ベルウッド
ベルウッド
クラシック音楽ファン:よい演奏会があると知れば遠征もいといません。オーディオシステムは、音楽そのものを楽しむのが本来というモットーのもとにコストパファーマンス重視で小ぶりな装置を目指します。正統オーデ…

マイルーム

メインシステム
メインシステム
持ち家(戸建) / リビング兼用 / オーディオルーム / 16畳~ / 防音なし / スクリーンなし / ~2ch
スピーカー:    PSD T4 Limited Special-ネットワークレス・マルチアンプ駆動 調音パネル:    Escart Ventoスクエア パワーアンプ:   金田式DCアンプ…
所有製品

レビュー/コメント

レビュー/コメントはありません

カレンダー

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最新のレス

お気に入り製品

お気に入り製品はありません

日記

ブリテン「戦争レクイエム」 (ドイツ音楽三昧 その16)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2018年08月04日

ついに音楽三昧の旅は、最終夜を迎えます。

今回の旅は、戦争と冷戦時代の分断に思いをはせることが多かったのですが、演目は奇しくもブリテンが戦争犠牲者と平和への和解に渾身の願いと祈りを捧げて作曲した「戦争レクイエム」。規模といい内容といい、私たちの旅の掉尾を飾るにふさわしいコンサートでした。



シュターツカペレ・ベルリンとは、いうまでもなく、すなわちベルリン国立歌劇場管弦楽団のこと。ウィーンやドレスデンの歌劇場オーケストラと並び、古くからコンサート・オーケストラとしても活動してきました。

公演は、歌劇場そのものとベルリン・フィルハーモニーとを同一週・同一プログラムでそれぞれ1回ずつ行われているようです。私たちは、その第一日目で会場は再びフィルハーモニーでした。前回の訪問と合わせると、これで5回目。かなりこのホールの音響に習熟してきたと思います。

「戦争レクイエム」は、1962年の英国コヴェントリーにある聖マイケル教会に新設された大聖堂の献堂式のために作曲され初演されました。この教会は、1940年のドイツの空襲により破壊され、新しい大聖堂はいわばその再建・復興の象徴となったのでした。この空爆は、コヴェントリー(Coventry)という都市名がいわば「空襲」の代名詞としてイギリス国民の戦争の悲惨な記憶の象徴となっています。日本人が、ヒロシマ、ナガサキと言うときに原爆体験を意味することと同じなのです。

そのことは、私たちが先に訪ねたドレスデンのフラウエン教会と対をなすもの。

ブリテンは、この曲を単に戦争犠牲者を追悼しその悲惨さを訴えるというだけではなく、戦勝国・敗戦国とを問わず、戦争の恐怖と悲惨を体験した国々の真の和解と平和への誓いということを願い、当事国として対峙したイギリスとドイツの両国、さらに冷戦のただ中にあって対峙していたソ連からの代表的歌手を一同に集めることも計画されていました。

曲は、鎮魂のミサ曲として定式のラテン語による典礼文の歌唱に、イギリスの詩人ウィルフレッド・オーウェンが第一次世界大戦中の塹壕のなかで綴った英語のテキストが歌われます。オーウェンは、休戦の一週間前に戦死、その戦死公告が母親に届けられたのは、休戦成立の当日だったといわれています。

ラテン語の典礼文は、ソプラノと合唱によって歌い進められ、オーウェンによる英文のテキストは、テノールとバリトンによって、その典礼文に差し込まれるように語られ歌われます。そのことで、この曲が抽象的な死者のためのミサ曲というにとどまらず、膨大な犠牲者を生んだ戦争の悲惨を思い起こさせ平和と和解の誓いを確かめたいという曲であることを鮮烈に語っています。

初演当時は、テノールをイギリス人のピーター・ピアーズ、バリトンはドイツのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが歌いますが、当初想定したソ連のソプラノ歌手、ガリーナ・パーヴロヴナ・ヴィシネフスカヤは、政府当局の妨害にあって出国が許されず、北アイルランド出身のヘザー・ハーパーがその代役を務めました。ヴィシネフスカヤは、ブリテンと親交があったロストロポーヴィチの夫人でもあって、夫ともども反体制作家ソルジェニーツィンを支援したことでも知られます。ロストロポーヴィチ自身も、実は、初演時の指揮者として計画されていましたが急病で渡英はかなわなかったのです。平和への誓い、和解…と言っても、それは容易なことではなかった、この曲に込められた悲願は、そういう現実への切実な抵抗でもあったのだと思います。

今回の公演も、そういう背景を意識したものであることは間違いがなく、テノールはイギリス人のイアン・ポストリッジ、バリトンはドイツ人のマティウス・ゲルネ、そしてソプラノはボルガ川沿岸都市サラトフで学んだロシア人のネチャエワ。

男性歌手二人は、言うまでもなく現代イギリス、ドイツを代表する歌手で私たちもよく知っていましたが、ネチャエワは名前さえも初めて聞く歌手です。ところが、実は、彼女が一番堂々たる感動的な歌唱で強い印象を残してくれました。すでにボリショイ劇場の「ボエーム」のミミ、「イーゴリ公」のヤロスラーヴナ、「カルメン」のミカエラなどを歌って頭角を現し、各地で活躍中の若手実力派なのだとか。



私たちの席は、Bブロックの9列目。ベルリン・フィルの公演からはだいぶ後列に下がりましたがほぼセンターであり、かえってステージの眺望がよくて、改めてこの曲の全容を理解できたような気がします。



3管編成の大規模なオーケストラにステージ後方、管楽器と合唱団の間には左から右までところ狭しと各種多数の打楽器群が並べられ、さらに、まったく独立の室内管弦楽の一群がステージ向かって右手前方に配置されるという大規模なもの。もちろんステージ後方のコーラス席には、ソプラノと合唱団が配置されています。



さらに児童合唱隊は、ソリストも含めて、左手上方の最も高いバルコニー席に配置されます。



全オーケストラ総奏の大音響と静謐な室内楽的なダイナミックスのレンジは広大ですが、少しも飽和して濁ることもなく、繊細で静かな部分であっても聞こえにくいことは一切ありません。とはいえ、ソリストの悲痛な激白や祈りが聴き手の肺腑をえぐるように響くということがありません。男声ソロの二人は深みある声楽を聴かせる世界トップクラスの歌手ですが声量はあまりある方ではありません。あるいはこれだけ大編成のオーケストラの音がホール全体にみなぎり、感動の空間に包み込まれる…というようなことはありませんでした。それがよくも悪くもこのホールの特徴なのだと思います。この演奏を、本来のウンター・デン・リンデンの歌劇場で聴いてみたかったという思いは強く残りました。

ベルリン・フィルはベルリン・フィルで聴け…というのは全くの真実です。

が、しかし…



ベルリン・フィル(という容れもの)では、ベルリン・フィル以外(の楽団)は聴くな…ということでもあるようです。


(これで私たちの音楽紀行は終わりです。長い間、駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。)








シュターツカペレ・ベルリン演奏会
2018年6月25日(日) 20:00
ベルリン ベルリン・フィルハーモニー
(ブロックB 左 9列 7番)

ベンジャミン・ブリテン「戦争レクイエム」

アントニオ・パッパーノ(指揮)
アンナ・ネチャエワ(ソプラノ)
イアン・ポストリッジ(テノール)
マティウス・ゲルネ(バリトン)

ベルリン国立歌劇場合唱団
ウンター・デン・リンデン国立歌劇場児童合唱団

次回の日記→

←前回の日記

レスを書く

レスを書くにはログインする必要があります
ログインする