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日記

サイトウ・キネンとルイージのマーラー

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2015年09月04日



松本フェスティバルにでかけるのは、一昨年の大野和士のオーケストラ・コンサート以来のこと。今年から、サイトウ・キネンではなく『セイジ・オザワ松本フェスティバル』となる。



会場のキッセイ文化ホールでは、午後のCDコンサートも、会場入口のホールに並べられたCDや写真集などオザワ一色。9月1日には80歳のバースデー・コンサートもあったそうです。でも、このコンサートそのものには小澤さんの存在感はまったくありません。

ところがその内容は驚くべきほどの充実ぶりでした。



指揮者のルイージさんは、昨年の「ファルスタッフ」に続けての連投。イタリアの知性的な指揮者の典型というイメージが私にはあって、自由闊達な精神と均整のとれた美麗な造形美、一方で、冷静な指揮ぶりでありながら劇的な雄弁さを併せもつというイメージ。ドレスデンとのR.シュトラウスなど絶品。最近では、「メット・ライブ・ビューイング」での指揮ぶりや幕間のインタビューで見せる簡素で率直なもの言いにいつも感心していました。

まさにそういう資質が全開と思えるような、実に愉しいハイドン。パリ交響曲のひとつであるこの曲は、エステルハージ家での宮仕えから解放されたハイドンがパリの裕福な大衆に向けて発した楽天的な音楽ですが、そういう愉悦に満ちた活発な演奏。身体を大きく動かすルイージさんの姿は意外でしたが、ストリングスがそれに応えた大熱演。最終楽章では、この曲のニックネームの元となった熊の唸り声のようなボォーンボォーンという低音の持続音がほうんとうに快感でした。

後半のマーラーがほんとうに凄い演奏。

昨年、アムステルダムでガッティ/RCOの6番を聴いて衝撃を受けたばかりでしたが、それに優るとも劣らない演奏です。

5番といえば、マーラーの交響曲のなかでもいちばんの人気曲。70年代のマーラー・ブームで頻繁に演奏されたのがこの曲でしたし、71年に公開されたヴィスコンティの「ヴェニスに死す」ではその第4楽章「アダージェット」がテーマとなりマーラーの曲のなかではとびきりポピュラーな楽曲となりました。

人気を得たのは、この曲が純器楽曲で来日オケの公演でも取り上げやすかったことともに、マーラーの曲としては全体構成の均整がとれていて、しかも、ほかの交響曲とは違って、「暗」から「明」、矛盾と葛藤からそれを克服して歓喜と理想との高みに至るというようなベートーヴェン流の弁証法的音楽ドラマがあってわかりやすかったからなのだと思います。

ところが、このマーラー5番はまるで違う。



仄暗いトランペットの運命的なソロがあって、そこからトゥッティの凄まじい咆哮のなかで悲痛な絶叫へと高まっていく。この仄暗い音色とともに、この絶叫へと変貌するところでは柔らかな伸びのあるハイノートが超絶技巧。唇のコントロールが難しくて柔らかい音を出そうとすると、ムードミュージックのような俗っぽいフレーズがついてしまう。そこを突き抜けるような音で吹ききっていました。それが鎮まると弦楽器群のEtwas gehaltener(いくぶんゆっくりと)から始まる重々しい足取り。ここでのアクセント記号「>」がこれほど意味深いとは思いませんでした。本当に尋常ならざる「マーラー」の世界。5番がこれほどの曲だとは思いもよらなかったのです。ルイージにはあまりマーラー指揮者というイメージがなかったのですが、この演奏はほんとうに凄い。青色の炎がむらむらと燃え上がるようなマーラー。

マーラーの楽曲独特の精神病理的に不安定で分裂的な気質やファナティックな歪んだ美意識が露わで、第一楽章は「葬送行進曲」は、自分の幼時に由来する潜在意識が去来し、自分の幼時の姿を抹殺して慨嘆する思いや、自らがその嬰児イメージを自裁するという不吉な罪悪意識、逃避的な躁優が循環する内面世界を見る思いすらします。

第二楽章の「嵐」から第三楽章「スケルツォ」まで、この5番がマーラーの他の交響曲と同じように深刻な内面告白とそれを表出しようとする器楽的技巧に満ちているということに初めて気づかされたような思いがしました。決して、「いちばんわかりやすい人気曲」ではなかったのです。

あの「アダージェット」は、作曲当時に結婚したばかりの妻アルマへの恋文だとの定説もあるようです。淡々と無表情なまでに響く吉野直子さんのハープにはただならぬ気配があって、サイトウ・キネンの弦楽器群は嫋々綿々たる情感が、時にはため息のように、時には息絶えるかのように、揺らぎ、ためらい、永遠の耽溺のなかに消えていくかのように彷徨していく。これは「恋文」なんて生やさしいものではない。日本人のオーケストラからこれほどの音楽が聴けようとは…。

終楽章のロンドは、永遠の狂気に踊り続ける死神のよう。この交響曲全体が、ソナタやロンドの形式を借りた変奏曲のようで同じテーマ、音型を変貌・変容させながらくり返していくコラージュのようになっていることに気がついて慄然としました。

あのトランペットは、ガボール・タルコヴィ。そして、一段と凄みを感じさせたホルンがラデク・バボラ-ク。



いずれも現役と元のベルリン・フィルの首席。バボラークはもう何度か聴いていて、超人的に安定した音程と柔らかな音色を持った不世出のホルン奏者として何度も驚嘆してきました。しかし、今回はさらにその驚きを超えて、ここかしこで聴いたこともないような多様で強烈な音色の響きを吹き分けて、あらためてマーラーの楽器音色への偏執的なまでのこだわりと内面心理の表現にかけた執念を生々しいまでに露わにしていました。



もうひとりのキーであったティンパニは、フィラデルフィア管の首席ドン・リウッツィ。オーケストラ全体の鼓動と呼吸を支配する素晴らしいティンパニ。特に終末のコーダ連打では、マレットを替えるだけではなく事前の休止中にあっという間にチューニングをし直し音程を微かに上げているのです。これには、そういうことなのかと仰天しました。

ホールは半ば総立ちになっての熱狂的な大喝采となりました。

サイトウ・キネン・オーケストラも音楽祭に通うようになってからすでに20年近くになります。当初は、斉藤秀男門下の記念音楽祭としてスタートしたのですが、次第に小澤征爾のもとに日本や世界で活躍する同門の日本人音楽家のオーケストラとなり、さらにはここ何年かは小澤の病気降板もあって小澤の知己を集めたフレンドリーなオーケストラから、次第に世界のトップクラスの奏者を集めてのフェスティバル・オーケストラへと進化しつつあるようです。

この音楽祭のそういう質的な定着と今後の持続性に確かな手応えを感じた今年のコンサートでした。











2015セイジ・オザワ松本フェスティバル
オーケストラ コンサート Aプログラム
2015年8月28日(金)
キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)

ハイドン:交響曲第82番ハ長調 Hob.I:82 「熊」
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調

サイトウ・キネン・オーケストラ
 コンサートマスター:竹澤恭子(ハイドン)
           豊嶋泰嗣(マーラー)
指揮:ファビオ・ルイージ

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  1. ベルウッドさん、こんにちは。

    昨年、私は最後の”サイトウ・キネン・フェスティバル”に行き、久しぶりに調子の良かった小澤征爾さんの幻想交響曲を聴いて感動して、9年ぶりということもあり大変良かったと思いました。

    今年から名称が変更されましたが、様子は今までと変わらないようですね。

    昨年聴いた幻想交響曲は、小澤征爾さんが体調を悪くして演奏に対する考え方が変わり、オケの演奏が良くなったのかなと思っていたのですが、今年のオーケストラコンサートも良かったようで、オケのレベルも上がっていたようですね。

    私が松本に住んでいるときは、どちらかというとタケミツメモリアルとかの小編成のプログラムを聴きにいっていました。
    最初にサイトウ・キネンを聴きに行った時は、ケント・ナガノ指揮のメンデルスゾーンだったと思います。
    フェスティバルは小澤征爾さん以外のプログラムでも良い演奏が聴けるのですよね。

    松本フェスティバルのFacebookで直前ぐらいまでオーケストラ・コンサートAのチケットが残っていたようですね。

    東西に山々を眺め、松本の日中の日差しと空気を感じ、夜の演奏を聴くという、周りを含めてこの松本フェスティバルは好きです。
    実家に戻り11年経ち、ほとんど松本フェスティバルに行くことができなくなりましたが、過去2回は温泉付きの宿に泊まり、演奏を聴いてから温泉に浸うというのもなかなか良いなと思いました。

    byきみぞう at2015-09-05 12:04

  2. きみぞうさん

    昨年行かれたのでしたか。

    私は、もうかれこれ10数年(とびとびですが)通っています。昔もチケットは入手が難しかったのですが、最近ほどではなかったような気がします。小澤さんの本当のファンが一生懸命に行列に並んで熱心にコンサートを聴いていたという気がします。

    かつて小澤さんは細かく指揮し過ぎるというような批判を受けていました。10年ぐらい前の、東京・上野の森のオペラでの音楽塾オケを指揮したときもそういうケチをつけた新聞評があったのを覚えています。確かにそういう一面もあったのだと思います。

    それが、もっと大局的な指揮、楽員ひとりひとりの歌心や自主性を尊重し、スピリッツを煽って聴衆を巻き込んだ興奮を作りあげていくように変わってきました。そういうことを感じたのは、数年前のコンサートで、曲は奇しくも「幻想」でしたよ。

    このときの演奏を録音したCDは、フィリップスのロゴが消えてしまった最初のものだったと思いますが、スタッフはそれまでのフィリップスの人々を継承しています。日記に書いたCDコンサートで司会した新さんやスピーチをしていた西脇さんたちです。名盤名ライブ録音だと思います。ぜひ聴いてみてください。

    byベルウッド at2015-09-05 17:35

  3. ベルウッドさん、こんばんは。

    >ルイージ
    以前、「アルプス交響曲」の新しいディスクを探していた時にティーレマン、ハーディングを押しのけてお気に入りになりました。
    精緻で音楽が透けて見えるような繊細さとスケール感も感じられて良かったです。
    その後、ケンペのシングルレイヤーSACDが出て結局元鞘になってしまったのですが(笑)
    今でもマルチで鳴らす時はルイージですね。

    実演はさらに良さそうですね。
    聴く機会が出来れば良いのですけれど。

    byfuku at2015-09-05 22:30

  4. fukuさん

    私は「アルプス交響曲」はティーレマンです(笑)。バイロイト界隈でもティーレマンのよくない噂が耳に入り、ちょっと悩ましいところです(笑)。ケンペ盤は昔から名盤の誉れ高いですね。ルイージは「メタモルフォーゼン」に感心しています。この曲をコンサートで聴いて、この曲はちょっとステレオで再現するのは無理だと思ったのですが、不思議なことに、この曲のリアルな編成構造がわかってみるとルイージのCDの聞こえかたも変わってくるのですね。人間の耳って不思議です。

    byベルウッド at2015-09-07 13:49

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