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日記

風格漂う新人 (ディアナ・ティシチェンコ ヴァイオリン・リサイタル)

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2019年08月02日

新進演奏家の魅力を紹介する紀尾井ホールの「明日への扉」シリーズ。



このシリーズに登場する“新進演奏家”が、新人というイメージをしばしば裏切ってしまうことは、これまでも何度も書いてきました。ところが今回のティシチェンコほど、新人離れした新人はいままでにないとさえ思いました。昨年のロン=ティボー国際コンクールの覇者というだけに、ある程度は予想していました。けれども、ステージ上の演奏マナーは落ち着き払っていて、ちょっとした貫禄さえ感じさせるような風格を見せていました。



それもそのはずで、リーフレットのキャリアを一読すると、18歳ですでにグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団に入団し、最年少のコンサートマスターに選ばれたとのこと。以来、G.クレーメルを始め数々の大物とも共演、すでに今年の5月にはラ・フォルネ・ジュルネ東京にも出演しているとか。1990年生まれというので、今年でもう29歳ということになります。すでに場数も十分にこなしているというのも当然で、ロン=ティボー国際コンクールの栄冠というのも、今さらながらの箔付けというところなのでしょう。

プログラムを見ると、いかにも東欧出身の若手らしい気負いが感じられるラインアップです。そういう新進気鋭の若手というとモルドヴァ出身のコパチンスカヤが最右翼ですが、ティシチェンコはずっとロシア正統の熟女の風格。ウクライナ出身とありますが、出生地は現クリミアで、名前からしてもおそらくロシア人の家系なのでしょう。そういうところも、新人離れした新人の“熟女”の風格につながっているのかもしれません。

そうだからこそだったのかもしれませんが、最初のラヴェルには「おや?」と思いました。

このソナタは、いうまでもなくラヴェルの室内楽作品の傑作のひとつ。ジャズの影響が彩りを添え、民俗音楽やロマ音楽という作曲当時のパリの最先端の嗜好へのラヴェルのひとつの挑戦とも言うべき曲。作曲者自身のピアノとジョルジェ・エネスクのヴァイオリンによって初演されています。

ところが、今ひとつ、そういうラヴェルのイメージから外れている。ヴァイオリンとピアノとのかみ合いが悪くて、音がばらばらでなかなかリズムとして乗ってこない。ラヴェルの色彩感覚やリズムはラテン的で、あるいはパリの異国趣味というのは、すでに東方よりも新大陸の音楽へと向かっていたのかもしれません。そういう東と西の敷地の陽当たりの違いがしっくりこなかったのかもしれません。

というのも、並の新人ならば大トリであっても不思議ではないヴェルのソナタであっても、ティシチェンコにしてみれば、本題の前の「外題」のようなもの。語りたいストーリーの糸口とか、話のきっかけに過ぎなかったのかもしれません。

次のエネスクのソナタを聴くと、場面が一変するような気分でした。

この曲は、今年の初めにコパチンスカヤの演奏を聴いて、そのフレッシュなプレゼンテーションに舌を巻いたばかり。ティシチェンコの演奏は、ずっと正統で、後期ロマン派の熟し切った技巧と音色の渋い深みがあるなかに、エネスクの密かなルーマニアの田園的な色合いと、ヴァイオリンのヴィルティオーシティの披瀝があります。第3楽章のロンドでは、モルダヴィアの民俗音楽がテーマとして引用されています。モルダヴィア(モルドヴァ)は、ルーマニアとウクライナに挟まれ複雑な歴史をたどり分断されていますが、エネスクの音楽はとても融和的。もっともコパチンスカヤの演奏は、そういう常識みたいなものをパチンと弾け飛ばすようなところがあったのです。だからティシチェンコの演奏には、どこか別の曲を聴いているような、熟成した味わいを感じます。

休憩後のシマノフスキーがとても味わい深かった。

シマノフスキーは、ポーランドの作曲家。いまでこそ、ツィメルマンなどポーランド出身の演奏家が盛んに取り上げ、そういう民族的・愛国的な観点から見直され再評価を受けていますが、ドイツに学び、第一次世界大戦前後からはフランス印象主義音楽の色濃い影響下でギリシャなどオリエントへの憧憬も露わな様式美に傾倒した作曲家。



その代表作とも言われ、よくヴァイオリニストの技巧的な小曲として取り上げられてきたのがこの曲です。「神話」とは、ギリシャ神話のこと。曲は、森の精や水仙と化した青年ナルシス、半身半獣のパンなど、そういうギリシャ神話に題材を得た3つのエピソードから成っています。確かに印象主義音楽そのものですが、ラヴェルのようなキレのあるリズムとか鮮やかな色彩感とは、むしろ、対照的な醒めた冷ややかな寒色の色彩感覚と、半音あるいは四分音などの蠱惑的なハーモニー感覚に満ちています。

それでも圧巻だったのは、最後のプロコフィエフ。

プロコフィエフは、亡命生活に終止符を打ち、祖国復帰を果たします。母国へ家族とともに帰郷し、「キージェ中尉」「ロミオとジュリエット」や「ピーターと狼」などの大衆的な傑作を生み出しますが、時代は戦争とスターリニズムの暗鬱な影に覆われていきます。この曲も、そういう陰鬱な影を帯びていますが、決して深刻だったり物々しい音楽ではないのだと思います。そこには、奉仕という体制や大衆への迎合からいっさい自由で、自身の才能の欲するがままに、新しい表現感覚や古典的な様式美を借りた現代感覚や感情表現をあくまでも追求したいという切実な真情で徹底している。

ティシチェンコの演奏は、プロコフィエフの高度に技巧的で感情の陰陽や明暗が交錯する曲想であっても、少しも華美に走ったり、激することもなく、時には精神的な深みと円熟味さえ感じさせます。それでいてプロコフィエフらしい才気と自尊心が確かに存在する。

なかでも緩徐楽章での弱音器をつけた太く深みのある音色で滔々と流れるメロディが印象的。いったいどんな楽器だろうかと思うほどの魅力的な素晴らしい音色でしたが、残念ながらリーフレットにはクレジットがありませんでした。HPをググってみると、1754年製のガダニーニの貸与を受けているとある。これほどの音なのだから、おそらくこの楽器だと思います。

アンコールは、バルトークのルーマニア舞曲。ヨーロッパ正統音楽を二十世紀になって密やかに浸食し包囲していった東欧の血族の音楽が、やはり、この新人らしかぬ新人のプログラムの企てにあったのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
紀尾井 明日への扉24
ディアナ・ティシチェンコ(ヴァイオリン)
2019年7月25日木 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 10列15番)

ディアナ・ティシチェンコ(ヴァイオリン)
ジュリアン・カンタン(ピアノ)

ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 M.77
エネスク:ヴァイオリン・ソナタ第3番 イ短調 Op 25「ルーマニアの民族様式で」

シマノフスキー:神話 Op. 30
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ヘ短調 Op.80

(アンコール)
バルトーク:ルーマニア民族舞曲(セーケイ・ゾルターン編)から 「棒踊り」

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