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ロシアから西欧へ ミルスタイン回想録

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2020年07月05日

ミルスタインは、オデッサ生まれのユダヤ系ヴァイオリニスト。幼少の頃から才能を発揮し、ペテルブルク音楽院に学び幾多の名ヴァイオリニストを育てたアウアーに師事。同じウクライナ出身のホロヴィッツと意気投合、ロシア国内から西欧にも進出して活躍し、そのままソ連には帰還することがありませんでした。

ナタン・ミルスタインは、どちらかといえば地味で通好みのヴァイオリニストということになるかもしれません。

ハイフェッツという卓越した人気を誇ったヴィルティオーゾの陰に隠れていたからです。大変な技巧を持ちながらもそれをことさらに誇示することを控え、アメリカ的な大衆迎合よりもヨーロッパ的な知的なライフスタイルを好んだということもあったのかもしれません。

その自由な回想をソロモン・ヴォルコフが聞き書きしてまとめた回想録。自伝というよりは交遊録というのに近い。おおよそ時系列に従って章立てされていますが、話題はあちらこちらに逸脱し、まとまりがないままに進む。それだけに絢爛豪華な顔ぶれと生々しいエピソードの数々、機知にあふれた寸評が実に面白く示唆に富んでいて、息を継ぐのも忘れるほど。

読み終えてつくづくと思うのは、二十世紀前半の西欧芸術、なかんずく音楽芸術というのはロシアの時代だったということ。欧州大戦とロシア革命によってロシアのエキゾチックで豊かな才能が、奔流のようにベルリンやパリ、ロンドンといった西ヨーロッパに流出し、それが次の大戦でごっそりとアメリカに移転していく。もちろんその圧力となったのは、ナチズムの興亡とソ連邦の体制にあったことは言うまでもありません。その失郷の芸術家たちの個性と生き様のようなものにあふれているのです。

ミルスタインは、亡命者ですが、そのロシアへの愛国ぶりは顕著で、ピロシキやチキンキエフなどロシア料理への愛着も微笑ましいほど。革命の混乱時の思い出は、少なからず牧歌的でさえあります。家族も革命でさして害を被ったわけでもなく、自身の外遊生活もソヴィエト政府公認の派遣演奏家として何不自由なく過ごしていたからです。

西欧への脱出は、スターリン体制の締め付けが強まってからのことでした。素直に帰国しては芸術家としての自由と将来はないと踏んで、ホロヴィッツと示し合わせての脱出でした。ちょうどそれと逆行したプロコフィエフは、ソ連への帰還後はその輝かしい才気が失われたとしきりに惜しんでいます。

確かにソヴィエト嫌いであることは間違いないのですが、決して、憎悪のようなものではないようです。少なからず著者のソロモン・ヴォルコフの拡張解釈なのか、あるいはミルスタインの彼へのリップサービスもあるかもしれないとも感じます。なにしろヴォルコフは、あの『ショスタコーヴィチの証言』の著者でもあるのですから。

そういうミルスタインとオイストラフとの交友のエピソードから浮かび上がってくるのは、何ともいえない体制順応の切なさです。ミルスタインのソヴィエト嫌悪は決して攻撃的なものではなく、そこで生活する音楽家たちへの同情と感受性に満ちた愛惜の念だとも言えます。そして何よりもオイストラフの才能を認めている。そこからオイストラフの優しくひたむきで誠実な人格もにじみ出てきます。私は、ますますオイストラフが好きになりました。

感動的なのは、最終章のジョージ・バランシンの回想。バランシンは、ロシア時代の教え子と最初の結婚をしているのですが、その後、離婚と結婚を繰り返していて相手はすべてバレリーナばかり。とかく誤解を受けがちだけど、バレリーナというのはそういう風に肉体と精神、芸術と生活が一体となった激しい思い入れのようなところがあります。バランシンのバレエへのひたむきな献身は、そういう心身合一で貫かれていて誠心誠意そのもの。それを受け入れ、支え励まし続けたミルスタインに気持ちが熱くさせられました。



ちょっと疑問が残ったのがバッハのこと。



ミルスタインと言えば、バッハの無伴奏ヴァイオリン。

オデッサ時代のごく若い頃から、シャコンヌなどを演奏していたという。アンコールでこれを演奏して会場を白けさせるという大失敗をしたり、周囲からはバッハだけはやめておけと再三アドバイスされたのだとか。ソ連の演奏家は、技巧の誇示や腕力ばかりで、バッハにも無知だったと切り捨てています。ところが後々になっての私たちから見れば、ロシアの音楽家たち(特にピアニスト)にはバッハ演奏の伝統が脈々と流れています。そこが不思議でならないのです。

実際のところ、若かったミルスタインは、バッハをどこでどう習い覚えたのか。そのことだってちっともわからない。ミルスタインの口ぶりと、例えばロシアピアニズムの系譜におけるバッハ演奏の存在感とはずいぶんとギャップがあって、それがちょっとした謎として残りました。




ロシアから西欧へ ミルスタイン回想録
ナタン・ミルスタイン&ソロモン・ヴォルコフ
青村茂&上田京 訳
春秋社

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レス一覧

  1. この本はちょっとしたショートエピソードや寸評が満載でたまらなく面白いのです。

    噛みつき虫、カネの亡者のストラヴィンスキー、下手くそなのに指揮するのが好きで人気もあったグラズノフ、過剰定員のアウアーのクラスの学級崩壊ぶり、トスカニーニとフルトヴェングラーの互いのけなし合い、ロストロポーヴィチへの辛口評とか…書き切れないのであきらめました。

    バッハがらみでひとつだけ追加しますと…

    ゲヴァントハウス管でチャイコフスキーの協奏曲を演奏した後のアンコールにバッハの無伴奏ソナタ第1番を全曲弾いたこと。アンコールの即興で全曲を弾くなんてちょっとあり得ない。アダージョを弾いたら止まらなくなったというわけです。バッハを弾けとそそのかしたのは指揮をしていたワルターで、ソリストに人気を持って行かれないようにバッハで聴衆の熱を冷まさせようとしたからだなんてミルステインは皮肉っていますが、結果はかつてない大成功。場所がバッハゆかりのライプツィヒということも自慢なのでしょう。しかもそれがミュンシュとの最初の出会いでした。ミュンシュはその時のコンマスだったから。その思い出話しをミュンシュがしたニューヨークのレストランでの昼食に同席していたのがミトロプーロスとセルだというのも豪華です。

    かしこに顔を出すミルスタインのバッハへの思い入れのなかでも、一番豪華なエピソードだと思いました。

    byベルウッド at2020-07-05 12:10

  2. ベルウッドさん、こんばんは。

    ミルスタインは、今よりも若い頃に生活費をCDにまわしていた時分、ハイフェツだのオイストラフに流れて結局聴きませんでした。ちょっと聴いてみたくなりました。その頃にすごいなと思ったバイオリニストはチョン・キョンファでした。(爆)

    旧ソの共産党の抑圧をもっとも目立つ形で受けたのは文筆家たちだったと思います。カクメイとかマルクスという文言が無意味に文章中に出現するのを目にするとはっとします。

    音楽はどんな抑圧が加えられたんでしょうね?ホロビッツのバイオグラフィーを読み直してみようかな。「明るく、人民に希望を与えるもの」でなければならないみたいな抽象的な検閲が映画には与えられていたようですね。

    旧ソだけでなくポーランドやチェコ等でも激しい抑圧が加えれましたが、熾烈な芸術が生まれました。政治体制の不自由がある種の芸術を促したかもしれません。若かりし頃のアレクサンドル・ソクーロフの作品などは全く「明るく」なく、検閲を受けて当局に没収された自作のフィルムを命からがら自ら盗みだしたなんてエピソードがあるわけですが、あの時代のあの抑圧が異常な美しさを発揮する映画に繋がったと言えるはずです。といって全体主義の不愉快さを正当化するつもりは毛頭ありませんが、たとえば寡作の映像作家タルコフスキーの8本のフィルムの大半は旧ソの恩恵なくしてはありえなかったはずです。映画は金がもっともかかる芸術ですからね。あの作り方はハリウッドでも日本でもまず無理でしょう。

    「二十世紀前半の西欧芸術、なかんずく音楽芸術というのはロシアの時代だった」のは、再現芸術の演奏レベルでは間違いないですよね。少し名前を挙げていけば誰でも分かりますよね。ただ政治的・社会的抑圧が作品に落とした光と影に関して、創作のほうはどうだったのか、ちょっとプロコフィエフに興味が湧きました。

    byベルイマン at2020-07-06 00:38

  3. ベルウッドさん

    いつも面白い本のご紹介ありがとうございます。
    ウチの書棚にはベルウッド・コーナーが出来そうです(笑)。

    なかなか日本に行けないので、「Kindleでも?」と思い調べましたがさすがに古過ぎてダメでした。こうなると「原書で!」と気合を入れましたが、古本が£111.86から、ということで現在逡巡しております。

    欧州のクラシック音楽界には今でもロシアへの畏怖と尊敬がしっかりとあるようです。

    知り合いのピアニスト(ハンガリー人)と話した時、「コンクールでロシア人の名前を見ると、それだけで負ける気がする」と言ってました。「それは100m走で横にジャマイカ人が来たような気持ち」らしいです(爆)

    byのびー at2020-07-06 00:50

  4. ベルイマンさん

    ミルスタインはホロヴィッツとひとつしか歳が違わないのですが、録音は少ないですね。やはりそういう面でも「通好み」のヴァイオリニストということになったのだと思います。

    私も本書を読んでみて、改めてグラズノフとかチャイコフスキーの協奏曲のCDを探し求めてみました。チャイコフスキーは、アバド/ウィーン・フィルのものが一般的ですが、個人的にはあまりよい印象がないので、古い録音ですがグラズノフも入っている海賊版みたいなイタリア製のCDを買いました。

    そのチャイコフスキーは、1940年のストック/シカゴ響との共演というシロモノで、もちろんモノラルです。それでも老熟期の単に端整とか衰えのない安定した技巧ということだけではないミルスタインの覇気とかロシアへの郷愁というものが感じられる素晴らしい演奏でした。

    今のコパチンスカヤとクルレンツィスの演奏なんかをミルスタインが聴いたら、いったい何と言うだろうかと思わずヒヤリとしてしまいました。おおよそ想像はつきますが…(笑)。

    byベルウッド at2020-07-06 10:08

  5. のびーさん

    私は図書館から借りてきて読みました。手元に置いておきたいと思いましたが古書があまりに高いので躊躇しています。原書も考えたのですが、仰るようにすごい値段です(邦訳古書よりも高い!)。

    この本のことを紹介してくれたのはミク友さんなんですが、水戸の佐川文庫の蔵書を借りて読んだそうです。故・吉田秀和氏の遺贈で、この本には吉田氏の鉛筆メモがびっしりと書き込まれていたそうです。

    ロシアのピアニストの技巧優先や筋肉ムキムキのイメージには、多分にソ連のプロパガンダが作用していたというようなことを書いています。ラザール・ベルマンなんかは「あんなのは長続きしない。すぐに消えた」と一刀両断でした。

    ハイフェッツなんかは、一方のアメリカ的なものの代表に仕立て上げられるわけですが、ミルスタイン自身はそういうところから身を引いて正統に徹していたのだと思います。その彼自身は、ラフマニノフを賞賛してやみません。

    byベルウッド at2020-07-06 10:24

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