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若さというものの超新星的爆発 (PMFオーケストラ/ゲルギエフ 川崎公演)

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2019年08月07日

久々に家人を誘って二人で川崎まででかけました。

ミューザ川崎でオーケストラを聴くのは久しぶり。家人とでかけるのは恒例となりつつあるこの公演ですが、理由はよく覚えていませんが昨年は見送っているので2年振り。



パシフィック・ミュージック・フェスティバルはバーンスタインの遺志を引き継ぎ、夏の札幌に世界の若手音楽家を集めて1ヶ月にわたり開催される国際教育音楽祭。オーディションで世界中から選ばれた若手音楽家が参加するオーケストラ・アカデミー。それを世界的巨匠が指揮するPMFの魅力。会場の札幌の日程を終えると、東京にやって来ます。

自治体や地域の力強い支援もあって、年々、盛んになるようで、参加人員も曲の規模もどんどん拡大しているようです。公演の目玉は、何と言ってもショスタコーヴィチの巨大編成の難技巧の大作・交響曲第4番。前日のサントリーホールでの東京公演は、上皇皇后さまも来臨されて多いに盛り上がったようです。川崎公演は、全日程の最終日ということになります。

第1曲目は、ドビュッシーの牧神。

もともとは2管編成が基本ですが、ステージ上にはかなりの人数の団員が勢揃いです。客席からは登壇する団員に盛大な拍手が送られ、コンサートミストレスが登場すると一段と拍手が大きくなります。そして、いよいよゲルギエフの登場。



指揮棒は、トレードマークの爪楊枝ではなく、少し長めの割り箸ほどのもの。フルートのソロの入りからかなり細かく指示を与えるスタイル。指揮棒を親指と人差し指でつまみながら他の指がプルプルと揺らすのはいつも通りです。

テンポはかなりゆったりとしたもので息の長いフレージングは情感たっぷりですが、若いソリスト達は本当に見事なまでに吹き通していきます。特にホルンは、いささかも不安を感じさせずにたっぷりとした響きで、近年の若手の技術にはつくづくと驚嘆させられます。人数が多いので弦楽器を中心にたっぷりとした響き。その分、この曲のアール・デコ風のシンプルな透明感は抑えられ、むしろ、豊麗な旨口の音楽。



私たちの席は、1階正面(1C)の右横の席。かなり右寄りの席ですが、そういう端席の不満が無いのがこのホールの美点。1Cゾーンには一度座って聴いてみたいと思って選んだのですが、いわゆるかぶりつきの接近感はほどほどで、各パートのバランスもよい。右手なのでコントラバスに近くて低域が堪能できます。その低域は、決して量感に偏るものではなく音程と拍頭が明瞭で運動の機敏さに満ちた低音です。一方で、ステージが低い川崎であっても、オーケストラを俯瞰することはできなくて、演奏者の表情や編成を見渡すわけにはいきませんでした。やはり、このホールの最上席は2階席正面ブロック(2CA)で、お得な席はステージを取り囲む2RA~Bや2LA~Bの前2列なのだと思います。

第2曲目は、イベールのフルート協奏曲。



ソリストは、マトヴェィ・デョーミン。チャイコフスキーコンクールに管楽器部門が初めて加えられた今年の木管部門の優勝者なのだそうです。そのきびきびとしたパッセージはいかにもイベールらしいリズミカルなウィットの効いた軽妙さを爽快に吹ききりました。アンコールは、プログラム1曲目に呼応するかのように、ドビュッシーの「シランクス」。やはり牧神の吹くパンの笛でした。

さて、休憩後は、いよいよ注目のショスタコーヴィチ。

15曲の交響曲の中でも最大の編成と言われる大曲であり、しかも、随所にソロや弦楽合奏にヴィルティオーシティが発揮される壮大な“オーケストラのための協奏曲”風の曲。作曲者が持てる才能の全てをぶつけた畢竟の意欲作でありながら、折りからのスターリニズムの芸術介入により自ら初演を撤回してしまったという悲運の曲。そういう経緯もあって、私たちの世代には馴染みの薄い曲。もちろん実演は初体験。ちなみに日本初演は、1989年(マレク・ヤノフスキ/N響定期)だとか。

その大音量と複雑極まりない構造と音響を、大編成の若い演奏家たちを目の当たりにして聴くと、まさにそれは超新星の爆発。

考えてもみれば、この曲を作曲した時のショスタコーヴィチは、まだ29歳の若さでした。おそらくこのPMFオーケストラの平均年齢ともかなり近いのではないでしょうか。権力中枢から抑圧され、それに屈して忍従したという姑息な経緯が妙に大人びた虚像としてまとわりつくショスタコーヴィチのこの曲ですが、同じような年代の屈託のない伸び盛りの野心や上昇力が、そういう封印を吹き飛ばしてしまうような快演です。

確かに、あの第1楽章の鮮烈なフガートには、シカゴ響やコンセルトヘボウ、バイエルン放送響のような名だたる超ヴィルトゥオーソオーケストラのアンサンブルの切れ味がもたらす【狂気】には及ばないのですが、若手たちが必死の顔つきで一心不乱に左指を指板で踊らせ続ける様を目の当たりにすると、やはり、そこには感動の他はありません。また、シカゴ響首席のデイヴィット・ハーバートのティンパニーがあってこそのこの曲の演奏だったとも言えます。けれども、だからといってPMFの若さの爆発の感動は、いや増しに強化されることはあっても、いささかも興ざめするものはありません。

数々の演奏の難所や、作曲者があられもなく吐き出すマーラーへの傾倒も、そういうフレーズやパロディが断片であればあるほど、そのパートが回ってくるそれぞれの演奏者の若さゆえの喜びと緊張が瞬時に入れ替わり、そのスイッチの切り替わりの刹那の火花がパチパチと弾け飛ぶようでした。そういうものをぐいぐいと引き出していくマエストロのカリスマが、ステージから熱く伝わってきます。

最後のチェレスタには、作曲者最後の交響曲の末尾を思わせるもので、この曲への作曲者自身の真実と愛着を感じて痺れるものがあります。長い沈黙の後の大喝采に若い演奏家たちが会心の笑みをもらして立ち上がったのは言うまでもありません。互いに称え合い、握手をしたりハグを交わす閉演の情景は、このオーケストラの最終日である川崎公演ならではのすがすがしさなのではないでしょうか





PMFオーケストラ演奏会 川崎公演
 フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2019 特別参加公演

2017年8月2日(金) 19:00
神奈川県川崎市 ミューザ川崎シンフォニーホール
(1C5列37番)

ワレリー・ゲルギエフ(指揮)
マトヴェィ・デョーミン(フルート)*
PMFオーケストラ

◆ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
◆イベール:フルート協奏曲*
(アンコール)
  ドビュッシー:シランクス

◆ショスタコーヴィチ:交響曲 第4番 ハ短調 作品43

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  1. ベルウッドさん
    ゲルギエフに替わってからのPMFの演奏会、まだ実演を聴いたことがありません。
    少しずつメンバー入れ替えのあるPACとちがい、毎回オーディションでメンバーが選ばれるPMFだとまとめるだけでも大変な作業ですね。

    本州に比べて涼しい?(最近はそうも言えなくなりましたが)北海道での音楽祭、これからも続いて欲しいです。

    by椀方 at2019-08-08 16:18

  2. 椀方さん

    一年間が空いたせいもあるかもしれませんが、規模の成長を感じて、ちょっと驚きましたし、うれしくもありました。現地、札幌ではオーケストラ総奏だけではなく室内楽などいろいろなプログラムがあるようです。一度、行ってみたいな。キタラホールの音も聴いてみたいですね。

    byベルウッド at2019-08-08 21:53

  3. ベルウッドさん 今晩は。

    ゲルギエフ! 実は贔屓の某女性ピアニストが彼を目の敵にしていて、2017年のパリ祭音楽祭で共演拒否したという事件以来、どうも素直に聴けなくなってしまった指揮者です。いつの世も国を代表する指揮者には国家権力の影が付き物ですが。その彼がバーンスタインの遺志を継いだ音楽祭で、ショスタコーヴィチというのは、複雑すぎる味わいの取り合わせですね! いえ、本来は純粋に音楽に耳を傾けるべきですね。

    byパグ太郎 at2019-08-08 23:05

  4. パグ太郎さん

    ご贔屓の女性ピアニストが誰のことかはおおよそ見当がつきますが、芸術上、あるいは人格上の不一致というよりは、ロシアとジョージアの歴史的、政治的な確執やそれに由来する愛国感情なのでしょうね。

    確かに、ゲルギエフはプーチンにごく近く、あたかもロシア現政権の文化大使のようなところがあります。経済的に苦境にあった時代に若くしてマリインスキー劇場を任された時、「資金調達は任せてくれ」と豪語したとか。

    「みんなは音楽に集中して、練習で成果を出してくれ。困難な時代だからこそ人々は芸術を求めている。必死でいいものを作り出せば、いまに世界がマリインスキー劇場を招いてくれるようになる。そのときにロシア魂、底力を示そうじゃないか」と団員を鼓舞したとか。

    当時は、ロシアそのものが経済的苦境にあり国民もプライドを失いかけていました。ゲルギエフの立場は、プーチンに重なり、どこかでつながっているのでしょう。愛国は、反面で、周辺国を抑圧的に作用し、何かと軋轢をも生むものですし、政治的な不一致をもたらすものです。ゲルギエフは、そういう政治的なアクが強いことは確かですね。

    そうであってもゲルギエフは、若手の育成にはとても熱心であり献身的であるということは間違いのないところだと思います。

    byベルウッド at2019-08-08 23:40

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