ベルウッド
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エフゲニー・オネーギン(松本フェスティバル)

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2019年08月28日

小澤征爾の高齢化で、プログラム運営が不安定になってから、どんどん間遠になっていた松本フェスティバルに、今年は久々に出かけました。

前回は、『セイジ・オザワ松本フェスティバル』に名称変更した2015年でしたから4年ぶりということになります。その時の印象は、コンサートそのものには小澤さんの存在感がないのに、会場は掲示や店舗のグッズなどオザワ一色…というもの。小澤80歳のバースデー・コンサートがむしろ中心といってよいほどで鼻白むほどでした。その一方で、コンサートの演奏内容は驚くほど充実したもので、この音楽祭の質的な定着と今後の持続性に確かな手応えを感じさせるものでした。
 
今年はその時のファビオ・ルイージがピットに入り、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」を振るというので、その初日を観ようと期待に胸を膨らませて松本まで足を運んだというわけです。
 
松本までは、車で直行しても4時間近くかかります。


 
途中、茅野に立ち寄り、ちょっと用足しも兼ねて、ひと息入れることにしました。ランチは地元で人気のカジュアル・イタリアン。畑に囲まれた崖下にぽつんとある古民家を改造したレストランは、シーズン中は別荘族で満員。ピザも、カリッと軽く香ばしいクラストに本格的なベーコンの味わいが濃厚。緑豆をあしらったペペロンチーノ・パスタも美味しかった。


 
松本に着いてから、開場までは少し時間の余裕があったので女鳥羽川沿いの縄手通りをぶらぶら。夕刻の開店を待って、すぐにレトロな洋食屋さんに入りました。プレシアターの軽い夕食は、三日三晩煮込んだというハヤシライス。

 
 
会場のまつもと市民芸術館は、大変なにぎわい。ホワイエでは、いつものようにワインも振る舞われて華やかな雰囲気を演出しています。4層の本格的な歌劇場で客席数1800席というのは、東京の新国立劇場オペラパレスと同等の本格的なもの。この音楽祭無くしては、一地方都市にこれほどの規模のオペラハウスは考えられなかったと思います。


 
設計は、幼少期から中学まで下諏訪で育ったという、日本を代表する建築家の伊東豊雄氏。正面ホールからホール入口まで導くホワイエが優美なカーブを描き、穴あき模様のような明かり窓のデザインは、銀座2丁目のミキモトを連想させます。
 
 
さて…
 
公演内容は、なかなか日本では体感できないような高いレベルでしたが、かなり残念な部分もありました。
 
そもそも、タイトルロールに予定されていたマリウシュ・クヴィエチェンが7月になって膝のケガのために降板してしまい、その代役としてレヴァント・バキルチが起用されたのですが、公演直前になって体調不良。このプレミアは、代役のそのまた代役の大西宇宙がステージに上るというドタバタ。
 
大西宇宙は、シカゴ・リリックオペラに所属するバリトンで、在米だけど日本でもしばしば公演してその人気と実力はよく知られていて、一部では当初のクヴィエチェンの代役の呼び声もあったほど。
 
私は初めてでしたが、出だしから安定した歌いっぷりで好演し、なるほどと思わせました。けれども、やはりドタバタの登壇ということなのか、やはり主役としてのオーラに欠けていて、演出になじみドラマ全体をリードしていくという風にならないのです。
 
重ねて不幸だったのは、第1幕途中で停電のために演奏が止まってしまったこと。
 
第一幕第二場が始まったばかりのところで、ピット内が突然真っ暗になり、演奏がストップ。舞台の演技がフリーズしてしばらくの沈黙。一瞬何が起こっているのわかりませんでしたが、ピットの照明のブレーカーが落ちてしまったとのこと。
 
15分の休憩を入れて復旧し、再びこの場面から再演。
 
ここは、タチヤーナの寝室の場面で、オネーギンに一瞬で恋に落ちたタチヤーナが眠れぬままに夜が白むまで一気に恋文を書き上げるという「手紙の場」。導入のオーケストラが、夜の深まりと醒めやらぬタチヤーナの秘めた感情の交錯を見事に歌い上げ、ヴィオラの仄暗い音色に心躍らせた瞬間の中断でした。再開直後は、どうしても、同じことの繰り返しということのせいか、気持ちが入らず先を急ぐ感じがあって心配になりましたが、タチヤーナ役のアンナ・ネチャーエヴァが、見事にドラマ最初の聴きどころである「手紙」を歌い上げました。
 
このオペラは、本当に胸キュン。



この「手紙」の場は、青春の胸を焦がすような純粋な恋愛や憧憬と、夜も眠れぬほどの焦燥にあふれています。それだけに、その直後のオネーギンの酷薄な態度と仕打ちによる落差が際立つのですが、肝心のオネーギンにそういう酷薄さがないと、その落差が小さくなってしまいます。恋慕や憧憬の対象たり得る男子の、虚無的で周囲に無関心な冷淡さや、都会的洗練と裏腹のワルぶった魅力が欲しいのですが、残念ながら大西にはそういうものが欠けているのです。
 
そのことは、第2幕の「早朝の決闘」や第3幕のオネーギンとタチヤーナとの再会でも同じです。
 
オネーギンの虚無と酷薄さに振り回される親友レンスキーを演じたパオロ・ファナーレの「わが青春の輝ける日々」の熱唱には胸打たれましたが、決闘の思いも寄らぬ決着から受けるはずのオネーギンの衝撃がどうにも中途半端で、第3幕に至るまでにあったはずのオネーギンの悔恨の漂泊と無惨な零落ぶりが浮かび上がってこないのです。
 
だから、その物足りなさは第3幕の再会の場にまで及んでしまうのです。ここでのネチャーエヴァと大西の演技があまりしっくりとかみ合いません。タチヤーナの拒絶に秘められた、青春の記憶があえなく穢され矮小化されてしまうという運命の皮肉への絶望が見えてこない。自分がかつて冷淡に無視した田舎の少女に今や無惨なまでに恋に落ちるという無慈悲さへの身もだえも無いですし、あからさまな愛の告白と執着が繰り返されればされるほどに絶望するタチヤーナの気高い自尊心が見えてこない。
 
逆転のドラマや、演出の綾がいまひとつ。

そう感じたのは、ひとえに主役の二人のキャラが立たなかったから。脇役陣の好演ぶりが際立っただけに埋没気味。直前の代々役という事態で演出がなかなか浸透しなかったということなのかもしれません。
 
舞台は超シンプル。



カナディアン・オペラのプロダクションで、メトロポリタン歌劇場でも使われたそうですが、第一幕第一場の枯葉の場面が目をひくものだったとはいえ、それだけに後半になるにつれ、倹約節約ぶりが目立ち、グランドオペラの眼福からはどんどんと遠ざかっていきました。


 
それに引き換え、幕開けの少々雑然としたアンサンブルとそれに追い打ちをかけた中途での遭難から徐々に立ち直ったピット内のサイトウ・キネンは、尻上がりに調子を上げていきました。もともと2階席を選んだのは、ピットがよく俯瞰できて音がよく届くからのこと。そういうオーケストラとルイージの指揮振りを見たいという狙いは当たりでした。第3幕幕開けの「ポロネーズ」は豪華な響きでしたし、悲劇の幕切れへとひた走る悲劇的な運命の交錯のドラマの情感を大いに盛り上げてくれました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
セイジ・オザワ松本フェスティバル
チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」

2019年8月20日 18:30
長野県松本市 まつもと市民芸術館・主ホール
(2階2列55番)

出演 
エフゲニー・オネーギン:大西宇宙
タチヤーナ:アンナ・ネチャーエヴァ
レンスキー:パオロ・ファナーレ
オリガ:リンゼイ・アンマン
グレーミン公爵:アレクサンダー・ヴィノグラドフ
ラーリナ夫人:ドリス・ランプレヒト
フィリーピエヴナ:ラリッサ・ディアトコーヴァ
トリケ:キース・ジェイムソン
隊長、ザレツキー:デイヴィッド・ソアー
合唱:東京オペラシンガーズ
ダンサー:東京シティ・バレエ団
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ


指揮:ファビオ・ルイージ
演出:ロバート・カーセン
再演演出:ピーター・マクリントック
装置・衣装:マイケル・レヴァイン
オリジナル照明デザイン:ジャン・カルマン
照明:クリスティーヌ・ビンダー
合唱指揮:マルコヴァレリオ・マルレッタ
振付:セルジュ・ベナタン

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  1. こんにちは。
    今回のオペラ鑑賞はハプニングの連続だったんですね。

    ベルウッドさんも少し触れられてますが、小澤征爾が健康を害してから、この音楽祭の行く末が案じられた時に、何故か名を冠した音楽祭に衣替えしましたね。
    サイトウキネンオーケストラも、元々は齋藤秀雄の没後10年を記念して1984年に門下生が集まって演奏会を開いたというものですから、もう彼此35年も経つわけで、齋藤秀雄に直に指導を受けた門下生だけでは成り立たなくなっているのは必然ですから、この音楽祭を永続させるには小澤征爾に頼らない運営に変革することが必要ですね。

    亡くなったアバドが、小澤征爾に対して自分のやりたいように自由にメンバーを集めたオーケストラで演奏活動をすることをとても羨ましく思って、同じようにルツェルン祝祭管弦楽団を編成したというのは有名な話です。

    小澤征爾が居なくても、質の良い音楽祭を続けて欲しいものです。

    by椀方 at2019-08-29 13:19

  2. 琵琶湖ホールのトゥーランドットの上演が停電で1時間止まったというのがニュースで流れていましたが、松本でもあったのですね。

    私にとってオネーギンと言えば数年前に亡くなってしまったホヴォロフトフスキー です。あの冷酷そうな白髪と目つきと歌声、そして立場が逆転した後半の狂おしい表現力は、ベルウッドさんの書かれた「逆転のドラマ」にピッタリ。これは「主役で決まる」オペラだと思ったことを思い出しました。

    byパグ太郎 at2019-08-29 17:11

  3. 椀方さん

    >この音楽祭を永続させるには小澤征爾に頼らない運営に変革することが必要です

    まさにそのことです。

    名称変更問題は、もともとは「サイトウ・キネン」というのが諸外国には通じないということでした。ところが小澤征爾さん自身が音楽祭立ち上げの原点とともに、オーケストラがようやく本場欧米に認知されたことから反対していったんは沙汰止みになったのです。それがなぜか生きている小澤さんの名称を冠にした名称変更案として復活しついに小澤さんが了承することになったのです。

    オーケストラも、かつての日本の楽団が欧米に認められたいというパトスを失ってしまっています。オーケストラメンバーも、特に管楽器群はガイジンが増えているし、トップ二人も矢部、大宮の両氏で在京メジャーのトップで、海外に散って奮闘している日本人演奏家が小澤の元に駆けつけるというかつての構図が完全に失われています。

    何か新たな中心軸が欲しいですね。それは決して単なる商業主義であってはダメなんだと思います。

    byベルウッド at2019-08-29 21:09

  4. パグ太郎さん

    このオペラへの愛着についてのご賛同をありがとうございます。

    やっぱりオネーギンは、ホヴォロフトフスキー ですか。彼が主演したメトロポリタン歌劇場のプロダクションが、まさに、今回のカーセン演出版なんですね。

    結局は、名義貸しみたいなものですけど。何だかそういう安直な箔付けとブランド寄せ集めみたいなところがとても気になります。

    byベルウッド at2019-08-29 21:13

  5. ベルウッドさん、パグ太郎さん
    ホヴォロフトフスキーのMETというと、2007年の公演のアーカイブがMETのサイトで見つかりました。
    有料会員になれば視聴できるので、大画面テレビ導入後の楽しみに取っておきます。

    しかし、オペラは言語の壁があってやや敷居が高いです。
    今は録画していた英国ロイヤルバレエのロミオとジュリエットを鑑賞してますが、小生にはこちらが合っているようです。

    by椀方 at2019-08-31 21:17

  6. 椀方さん

    歌劇や歌曲は、やっぱり歌詞がある程度はわからないと楽しさも半減しますね。私もBSのプレミアムシアターなどで時々楽しんでいますが、日本語字幕は助かります。METのサイトも少なくとも英語字幕は出るのではないですか?過去の映像がオンデマンドで楽しめるのはいいですね。

    byベルウッド at2019-09-01 10:24

  7. 椀方さん、ベルウッドさん

    仰る通り、オペラは歌詞の問題が大きいですね。特にロシアものなんか、英訳見ても歌詞のどの単語にその意味があるのか推定すらできずに、歌い手の表現をすくい取り損なって随分と損しているような気がします(ヤナーチェクとかバルトークとかも) 。でも、昔は良くあった英語版やドイツ語版のイタリアオペラとか聴くとこれまた違和感満載ですし、困ったものです。

    byパグ太郎 at2019-09-01 13:57

  8. パグ太郎さん

    そうなんです。歌手が、音感、語感、情感を発信するその瞬間に同時に言葉の意味を知れたら、どんなに歌を聞く楽しさが増すことだろうと、いつも思います。歌手の側も伝えたいという気持ちは同じようで、いろいろな試みはされています。
    http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20100420/17968/

    byベルウッド at2019-09-01 14:49

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