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モーツァルトはウィーンの街の歌 (紀尾井ホール室内管定期演奏会)

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2019年04月15日

青空の下、外堀の土手の桜は満開なのに寒の戻りで風の冷たい日でした。今年の東京は、早めの開花でしたが、花冷えのおかげで花の持ちがよくて、この日も土手は若い人や外国人も多く散策していてにぎやか。



この日の紀尾井ホール室内管のテーマは、指揮者のホーネックの《モーツァルト選集》の第3回。前回は、弦楽器だけの室内オーケストラで様々な編成での演奏で楽しませてくれましたが、今回はモーツァルトの変幻多彩な編成での室内オーケストラです。



最初の「セレナータ・ノットゥルナ」は、慶祝時などのために作曲された「セレナーデ」 。宴席などのBGMというのか、パーティ音楽のようなもの。それだけに編成はどの曲も個性があって、特にこの曲は飛びきり独特です。ふたりのVnとヴィオラ、ヴィオローネという4人のソリストが立ち、オーケストラはティンパニだけを伴う弦五部。古典派のオーケストラというよりは、バロック期の合奏曲のような形で、弦五部もVnとVaが各々2部とチェロという編成ですので、響きはソロ楽器群(コンチェルティーノ)の華麗なアンサンブルと明瞭で律動的な合奏グループ(リピエーノ)の醸す音楽は、本当に春めいていて満開の桜のよう。

ホーネックのモーツァルトのリアリゼーションには、多少とも注文もあるようです。確かに、そのウィーン趣味はいささか新鮮味に欠ける冗長さがあるのですが、ホーネック自身と玉井菜採のVn、市坪俊彦のVa、それに池松宏のコントラバス(ヴィオローネの代用)という豪華なコンチェルティーノがとても豊かで楽しい。ピリオド全盛で何やらスピードとかキレの良さばかりが自慢の昨今のモーツァルトに対する、堂々たる19世紀末的ウィーン音楽の逆襲という感じでかえって新鮮です。

二曲目「小ト短調」の交響曲は、雰囲気が一転します。

典型的な古典派オーケストラの編成で、独特のモーツァルトの短調の先へ先へと急ぐような推進力に満ちています。モーツァルトの交響曲への取り組みは、この曲で一変したと言われます。ハイドンの影響を強く受けたモーツァルトの野心がむき出しになっている。そんな気概に満ちたモーツァルト。まさに疾風怒濤のこういうモーツァルトは今までのホーネックにはなかったような気がします。

ウィーン・フィルのコンサートマスターとして、多種多様な指揮者の解釈に触れてきたはずのホーネックです。昨今のウィーンは、レパートリーも多彩で、あるいはウィーン伝統と言っても鬼才アーノンクールのある種の破壊、価値観の逆転の洗礼も受けています。このホーネックの演奏を聴くと、その少し以前、70年代から80年代にかけての時代を思い起こします。アルバンベルクSQのギュンター・ビヒラーが活躍し出した頃、あるいは、アメリカ育ちのレヴァインなどがウィーン・フィルを振り始めた頃。反抗期ともいうべき時代の雰囲気は、学生運動のセピア色の思い出につながります。そういう当時の時代変革の風を彷彿とさせるようなト短調。

休憩をはさんでの最後の曲は、13管楽器の「グランパルティータ」。

録音再生としては、いくつもの演奏を繰り返し聴いてきた「名曲」ですが、実演を聴いたのは初めてです。これだけの演奏者を揃えるのは、コンサートを構成するプログラムとしてはとても難しいからなのでしょう。



編成は、中央に池松宏のコントラバスを置いて、最前列に向かって右隣にオーボエ、右にクラリネットを対置させる左右対向の扇形の配置。ホルン4は、オーボエの左手に2列で並び、バセットホルン2がクラリネットの左隣に並び、その後方にファゴット2が並ぶという二重の扇形布陣。そういう中低域の楽器の響きがとても分厚くて重量感が豊かだったことが、レコードやCDしか聴いてこなかった自分にはとても意外な気がしました。

名手ぞろいの紀尾井ホール室内管ならではのプログラムでした。特に最後の「グランパルティータ」は、とても贅沢で貴重な体験でした。ただし、欲を言えば各奏者にもう少し自己主張が欲しかった。気の置けないメンバーが集まってワイワイガヤガヤと主張を交わしながら音楽を奏でる。蠣崎耕三のオーボエの蠱惑的な音色や日橋辰郎などのホルン陣の安定した妙技など魅力たっぷりだが、そういうわくわくするようなアンサンブルの愉悦には届かなかった。



この曲は、聴き手だけでなく演奏者にとっても滅多に実際に手に触れることの少ない名曲なのでしょう。それは弦楽器奏者のホーネックにとっても同じで、自分の演奏体験を通じて自分の身体に染みこませてきたウィーンの街の歌といったものを感じさせた前半に較べると、楽器の演奏者を、さながらオペラの歌手たちのように、自分の掌で自由に遊ばせるような包容力とか啓発に欠ける。なかなか心中の音楽の形を言葉やタクトでメンバーに伝えることができないホーネックのもうひとつのもどかしさかもしれません。
 
 
 
 
 
紀尾井ホール室内管弦楽団 第116回定期演奏会
<ホーネックのモーツァルト選集Ⅲ>
2019年4月6日(土) 19:00
東京・四谷 紀尾井ホール
(2階センター 2列13番)

ライナー・ホーネック(指揮、ヴァイオリン)
紀尾井ホール室内管弦楽団
(コンサートマスター:玉井菜採)

モーツァルト:セレナーデ第6番ニ長調 KV239「セレナータ・ノットゥルナ」
モーツァルト:交響曲第25番ト短調 KV183

モーツァルト:セレナーデ第10番変ロ長調 KV361「グラン・パルティータ」

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  1. 今晩は。春の宵にグラン・パルティータの生演奏とは、優雅ですね。

    何時もの癖ですが、この曲も、自分の中で映画のシーンに結びついてしまっています。ご存知『アマデウス』で、サリエリがモーツァルトと出会うシーンで使われたのが、この曲の三楽章でした。コンスタンツェと得意のスカトロ・ジョークでじゃれ合っていた下品な男が、この曲が流れだすと「俺の曲を勝手に始めやがった」と飛び起きて指揮に向かう・・・・。サリエリが回想で、流れてきた音楽の天上的な素晴らしさを伝えようとする台詞も本当に美しかったです。

    13楽器の内、バセット・ホルン2、ファゴット2、コントラバス1という低音担当の充実が、仰せの通りこの曲の魅力には欠かせないのだと思います。記憶が定かでないですが、サリエリは「ファゴットとバセット・ホルンで始まる壊れたアコーディオンの様な低音の上に、突然オーボエの美しい旋律が降り注いだ」「神の声を聞く思いがした」みたいな事を言っていました。

    そういえば、疾風怒濤のト短調の交響曲25番も、サリエリを病院に担ぎ込む馬車がウィーンの街を疾走する冒頭シーンで使われていましたね。

    なんだか、もう一度あの映画を見たくなってしまいました。

    byパグ太郎 at2019-04-15 18:55

  2. パグ太郎さん

    ト短調で始まるシーンにせよ、ご指摘のサリエリが嫉妬を超えて感動するグランパルティータのシーンと言い、映画「アマデウス」そのもののプログラムですね。

    byベルウッド at2019-04-15 20:42

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