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「マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法」(オリヴィエ・ベラミー・著/藤本 優子・訳)

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2020年07月25日

アルゲリッチのファンやコアなピアノ・マニアだけでなく、広くクラシックファンにお薦めしたい。とにかく面白い。

著者は、フランスのジャーナリスト。ラジオ、テレビの音楽番組を担当し、取材手腕には定評があり、また、その天衣無縫な語り口で人気を博す。難関のアルゲリッチの取材インタビューに成功したがそれに満足せず、まとまった本にしたいと申し込むと『自分のことには興味はないのよ!』と突っぱねられた。そこで、彼女をよく知る人たちに取材して本を書きたいと再度申し出ると『それならいいわ』と…。

マルタの母ファニータ・アルゲリッチが収集した記事や資料にくまなく目を通し、多くの人々に取材し、ブエノスアイレスを始め彼女がかかわった世界中の街へと足を運んだという。実際、本書はそうしたマルタと彼女をめぐる人々(驚くほどの著名人の数々)のエピソード満載で、さながらアネクドートの宝箱のようだ。


マルタ・アルゲリッチの両親は、学生運動で知り合ったインテリ同志だが、父親は保守、母親はばりばりのペロニスタと政治信条は真反対。幼いマルタは先進的教育の保育園に預けられる。同組の男の子が、いろいろとけしかけて、ついに、ピアノを弾けるか?と挑発する。負けん気の強い彼女は、初めて触れるピアノでいつも保母が弾いて聴かせてくれる子守歌を弾いてみせた。これを傍で見ていた保母が驚愕し、母親に告げる。「あなたの娘は天才だ!」天才ピアニスト・アルゲリッチの誕生の瞬間だ。

母親は、その才能に夢中になる。そのことは、やがて家庭を崩壊させていく。弟は自分もと必死にさらった練習曲を弾いてみせるが、姉はそれを鍵盤に背を向けて弾いてのける。フリードリッヒ・グルダに弟子入りするために、外交官の父親はウィーンに任を得る。母親は彼女を支配したがるが、自由になりたいマルタとは諍いが絶えない。やがて帰国を希望した父親と母親は離婚、一家は離散する。

ミケランジェリに弟子入りするが冷遇され、崇拝するホロヴィッツに会うためにニューヨークに仮寓するが巨匠は素っ気ない。このとき、彼女は、すでにジュネーブ国際の覇者となり、ドイツ・グラモフォンにもデビューしていたが、24歳でショパン・コンクールで優勝するまで、その行状はまさに波瀾万丈で職業演奏家としての自覚もまったくなかった。本書が「ショパン・コンクール」にたどり着くのは、ようやく第11章に至ったところで、もはや全体の半ばを過ぎようというところだ。

極度の上がり症で、自身の家庭崩壊の反動なのか、とにかく自分に多数の目が集中することを嫌悪し恐怖する。苦悩に身をよじらせて「だめよ、無理」と泣きじゃくる。すでにキャンセルぐせは彼女の伝説となっていたが演奏依頼は引きも切らず、演奏するまで契約書にサインをしないという特権を得ていた。

彼女にとっては、同業の音楽家たちは、崩壊した家庭の代償だったのだろうか。その交友や交錯する恋愛は、まるで中学生か高校生のクラスメイトとかグループ交際のようで、彼女の住居はそうした若い音楽家たちが自由に出入りする部室か、雑魚寝する合宿所の様相を呈している。「若い才能の発掘」への熱や、くすぶっている親友や後輩をとことん面倒見るのは、母親から引き継いだDNAなのだろう。視線の集中への恐怖は、やがて、ソリストからの撤退へと導くが、一方の梁山泊気質からは室内楽やピアノ・デュオという新たな豊穣な音楽世界が拡がっていく。



アルゲリッチにとって『世界は「日本とそれ以外」となっている』という。またも「日本エキゾチシズム」かと思うが、読むとなるほどと思う。気分屋で奔放な自由人アーチストが、規律正しさを重んずる日本にこれほど順応し、夢中になることは七不思議としか言いようがない。

71年に日本デビューした“アルヘリヒ”は、浜松など地方都市巡回ばかりで決して成功とは言えなかった。二度目の来日は73年のことで、夫シャルル・デュトワに疑惑を抱いていた彼女は、その旅行カバンからチョン・キョンファの恋文を暴き出し半狂乱となり、さっさと日本を離れてしまう。

著者によれば、『日本で演奏会をキャンセルするとあとがないほどに大変なことになる』という。それは極東の国では同格の代演者を呼ぶのが困難で、そうなると、『日本の主催者は情け容赦がなく』なるからだ。あのミケランジェリは持ち込んだピアノを差し押さえられたという。彼女も永久追放の憂き目寸前だった。ところが、彼女は、翌年、再び舞い戻り28日間で14の演奏会を行い旅費も含めて1円たりとも受け取らなかった。その後の日本は、この黒髪の天才ピアニストと永遠の恋に落ちた。その人気は、マウリツィオ・ポリーニと2分することになる。

別府での音楽祭は、彼女自身にとってかけがいのないものだ。マルタは、祖国アルゼンチンでも「アルゲリッチ音楽祭」を立ち上げている。しかし、石油暴落が招いたアルゼンチンの経済危機によって音楽祭は危機に瀕する。彼女は自ら欠損を補填、資金を投入して継続することを表明するが無残に挫折する。楽団員のストによる中止で、彼女が心を寄せていた「左」の人々からの裏切りだった。同じ年、勲章嫌いのはずのマルタは、自分を裏切った祖国とは地球の真反対の国・日本で、旭日小綬章を天皇からしおらしく受け取っている。日本が…というよりも、《日本のマルタ》は不思議のマルタなのだ。

こうしたエピソードが夜空の星のように数え切れない。読後には、なんとも言えないアルゲリッチ愛と彼女の音楽的足跡への愛着が、ふっくらと膨らんでいた。






マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法
オリヴィエ・ベラミー (著)
藤本 優子 (翻訳)
音楽之友社

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  1. ベルウッドさん、こんばんは。

    アルゲリッチに関する情報満載の本をご紹介いただき、ありがとうございます。

    彼女が、何故日本びいきなのか、毎年別府で音楽祭を開催しているのか不思議でしたが、この日記を拝見しただけで分かったような気がします。

    「気分屋で奔放な自由人アーチスト」だからこそ、律儀で温厚な日本人が安心して付き合えるからではないかと思います!?

    それにしても、彼女の気分が乗った演奏はすさまじいですね。

    チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番(1980年LPライブ盤)は、特に凄い演奏で愛聴しています。

    byED at2020-07-25 23:01

  2. ベルウッドさん、ご無沙汰しています。
    いつも面白い日記を楽しみにしています。

    天衣無縫のアルゲリッチが何故別府で音楽祭開くまで日本贔屓なの?という疑問の一端が見えた日記でした。
    ありがとうございます。

    by椀方 at2020-07-26 09:01

  3. EDさん

    アルゲリッチは、チャイコフスキーの協奏曲をあまり弾きたがらなかったそうです。

    著者によれば、その演奏活動を通じてこの曲を弾いたのはたったの6回だとか。

    巻末のディスコグラフィには6つの録音があります。最初のものはデュトワとの録音(ロイヤル・フィル)で、デュトワは妻を説得するのに大変な苦労をしたそうです。渋る彼女をようやくスタジオのピアノに座らせると…(!)。最後の録音は、2001年別府アルゲリッチ音楽祭のライブとなっています。

    byベルウッド at2020-07-26 11:25

  4. 椀方さん

    アルゲルッチの日本びいきについては、とても面白いことがいろいろと書いてあります。

    日本人の婉曲な物言いが、かえって彼女には性に合っていて楽譜を読み解くように面白がっているのだとか。

    たぶん、日本人の距離感とか遠慮というのが、神経質で傷つきやすい彼女にとってくつろげる自由を得られるのだと思います。日本人のファンは、出待ちで車に群がっても小さく手を振るだけ。車が走り出すと目元に手をやって涙ぐむ…その姿にアルゲリッチは感動するのだとか。

    byベルウッド at2020-07-26 11:35

  5. ベルウッドさん、こんにちは。

    アルゲリッチの演奏を聴いていて家族や親友との会話を見ているように感じることがありましたが、まさに彼女の音楽は言葉なんでしょうね。
    楽しい会話を交わすにはやはり親密さが大事でしょうし。
    だから、単なる仕事仲間とは良い演奏ができないということなのでしょうかねぇ?

    ヴェルヴィエ音楽祭での協奏曲ではどう見ても「ファミリーを従えるグランマ」にしか見えませんけれども(笑)
    演奏者の全員が自らの愛すべきファミリーでちょっとした失敗も聴き逃さず「しゃんとしな!」と眼力で抑え込むアルゲリッチが楽しいです。


    デュトワとのチャイコフスキーは中学生のころにレコード店で冒頭のホルンだけを店にあるだけ聴かせてもらって購入しました。
    あの気品のある音色が良いです。
    ただ、一楽章の中途から演奏が全体的に少し…
    二・三楽章は絶品なんですが(汗)

    byfuku at2020-07-27 17:02

  6. ベルウッドさん  こんにちは。

    とりあえず、第3章「ウィーン グルダとの魔法の修行」箇所を読んでみました。
    コイツは面白い!アルゲリッチのコメントが配されているのも良い!ですねェ~(^^♪

    それにしてもグルダと月日を共有しておきながらなんでモーツルトを演奏しないんでしょうね、とっても残念なことです。
    ここのところあまり音楽を聴いていませんが、アルゲリッチ演奏のモーツアルトの25番がお気に入りに加わりました。

    最近、アナログ録音時代の演奏の音質がとても聴きやすくなり、安心して聴けるので喜んでいます。

    byそねさん at2020-07-28 12:17

  7. fukuさん

    ヴェルヴィエ音楽祭は、DGのプロデューサーだったマルチン・エングシュトロムが立ち上げた音楽祭。皮膚癌の手術後、ロサンゼルスで静養していたアルゲリッチを訪れ、参加を提案したのがきっかけでした。大病からの回復にあってギドン・クレーメルやミッシャ・マイスキーら友人とスイスのリゾートで過ごせるのはアルゲリッチにとって大いなる安らぎと復帰への刺激となったようです。そういうことが彼女のこの音楽祭への律儀さとなったそうです。

    アルゲリッチは、そもそも、業界のやり口に強烈な反感を抱いていたそうです。そういう輩のおもちゃになりたくないと、仲間のアーティストたちで旗揚げしたいと考えていた。それが結実したのが別府アルゲリッチ音楽祭というわけです。

    本書には、次のような小話が紹介されています。

    ポリーニがマネージャーにひどくピンハネされていることが発覚した。ツィメルマン、ニコラス・エコノム、ラヴィノヴィチ、アルゲリッチらが顔を合わせた時に、そのことが話題になった。

    ツィメルマン:「大したことじゃない」
    エコノム:「マネージャーが仕事をくれるんじゃない。こっちが彼らに仕事を与えているんだ」
    ラヴィノヴィチ:「連中を金持ちにさせたくないから、僕は少ししかコンサートをしないのさ」

    byベルウッド at2020-07-29 00:23

  8. そねさん

    アルゲリッチが出会って弟子入りした頃、グルダはザルツブルクのモーツァルテウムで初めて講義したばかりだったようですね。教えたのはベートーヴェンが中心だったようです。そこで、まだピアニストだったクラウディオ・アバドとも出会っています。彼らはドビュッシーに目覚めたりしています。アルゲリッチが特に気に入ったのはシューマンだったそうです。「彼を思うと泣けてくるのよ」

    対してグルダはモーツァルトに取り憑かれていたと言います。ヴィーン育ちのグルダにとって最も身近な存在がモーツァルトだったからです。

    グルダはアルゲリッチをからかって言ったそうです。

    「シューマンがアルゼンチン人でなくても、それはきみのせいじゃないよ、アルゲリッチ!」



    >アナログ録音時代の演奏の音質がとても聴きやすくなり…

    それは素晴らしい!世の中が落ち着いたら是非聴かせてください。

    byベルウッド at2020-07-29 00:35

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