パグ太郎
パグ太郎
クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
パグ太郎の部屋
持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました。
所有製品
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル
  • 電源ケーブル
    KIMBER KABLE PK-10Gold

レビュー/コメント

レビュー/コメントはありません

カレンダー

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最新のレス

日記
製品レビュー/コメント

製品レビュー/コメントへのレスはありません

お気に入り製品

お気に入り製品はありません

日記

悪癖は血筋のせい? あるいはピエール・ド・ラ・リューの死者のためのミサ曲

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年08月02日

本日のCDは、ルネサンス期ネーデルランド (今のベルギー辺り?)の音楽家のこれ。

私が小学生だった頃から、このLPが家にあり、時々、父が針を落としておりました。熱心な愛好家でもなかった父が、どういう気持ちでこれを聴いていたのか、今では聞くすべも無いのですが、小学生の悪餓鬼だった私の感想は「西洋のお経は綺麗でいいな」くらいのものでしかありませんでした。

その後、アナログの再生装置のあった実家から離れてからはCD一筋で来たこともあり、あの曲とはご無沙汰が続いていました。当時の父と同じ年齢になった頃から、無性にこの曲を聞きたくなって探したのですが、90年代初めにCD化されたらしいのですが直ぐに廃盤で、入手困難となっておりました。そこで、同曲の違う録音を何枚も購入してみて、この録音が如何に変っていたのかが、初めて判りました。

まず、女声ソプラノが入っています。この時代の教会音楽は男性のみで、ソプラノパートはカウンターテナーか、ボーイソプラノだったのでは? 更に、宗教音楽なのに通奏低音ではなく主旋律パートでも器楽演奏が使われている、楽器が入っているどころか、曲によっては声楽なしで演奏されているトラックがある。古楽器だけでなく、モダン楽器が使われているのは1968年という録音時期を考えれば、それほど珍しい話ではないので、そこはご愛嬌。

子供の時に「西洋のお経は綺麗でいい」と刷り込みをされた耳には、その後入手した男声のみの、器楽演奏なしの正統派の録音は、非常に物足りなく、「西洋でもやはりお経は地味なのだ」と思い知ったわけではあります。でも、聴けないとなるとますます、過去の記憶は美化されるのでしょうか、正統派かどうかなどどうでも良くなる様な、この演奏の天上的美しさに再会することを諦めきれず、細々とではありますが、このCDを探し続けたり、この録音について調べて見たりということをしておりました。そこで判ったのは、このラヴィエ指揮のパリ・ポリフォニック・アンサンブルの演奏が、際物だったのかというとそうでもないということでした。

実は、このLP、それほどマイナーではなく、1971年の「レコード芸術 レコードアカデミー賞」(当時は、レコード産業自体も活気があり、ネットによる情報収集手段もない時代でしたので、この賞の注目度は今よりもはるかに高かったと思います)の音楽史部門の賞をとっていたのです。この部門の選者には皆川達夫・服部幸三など音楽史の大家が名を連ねていて、このお二人にかかると、時代考証的に正しくないものは、そこまで怒らなくてもいいじゃないと言いたくなるほど厳しく断罪されるのが常ですし、70年初頭の当時もそれは変らなかったと思うのです。となると「カソリック教会の典礼は女人禁制だった」「教会では文字通り『ア・カペラ(=チャペルでは)』が規則だった」というのは、実は間違いだった? 間違いだったとすると、この形での演奏がこれ以外に見当たらないのは何故? などなど、さらに突っ込みだすと奥が深そうなテーマではあります。

最近になって、運よくこのCDを入手することができました。聴いて見ると、子供の頃に聴いた記憶のままでした。 声楽アンサンブルは敬虔さの中にも、ソプラノが入ることで華やかさが加わった美しいものでしたし、器楽合奏は宗教曲というよりも、素朴ではありますが宮廷音楽を思わせる軽やかな雰囲気を持っていました。

これを聞いていると、1970年当時、500年以上前の西洋の葬式音楽のレコード、それも演奏的には極めて特徴のある録音に、マニアでもない父が手を出して、それを繰り返し聴いていたのはどうしてなんだろうと、ぼんやりと考えてしまいます。と同時に、全然メジャーではないCDで、変った演奏があるのを見つけると、つい手を出して(大概の場合は)失敗をするという私の悪癖は血筋によるもので、私の意志でどうにかできるものではないのだと、そしてその証拠がここにあるのだと、一人納得するのでありました。

お盆にはちょっと早い、夏の夜の戯言でございました。

次回の日記→

←前回の日記

レス一覧

  1. パグ太郎さん おはようございます

    西洋のお経というとグレゴリア聖歌ですね。

    グレゴリア聖歌は西洋音楽の原点だと、大学時代に皆川達夫先生のゼミで散々聞かされました。ベルリオーズの「幻想交響曲」のあの有名なフレーズもグレゴリア聖歌の一節そのものだと知ったのもその時です。それにしてもまさにあれは西洋式のお経ですね。

    いつぞや訪ねた湯布院の老舗旅館の喫茶室でもそれが流れていました。

    http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20160222/50403/

    ここではいつも朝からずっとそのグレゴリア聖歌が流れています。私にはせっかくの癒やしの空間なのになにもそんな辛気くさいお経みたいな音楽を流し続けなくとも…と思えるのですが、いわばこのお店のイメージそのものになっているそうです。そういえば40年前からそうでした。気の長い話しですが、これもまた悪癖とも言えるのでしょうか。

    byベルウッド at2017-08-02 09:12

  2. ベルウッドさん

    レス有難うございます。

    私もグレゴリオ聖歌は余り得意ではありません。西洋音楽の原点というのは判りますし、色々な作家が引用しているので、モチーフ集として知っておくのはいいのでしょうが。温泉旅館で寛いでいる時に、あのモノトーンの世界を突きつけられるのは勘弁です(それも朝から!)

    でも、センチメンタルジャーニーの記事は楽しく拝見しました。ギレリスのピアノに関する一節が心に残ります。今晩、久しぶりに聴いてみましょう。

    byパグ太郎 at2017-08-02 13:07

レスを書く

レスを書くにはログインする必要があります
ログインする