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日記

「ドビュッシー 最後の一年」(青柳いづみこ著) 読了

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2019年01月24日

昨年が、ドビュッシー没後百年のドビュッシー・イヤーであることを知ったのは、パグ太郎さんがその日記で本書を紹介してくれたからです。年が明けて、図書館にも新着となりさっそく読んでみました。

ドビュッシーは、1918年3月に直腸癌で亡くなっています。本書は、雑誌『ふらんす』に2017年4月号から18年3月号までに連載された12章に加筆されたもの。

ドビュッシーは、1915年11月に直腸癌と診断されます。医師が本人に告げたのは「直腸炎」でしたが、本人はすぐに事実を察しました。ベートーヴェンは、死の直前に書いた遺書に『私のことを忘れないでほしい。覚えてもらうだけのことはしたと思います』と書き残しました。ドビュッシーは、その死の年の初めから床から離れられなくなり、大戦でパリが爆撃を受けてもベッドから動くことは出来ず、さすがに自らの終焉を覚ったのです。しかし、死の床に伏す直前まで作曲の意欲を捨てていません。ベートーヴェンとは対照的に、やり残したことに苛まれ続けていた。

そういうドビュッシーの痛恨の1年を、ドビュッシーに限りない愛着を抱くピアニスト・エッセイエストである青柳いづみこが、毎月ごとに1章ずつ、書き綴ったのが本書だというわけです。

ドビュッシーの最後の一年の「残念」とは、何なのでしょうか。

ドビュッシーは、オペラ「ペレアスとメリザンデ」を、着想してから10年にしてようやく完成し初演にこぎつけます。それで大成功を収め、フランスを代表する巨匠の仲間入りをし、それまでの「ボヘミアン」生活からようやく脱します。

にもかかわらず、曲折を重ねて結婚した、いわば糟糠の妻ともいうべきマリ・ロザリー・テクシエ(愛称リリー)を捨て人妻エンマ・バルダックとの不倫に走り、リリーは自殺を図る。スキャンダルの末の再婚によって、多くの友人たちも離れていく。僚友とも言うべき親密な間柄だったラヴェルとも仲違いし、可愛がっていた後輩のサティーが成功するとこれを疎んじるなど交友関係が次第に壊れていきます。

その晩年は、第一次世界大戦と重なる。西部戦線の膠着によるパリの経済的孤立に加えて、自身の浪費癖が重なって、生活は困窮を極めたと言います。そのなかで、「ヴァイオリン・ソナタ」など3つのソナタを残すなど傑作に恵まれただけに病に冒された晩年が惜しまれますが、同時にそれ以上に未完、未着手の作品が多かったというのもドビュッシーの晩年だったというわけです。

当初は、新世紀音楽の旗手、前衛としてもてはやされたドビュッシーですが、やがて、後進の才気煥発な若手たちに追い抜かれ取り残されて時代遅れの烙印まで押されてしまう。彼がストラヴィンスキーと出会っていて、まだ初演以前だった「春の祭典」のピアノ連弾譜を作曲者とともに初見で弾いたという。あれほどの斬新で複雑極まりない変拍子の嵐を難なく初見でこなしたというのは驚異的だが、ドビュッシーは「美しい悪夢」と評したもののその音楽にはあまり関心を示さなかった。

ドビュッシーは、未完、未着手が多い「寡作」の作曲家だったことで、新潮流に意固地で遅れた作曲家という評価を見返すことが出来なかった。一見、怠惰で自堕落と見えるが、果たしてそうだったのか。彼が作品を完成させられなかったのは、なかなか彼自身の「言うにいわれぬ」新たな音世界を自ら具現化できなかったからだとも言えます。そのことは、時代から取り残されたかのように見えたドビュッシーに内在していた「新感覚」が、後世の作曲家に多大な影響を与えたことからも間違いありません。その影響は正統音楽というジャンルさえ超えてジャズなどにも及びます。没後百年を経ても、特にピアノ愛好家にとっては、大のつく人気作曲家のひとりだということは誰もが認めるところでしょう。

「ドビュッシーがもう少し生き長らえていたら、もう少し彼が彼自身の信ずる方向で先に進んでいたら、二十世紀音楽はここまで不毛に陥らなかったのではないだろうか」という、著者の言葉こそが、ドビュッシーの「残念」さであり、そのことはまた著者自身のこの作曲家に手向ける痛恨の愛惜でもあるようです。




ドビュッシー 最後の一年(青柳いづみこ著)
中央公論社

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  1. ベルウッドさん

    何時もながら適格なご紹介ありがとうございます。(リンク頂いた私の記事は、紹介と妄想が混然一体で、なんだか良く分からなってしまってます)

    ご指摘の通り、青柳さんの、「残念・痛恨」は、才能あふれるダメ男への捨てきれない熱烈な愛情表現というのは明白ですね。そして、奴がもうちょっと***だったら、世の中変わっているはずと、何処までも着いて行ってしまう・・・。それに共感するのがこの本の読み方なのかもしれません。

    byパグ太郎 at2019-01-26 09:22

  2. パグ太郎さん

    私が書くと、クソ面白くない感想文とか内容要約だけの紹介みたいになってしまい、どうもいけません。

    パグ太郎さんのように、面白くて、いろいろな連想や想像をかきたてるようなインスパイアな文章がうらやましく思います。

    読書紹介は、何よりも読んでない人に読みたいと思ってもらうことがいちばん大事だと猛反省の私でございます。

    byベルウッド at2019-01-26 11:06

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