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日記

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

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2016年01月13日



水戸・偕楽園の梅は早くもほころびていました。

とはいえ梅園のほとんどはひっそりしていて、そのうちの数株だけが早咲きの花をほころばせ、なかでもこの紅梅はことさらに美事。早く咲き花ははそれだけ長い寿命を全うするのでしょうか、それとも人一倍短い儚い生に終わるのでしょうか。



…そんな想いに耽りながら、ツィメルマンのオール・シューベルトのコンサートへと向かったのです。

わざわざ水戸にまででかけるのは、水戸芸のホールの音がとてもよいからです。そして、ピアノ・リサイタルは大きなホールで聴く気がしないから。ツィメルマンほどのピアニストならサントリーホールのような大ホールを満席にすることはいとも簡単なこと。それどころか、すでに昨年11月6日には、同じプログラムでベルリン・フィルハーモニーの大ホール約2300席を満席にしています。

それを700席ほどの水戸で聴けることはとてもぜいたくなこと。A席8500円というのは行き帰りの交通費を含めれば決して安くはないのですが、このピアノ・リサイタルには最適な空間ボリュームとその美しい音響を考えればほんとうにこの上ないコストパフォーマンスです。

そのツィメルマンは、今回のツアーにあたってわざわざこの水戸芸術館を会見会場に指定してインタビューを受けています。日本を愛してやまないツィメルマンですが、その愛着はあの東日本大震災で日本人への尊敬とともにいよいよ高まったそうです。ここでの小澤征爾/水戸室内管との共演も「依頼があればいつでも喜んで受ける」と公言しています。そういう特別の場所でのリサイタルなのです。



プログラムは、シューベルトがその死のわずか数週間前に作曲した三つのソナタのなかからイ長調と変ロ長調の2曲。そしてプログラム最初に小さな変奏曲が置かれているのが、ちょっと不思議な気がします。じつはこの曲にもツィメルマンの特別に個人的な想いが込められていて、しかもプログラムとしても深い意味合いを含んでいたのでした。

この変奏曲は、1970年代初期にポーランドで発見されたもの。いまだに真偽が確定していませんが、当時13歳のシューベルトが彼の地を父親とともに訪れた際に残していったものだというのです。15、6歳の若い学生に弾いてほしいとの発見者の依頼で当時まだ無名だった学生ツィメルマンが選ばれて初演したというのです。

ツィメルマンは、この曲に若いシューベルトのハイドンへの崇敬が込められていると感じるのだと言うのです。三つのソナタのうちD958は、シューベルトが尊敬してやまなかったもうひとりの作曲家ベートーヴェンへの想いが込められている。そのD958はあえて外して2曲を演奏するのは、この2曲がシューベルトのハイドンへの想いを感じ取るからだという。つまり、この日のプログラムは、シューベルトのハイドンへのオマージュということがテーマなのです。

確かに、最初の変奏曲は小さい愛らしいものでありながら、その古典的なプロポーションの美しさと磨き上げられた意匠の輝きは、いつまでも残像となってこの夜のリサイタルを支配し続けるように感じました。

25歳の冬に梅毒の診断を受けたシューベルトが強く死を意識して生きていたことは間違いはないと思いますが、30歳そこそこの若者が哲学めいた死生観をその曲に反映しようとしたということではないと思うのです。確かに「冬の旅」のように疎外と社会や因習への激しい怒りと虚無を込めた曲もありますが、切実な充実への希求とともにもはや誰にもはばかることはないと達観して思うがままに深く突き詰めていったというのがシューベルトの生と死のリアリズムなのではないでしょうか。実際に、シューベルトは死の数週間前にもハイドンの墓をわざわざ訪れて花を手向けているのです。

ツィメルマンのシューベルトはそういうシューベルト。

死の影といった文学や哲学とは一切無縁。音楽というものの音の彫琢と形式や調性といったものへの革新、転移変成と陰影描写の徹底した追究。それは破綻や崩壊ぎりぎりのところで崖と崖をつなぐ綱を渡るような音楽。しかも、ハイドン的な明晰で明るい生の輝きに満ちているのです。ベートーヴェン的な深刻さと相克、弁証法的解決という定式とは別の音楽になっています。それはハイドンから一直線にロマン派の頭上を越えてシェーンベルクらの音楽を予見するように伸びていくのです。

すぐ間近な距離にあるピアノに向かうツィメルマンはとても余裕があって、会場の咳が収まるのを微かな笑みをたたえてゆったり待ちかまえているほど。作曲家晩年の大ソナタに立ち向かうというような大仰さは微塵もないのですが、いったん鍵盤に触れるとほんとうに精密なガラス細工に取りかかった名匠のような面構えと緊迫した集中力を見せるのです。

譜面台には特製の横長の譜面があって、ちょうど右手だけの経過句のところで譜をめくれるように工夫がされています。暗譜の無用な負担を避けながら音楽に集中できるように、全てがあらかじめ準備されている。鍵盤上の両腕のしなやかな動きとともにそのペダル上の足元の動きは実に精妙で目を瞠らせられるものがあります。その弱音、高音はこの世のものとも思われないほどの美しさ。一方で、それとは不似合いなほどの割れんばかりの大音量の激しいダイナミクス。シューベルトが命の限りを尽くしたピアニズムの極限が遺憾なく発揮されるのです。

D959のアンダンティーノには哀感を漂わせる演奏がいわば常識なのですが、この夜のツィメルマンは、いかなる災厄や不幸をも正面から受け止め前へと進んでいく若々しい生命が歩み進むような輝きがあり、はっと息を呑みました。

D960のあの長大なモルト・モデラートの不可解で不気味なトリル。それは、何かを言いたげで、変形も展開もされることもなく果てしなく漂い続ける優しいテーマ旋律につきまとう死の影のようなものなのですが、ツィメルマンのトリルはとても心優しい。たいがいの演奏は、堂々巡りと何かが崩落していくような喪失感を強調しがちなのですが、ツィメルマンは、生命が続く限り歌い続けたいという希望のような音楽。トリルは生につきまとう暗い「影」でも「幽鬼」「死への怖れ」でもなく、むしろシューベルト自身そのもの。それが曲の結末ですーっとテーマ旋律と合一していく不思議な感覚に戦慄を覚えました。

終楽章の末尾、プレストのコーダに入る直前のゲネラルパウゼ。本来は、八分休符のパウゼでプレスト直前の休符にだけフェルマータがついているのですがツィメルマンは全ての追憶に精一杯の愛惜を注ぐかのように3つのパウゼ全てを長大に伸ばしました。弱音のタッチが柔らかで、しかもその余韻がとてつもなく優しいからこそ愛惜の念が伝わるのです。そんなことができるピアニストはツィメルマンだけなのかもしれません。限りなく美しい際(きわ)の美です。

アンコールに応えたのは彼にしては異例だったのではないでしょうか。

弾かれたのはシマノフスキーの「9つの前奏曲」作品1から。ツィメルマンの口からは「ピエール・ブーレーズの想い出に」との言葉が…。



シマノフスキーは、ツィメルマンがライフワークのように取り組んできた故国の作曲家。一方、つい先日亡くなったブーレーズはツィメルマンの長年の盟友だったひと。戒厳令に凍える故国を棄てて西側に脱出したツィメルマンに、まず手を差し伸べたのがカラヤン。次いでバーンスタイン、小澤征爾、コンドラシンらが若きツィメルマンの戸を叩き、そしてブーレーズとの出会いがあった。そういう万感の思いを、ブーレーズの死を悼んで捧げたのだと思いました。





クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2016年1月11日(月・祝日) 17:00
茨城県水戸市:水戸芸術館コンサートホールATM

シューベルト
7つの軽快な変奏曲 ト長調
ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960

(アンコール)
シマノフスキー:「9つの前奏曲」Op.1より

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  1. ベルウッド 様

     こんばんは、いつもながら素晴らしいレポート感服しながら読ませていただきました。

     ツィメルマンは私も大好きなピアニストで、兵庫芸術文化センターへも良く来てくださいます。特に印象に残っているのはギドン・クレーメルと二人で来られた時でその時はブラームスとフランクでした。シューベルトは一回も聴いたことがないので羨ましいです。

     ところで、ツィメルマンは自分のピアノをもってこられることで有名ですが、失礼ながらそのキャパでそのチケット代ではとても採算がとれないのではないでしょうか?下世話な質問で恥ずかしい限りですが、今回も持参されたのかどうか知りたいです、そうであれば本当に東日本大震災への追悼の思いが強くていらっしゃるのでしょうね。

     駄文失礼しました。

     ゆうけい 拝

    byゆうけい at2016-01-13 23:16

  2. ゆうけいさん

    ありがとうございます。

    ツィメルマンはピアノ持参でした。いつもの水戸芸備え付けの楽器とは違うと思いました。水戸にマイ・ピアノを持ち込んだピアニストということでは内田光子がいます。彼女のピアノのキャスターは特製なので一目瞭然ですが、ツィメルマンのは一見してもわかりません。でも駐車場にメーカーの運搬車がありましたので間違いありません。

    ただし、ダンパーメカの音が多少耳につくことなどもあって必ずしもベストのコンディションではないような気もしました。あるいはステージがあまりにも近すぎるということで耳がびっくりしたのかもしれません。彼のうなり声を聞いたのも初めてでした。

    ツィメルマンは、長年、スイスを本拠地にしていますが、近年は日本に常住する時間が長くなっていて、実は、コンサート回数もヨーロッパでの公演数を上回るほどです。おそらく日本には日本の専用ピアノを保有しているのではないでしょうか。

    また、チケット代が割安なのは、おそらく水戸市の文化事業助成を受けているのではないでしょうか。地方公演は、そういう面で利点があります。東京圏でも、ホール賃料の高いサントリーホールよりも、ミューザ川崎や所沢ミューズのほうが割安でしかも音がよいのでオススメです。

    兵庫PACは、一度しかお伺いしていませんが、おそらく事情は同じでしょう。最近の一流アーチストやオーケストラは兵庫公演の後、大阪をまたいで東京に直接行ってしまうという嘆きを耳にしたことがあります(笑)。

    そちらには、椀方さんもおられるし、ぜひ、またお伺いしたいと思っています。

    byベルウッド at2016-01-14 10:44

  3. ベルウッド 様

    貴重な情報ありがとうございました。そのような事情があったのですね。私は水戸へは行ったことがないのですが、機会があれば行ってみたいと思います。ありがとうございました。

    byゆうけい at2016-01-14 22:33

  4. ベルウッドさん

    ああ〜...今回のお話は好きですね〜
    自分の中で沸々と音楽が鳴り響く感覚を持てる文章だと感じ入っています。
    ライブは生きている音楽だという大切な気持が良く伝わりました。

    アジトはヘッドホンライフなのが、余計に音楽への餓えを覚えますね〜
    良いなあ〜

    また、感動のお裾分けを楽しみにしています。

    では、では

    byバズケロ at2016-01-14 22:45

  5. バズケロさん

    アジトに缶詰ですか?忙しい時ほどやはり音楽の癒しが大事ですよね。

    ここのところシステムが落ち着いてきて、毎夜、TV好きの同居人と場所争いをしております。余計にオーディオへの執着が増しています(笑)。

    byベルウッド at2016-01-15 09:09

  6. ベルウッドさん、

    こんにちは。

    ツィメルマン、アンコールに応えたんですね。
    珍しい。
    ブーレーズに対する思いがそれだけ強かったんですね。

    彼のシューベルトの録音は即興曲のCDを持っていますが、今回のプログラムの曲もCDにはなっていないのでは?
    高い演奏会のチケットはなかなか買えないので、もっと録音をたくさん残して欲しいのですが…

    byK&K at2016-01-15 11:50

  7. K&Kさん こんにちは

    アンコールは、翌日のサントリーホールでも同じ曲でした。その後は元どおりアンコールなしになったようです。やはりブーレーズへの強い思いがあったのでしょう。本プログラムに集中し尽くしているのでアンコールはなしとうのが本来のスタイルですね。

    確かに録音が少ないですね。ひとつのプログラムに集中し、時間をかけて錬磨するということで1シーズン各地で同じプログラムで通すようです。ですからコンサート・レパートリーもそれほどは多くないですね。それならライブ録音を、とも思うのですが、そこには以前の例の不法な盗撮・Yutube事件が尾を引いているのかもしれません。

    byベルウッド at2016-01-17 12:09

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