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バッハの「マタイ受難曲」あるいは武満の「ノーヴェンバーステップス」 (音場と定位はなぜ大事か その3)

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2019年02月14日

立体空間を意識する伝統は、バッハや、その後のヨーロッパ正統音楽に連綿と引き継がれています。



その代表的なものが、「マタイ受難曲」で、この曲は左右に分けられた二群のオーケストラと合唱によって演奏されます。

プロテスタントの教会は、多くのカトリック教会のようなゴシック様式の壮大な大聖堂に較べるとはるかに質素で、深い縦長の構造になっていてその最深部に内陣と呼ばれる祭壇があり、そこに向かって透視的に視線が吸い寄せられるような空間になっています。



「マタイ受難曲」は、ライプツィヒの聖トーマス教会のカントールをバッハが勤めていた時代に作曲されましたが、ルター派教会の典型であるそういう縦長の空間の内陣に視線を向け、左右のバルコニーに合唱やオーケストラを振り分ける空間配置になっているというわけです。

例えば、最初の「序:シオンの娘の対話」では、「シオンの娘たち」と「信じる者たち」との対話が左右の合唱の応答として、十字架を背負い処刑場でありゴルゴダの丘へと歩むキリストの姿をドラマチックに描きます。左右から、「見よ!」/「誰を?」、「見よ!」/「何を?」…と左手、右手と投げかけ合うように対決する合唱のステレオ効果が立体的にはっきりと感じ取れなければ、そういう映像的、劇的な感動は、実は、半減してしまいます。

こういう伝統は、決してバッハのような古い時代に限りません。二十世紀の代表的な作曲家であるバルトークも、オーケストラを二群に分け左右に配置するなどの音響空間デザインを積極的に取り入れています。

例えば、「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」(通称:「弦チェレ」)では、やはり、オーケストラの弦5部を左右2グループに分けるように指定され、ご丁寧に総譜にはその配置図が明記されています。



武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」は、彼の名を世界に一躍高めた代表作ですが、ここでも弦楽器群、打楽器、ハープは、2グループに分離され左右に分かれて配置されるように指定されています。重要なソロを演ずる2つの和楽器も、左手に琵琶、右手に尺八と対決的に配置され、さながら決闘のような対話を演じていきます。



この曲の代表的な録音は、初録音の小澤/トロント響、小澤/サイトウキネン、若杉/都響などがあります。



新旧の小澤の録音は、一貫していますが、若杉の録音の立体空間にはかなり違和感を感じてしまいます。



この録音は、作曲者自身が監修し「新しいスタイル」と容認したようですが、私にはあまりしっくり来ません。確かに若杉盤は、東洋と西洋の対決とか琵琶と尺八の厳しい打ち合いというよりは、三位一体、渾然と森羅万象が融合する世界で、風の息を体感するような悠然たる時の流れのような音楽。この曲に新たな境地をもたらすような演奏です。



しかし、琵琶と尺八がセンターでラップして定位することや、音響空間が縦長に透視図的に狭い幅に押し込められ、中央が深く遠い唯一絶対の中心を示唆するようなパースペクティブは、作曲者の和洋東西の出会いという二元論的な世界観と、その音響空間設計に反しているのではないかと、首を傾げてしまいます。


武満は、こういう立体的音響効果について、ここでは語り尽くすことができないほどに関心を払った作曲家でした。

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  1. ベルウッドさん

    音場と定位のシリーズの力作、大変楽しく拝見しております。特にモンテヴェルディからバッハへつながる教会建築と音楽の変遷は流石の着眼点と、敬服いたしました。

    ただ、その折角の内容とは直接関係しない細かい所で一つ気になる部分がありました。サンマルコ寺院の建築様式はゴシックではなくビザンツ様式で、あの多頭ドームはその特徴かと思われます。モンテヴェルディのカソリック典礼音楽が、ギリシャ正教の象徴であるビザンティンドームで響き渡る様に作曲されているなんて、ビザンツ帝国とローマカトリックの力の均衡点で立ち回って大繁栄を遂げた政商根性逞しいヴェネチアらしい風景かと、日記を拝読して初めて気づかせていただいた次第です。
    おまけにあの教会がカソリックの大司教のものになったのはもっと時代を下ってからで、モンテベルディの時代はドージェの私的教会堂という位置付けだったはずで、その経緯を空想すると如何にも塩野七生が喜びそうな話になってしまいます。

    本筋から外れる細かいことが気になってしまって失礼しました、ご容赦ください。

    byパグ太郎 at2019-02-16 11:11

  2. パグ太郎さん

    ご指摘ありがとうございます。その通りですね。

    実は、建築様式のことを書き出すと、本旨からどんどんと逸脱し、しかも、長文多岐になってくどくなってしまいます。それで前回の記事では、必死にこらえて(笑)建築様式のことを触れませんでした。

    とはいえ、サン・マルコ寺院の5ドームで十字形の中心となる中央に大きな礼拝スペースがあるというビザンチン建築様式は、西洋キリスト世界ではとてもユニークな存在であり、そこにこそモンテヴェルディやガブリエリの立体的な音響設計の由来があり、また、ガードナーがわざわざ現地にまで赴いて演奏し録音した理由もあるわけです。

    ところが、今回の記事では、その我慢の反動でつい馬脚を現してしまったようですね。前回の流れを作ろうとついうっかりと「サン・マルコ寺院のような」とやってしまいました。推敲不足ですね。

    本文はさらりと修正しておきます(汗)。

    せっかくなので、前回の記事に今回のご指摘を踏まえて自己レスを追加しておきたいと思います。

    ありがとうございました。

    byベルウッド at2019-02-16 11:36

  3. ベルウッドさん

    音を聴くだけで感動してしまう教会音響の続きですね。作者の意図とは反するかもしれませんが、ご紹介のマタイ受難曲(ヘレヴェッヘ&コレギウム盤)は、まさにその再生空間に浸るだけで感動してしまうDiscだと思います。空間の広さ、左右と上下の展開、奥行き感、そして残響たっぷりで、かつ明瞭な音が両立している録音です。このDiscも聴きなおしてからの書き込みです。音像は崩れてきますが、音に感動する再生は大きめの音で再生するのがポイントかと思いました。

    このDisc、拙宅でのオフ会の持ち込み盤として聴いてもらったら、横で聴いていた自分の方が感動してしまい、すぐに買い求めたCDです。ですが録音場所はコンサートホールでしたね。まるで教会で聴いているような再生が可能な録音ですね。

    その意味からは、録音も腕次第と言うことになりましょうか。

    改めて聴きなおしてみるのも楽しいものですね。武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」についても、引っ張り出して来て聴きなおしてみます。

    byヒジヤン at2019-02-17 08:27

  4. ノヴェンバー・ステップス聴いてみました。ご紹介の中の小澤/サイトウキネン盤です。これしか手持がなかったです。

    このCDも見事に音場空間と音像定位が録音されていますね。ただこの曲は、前述のマタイ受難曲と比較すると音像定位を優先して再生した方がよさそうだと感じました。ご提示のように琵琶と尺八の対決をそれぞれのバックに付くオーケストラが演出する形で進行する様を描くのがポイントかと感じます。

    その意味からは、音量による空間再生よりも、音像定位が崩れない音量で再生するのが好ましい曲だと思います。

    このCDなどは、琵琶と尺八(2音源)の音色がそれらしく聴こえ、この2音源の左右、前後、上下の位置を均等にそろえる調整をするのが、サウンド調整用としても格好なDiscかと思いました。

    byヒジヤン at2019-02-17 09:33

  5. ヒジヤンさん

    ヘレベッヘ盤はいいですよねぇ。私もヒジヤン邸での再生があまりに素晴らしかったので、大いにあせって帰宅後しばらくはスピーカーのセッティング見直しで明け暮れました。ヒジヤン邸のルームチューニングは、さすがに、こういう教会的響きは素晴らしいです。

    小澤/サイトウキネンのノヴェンバー・ステップスは、素晴らしい録音ですよね。これは、ヨーロッパ遠征の際に、ベルリンのイエスキリスト教会(!)で収録されています。

    仰るように、琵琶と尺八の裂帛の気迫という「個」の音像と、背景で鳴るオーケストラの拡がりという「集団」の音像との、タテヨコ高さのバランスですね。

    旧録音は、1967年のアナログ録音でトロント響の本拠地まっ聖ホールでの収録でした。やはり時代ならではの録音で、演奏も初演直後の初録音、前代未聞の日本的音響と拍節の独特の呼吸などで緊張感漲るものですし、録音も琵琶と尺八を左右に明確に分離させ、オーケストラのハープや打楽器、金管のトゥッティなどが目にも鮮やかに収録されていて、当時のハイファイ録音としてとても尖っていました。駆けだしのオーディオマニアとして私も大いに楽しんだLPです。

    byベルウッド at2019-02-17 11:01

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