどの長さをとって劇的に仕上げています。「ティル」の最後の最後の「Sehr lebhaft(非常に元気よく)」の直前、ピアニッシモのフェルマータとフォルテのトゥッティの間も、まるで歌舞伎の「見得を切る」ような感じでした。こういうところも「上岡流」なのでしょうか。

あくまでも好みの問題ですが、上岡/読響のR.シュトラウスには、洗練された精妙さやトゥッティでの突き抜けるような鋭さが不足していて、どちらかといえば荒事というのかドラマチックな起伏が強調されます。あえて引き合いに出せば、準・メルクルがN響や水戸室内管などと作りあげるR.シュトラウスとは対極的といってもよいほどの隔たりがあります。

小澤征爾は、師・斉藤秀雄の言葉を引きながら「音楽は表現すること」と言っています。その言葉を援用するならば、「音楽は表現することであって、決して、演じるものではない」ということ。上岡には手放しの賛辞や熱狂的なファンが多いようですが、日本の聴衆はこの程度の指揮者をちやほやするのでしょうか。







第9回オペラシティ名曲シリーズ
2012年1月16日(月) 19:00 東京オペラシティコンサートホール
読売日本交響楽団
指揮:上岡敏之
ソプラノ:アンナ=カタリーナ・ベーンケ
《R.シュトラウス 管弦楽選集》
R.シュトラウス/交響詩〈死と変容〉作品24
R.シュトラウス/四つの最後の歌 
R.シュトラウス/交響詩〈ドン・ファン〉作品20
R.シュトラウス/交響詩〈ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら〉作品28

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  1. ベルウッドさん、こんにちは。

    厳しい演奏会のようでしたね、私は田舎にいる関係で、生の演奏会に行く機会になかなか恵まれませんが、今回のような思いは出来ればしたくないですね。

    ベルウッドさんは、今回のような満足とはほど遠い演奏会に当たってしまった時は、なにか「憂さ晴らし」的な事、しますか?

    、、、家に帰って「同じプログラムのCD」を聴くとか(^^;) 



    冗談ですスミマセン。ではまた!                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

    by田舎のおじさん at2012-01-18 11:20

  2. 自分の気持に忠実に、言うべきことは言う、のが健全なリスナーの態度ですね。

    演奏会をいつも誉めてばかりいたら、読むほうもつまらなくなってしまいます。

    by何も聞こえなくなった at2012-01-18 12:21

  3. ベルウッドさんこんにちは。

    幾つかの事が重なってしまい残念でしたね。

    拍手のフライングの件、指揮者の残念な気持ちも解りますが
    考えさせられます。無知であったとはいえ事故ですからね・・
    一流と言われている方なら更にもう一つ上の大人な対応があっても良い気がします。
    クラシックと言うのは作品に込められた霊感を再構築し
    時を超えて伝達していく大変人間らしい尊さがあると感じています。
    演奏会はそういった神聖な儀式でもあると思うのですが
    そこには謙虚さ優しさ、こう言った物に溢れていて欲しいと個人的な願望があります。

    >自分の気持に忠実に、言うべきことは言う、のが健全なリスナーの態度ですね。

    大切だと思います。おかげで大変楽しくまた考えさせていただきました。

    byナポリの6 at2012-01-18 14:42

  4. 田舎のおじさん

    あちこちで大評判の指揮者だったので聴きに行ったのですが、なんだ、という気持ちでした。

    実は、今朝の通勤電車ではR.シュトラウスの「四つの最後の歌」をずっと聴いてました。ベーム/VPOとデラ・カーザ、カラヤン/BPOとヤノヴィッツ。iPodのほうがよっぽど胸を打つものがありました。

    byベルウッド at2012-01-18 18:01

  5. 何も聞こえなくなったさん

    ありがとうございます。実はネガティブなことを書くのはためらいがありました。けれども今回は感じたことをそのまま書いてみました。

    byベルウッド at2012-01-18 18:04

  6. ナポリの6さん

    >そこには謙虚さ優しさ、こう言った物に溢れていて欲しい

    ほんとうにそうですね。この指揮者は、後ろのバーに片手をついてもたれかかり、片手でちょいちょいとタクトを動かすだけということもやっていました。C.クライバーのマネでしょうが、そんなレベルの演奏ではない。とても見苦しく感じました。

    byベルウッド at2012-01-18 18:09

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