Orisuke
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バブル世代の趣味人です。 オーディオと写真、山登りは趣味の3本柱で30年くらい下手の横好きをやっています。

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D58ESのニアフィールドリスニング?
D58ESのニアフィールドリスニング?
借家(戸建) / 専用室 / オーディオルーム / ~10畳 / 防音なし / スクリーン~100型 / ~4ch
単身赴任をいいことに、一軒家の貸家の一室を念願のオーディオルームにしました。しかも、「ど」のつく田舎なので音は出し放題。ただ、D-58にはちょっと狭いかな・・・・。巨大なヘッドホンの中にいるような、巨…
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日記

Ken Yoshida録音を聴く 【6】

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2019年02月13日

Ken Yoshidaの盤を集中的に聴くようになって、垣間見えてきたのは、フランスにおける若手発掘をしようとする動きの大規模なうねりのようなものです。彼が録音している若手アーティストの多くは(もちろん、例外も色々ありますが)、コンセルバトワールで音楽教育を受け、エクサン・プロヴァンス音楽祭に出演し、テアトル・インペリアルなどでレジデント・プレーヤーを務め、Little Tribecaがプロデュースし、Aparte、Naive、Alphaなどから新譜を出す(流通・販売にはHarmonia Mundiも参画する)という流れの中にいます。

彼らの出すCDのパッケージには、その録音プロジェクトに参画する色々な団体・劇場・財団・企業などのロゴマークが散りばめられており、教育・劇場・プロデュース・録音/製作・営業/販売という音楽業界全体が一定のまとまりを持って有機的に連携しながら底上げをはかるエコシステムが出来上がっているように見えます。また、その中で育っている若手には、純粋なフランス人だけではなく(比率としてはむしろ少ない)、東欧、北欧、アジアなど多彩な地域の人達が大量に含まれていることも特筆すべきでしょう。クラシック界の「虎の穴」(旧い?)なんですね、パリは。

これが国策なのか?、それともバルトロメのような敏腕プロデューサーが仕組んだ巧妙な仕掛けなのか?、定かではないけれども、結果として、アメリカやイギリス・ドイツ・オランダなどでの若手奏者の出現頻度に比べると、フランスの現状はかなり活性化していて、若い才能がタケノコのようにボンボン出てきているように見えます。

また、そうした動きの中で、アーティストだけではなく、Ken Yoshidaの様なプロデューサー・エンジニアもまた急速に成長して僅か数年という短時間でレコードアカデミー賞を取るレベルまで到達していることは、このムーブメントの奥行きの深さを示している様に思います(Ken Yoshidaから芋づる式に見たためにたまたまこの構図が見えてきたのか?)。現在録音プロジェクト進行中の或るアーティストのブログを見ると、「今度、Ken Yoshidaと録音するんだよ!」という書き込みもあり、もはやレコードプロデューサーの枠を超えて彼の存在は神格化しつつあるようです。


Letters from Armenia
コミタス、ハチャトリアン室内楽曲集
ヴァルドゥヒ・エリツィアン(pf)、リアナ・グルジャ(Vn)、アライク・ヴァルティキアン(duduk)、マリアン・アダム(Cl)、ルジン・レヴォ二(soprano)
2015年3月録音 テアトル・インペリアル(コンピエーニュ)
P: Bruno Procopio
E:Ken Yoshida
PARATY105236

3枚あるKen YoshidaのPARATYレーベルのうち2枚目で、彼の比較的初期の録音。All Musicの検索では出てくるのに、Ken Yoshida自身のディスコグラフィには出てこない謎のディスクで、パグ太郎さんも気にされていた一枚。演奏者は前回の日記にも出てきた「バルドゥヒ・エリツィアン&フレンズ」。エリツィアンは生い立ち上、アルメニア、ロシア、パリにたくさん楽友がいるらしく、今回はその混成チームで母国のフォークミュージックを演奏している。

最近登場する若手奏者に共通する指向性として、エスニックなメロディーの掘り起こしがある。この盤では、アルメニア音楽の父といわれるコミタス・バルダペットと、「剣の舞」しか知らないハチャトゥリアンが交互に登場する全18曲。全て知らない曲なれど聴き応え抜群。コミタスのアルメニア音楽は素朴で耳に馴染みやすく、ライナーノートにエリツィアン自身が述べているように、西洋と東洋の交差点のような音楽。これは癖になる。ハチャトゥリアンの方は、もう少しユニバーサルな技巧性や西欧音楽の文脈が意識された感じ。社会主義体制的現実路線なるものもうっすらと乗っている様に聞こえる。

冒頭のエリツィアンのピアノソロは、前回紹介したスクリャービン同様、中高音が派手でうるさいのが惜しい。ヴァイオリンやドゥドゥック(ダブルリードの縦笛?)が入ってくると伴奏楽器となって落ち着いた音になる。ヴァイオリンのリアナ・グルジャ(美人)のテクニックが前に出ない地味に凄いヴァイオリンに惹かれる。音場はさほど広くなく、音像は明快だがAparteやAlphaのYoshida録音と比べると若干引き気味のマイクセッティングに感じる。録音レベルは高め、Fレンジ・Dレンジは標準的。PARATYのYoshida盤の音には特記すべき点が少ない。録音で買う盤ではなく、内容で買う盤だと思う。

このDiskの「バックロー度」★★

Yoshida録音ではないけれども、関連盤を2枚。


My Armenia
コミタス、バグダサリヤン、ミルゾヤン、ハチャトリアン、ババジャニヤン室内楽曲集
セルゲイ・ハチャトリアン(Vn)、ルジン・ハチャトリアン(Pf)
2014年8月録音 Stadtcasino Basel
E: Etienne Grossein
naive V5414

最近、名前を聞くようになってきたアルメニア人ヴァイオリニスト、セルゲイ・ハチャトゥリアン(シベリウス、エリザベートなどのコンクールで優勝、N響にも客演)とその姉ルジンのデュオによるアルメニア人作曲家の室内楽集。タワレコのHPでポチったときには全く気づかなかったが、開封してみると「Dedicated to the Commemoration of the Armenian Genocide」という怖い副題がついている。

世界史勉強不足の私は「アルメニア虐殺」自体を知らなかった。1915年にオスマントルコ領内にいたアルメニア人が数十万人規模で収容所に送られ大部分が死亡。100年後の現在でも尾を引いている。イスラム社会とキリスト教の対立という側面と、末期のオスマン対ロシアの支配権争いという側面が複雑に絡まった事件らしい。コミタスはこの事件の最も象徴的な被害者で、友人達の献身的な努力もあって奇跡的に生還したものの、精神を病んでその後20年間作曲することなく死んでしまう。ハチャトゥリアン、バグダサリヤン、ババジャニヤンという作曲家達は皆コミタスよりも後の世代で、「アルメニア音楽の父」の跡継ぎ的な位置づけなのだろう。バックグラウンドと演奏は切り離して考えるべきなのだろうけれど、やはり、もの悲しい響きとデリケートな表情を帯びた演奏になっている。

セルゲイとルジンのデュオは、姉弟だけあって見事に息が合っている。セルゲイのヴァイオリンは繊細で美しい。エキセントリックなところは少なく、オーソドックスなスタイルの有望株。肝心のコミタスの曲数が少なめなのだけが残念。音の情報量、Dレンジ、FレンジともにLetters from Armeniaよりも優秀。飛び抜けたところはないが、再生機械を選ばない現代録音だと思う。

このDiskの「バックロー度」★★★


ストラヴィンスキー ヴァイオリン協奏曲
同 ヴァイオリンとピアノのための小品集
リアナ・グルジャ(Vn)、カティア・スカナヴィ(Pf)
ツォルト・ナギ指揮 ドイツ放送ザールブリュッケン・カイザースラウテルンPO
2015年10月録音
P: Thomas Raisig
E: Rainer Neumann
audite 97.697

Letters from Armeniaで好印象だったリアナ・グルジャ。ロシア出身(名前からするとコーカサス地方?)で4歳からヴァイオリンをはじめ、9歳でデビューした神童。モスクワで勉強した後にアメリカに渡りクリーブランド音楽院などに学び、現在はパリ、エコールノルマルの教授。クサヴィエ=ロトやシュロモ・ミンツ、メルニコフ、ローレンス・パワーなどと共演している一線級の奏者。

ただ、ロシア系のヴァイオリニストといっても、この人は同国のスター奏者達の華麗な演奏とは真逆。この人の演奏は地味で、室内楽的で咬めば咬むほど味が出るスルメタイプ。難所が難所に見えない大変な技巧を持ちながら、ボソボソ実直な音が出てくる。あちらからプレゼンしてくるというよりも、こちらから積極的に聴きに行くと真価が見える珍しいロシア人。この人が弾くストラヴィンスキーの小品集が絶品。「こういう曲も書くのね」と感心することしきり。武満徹のワルツなどと似た味わいがある。ピアノはエリツィアンではなく、スカナヴィというクレーメルやバシュメットと共演歴のある実力派。こちらの方が芸風が合っていると思う。

この盤は、ドイツ放送の録音なので、音質は可も無く不可も無く、オーディオ的に特筆するところはないが安心して楽しめる音。ただし、ジャケット裏面のグルジャの「変顔」(?)だけは余計だった。ジャケ担当者の悪意すら感じるなぁ、これ(敢えて掲載しません。汗)。

このDiskの「バックロー度」★★★

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レス一覧

  1. Orisukeさん

    今晩は。東欧の才能がパリの土壌で花開き、パリの音楽に刺激とエネルギーをもたらすというダラーニ 、ラヴェル、バルトーク以来の伝統(?)に話が到達しましたね! あの東欧偏重の秘密はなんなのかと気になってはいましたが、日記拝見して、これは意図してやっていると確信しました。それにしても黒海沿岸地域から登場する演奏家、特に女性たちの個性的なこと、魅力的なこと驚くばかりです。

    コパチンスカヤ も変顔ジャケがありますから、これも伝統芸?

    byパグ太郎 at2019-02-13 22:48

  2. Orisukeさん

    アルメニア人は、宗教的に孤立していただけでなく中央アジアのユダヤ人と言われ血統的に商才に優れ音楽などにも傑出していました。カラヤンの祖先も、ギリシャで成功しザルツブルクに移住してきたアルメニア人でした。〜アンというのはアルメニア系の姓名の典型です。

    トルコでの虐殺は、大量のアメリカへの移民を引き起こしました。カリフォルニア州フレズノには大きなアルメニア系移民のコミュニティが存在しています。

    アメリカには、作家のサローヤンなど各界で活躍したアルメニア系が多く、音楽業界では、コロンビア・レコードの設立にも参画したジョージ・アバキアンがいます。サッチモやデューク・エリントンなどのスターをレコード界に送り出した大物プロデューサー。とくにシングル盤中心のポピュラー音楽のLP盤へのシフトを推し進め、いわゆる「アルバム」の概念を作ったことで功績がある人物です。

    byベルウッド at2019-02-13 23:28

  3. パグ太郎さん

    私にも、何やら意図があってやっていることのように思えます。
    アルメニア系フランス人は50万人以上居るようですし、フランスにいる東欧系の人達の総数というのを考えたら、それだけでマーケットが形成されている様にも思えます。

    東欧の人達って、アジアっぽさもあってフレンドリーなイメージがあります。音楽性も力強さとしなやかさが共存した独特の魅力がありますね。もう、私の家は彼ら、彼女らのCDだらけになっています。

    byOrisuke at2019-02-14 00:17

  4. ベルウッドさん

    アルメニア人虐殺の前後関係をみると、西欧におけるユダヤ系とオスマンにおけるアルメニア人のポジションや虐殺に至る経緯が奇妙なくらいに似ていますね。さらに、そこから逃れた人達を受け入れたのがアメリカやフランスだったこと、その両国がイスラム圏との間に火種を抱えていることなどなど・・・。
    そうした近現代の歴史が、期せずしていまのパリの音楽界を賑わせる因子のひとつになっているのかな、と思いました。

    byOrisuke at2019-02-14 00:35

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