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Musical Fidelity A1とHarbethのスピーカーのマッチングに魅せられて、オーディオに深入りすることになりました。日記の頻繁な更新には自信がありませんが、少しずつ製品コメントもアップ…

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日記

ハイドン・ランダムノーツ:P・ルイスとA・M・マクダーモットのピアノソナタによせて

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2018年07月04日

ちょっと前にトリオ・ヴァンダラーによる
ハイドンのピアノトリオをご紹介したときに
ポール・ルイスのピアノソナタもご紹介しようか迷っていて
結局、見送ってしまったのですが
そうこうしているうち、アン=マリー・マクダーモットによる
ハイドンのピアノ・ソナタに出会い
ぜひこの2人のハイドンのピアノをご紹介しようと構想を練っていました。
で、先日のパグ太郎さんの日記で
ハイドンのピアノ・ソナタがとりあげられて
ポール・ルイスの新作も紹介され
感想もけっこう被るところがありました。
そんなわけで、今、ちょっと白紙に戻りかけているところなのですが
蛮勇をふるって、思いつくまま覚書的なものを残そうかな~と決めました。

件の日記で、パグ太郎さんがポール・ルイスのピアノソナタを
「なんだか判らないけれど良いな~」とコメントされていたのが
とても印象に残りました。
私も言葉としては同じ感想になってしまうのだけれど
グールドやポゴレリッチによるハイドンのピアノ・ソナタを
同じ言葉では評しないだろうなあとも思ったのです。



中庸の魅力というときに、私の中庸の幅は結構狭いのかもしれません。
少なくともグールドやポゴレリッチは
かなり個性的というか、中庸からはちょっと外れているかなと思ったのです。
ポール・ルイスは、毎日でも聞けるが
グールドやポゴレリッチは、たまにでいいかなという感覚が
その違いを端的に表現しているかなと。。。
たぶん私にとってポール・ルイスのハイドンは、
中庸の極致なのですね。
タッチも特別柔らかかったり硬かったりしないし
テンポも特別技巧的に揺らしている感じがしない。
日常の息遣いの延長にあるハイドンのピアノっていう感じなのです。
でもそれが少なくとも今の私にはとてもフィットしているし
2018年に聞きたいハイドンでもあるような気がしているのです。
で、そういう印象を言葉で表そうとすると
「なんだか判らないけれど良いな~」ということになる
っていうわけなのです。。。

でもそれだけではつまらないなあとも思うので、何かコメントしてみましょう。
ひとつ私の気づきとして、録音(あるいは演奏)方法が
トリオ・ヴァンダラーのピアノと響きが似ているところがあるな~
というのがありました。
録音のエンジニアは違う人でしたが
同じハルモニア・ムンディというレーベルなので、共通点はあるのでしょう。
比較的、中低音がしっかり響くのに高音が埋もれない。
絶妙のバランスというと言いすぎかもしれませんが
この響きの加減が、新しい印象として聞こえてくる。
若干、トリオ・ヴァンダラーのピアノのほうが元気のいい印象ですが
ポール・ルイスのほうはソロということもあるし
より繊細にピアノを聞かせる必要はあるのでしょう。
それにしても、この録音のバランスも見事。



そんな行き届いた中庸の見本のようなポール・ルイスに対して
アン=マリー・マクダーモットはどうか?
とてもパーソナルな匂いが充満しているハイドンではありますが
でもどこかポール・ルイス的中庸の美徳を兼ね備えている印象も
ある演奏なのです。
弾いているピアノはヤマハで、ちょっと硬質な音です。
ややテンポの改変はポール・ルイスにくらべると意識的ですが
個性的といえるレベルではない気がします。

パーソナルな匂いといったのは、全体として
マクダーモットというピアニストの
ハイドンへの思い入れのようなものをけっこう感じるということです。
しかもそれが一朝一夕に形成されたものでない感じを受ける。
孤独に弾きこんできたピアノなのかもしれない
という感想をつい漏らしたくなるようなある種の強度を感じる演奏。
それがたんなる上手のレベルを超えた
なんとも美しい結晶のようにきらめいている。。。
すいません。ちょっと褒めすぎですね。
でもそれくらいの思い入れをもって聞けてしまうのは不思議です。
まあ、ディリュカのベートーベンのチェロソナタのときも思ったのですが、
けっこうヤマハのピアノの響きが個人的に好きなのかな~
弾く人のピュアさを映してくれるそんな感じがいとおしいんだと思います。。。

で、こんなふうに熱弁をふるわせる原動力となる
ハイドンのピアノソナタの魅力とは何でしょう?
これはトリオ・ヴァンダラーのときも書いたことですが
ハイドンはやはりメランコリー的でないっていう点が
大きいかな~って思います。
少なくともロマン派的なメランコリーはないんじゃないか。
時代的には、フランス革命の後を経験していないっていうことですね。
どなたかの受け売りみたいですが。。。

それとシューベルトが亡くなる直前に
遠く離れたハイドンの墓を徒歩で訪ねたエピソードを
ベルウッドさんに教えていただいたことを思い出します。
シューベルトにとって、
ハイドンはやっぱり大きい人だったんだろうな~
音楽の命をまるごと体現させて見せてくれた人だったんだろうな~と
なんだかそのスタンスは今の私たちにも通じるのかも。。。
そんな感想を述べつつ、このランダムノーツは終えようと思います。

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レス一覧

  1. ゲオルグさん

    今日は。ルイス&マクダーモットのハイドン・レビュー楽しみにしておりました。

    ハイドンという素材を自分色に染めるか、素材のままで出してくるのかが、グールドやポゴレリッチと、ルイスとの違いかなと感じています。でも、素材自体は色がないにも拘らず、そのままでも作品に出来るルイスの魅力って何なんだろうというのが、未だに解がないのです。

    ブレンデルは、外見・言動にそぐわずロマンティック・メラッコリックな人なので、リストにしてもバッハにしても、自分の特性に合った楽曲を選んで演奏しています。その彼が弾くハイドンは、素材をブレンデル色に染めることになり、メランコリックなハイドンが成立している気がします。この演奏は、ある意味、ハイドンからシューベルトへの道筋を示しているのかもしれません。

    マクダーモットは未だ聴けていません。パーソナルな色合いとルイスのような無色の魅力を彼女が併せ持つということだとすると、そこからルイスの魅力の秘密を解く糸口も見えてくるかもしれません。これは聴かなくては。

    byパグ太郎 at2018-07-05 12:41

  2. パグ太郎さん
    レスありがとうございます!

    >素材自体は色がないにも拘らず、そのままでも作品に出来るルイスの魅力って何なんだろう

    そうなんですよね。でまあそのひとつは「オヤジパワー」みたいなものがあるのかな~と(笑)
    けっこう面白いインタビュー記事を見つけました。『レコード芸術5月号』からの転載だそうです。ポール・ルイス、なかなか愉快なオヤジぶりを発揮してます!
    http://kimamalove.blog94.fc2.com/blog-entry-3382.html

    気に入った彼の言葉を引用してみると
    「ハイドンは即座に笑いをとります」
    「非常にダイレクトですぐに語りかける。と同時に…もっと内省的な瞬間もあり…これもまた直接的で、曖昧なものではない。明快だと言っていい」
    「ハイドンの音楽は私たちを微笑ませてくれるだけではなく、声を出して笑わせてくれます」
    「ハイドンの音楽には無駄な音はひとつもありません。ですので、一つ一つの音の色合い、性格、そして意味合いがとても重要なのです」
    とまあ、いっぱい挙げてしまいましたが、ルイスというピアニストが、このアルバムにどのような姿勢で取り組んだのかが明快にうかがい知れるものだと私には思われました。

    byゲオルグ at2018-07-05 20:53

  3. パグ太郎さんへのレスの続きです。

    マクダーモットはキャリアがなかなかユニークな「オバハン」なのです。
    彼女はほとんど師についてピアノを習った経験がないそうで、唯一の師は元アイリッシュダンサーの母親だそうで、音楽学校も半年ほどでやめてしまい、ステージにすぐに立つようになってしまったと、彼女のHPにでていました。

    どうりで誰にも似ていないはずだな~と納得したり、でも似ているとするとルイスの今作なのかな~、なんだか不思議な感じがします。ルイスも師のハイドンとはかなり違う気がしますし。。。

    ひょっとするとマクダーモットもかなり愉快な「オバハン」だったりして。。。(笑)

    byゲオルグ at2018-07-05 21:05

  4. マクダーモットのハイドンをやっと聴きました。
    印象としては、ロココ調の明るくて雅やかなハイドンですね。
    ハイドンからコロコロと転がるような娯楽性や愉悦感を引き出していて、それを演奏者が心から愉しんでいる、そしてその悦びが聴き手に伝わってくる気がしました。夏の暑い朝に聴いても浮き浮きしてきます。

    ある意味、音楽の原点を素朴に体現しているのかも知れません。そう考えると凄いことで、それが出来るのは彼女のユニークなキャリアのせいなのでしょうか。

    もっといろいろな演奏を聴きたくなりました。

    byパグ太郎 at2018-07-20 17:51

  5. パグ太郎さん

    おはようございます。
    再レスありがとうございます!

    マクダーモットのハイドン聞いてくださいましたか。

    >夏の暑い朝に聴いても浮き浮きしてきます。

    そうなんですよね~。私もこのごろ毎朝聞いています。あんまり世代話にするのもなんですが、関西(あるいは西日本)のおばちゃんに「きばりや~」っていわれてる感覚があって、陽性なノリの良さはマクダーモットのハイドンの基調にあるんだと思いますです。。。

    パグ太郎さんなので、あえてぶつけてみたいのですが、クルレンツィスについて書かれた日記のなかでおっしゃていた「作品が表現しようとしている人間の根源的感情を素のままの形でストレートに表出する」っていうイメージを、ルイスやマクダーモットのハイドンのピアノにも、ちょっと感じるところがあって、クルレンティス自身のことばでいうところの「アーキタイプ」とか「インスティンクト」とかに触れるピアノなのかな~っと、ふと思ったのです。

    byゲオルグ at2018-07-21 08:53

  6. ゲオルグさん

    >作品が表現しようとしている人間の根源的感情を素のままの形でストレートに表出する

    なんて小難しい書きましたが、聴いていると何故だかわからないけれど、体が動く、笑えてくる、泣けてくる、そういう感覚を与えてくれるといことだけなのかもしれません。

    夏の朝日浴びて心が浮き立つ感覚を与えてくれるのも、その一つかもしれませんね。

    byパグ太郎 at2018-07-21 19:07

  7. パグ太郎さん

    レスありがとうございます!
    またのレスをお願いしちゃったかたちで、すみませんでした。。。

    >聴いていると何故だかわからないけれど、体が動く、笑えてくる、泣けてくる、そういう感覚を与えてくれる

    そうですね。私の場合、なんとなく波長が合うとか呼吸が合うとか、そういうレベルで言っているだけなのかもしれませんが、おっしゃること、わかるような気がします。

    そんなこともあり、なんとなく合ってしまったマクダーモットの他のレコーディングを聞いております。
    「Chopin Recital」と「バッハ イギリス組曲 パルティータ集」なのですが、曲調もあるのでしょう、ハイドンにくらべるとやや幽玄な響きが加味されていて、これらはこれらでいいな~と感じました。でも一貫してこの人ならではの明るめなタッチが感じられるんですね。それが心地よいです。

    また夢想ですが、ショパンではプレスラーを、バッハではケンプを思い出しながら、どこか孤高な響きのするマクダーモットのピアノを愉しんでおります(笑)

    byゲオルグ at2018-07-22 13:29

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