のびー
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ロンドンに移り住んで25年目となりました。240V環境の恩恵に浴すも、やはりオーディオは日本がおもしろい。年に数回の帰国の際の物色を何よりの楽しみとしております。

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800D3を導入しました
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2018年3月、1986年から(32年間)一貫してJBLをメイン・スピーカーとしてきたオーディオ・ライフに別れを告げ、B&W党となりました。2015年のピアノ購入時にオーディオ部屋(約30畳)をピ…
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日記

音、音楽、オーディオ、いい音とは?

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2020年10月14日

先日、MFさんといつものようにLINEチャットしていた際、「オーディオマニアは高齢者が多く、耳の聴力としての性能は相当落ちているはずなのに、音が分かるのか?分かるとすればそれはなぜか?」というような話になりました。

暫くのやり取りの後、自分なりに色々考えたことを記します。
独善や思い違いもあると思います。その点はご容赦下さい。

そもそも、「音が分かる」とは何?

非常にワイドレンジな英語の歌の再生を例に考えると分かりやすいのではないでしょうか?
これを、音が聞こえること、歌詞の意味が分かること、歌の上手い下手が分かること、と分けて考えます。

「音が聞こえること」
そのソースに入っている非常に高い音、小さい音が聴きとれるかどうか?という点では、20、30歳代の若者と比較して、私を含む50歳以上の人間には勝ち目はありません。

「歌詞の意味が分かること」
その曲の英語の歌詞を言葉のニュアンスまで理解出来るかという点では、我々日本人は英語ネイティブな人には決して及びません。
私自身、英語の能力が低く英語圏での生活経験が浅かったかった20、30歳代の頃より随分と改善したとは思いますが、ネイティブとの差は埋めがたいものがあります。

歌詞の理解と同様、曲の構成の評価・理解は音楽理論を学んだ音楽家はやはり優れていて、「ここでの転調はユニークだ」というようなコメントを読むと、「それは指摘してもらわない限りとても自分では分からないな」と思うこともしばしばです。

「歌の上手い下手(良い演奏、良くない演奏)が分かること」
これに関しては、そもそも主観的であり、経験と努力が物を言う万人にフェアなものだと思います。同じジャンルの多くの曲を聴けば聴くほど、自分なりの評価軸が確立されて、歌の良し悪しが分かってきます。もちろん、音が良く聞こえ、歌詞の意味が良く理解出来ていれば、判断の精度は高まりますが、これらが絶対必要というわけではないと思います。

少し違うかもしれませんが、「聴いたものしか聴こえない」というのと似ています。例えばムジークフェラインでウィーンフィルを聴いたことがある人でなければ、「ムジークフェラインでのウィーンフィルの演奏のようだ」という評価は決して出来ないし、聴いたことがあっても「ムジークフェラインの音」「ウィーンフィルの音」を意識して聴かないと、その音を体系的に記憶することは容易ではありません。

私は、オーディオを楽しみたい、そのためにも「音が分かるようになりたい」と思っています。オーディオ仲間とご一緒して、ああこの人は耳が良いなあ、音が分かっているなあと気付くことが度々あり、このような思いを強くしてきました。

そのためには耳も鍛える必要がありますが、「耳を鍛える」とは様々な経験値を積むことだと考えています。そこでのカギは「音の記憶力」ではないでしょうか?
これはいつもMFさんが主張されていることで、私も全く同感です。

機器を変えた、セッティングを変えた、他の方のリスニング・ルームを訪問した、という際に自分なりに評価をしている訳ですが、「音の記憶力」がしっかりしていないと上手く評価出来ません。

「耳を鍛える」ことで「音の記憶力」を確かなものにする。その方法論についても思うことはあるのですが、それはまたの機会に...

まだまだ精進の余地は大いにあると信じています。

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  1. のびーさん

    ROMを決め込んでいたのですが、余りに面白かったので、思わず釣られてレスしてしまいます。

    いきなりの告白ですが、私は特定の色の区別が普通の方より弱いです。それでも、絵画を楽しむことは出来ますし、作品の良し悪しを言うことも出来る積もりです。(好き嫌いだけなのかもしれませんが)

    一方で、服の取り合わせでは家人に呆れられ、パワポのグラフの色付けでプレゼン会場を凍りつかせることもしばしば。私の見ている世界は普通の方とは少しだけ違うのかもしれません。

    それでも、美しい風景は美しいですし、美人は麗しいことに変わりはないのです。本当に不思議です。

    byパグ太郎 at2020-10-14 19:35

  2. のびーさん こんにちは
    面白い演題では ありますが難しくも,有りますね。
    まず もって SPから 出た音を 三人で 聴いていた場合に 三人共, 完全に 同じ音として 認識しているのか??と言う疑問。
    音楽, 絵画, 音, 色 の好み??  三人三様ですよね。
    もちろん 似通った方もおられるとは思いますが。
    いい音は 沢山 存在するのでは?? その人にとって いい音の基準は何??
    コンサート(クラシック)体験,豊富な方でも 自宅のオーディオ装置の音は その音を 目指した音かと言うと 全く そうは思えない表現だったり, 沢山の経験をされているのなら,その経験を生かしてほしいと願いますよね。 記憶が 足りないのでしょうか??
    オーディオ装置を 上手く,セッティングできる スキルの不足? 感性の不足??
    いい音の基準は 各自に有り,基準の統一化は 不可能なのでは??
    自分の気持ちよく感じる音楽を より気持ちよく聴ける(鳴る)ように セッティングできたら いいなと思います。 できれば,その出音に 共感して頂ける方が数人おられれば 嬉しいですね。

    byX1おやじ at2020-10-14 21:27

  3. のびーさん

    またもLINEシリーズですね・・(笑)
    私の場合
    「音が聞こえること」
    来月は会社の健康診断ですが、聴力検査の検査音を覚えているので1秒以内に検査音を聴き取りボタンを押せるのでいつも検査医に驚かれる。
    これは音を覚えているで、ヘッドフォンと言えど周囲の音が聴こえる中で記憶の中の検査音を探すからだと思っています。
    すぐ隣で血圧検査をしていて、再検査対象の血圧ぎりぎりの人らが検査医の女性に「今日も綺麗ですね!ドキドキして血圧上がっちゃうよ~(笑)だから見逃して!」などの会話を聴き取りながらでも検査音は逃しません。

    「歌詞の意味が分かること」
    これは限りなく関心があまり無く・・・その分音の分析に思考が集中出来ていると思います。
    邦楽でも歌詞があまり頭に入って来ません。
    その意味では歌詞に対する感度は著しく低いと言えます。

    「歌の上手い下手(良い演奏、良くない演奏)が分かること」
    こちらはクラシックに対しては特に素人で興味も薄いので意識が持っていかれる事はほぼ無比です。
    興味が無いので仕方ないです(笑)

    聴覚も味覚や視覚に見ていると思います。
    【味覚センサーの仕組み】
    https://aissy.co.jp/ajihakase/blog/archives/3652
    どんな料理でも人が美味いと感じる塩分濃度は同じとの事です。
    音も同じ要素があると思いませんか?(笑)

    byMF at2020-10-14 22:51

  4. のびーさん
    面白い話題ですね!

    >「音の記憶力」

    このワードには共感が持てます。
    バズケロも以前kanataさんとのレスのやり取りで同様なコメントを残した記憶がございます。
    様々な体験した音楽や音は体内で、記憶で「熟成」されるのだといった内容です。
    自分の中で熟成された音や体験が自分の音になってゆくという流れだったと思います。

    オフ会などで自分とは異なる新鮮なオーディオ音楽に触れる度に、何故か「良い音だなあ」と思う事が多いです。
    この音は自分の感性では出せないんだなあ...と思っている訳ですが、自宅に戻って自分のオーディオを聴くと凄くホッとするのが面白い。

    多分オフ会で出会った新鮮な音も、自分の音として掘り下げてチューニング等してみると、結局自分の音になってしまうのでしょうね。
    ですから、基本自分流のセッティングのお話は訪問先では封印してしまいます。
    違いを楽しむのが面白いのでしょう。

    オーディオはいつも万華鏡の様だと思いますし、それが自然体なのだと。

    違いが有るからこそ人もオーディオも面白いです!

    では、では

    byバズケロ at2020-10-14 22:56

  5. パグ太郎さん

    ご無沙汰しています。レスありがとうございます。

    私から見たパグ太郎さんは、間違いなく「歌詞の意味が分かる人」です。
    その広く深い教養から「なるほど、ここはこういうことだったのか!」と教わることも度々です。

    その知識をベースにした、だけども知識偏重ではない「演奏の評価」もやはり説得力があります。

    ROMなんて仰らず、また得意の「表題の長い日記」を期待しています。

    byのびー at2020-10-15 01:34

  6. X1おやじさん、こんにちは。

    >いい音は 沢山 存在するのでは?? 

    全く同感です。オーディオファイルのお宅を訪問して、全く傾向が違うのに甲乙つけがたい音と思うことがありますね。

    私の日記の主旨は、「耳の性能が落ちても音楽を楽しむ・評価する能力が必ずしも落ちる訳ではない」ということですが、評価基準が幾つもあるということも言いたかったポイントです。「千人千音」「音は人なり」・・・どこかで聞いたような・・・

    孤高の音を目指すという姿勢も否定しませんが、セッティングに精を出して悦に入っている時に共感してくれる方が居られると本当に嬉しいですね。

    byのびー at2020-10-15 02:01

  7. MFさん、

    この日記の「音が聞こえる人」はMFさんをイメージしています(笑)。試聴にご一緒すると、利き酒やレースを彷彿とさせます。

    ご自身で仰るほど「歌詞の意味」や「歌の巧拙」に関心が無いとは思いませんが、音を聴く集中力は尋常では無いです。

    最後の味覚センサーの話は面白いですね。ただ私はこの話をそのように解釈しません(天邪鬼です)。
    料理を作るときに、他の調味料の量は割といい加減で良いが、塩はレシピの指定に従わないとまずくなると聞いたことあります。人は体液の塩分濃度と同じくらいが美味しいと感じるらしいですね(理論)。これを「どんな料理でも人が美味しいと感じる塩分濃度は同じ」ととるか、「人が美味しいと感じる塩分濃度の幅は相当狭い」ととるかで、次の展開が変わって来ます。

    普通の人にとって「同じ」ものが、腕の良い料理人にとって「差は小さいが拘る」領域かもしれません。そこからが理論を超えたアートの世界で、妙にマニア魂が掻き立てられたりしますね。

    byのびー at2020-10-15 05:41

  8. のびーさん

    面白いテーマですね。

    「音が聞こえること」

    名前を勝手に出して申し訳ないですが、MFさんの耳の良さにはいつも感心させられます。
    いたちょうさん宅にご一緒したときに、例によってタマ転がしということに。そこでピアノ再生で比較した時に、「Bは、中音域と高音域で音色が違ってしまう。Aはその差が小さい。だからAが良い。」とコメントされたのです。そういう微妙な音色差を表現するアッコルドもすごいですが、一瞬でそんなところまで聞き分けているMFさんにも驚きました。

    ところが、そこで私が申し上げたのは「ピアノは音域で音色が違うので、Aが良いとは言い切れない」でした。

    弦は、低域は銅巻きされていて弦数も1本から2本、中域以上では銅は巻かず1音あたり3本になっています。ダンパーは最高音部ではありません。
    さらに、調律・調音の際に、低・中・高では微妙に音色に差をつけています。作曲家もそういう多楽器オーケストラ的効果も狙って創作しているのです。リスト直系のホロヴィッツはこの差を色濃く奏法に取り入れています。

    つまり、ピアノは音域によって音色が違うことのほうが正しいのです。弦楽器の弦径の違いによる音色の微妙な違いもしかりです。一口に耳を鍛えるといいますが、大事なことのひとつは音の「引き出しを」を増やすことだと思います。

    「聴感がいい」≒「耳が良い」ですが、「聴感」≡「耳の良さ」ではありません。

    byベルウッド at2020-10-15 10:55

  9. のびーさん、

    私は高校生の頃の測定で19000Hz以上は聞こえていたのですが、最近は12000Hzを超えると音がすーっと消えてしまうので歳を感じます。自分の耳も良いと感じたことはございません。それでもオフ会などで昔より良い音を聴く機会が増えて脳の経験値が上がっていますので、良い音を聞きわける力は上がっているのかなと思います。

    歌詞については、若い頃洋楽を意味も分からず聴いていた経験から未だにそれが抜け切れていないのでその話になると耳が痛いです。(^^;)
    時々歌詞を読んでそういう意味だったのかと知ることも多いですね。そういう方も多いと思いますので、いろんな楽しみ方があって良いのかなと思います。

    byHarubaru at2020-10-15 11:04

  10. 「歌詞の意味が分かること」

    よく情感を込めて歌うというようなことが言われますが、つまりは、歌は歌詞と連動しています。聴き手にとっても歌詞と歌唱が連動してこそ感動が高まるのだと思います。歌詞を理解する努力は、しないよりも、した方が絶対良いです。

    意味というだけでなく、音韻的なものも実は音符の一種だと思っています。そこに聞き耳をたてることも耳を鍛えることの一連につながります。言語の発音にも情感の伝統が込められてるからです。

    例えば、Diana Krallの“Moon not at all”を聴いてみると、脚韻の小気味よさがあります。つまり、第一節では“night”“lights”“sight”、第二節では“dark”“bark”“park”というように、そして最後に“no moon at all”が置かれて口の調子がとても良い。

    単語の末節が子音で終止するのは日本語には無いので、日本人はなかなかこれが聞こえません。オーディオ再生でも、子音が目立つことを嫌う人は多くとも、長く伸ばした母音を最後に締めくくる微かな子音の口の動きをおろそかにしているひとが多いと感じます。

    このほんの一瞬に、恨みや怒り、諦め、軽妙さなどの情感がこめられていることが多いにもかかわらずです。例えば、Eva Casidyの“Autumn Leaves”で、“The summer kisses”の最後の“s”、曲の最後の最後の“start to fall”の最後の最後にポツリと聞こえる“l”にビリビリっと来ませんか?

    こういう最後の子音の再生はとても難しく、けれども、とても大事なのです。

    逆に、日本語では母音がとても大事です。「い」「え」とかはいきむと音が歪みます。こぶしのようなものも母音があってこそ。アルトの伸びやかな抜けの快感もここにあるし、いきんで意図的に音色を変えるのも情感を込めるからこそです。ここは録音再生としても難しいところです。これまた、勝手にお名前を出して恐縮ですが、昭和歌謡の両巨匠、横浜のvafanさん、いたちょうさん、お二人の再生にはそこのところにいつもとても感心させられます。

    byベルウッド at2020-10-15 11:08

  11. 「音の記憶力」

    やはり記憶を定着させることは、「耳が良い」こととは別の作業になるのだと思います。記憶力を鍛える一番の近道はメモをとることだと思います。ブログや日記投稿はそのまとめとしてよい機会となります。

    問題は、メモを取るには、表現する必要があることであり、表現するためには語彙が必要であり、語彙を増やすには分析的に聴く必要があります。このことは結局は、前述したように音の「引き出し」を増やすことにつながります。結局、「引き出し」を増やすには、メモを取ることが一番の近道です。ここはPDCAのように循環していると思います。

    メモを取ることは、初めは煩わしいことですが、後で振り返る時にはとても有益ですし、自分の感想や印象に自信が持てます。「記憶力」とは脳内に潜在的に蓄積されている情報を的確かつ即時に引き出す能力のことであることが、近年の脳科学によって解明されてきつつあります。そのことがメモをとるという行為で触発することになります。

    残念ながら、記憶の方も聴力同様、加齢によりどんどん落ちてきました。毎日、「あ~」「う~」「あれ」「それ」を連発している毎日です。

    byベルウッド at2020-10-15 11:12

  12. のびーさん、こんにちは。

    オーディオでも仕事でもなんでも通じるのかもしれませんが、いくら経験豊富でもそこからどれだけのものを汲み取れるか、本質を感じ取れるか、が大きいように思います。
    聴取力とでも言えばいいのでしょうか?
    ということは、今までの人生どう生きてきたか、どう向き合ってきたか、ではないかと。
    もちろん、どう向き合うかは本人の自由ですが。
    よく本棚を見るとその人となりがわかる、とか言いますが、並べてるだけと、中身を理解してるとは違いますし。
    なかなか一律にどうこうって難しいですね。
    ただ、嗜好なので本人が満足してれば良いのに、横から余計なこと言ったり優劣決めようとする人がいたり、酷い時は攻撃したりする人がいたりして、またこの趣味にそんな人が多いのもまた難儀なことですが...(苦笑)

    byデーンちゃん at2020-10-15 18:34

  13. バズケロさん、

    "メカニカル・チューニングの鬼"からレス頂き恐縮です。

    音は映像と異なり、瞬時に消え去るものですから、比較するためには記憶が必要になります。
    私がここで意図した「音の記憶」は、「音を覚えている」という単純なものだったのですが、バズケロさんは、この言葉を「体験→熟成→自分の音に昇華させる」というもっと大きなプロセスとして捉えているのですね。

    オーディオ趣味のスタートはまず機械を繋ぐことですが、そこからの作業の一つ一つは、自分の音を作り上げる過程そのものです。
    自分の音がしっかり出来れば他人の音もじっくり楽しめる、ということでしょうか?

    では、では

    byのびー at2020-10-15 18:40

  14. Harubaruさん

    Harubaruさんの耳のスペックはさておき、Harubaru邸の音は間違いなくハイスペックです。
    特に小音量領域の解像度の高さは特筆ものだと思います。

    >脳の経験値が上がっていますので、良い音を聞きわける力は上がっているのかなと思います。

    ご一緒していていつも思うのは聴くポイントを把握されている点です。その辺りの能力の向上が聴力の低下を補って余りあるのでしょうか?

    >時々歌詞を読んでそういう意味だったのかと知ることも多いですね。

    60年代後半から70年代の曲の歌詞が、イケてるのに今更ながらびっくりします。

    byのびー at2020-10-15 20:27

  15. こんばんは

    いつぞや「聴力」のお話を「視力」に置き換えた例をどこかに書きましたが、今夜はもう少し具体的に書いてみます。
    前提条件として、極端な例、耳が聞こえないとか目が見えないという場合は例外として脇によけておきます。

    聴力による音楽鑑賞、視力による絵画鑑賞。
    いずれにも共通するのはある程度の予備知識が必要とされることです。未開の地の原住民や、まだ見ぬ他銀河の宇宙人にも理解を期待することは叶いません。(好き嫌いの反応くらいは引き出せるでしょうが)

    私は印象派絵画が好きです。日本なら岡山の大原美術館、フランスならオルセー美術館が良いです。印象派の面白いところは絵に数十cmくらいまで眼を近づけてみると・・・何が描いてあるのか分からない。油絵の具がべたべたと塗りたくられている・・・だけ。それがちょっと離れるとあら不思議、見えてきます。こういう事は、顔や物体の輪郭線が無いことに加えて、印象派絵画のひとつの特徴かもしれません。ずばり、視力はさほど要求されません。万人向け?

    一方、対照的なのは・・・細密画です。有名どころではピーターブリューゲルの「バベルの塔」でしょうか。これ、近付けば近づくほど細かく描かれた人の姿など、細かく描かれたものが見えてきます。これは・・・視力が良いほうが有利かもしれませんが、「バベルの塔」の醍醐味は、そこにはありません。人の姿なぞゴミのように見えていればよいからです。そう考えれば、ここでも視力は重要ではありません。

    作成された時代背景や絵に描きこまれたオブジェクトに込められた意味(黒猫やホウキなど)、音楽では作曲者の生い立ちや製作時の年齢、指揮者の生い立ちそしてまた年齢など。そういう付加情報は芸術鑑賞においては「ノイズだ」と云う人もいますが、私は重要なエッセンスと考えます。

    bynightwish_daisu at2020-10-15 20:37

  16. 結論として、視力が良いほど絵画を堪能できるかといえば否。
    そして聴力が優れていれば音楽を堪能できるかというえばこれも否!!

    重要なのはアタリマエ過ぎますが鑑賞対象・・・
    そして忘れてはならないのも自分自身の人生です。私の人生は決して明るいものではありません。その弱さや隙間を埋めてくれるのが、音楽であり絵画であったりします。
    優れたオーディオ機器・美術館はその効果をより一層高めるものに他ならないと考えています。数百万円のハイエンドオーディオたちを操る人物、その人物の人生に於けるオーディオの割合は軽いものではないでしょう。

    光が強ければまた闇も深く・・・「音は人なり」とは上手く言ったものです。わかりやすく例えをすれば、SLや花火の音を鳴らして喜んでいる人はとても幸せです。ラフマニノフを聴く人には、明けない夜はないのだと言ってあげたいです。

    bynightwish_daisu at2020-10-15 20:41

  17. デーンちゃんさん

    こんにちは。

    >いくら経験豊富でもそこからどれだけのものを汲み取れるか、本質を感じ取れるか、が大きいように思います。

    私は「聴いたものしか聴こえない」という話を紹介しましたが、ご指摘の点はその先を行く「どう聴いてきたのか」さらに「どう生きてきたのか」ということでしょうか?

    こうなってくると音楽をのほほんと聞いている訳にはいかなくなってしまいますが(笑)、一所懸命に取り組むから趣味が楽しいということもあり...

    >酷い時は攻撃したりする人がいたりして、またこの趣味にそんな人が多いのもまた難儀なことですが...

    実は、「様々な音を寛容に受け入れられる」ということが、このオーディオという趣味を続けていく上で一番大切な資質なのかもしれません。

    byのびー at2020-10-16 16:44

  18. ベルウッドさん、

    入魂のレスありがとうございます - ベルウッドさんからすれば朝飯前かもしれませんが(笑)

    まわりくどい書き方をしたのですが、私の日記の主旨は、「耳の性能が落ちても、また歌詞を理解する能力が乏しくとも、音楽を楽しむ・評価する能力が必ずしも劣る訳ではない」ということです。勿論、それらの能力が高ければより深く音楽やオーディオを楽しむことが出来ると思いますし、オーディオ機器のチューニングのポイントも把握しやすいでしょう。

    ベルウッドさんには、私が説明しきれなかったことを具体的な事例も交えて解説して頂きました。ただ、皆さん、これを読まれて「英語の歌詞なんて分からないから僕には無理だ」とネガティブに解釈されませんようお願いします。

    「音の記憶力」に関しては、「その方法論はまたの機会に...」としたのですが、先に書かれてしまいました(笑)。

    私の方法論もメモをとることです。メモを読み返すと、自分はどんな聴き方をしているのか客観的に見ることも出来ます。

    byのびー at2020-10-17 03:22

  19. nightwish_daisuさん、

    叙情的なレスありがとうございます。まずnightwish_daisuさんがこんなに情緒的な方とは知りませんでした。
    少しびっくりしましたが、良いお話です。

    私は、テープやアナログからデジタル・ファイルまで何でも聴きますが、購入するのは殆どが古いアナログ・ディスクです。
    主にdiscogsで物色するのですが、発注してから手許に着くまでジャケットや盤の状態を予想するのも楽しい時間です。

    40年から60年の時を経たディスクを再生することは、タイムカプセルを開けるような感動があります。
    この録音に携わった人はもう誰も生きていないという事実と、目の前に広がる生々しい音・音場のコントラストに思いを巡らせること。

    そこには聴力は殆ど関係ありません。

    byのびー at2020-10-17 03:42

  20. のびーさんこんにちは。

    実家や食べ物の懐かしい匂いをちょっと嗅いだだけで当時の気持ちにワープしますし、同窓会でいくらクラスメイト様変わりしてしまっていても一瞬で名前まで分かるという不思議。歳をとり視力が落ちても、芸術鑑賞の感動は衰えるどころか、重ねた人生経験と共により増幅する場合もあり得ると思います。
    色々な記憶や五感から人それぞれ自分の世界が構築されるなんて、人間って神秘的です(^^)

    複数の方とオフ会をすると、人それぞれ聴くポイントが様々で、驚かされる事がしばしばあります。ただ、その人が「こう鳴ってほしい」とか「こう聴こえるべき」ものというのは、やはり個人的嗜好に過ぎないと感じています。全て細かく聴こえる音=感動は、オーディオ的な感動であり、音楽的な感動とは違うような気もします。
    ですので、自分の場合は「自然な音との対比」があくまで基準なので、歳をとっても(特定の周波数だけ極端に欠落さえしなければ)ある程度はキープできる能力と思いますし、オーディオの感動と音楽の感動は同一が理想と考えています。


    そういえば中学生時代に洋楽にハマり、歌詞が分からなくても聴きまくっていました。その当時よく「さらに外人と同じに歌詞までダイレクトに伝わったらどんなに素晴らしいのだろう?」などとよく考えていました。あ、今でもか(^_^;)当時の邦楽は日本語と楽曲の乗り方がチグハグな印象でしたが、今の邦楽はクオリティが上がり、歌詞感情も楽曲に上手く乗せられ、独自の世界観があり凄いなと感じています。

    byにら at2020-10-17 09:29

  21. のびーさん


    「耳の性能が落ちても、音楽を楽しむ・評価する能力が必ずしも劣る訳ではない」

    同感です。私もそういう考えで、くどくど書いたつもりです。では、音楽や音を楽しむ・評価する能力を高めるのは何か?ということですよね。

    その点で歌詞を理解することについてはちょっとニュアンスが違うんです。言葉の理解は、耳の性能とは無関係ですから。でも音楽や音という点では、人間の声は楽器の音と勝るとも劣らないほどの情報を秘めています。だから、まず歌詞を理解する努力はやった方がよいというわけです。

    「努力」って言ったって、高校の授業かなんかの悪い思い出(笑)が頭に浮かぶとまずいですが、何が書いてあるのか程度のことでもかまわないんです。

    その点で、roonは、かけている曲の歌詞をたちどころに画面に出してくれますので重宝しています。

    最近、テレビの「プレバト」の俳句にはまっています。なっちゃん先生がズバリと批評・解説してくれて、なるほどなぁ~って感心しています。そういう感じです。よく永世名人・梅沢富美男が「俳句は学歴じゃない!オッチャンなんか中卒だ!」と声を荒げてますね(爆)。そういうノリですよ。

    のびーさんの「非常にワイドレンジな英語の歌の再生」とは、具体例としては何だったんですか?

    byベルウッド at2020-10-17 13:40

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