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日記

「THE RIGHT PLACE, THE RIGHT TIME!」(Donald Peck著)読了

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2015年07月11日



著者のドナルド・ペックはフルート奏者で、ライナー時代にシカゴ交響楽団に入団、ショルティの黄金期を支えた名人達のひとり。

そのシカゴ響黄金期の日々を回想する自伝的なエッセイ。音楽家の日常とその思い出を少しも飾らずに綴ったもので、それが同時に演奏家たちの素顔とそのエピソードを率直に語っていて興味が尽きない。

その語り口は淡々としていて、それだけにその心中を遠慮なく明かしているところがある。例えば、ショルティを継いだバレンボイムは、客演時代は素晴らしかったが音楽監督になったとたんに別人のようだったと自分のボスに対しても一貫して容赦ない。

そのバレンボイムとショルティの後継を争ったアバドについては、正確で確固たる指揮ぶりとともにその勉強家ぶりを絶賛していて、リハーサルに臨む時点ですでに完璧だったという。難曲でもあるベルクの歌劇「ヴォツェック」全曲公演(オーケストラにとって初演)ではリハーサルから暗譜で臨み、曲の隅々まで記憶していることに驚嘆したという。反面、ツアーでは同じ曲を繰り返し同じに振るので、オーケストラの士気を維持するのが大変だったとその杓子定規をちょっぴり批判している。

首席客演指揮者としてそのアバドの前任だったジュリーニについては無条件での絶賛を惜しまない。明晰で輝かしく青空のような音色のショルティに対して、深みのある情感の濃厚なジュリーニは完璧なまでに対照的。時に指揮棒を持たず、流麗で柔らかな指揮は、ただ腕を伸ばすだけで音楽の雰囲気を楽員たちは理解できたという。その退任を惜しみ、ロサンゼルスフィルの監督就任は誤りだったとまで言う。

シカゴ響の夏の居住地であるシカゴ郊外のラヴィニア音楽祭の音楽監督に就任した若き小澤征爾については、「自分たちのほうが先生だった」とか。よく勉強していて楽譜の内容を理解していたが方向性は示さなかった。ところがリハーサルで磨いた演奏を本番では楽員の不意をついてちょっと勢いを加えるというしたたかさもあったようだ。小澤自身、後年、師の斎藤秀雄はドイツ一辺倒だったからフランスものなどは全てレコード会社や周囲の勧めで初めて勉強したと白状している。ペックの言い分はまったくそのままだったのだろう。持ち前の色彩感覚や切れの良いリズム感などを発揮し、その才能を認められ楽界を駆け上っていく上でラヴィニア音楽祭でのシカゴ響との数年間は大きな飛躍を得るきっかけだったことは疑いない。

巻末資料にあるオペラのディスコグラフィを見るとその数の多さと幅広いレパートリーに驚く。コンサートオーケストラとして公演も録音も全てが演奏会形式だから、ゲスト歌手に対する接し方、見方も少し角度が違うようだ。例えばパヴァロッティは歌うときは偉大な歌手だが、自分が出番ではないときの行儀の悪さには辟易したそうだ。何しろリハーサルどころか本番でさえ、他の歌手がアリアを歌っているときには平気でうたた寝をしたり、何とバナナの皮をむいてぱくりとやったこともあるらしい。オペラ歌手の自己中心的なマナーがオーケストラコンサートではむき出しになってしまうということだろう。

ショルティに対しては当然ながら絶賛の言葉しかない。その指揮振りはもちろん、人心掌握に長けていてユーモアのある人だったという。アンコールピースにドビュッシー「牧神の午後のための前奏曲」ばかりを繰り返していたときがあったそうだ。ソロフルートに負担のかかるこの曲ばかりをやらされるので、ペックは「特別手当」を要求しようとショルティに直談判に及んだとか。ショルティは辛抱強く言い分を聞くとにっこり笑って「手当というわけにはいかないが、次回からは別の曲にしよう」と言ってペックをほっとさせる。ところが、しばらくしてその別の曲がメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」から「スケルツォ」と告げられペックは仰天する。フルートを知る人ならこの絶妙のやりとりがおわかりいただけるだろう。まあ、これはフルート奏者であるペックの自慢話でもあるわけだが。

その自慢の続きで興味深い話しがある。ホール音響と指揮者のテンポの関係。

ヨーロッパツアーでも、アンコールに「真夏の夜の夢」を盛んに繰り返したそうだ。ミラノのスカラ座は歌劇場としては素晴らしい音響だが、コンサート会場としては残響が短めでドライ。こういうアコースティックでは、テンポを速くして音の密度を上げる。これが「スケルツォ」のフルートにとっては過酷な試練となる。見事に吹ききって溜飲をさげるまもなく、場所を響きの豊かなアムステルダム・コンセルトヘボウに移すと別の試練が待っている。こういうライブな響きは弦楽器奏者は音が豊麗になるので喜ぶが、木管奏者は音が鈍く混濁するので好まない。ショルティは、テンポをぐっと落とす。今度は悪夢のようなロングトーンの地獄が訪れる。それを吹ききった充実感をペックは誇らしげに回想している。ショルティの会場音響に合わせた柔軟なテンポ設定と、それに即座に対応するオーケストラの技量。ショルティのシカゴ響に与えた絶大な信頼を伝える興味深いエピソードだ。

このほか、ジョージ・セルがライナー後任指名を期待するあまりコチコチになって指揮をドジった話しなど、書き切れないくらいのエピソードが満載。また、60年代から70年代にかけての録音に関して、やはり会場音響に関わる興味深い事情が伝えられているが、これについては別途日記にしたいと思う。

世界ツアーで各国を回ったときのエピソードや、オーケストラ以外の室内アンサンブル、夏の音楽祭、あるいは、後進の教育への貢献など、音楽家の日常も飾り気なく語られているので、音楽ファンのみならず音楽を職業として目指す人にとっても参考になると思う。




The Right Place, the Right Time!: Tales of Chicago Symphony Days
2007/8/30
Donald Peck

INDIANA University Press (英語原書)

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  1. こんばんは

    いやぁ、面白いですねぇ。
    私は鶴我さんのエッセイで、オケの団員から見た指揮者やソリストの個性を教えて頂きましたが、ペック氏はあの泣く子も黙るCSOですもんね。管楽器の怪物的な素晴らしさには、いつも唖然とさせられます。
    ただ、私には、ゲオルグ・ショルティという指揮者の凄さが、どういうわけか、まだ体感出来ないところがありまして・・・(客観的事実としては、間違えなく凄い方だと思うのです)。バレンボイムもツボにはまってくれません。なのでCSOの名技は、今のところ、ライナーのRCA録音と、あとはジュリーニ、アバド、テンシュテットなど客演の人達の録音で堪能しております。
    わたしには、この本を原著で読む能力は無いと思いますので、是非、続編をお願いします(汗)。

    byOrisuke at2015-07-13 00:53

  2. Orisukeさん レスありがとうございます。

    ショルティ/CSOの凄みというのは、実際に聴いてみないとなかなか体感できないでしょうね。デッカの録音も、ことこのコンビのものとなるといまひとつ実力を発揮できていないような気がします。

    個人的には、アシュケナージをソリストとして迎えたベートーヴェンのピアノ協奏曲がこのコンビの本質をよくとらえていると思っています。それからチャイコフスキーでしょうか。第4番、第5番、それからシフとのピアノ協奏曲。

    ショルティの凄みということでは、やはり、ウィーン・フィルとの録音のほうがわかりやすいのだと思います。ウェラーのVnを始めとする若手との「ジークフリート牧歌」、ベートーヴェン「英雄」、晩年のシューベルト「グレート」など。

    byベルウッド at2015-07-13 09:01

  3. ベルウッドさん、遅れましたがこんばんは。

    >CSO
    私だとどうしてもハーセス・ファーカス・クレヴェンジャーと言った超一流の金管奏者が頭に浮かんでしまいます。
    米国BIG5の一員ですから、各パートに抜けがあるはずは無いのですが(笑)

    ショルティ/CSOだと個人的には『展覧会の絵』(バーバ・ヤガーでリズムが若干乱れているのが惜しいのですが)、ロッシーニ序曲集が凄かった記憶があります。
    ジュリーニとの『新世界より』やムーティとの『レクイエム(ヴェルディ)』も良いですね。
    ムーティは『ロミオとジュリエット』がSACDで発売されなかったのが残念です。
    そのうち購入してしまうとは思うのですけれども(汗)

    byfuku at2015-07-13 22:30

  4. fukuさん レスありがとうございます。

    確かにシカゴ響≡金管というイメージは強いですね。ハーセスのトランペットは別格として、ホルンが素晴らしい。その意味で、チャイコフスキーの4番、5番やピアノ協奏曲の録音を挙げたということもあります。なお、ファーカスは、はて?私は聴いたことはありません。とっくにリタイアしていたはずです。在任期間も限られます。彼は教育家としての実績のほうが評価されていますね。金管では、フリードマンの存在も忘れてはならないと思います。

    彼らの音のダイナミックレンジ、アンサンブルとしての和声の確かさと音色の多彩さというのは、なかなかオーディオの枠内に収まりません。「展覧会の絵」は、ペックが参加した録音としてはチャイコフスキー5番、マーラー1番と並んで最多の5回だそうです。人気曲ということなのでしょうが、やはり実演の凄みをどれだけ伝えているかが問題になってしまいます。私個人としては、同曲のベストはチェリビダッケ/ミュンヘンフィル、シカゴ響ではシャンドスのネーメ・ヤルヴィ盤だけを持っています。

    ともあれシカゴ響というと、スーパー金管、重戦車軍団などとまるで巨大ブラバンのようなイメージで語られますが、そうではないと思います。リーンな響きの木管や弦楽部も素晴らしい。バーンスタインのショスタコーヴィチを聴いてみてください。

    その金管だって、壮大な吹き上がりの一方で、実に柔らかい音も吹き分けます。ショルティの黄金期は、ドイツのオケ以上にドイツ的でした。

    byベルウッド at2015-07-14 10:40

  5. 再レスですが…

    >ファーカス
    学生オケでずっとブラスをやっていた関係でなじみ深い名前です。
    ホルンについてはどちらかと言えばイギリス系の音の方が好きなのですけれども(笑)

    楽器の違いもあるのでしょうけれど、アメリカ系の奏者は強奏しても響きの質があまり変わらないように感じます。
    抜けが良く、明るく爽快で…
    もちろん、指揮者の要求に合わせる技術も一流ですからどんな音でも出せるのですが、米国系の曲だとなにかしら楽しそうに吹いているような気がします。

    お勧めのショスタコーヴィチも聴いてみたいと思います。

    byfuku at2015-07-14 12:37

  6. fukuさん

    >アメリカ系の奏者は強奏しても響きの質があまり変わらないように感じます。 抜けが良く、明るく爽快で…


    そういうアメリカの2流(?)オーケストラとの違いが明らかというのがシカゴ響の金管です。

    「コンサートは始まる―小澤征爾とボストン交響楽団」(カール・A・ヴィーゲランド 著 木村博江 訳)では、小澤とボストン響のトランペット首席チャーリー・シュレイターとの深刻で凄絶な対立と相克を克明に描いています。当時、この記事がもとで小澤・ボストン響危機説が流布したほどでした。小澤は、シュレイターに対してマーラーにふさわしいドイツ的な響きを執拗なまでに要求していささかノイローゼ気味になったシュレイターの恨みを買ったのです。

    アメリカのローカルなオーケストラやブラスバンドはめちゃくちゃ上手です。聴いていて巧すぎてその脳天気ぶりにかえってやりきれなくなることがあります。昨年聴いたMTT/サンフランシスコ響のマーラー5番でも同じような感じがありました。

    byベルウッド at2015-07-14 14:20

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