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エリーザベト・レオンスカヤ~シューベルト・チクルス Ⅴ

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2018年04月13日

レオンスカヤのシューベルト・ソナタ全曲演奏家の5日目。二週間にもわたるチクルスに通い続けていると春の移ろいの速さに驚く。初日はダウンのベストを着ていても寒かったのに、この日は前日の春の嵐もどこへやら、シャツ一枚で上野へと出かけました。



けれどもレオンスカヤは、ほとんど変わらない。その一日、一日にシューベルトのソナタの変遷とその生涯を凝縮したようなプログラムをひとつずつ積み重ねていきます。

最初のソナタ第7番は、初期のソナタ。ニ調で書かれたD567の異なる稿とも、メヌエットを追加した完成形という風にも扱われています。作曲された1817年は、シューベルトは無収入で知人宅を転々とするまさにボヘミアンのような日々を送っていてシューベルトにしては寡作の時期でした。

レオンスカヤは、そういうシューベルトのどこか自由で、穏健な日々を思い描くようなモーツァルト的な軽やかさ明るさで無邪気な流浪の音楽を奏でます。

その雰囲気が、次の第14番で一変してしまいます。

シューベルトの死の病はいつごろから発症したのでしょうか。この曲が書かれた1823年2月に友人あての手紙で「私の健康状態がまだどうしても家の外へ出ることを許さない」と書き綴っています。この頃からシューベルトは病院通いが始まったのだと考えられています。病の影におびえ始めたシューベルトでしたが、むしろ、治癒と自らの才能が認められる日々を夢みて葛藤の日々を送っていたのでしょう。14番のソナタはそういうソナタ。

この曲にはリヒテルのとびきりの名録音が遺されています。

しかも、その録音は日本でのもの。リヒテル三度目の来日、1979年に東京公演でのライブ録音。当時、リヒテルはプログラムを事前に公表しないことが通例で、ファンはどんな曲が演奏されるのか知らないままにチケットを買い、ほんの数日前に公表されたのが知名度の低いシューベルトだったので「そんな曲があったのか」と誰もが意表をつかれた思いだったそうです。しかし、この演奏を実際に聴いた人々は幸いなるかな。シューベルト弾きのリヒテルの円熟期の頂点を成す歴史的名演だったのですから。



録音は、JVC(日本ビクター)によるデジタル録音。おそらく録音は、東京文化会館と厚生年金会館で何回か行われた演奏会をつなぎ合わせたもの。リヒテル自身によるモニターは毎日2時間ずつ2週間かけて念入りに行われました。気分の起伏の激しいリヒテルは終始上機嫌で周囲を驚かせたという。それほどの会心の録音だったのでしょう。



レコードは、JVCからすぐに発売されましたが、版権とレーベルは旧・ソ連のメロディアのもの。当時の日本のレコード産業は、欧米のレコード会社の合従連衡に翻弄されていて、旧ソ・東欧のレーベルとの連携に活路を求めていました。JVCは、自主開発したデジタルレコーディング機器DAS90システムをひっさげてメロディアと提携したのです。



近年、その版権を得て改めてリマスタリングされたCDが米国のマイナーレーベルからリリースされました。その音質はピアノ録音としてもトップレベルのもの。会場の気配や咳払いなど自然なライブ感がありながらピアノを比較的クローズにとらえた情報量の高い録音。特に、気鬱と希望が交錯する起伏の激しさを見事にとらえています。リヒテルが満足したのは、アナログではかなわなかった自分の渾身の演奏をとらえきったデジタルの広ダイナミックスだったのだと思います。

レオンスカヤの演奏は、そのリヒテルのものに優るとも劣らない感動的なもの。この時の会場の興奮と大喝采は、むしろ、公演全体の終了となるD959の演奏後よりも大きかったほどでした。シューベルトのピアノ・ソナタの演奏史において日本の東京という都市がヴェニューとして再び記憶されるのではないか…そういう感慨を持ったほどの感動的名演でした。

休憩後の最後の曲は、最晩年の3つの傑作ソナタのふたつめ、D959。これはハイドンへのオマージュだったと言われています。

実際、シューベルトは、自らの死のほんの2週間前にわざわざハイドンの墓に詣でています。D958はベートーヴェンの葬列に参加した直後で、それはベートーヴェンへのオマージュだったと言われています。シューベルトは、病苦や身分的な束縛を克服して創作活動を全うした二人の偉大な作曲家に、自らの創作のための時間を欲しいと祈ったのではないでしょうか。



水戸で聴いたツィメルマンの演奏がどうしても脳裏に蘇ってきます。日本を愛してやまないツィメルマンは、東日本大震災で日本人への尊敬の気持ちをさらに高めたそうです。この時に並行して行われたこの録音は、大震災から4年さかのぼって2007年に起きた中越地震の復興を紀念して柏崎市の新ホールで録音されたもの。この録音にも、災厄に見舞われ多くの生死の悼みと痛切な悲しみを体験した日本という国が、ヴェニューとしてクレジットされているのです。

レオンスカヤの演奏は、そういう生死の明暗と静謐な哀切にあふれていました。特に、第2楽章のアンダンテでは、突き抜けるように透明な哀切が、時に襲ってくる怒濤のような不吉さにいささかもたじろがない、そういう死生を超えた心境を示して感動的。フィナーレに入る直前のためらうような愛惜のパウゼもツィメルマンと共通していました。

このシューベルト・チクルスも、ついに次回で千穐楽を迎えます。私にはその心の準備がまだできていません。






エリーザベト・レオンスカヤ (ピアノ)
~シューベルト・チクルス Ⅴ

2018年4月12日(木) 19:00
東京・上野 東京文化会館小ホール
(J列23番)

 シューベルト:
  ピアノ・ソナタ 第7番 変ホ長調 D568
   I. Allegro moderato
   II. Andante molto
   III. Menuetto. Allegretto
   IV. Allegro moderato
  ピアノ・ソナタ 第14番 イ短調 D784
   I. Allegro giusto
   II. Andante
   III. Allegro vivace
  ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D959
   I. Allegro
   II. Andantino
   III. Scherzo. Allegro vivace
   IV. Rondo. Allegretto

 [アンコール]
 シューベルト:ピアノ・ソナタ第6番 ホ短調 D566 より 第3楽章Allegretto

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