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日記

春色のウィーン(紀尾井シンフォニエッタ東京メンバーの室内楽)

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2017年02月11日



紀尾井シンフォニエッタ東京は、4月から《年度制》で再スタートします。これまでの秋からスタートするシーズンとの空白に、メンバーによる小アンサンブルでのコンサートが演奏されていて、今回はその3回目で、いよいよこれが最後となります。



その最後の演奏会の主役は、ウィーン・フィルのコンサートマスターのライナー・ホーネックさん。氏は、新たに4月から名称を改めて発足する『紀尾井ホール管弦楽団』の首席指揮者に就任します。

ウィーン音楽の粋を、室内楽版というより凝縮したピュアなサウンドで聴かせてくれる、とても幸せなひととき。それは、とりもなおさず4月からの紀尾井ホール管弦楽団がどのような音楽を聴かせてくれるのか、その予告編ということにもなります。いわば「春の声」です。

前半は、モーツァルト。

一曲目は、歌劇「魔笛」序曲の弦楽四重奏版。



弦楽四重奏ですがここではチェロではなくコントラバスの河原泰則さんが参加。コントラバス版への編曲も河原さんによるもの。河原さんは一橋大卒から転身したという異色の音楽家ですが、ケルンのWDR響首席奏者現役時代から紀尾井シンフォニエッタの中核的存在。この夜は風邪でもひいたのかちょっと体調が悪かったようでやや覇気に乏しかったのが残念です。



オリジナルに較べると響きは小さくまとまっていますが、ホーネックさんと、第二ヴァイオリンを勤める玉井菜採さんとのコンビネーションが楽しく、全体としてとても躍動感と典雅さが融合した楽しい演奏。玉井さんは、紀尾井シンフォニエッタのコンマスのひとりでやはり長く中心的な存在。特にウィーン系の音楽では抜群のリーダーシップを持っていて彼女がコンマスを受け持つとオーケストラの色彩が一変するほど。この夜も、ホーネックさんの脇役ながら…いやサポート役として光る存在感でした。

二曲目は、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲の弦楽六重奏版。

この室内楽版は編曲者不詳とのことですが「大協奏六重奏曲」として18世紀末以来、よく演奏されてきたものだそうです。



あくまでもさらにヴィオラとチェロが加わった弦楽六重奏ですが、もともとがヴァイオリンとヴィオラの二重協奏曲だったこともあって、やはりヴィオラの活躍が目立ちます。ヴィオラの馬渕昌子さんもやはり早くから紀尾井シンフォニエッタに馳せ参じたひとのひとり。実は、この曲だけに加わったチェロの丸山泰雄さんの奥様にして一児の母。最近、活動は控えめのようでしたが、久々にアンサンブルに戻ってこられて素晴らしい音色を聴かせていただきうれしい思いがします。ヴィオラは楽器が大きめだけに体幹のようなものを必要としますが、馬渕さんはここぞというときにとてもヴィオラらしい色合いの響きを浮かび上がらせてくれます。やはりこの曲だけに参加したヴィオラの安藤裕子さんとともにアンサンブルに内声の響きの厚みとか深みを与えてくれるのです。

この週末に久しぶりに、この曲のオリジナル版のCDをひっぱり出して聴いてみました。



日本女性というより世界的なお二人の気鋭の弦楽器奏者によるの渾身かつ新鮮な演奏。加えてやはり日本人同士ということもあるのでしょう、とても親密で明朗闊達な対話に。五嶋みどりが“ジュゼッペ”デル・ジュス、今井信子がドミニクと、ともにグァルネリの名器で合わせます。ふたりの高い技巧技術によってその輝かしいまでの高域の美音が華やかな光芒を放ちます。エッシェンバッハも決してエキセントリックにならずに浮き立つような高揚感のあるサポートぶり。この曲のとびきりの名演名盤だと思います。

SONYがDSDフォーマットに全力を注いでいた頃の録音ということもあって、録音という面でもとびきりの優秀録音。その3Dともいうべき立体音場が素晴らしい。“立体的”といっても、たいがいは両スピーカーの間に奥まった音場展開を感じるだけであったり、いわゆる“ホログラフィック”と言っても、歌舞伎の書き割りのような平面の重なりのような音場や立体定位、いわば2.5次元のことを言っていることがほとんどです。我がシステムも昨年来のいろいろな対策が功を奏して、ずっとリアルな立体感が表現できるようになってきています。このCDをかけるとこんなにまで立体情報が入っていたのかと驚喜します。ふたりのソロとオーケストラとの前後左右の位置関係だけではなく、弦楽器群そのものがステージの奥行き方向をも伴った《群》として展開します。たいがいの録音や再生では第一ヴァイオリンなどのグループが衝立に描いた絵のようになってしまうのですが、こういうCDをかけるととてもリアルな3次元空間が展開します。

後半は、ウィンナーワルツとポルカ。

フル編成のオーケストラで聴くのとは大違い。いささか金持ち相手の観光名物と化した観のある例年のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートのようなものではなく、もっとしっとりとした品格と親愛に満ちた優雅なウィーンです。

なぜか頭にしきりに浮かんできたのはタイタニック号の悲劇。

10年前に公開されたジェームズ・キャメロン監督「タイタニック」は、近年のハリウッド大作としては唯一心に長く尾を引く映画でした。個人的には名作と称賛の気持ちがあるし、そのことが不思議と年を経るにつれ色濃くなってくるような映画。そのなかでも感動的なシーンにひとつとして思い出されるのが、最後まで甲板上で演奏を続けたウォレス・ハートリーを中心とする弦楽四重奏団のこと。あのバンド編成が、この日のような編成ではなかったかと既視感をもたらしてしまうのです。正確にはわかりませんが、確かコントラバスがいて通常の弦楽四重奏ではなかったような気がします。



ひとびとがパニックに陥らないようにと、甲板上での演奏を最後まで続けます。「もう誰も聴いていないな」とついに演奏を止めて、互いの無事を祈りながら握手を交わし解散する。けれどもバンドマスターのハートリーは、ひとりだけで演奏を再開します。すると他のメンバーも戻ってきて破局に至るまで演奏を続けるというシーン。英雄的というよりは、音楽の不滅性とでもいうのでしょうか、死に臨んでなお音楽とともに居たい、音楽を全うしたい、そういう音楽家の切ないまでの思いに深く心を揺さぶられたシーンです。最後に演奏していたのは、賛美歌「主よ 御許に近づかん("Nearer, My God, to Thee")」だったそうです。



心暖まる幸せな気持ちにさせてくれたコンサートを終えて外に出ると、外はまだまだ冬の色。そのコントラストは、いかにもタイタニック沈没とその船上の楽士たちのエピソードにふさわしいシーンですが、あの北大西洋の悲劇は約百年前の1912年の4月のことでした。

コンサート後は、いつものようにGRFさんとワイングラスを交わしながらの鑑賞会。コンサートの感想は言葉少なで、話題はむしろオーディオのことばかり。いつも以上に(?)議論に熱くなった寒い夜でした。




紀尾井シンフォニエッタ東京メンバーによるアンサンブル Ⅲ

ライナー・ホーネックを迎えて
「春色のウィーン」~モーツァルトとウィンナーワルツの夕べ~

2017年1月31日(火) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール

ライナー・ホーネック、玉井菜採(Vn)
馬渕昌子、安藤裕子(Va)*
丸山泰雄(Vc)*
河原泰則(Cb)

モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲(室内楽編曲版)
モーツァルト:大協奏六重交響曲

ヨハン・シュトラウス父:ケッテンブリュッケ・ワルツOp. 4 (A. ヴァインマン編)
ヨーゼフ・ランナー:レガッタ・ギャロップ Op. 134
          (以下、ハインリヒ・W・ペーク編)
ヨーゼフ・ランナー:ワルツ「ロマンティックな人々」Op. 167
エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「粋に」Op. 221
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「遠方から」Op. 212
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「わが人生は愛と喜び」Op. 263
ヨハン・シュトラウス2世:アンネン・ポルカ Op. 117
ヨハン・シュトラウス2世:トリッチ・トラッチ・ポルカ Op. 214

(アンコール)
J.シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル 電光石火op.117
シューベルト:感傷的なワルツ集op.50 D779より第13曲

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