ベルウッド
ベルウッド
クラシック音楽ファン:よい演奏会があると知れば遠征もいといません。オーディオシステムは、音楽そのものを楽しむのが本来というモットーのもとにコストパファーマンス重視で小ぶりな装置を目指します。正統オーデ…

マイルーム

メインシステム
メインシステム
持ち家(戸建) / リビング兼用 / オーディオルーム / 16畳~ / 防音なし / スクリーンなし / ~2ch
スピーカー:    PSD T4 Limited Special-ネットワークレス・マルチアンプ駆動 調音パネル:    Escart Ventoスクエア パワーアンプ:   金田式DCアンプ…
所有製品

レビュー/コメント

レビュー/コメントはありません

カレンダー

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

最新のレス

日記
製品レビュー/コメント

製品レビュー/コメントへのレスはありません

お気に入り製品

お気に入り製品はありません

日記

不揃いな音たち (佐藤俊介、ロレンツォ・コッポラ、小菅優)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年02月15日

ヴァイオリニストの俊英・佐藤俊介がオリジナル・プログラムを3年越しで展開する「佐藤俊介の現在(いま)」の最終回。



会場は、埼玉県与野にある「彩の国さいたま芸術劇場」の音楽ホール。比較的近距離にあるのになぜかいままで行く機会がなかった。劇場の方は故・蜷川 幸雄のシェークスピアなど何度か行ったことがあるのに、コンサートに足が向かなかったのは不思議。

注目の若手、ヴァイオリニストの佐藤俊介、ピアニストの小菅優という顔ぶれと、とてもユニークなプログラムに魅かれて初めてこの音楽ホールに足を踏み入れた。



典型的なシューボックス型で604席という中規模のリサイタルホール。残響時間は1.9秒(1KHz 80%満席時)とやや短めで実際に聴いても響きはクリアだが音は暖かい。気になるのは天井がさほど高くないのに客席の傾斜がかなりあること。どちらかといえば直接音主体の趣きが強く好みは分かれるかもしれない。ステージが広いので、小編成のオーケストラも面白そう。



佐藤はプロデューサー的な才能を持っているのか、そのプログラムには独特の主張があっていつも刮目させられる。今回は、クラリネットのロレンツォ・コッポラを加えた「ヴァイオリン、クラリネット、ピアノの三重奏」がテーマ。

この編成は、20世紀初頭に名曲が集中しているという。

途中にヴァイオリン、クラリネットとピアノのデュオがそれぞれひとつずつ挟まれているが、それも含めて全て第一次世界大戦前後の曲ばかり。これでこの編成による大曲は全て網羅されるという。一曲だけ残されたのはバルトークの1938年の「コンスタンツ」だけだという。佐藤はそれをとても残念そうにしていた。

この日は、すべてピリオド楽器を使用しているそうだ。

え?20世紀音楽にピリオド?



まず目に入るのがピアノ。これはあのタカギクラヴィア所有のローズウッドのNYスタインウェイ。1887年製で1925年までカーネギーホールなどで使用されていたピアノ。なるほど作曲年代と同時期の楽器だから、「ピリオド」というわけだ。



クラリネットも、ピリオド。ロレンツォ・コッポラはヒストリカル・クラリネットの名手だという。この日は、2タイプの計3本のクラリネットを使用。ミヨーには1890年製のフランス製の楽器でA管とB管の2本。重さは現代楽器の3分の2だという。マウスピースも狭いタイプで華奢なボディと合わせて弱音の繊細さが特徴。

もうひとつのタイプは、1864年のゲオルグ・オッテンシュタイナー製作のレプリカ。音色は多様性に富み、ソフトで暖かい。1920年頃までウィーンで使用されたものでブラームスはまさにこの楽器でこそ本来の音楽が奏でられるという。

佐藤のヴァイオリンは「ほぼモダン」と紹介されただけだがおそらく19世紀半ばの製作なのだろう。楽器本体はともかく、同時代ということのカギはその弦。いわゆるスチール弦を使っている。20世紀初頭まではあたりまえのようにガット弦が使われていた。安定性が高く音量が大きいスチール弦が使われ出したのは20世紀になってからのこと。実はあのハイフェッツこそスチール弦の楽器で大スターに登りつめた最初のヴァイオリニストだったという。それはE線だけで、G線などほかの弦はガット弦。だからガットとスチールとの混合。すなわち不揃いなのだ。

この不揃いが音の多様性を生む。



佐藤もコッポラもそもそもモダンとピリオドの両刀遣いだが、小菅は、ヴィンテージピアノをコンサートで弾くのは初めてだとのこと。彼女によれば、その中域は人の声のように表情があり、高域はメタリックな輝きを持ち装飾的で、低音はタッチが深めで明晰ながら仄暗い。つまり音域によって音色や響きが違っている。いわば「バランスが整っていない」のだという。それだけにコントロールが難しい。タッチによって様々に表情を変えるので、耳をよく澄ませながら指先の感覚を研ぎ澄ませなければならないという。――つまり不揃いなのだ。

最初のミヨーが弾き出されると、まず、その音の強さ、鮮烈さにちょっとびっくりする。音の表情の豊かさは、19世紀のロマンチシズムの残照を思わせるが、中高域にかけての甲高いまでの直截な音色はとても即物的で俗っぽい一面がある。そういうエンターテーメントの自由闊達さが強烈な個性を放っている。

有名なラヴェルのソナタも、佐藤は存分にかぶいてみせて中間のブルースも最後の無窮動曲も大いにジャズっぽい。第一楽章の古典的な形式美との対照性が見事。ラヴェルとはそういうひとだったし、この時代はまさにロマンチシズム、古典美への憧憬とともに、エンターテーメントの新時代との混交だったのだ。

一方でベルクは深刻。4つの小品はいずれも十数小節、全曲演奏しても10分にも満たない。それでいてとてつもなく内容が大きく深い。一瞬一瞬に込められた音域や強弱の飛躍、音色の変転によるメッセージはとてつもなく鮮烈。1曲目はとても嘆きに満ちていて、末尾になってその背景に響く無表情なピアノの連打は機械文明の時代を象徴する。2曲目の連打は葬式の鐘。美しいクラリネットが涙にくれてむせび泣く。ピアノの暗い音に次第に別の世界に連れて行かれてしまいそうになる。最後のピアノによる爆撃音はあのNYスタインウェイだからこそ出せた重みと深刻さだと思う。世界大戦の暗い時代を反映している。現代の均質で安定した楽器と奏法ではこうはならないだろう。

ハチャトリアンのエキゾチックな音色とシルクロードの夢。ここではコッポラの妙技に息を呑んだ。それは曲芸的な技巧ではなく、繊細で微妙な息と唇の操作による民族古楽器の音色の模倣。アルメニア起源の楽器ドゥドゥクだという。まったく別の楽器のようでクラリネットからこんな音が出るとは驚きだったが、ハチャトリアンはまさにそれを意図して作曲したそうだ。

最後は、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」。ここではロマンチシズムや古典回帰とエンターテーメントのごった煮、そして具体的な楽器固有の多様な色彩やむき出しのテクスチャーといったことが実にあからさま。まさにこの時代が生んだ傑作。

もともとこの曲は、ロシア革命と第一次大戦で収入源を絶たれ困窮したストラヴィンスキーが友人のラミュとどさ回りのような小演劇(「読まれ、演じられ、踊られる劇」)として発想したもの。作曲者は初演後すぐに、ここから5曲を抜粋してこの編成の組曲版を書いた。それは上演を支えてくれたアマチュア・クラリネット奏者のラインハルトのためだったということだが、編曲ではあってもあたかもオリジナルであるかのようにこの編成以外には考えにくい音楽になっている。不揃いであることは、すなわち多様であり、かつ音が実に具体的なのだ。

コッポラは、ただでさえ音域によって響きや音色が違うクラリネットをさらに多彩で変幻自在に吹きこなし、小菅は原曲の打楽器や中低音域を受け持つ楽器をごたごたにしながら時には場末のピアノのように安っぽく飾り立てながらキレのよいリズムで縦横無尽に活躍する。それでも何と言っても佐藤の「悪魔のヴァイオリン」ぶりが大活躍で、いままで聴いたあらゆる演奏のなかで一番面白かった。

こういう不揃いでキッチュな音色こそ生演奏の醍醐味。

こうした音は録音が難しいと思う。録音が成功してもそれを再生するのはなお難しい。それがうまくいくとこの時代の音楽はまるで違ったリアリティをもって胸に響いてくる。





佐藤俊介の現在(いま) Vol.3
20世紀初頭、花ひらく三重奏(トリオ)

2017年2月11日(土・祝) 開演15:00
埼玉県さいたま市 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
(1階、F列17番)

佐藤俊介(ヴァイオリン)
ロレンツォ・コッポラ(ヒストリカル・クラリネット)
小菅 優(ピアノ)
ミヨー:ピアノ、ヴァイオリンとクラリネットのための組曲 作品157b
ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
ベルク:クラリネットとピアノのための4つの小品 作品5
ハチャトゥリャン:ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための三重奏曲 ト短調
ストラヴィンスキー:組曲《兵士の物語》(三重奏版)

【アンコール】
ミヨー:《ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための組曲》作品157bより 第4曲 〈序奏と終曲〉の終曲部

次回の日記→

←前回の日記

レスを書く

レスを書くにはログインする必要があります
ログインする