パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました。
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  • プリメインアンプ
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    QUADRASPIRE QAVM
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  • 電源ケーブル
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    KIMBER KABLE PK-10Gold

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日記

弦楽四重奏振興のはずが、カラヤンについて熱く語るとは

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2017年08月09日

シェーンベルクの初期作品、ロマンティックな情景描写音楽である「浄められた夜」。オリジナルの弦楽六重奏版のお勧めはベートーベンでも取上げたベルーチャ弦楽四重奏団(SQ)に、ヴィオラとチェロが加わった6人のこの一枚。


ベルーチャSQの、弦楽器の倍音成分まで綺麗に合わせて響きを作り上げ能力の高さは、いつもながら驚きです。6組の弦と弓が擦れ合う弱音の細やかな組み合わせによって、一つ一つの響きが作られ、情景の空気感として組み上げられていく様子が、微細な粒子の単位で聴こえるような気がします。それに耳をそばだてていると、真冬の夜のしじまの中、恋人たちが立ち去っていく道筋を照らす月、その光の冷たい粒まで見えるようです。

さて、この曲には作曲者自身が編曲した弦楽合奏版がありますが、ベルーチャのこのCDに続けて、カラヤン・ベルリンフィルのオーケストラ版を聴くと、これはまた不思議な感覚を味わうことができます。


それまで室内楽の狭い空間に集中して、弓と弦の細かな動きを見つめていた視点から解き放たれて、ホールの広々とした響きの中にいきなり飛び出したような浮遊感に囚われます。この録音がホールの響きを美しく捉えることに成功しているのが、この感覚が生まれる最大の要因かもしれません。というのも、これはベルウッドさんに教えて頂いたことですが、この録音、カラヤン・ベルリンフィル(BPO)が、それまで録音会場として使っていたイエスキリスト教会から、フィルハーモニーザールに移した最初期の録音だそうです。ホールトーンの素晴らしいホールに刺激された録音エンジニアの気合の入り方を感じる録音です。

(オーディオ的にもこの描き分けが出来るかはチェックポイントかもしれません)

音響面だけではありません。音楽そのものも、ベルーチャの弦の音の一粒一粒が際立っている結晶の世界の集中・緊張感から、全てが溶け合わさって、これ以上はないと思えるほど甘美で滑らかなうねりに身を任せるという解放感も体験できます。これはカラヤン・ベルリンフィルの弦パートの美質を示す最高の一枚だと思っています。

この曲には、弦楽六重奏版・オーケストラ版双方に名盤はありますが、この浮遊感と解感の対比が味わえるのは、両極を突き詰めている、この二者の組み合わせだからなのかもしれません。

ベルーチャとカラヤン/BPOは両極といいましたが、共通点はその叙情性です。
ベルーチャのスタイル、細かく分解された一つ一つの、その細部を楽しむことが出来るのは、前提としての叙情性・音楽劇としての美しさがベースの認識としてあるからだと思います。その基盤を最初に作ったのがカラヤン/BPOだといわれています。現代音楽は無調・十二音とか「難解・不可解・不快で手に負えない」という当時(或いは今でも)の常識を覆し、「これはこの角度から見れば美しい、これの楽しみ方はこうですよ」と示してくれた、ある意味、新しい世界への扉を一般的な音楽愛好家に開いてくれたのが、この録音だったと記憶しています。

指揮者を含めた演奏家は再現専門で、作曲と言う形で無から有を作るは作り出せないかもしれません。でも、優れた再現芸術家は、誰にも見えなかった新たな見方を示し、その価値を新たに提示するという意味では、創作芸術家と同じくらい意義があるのでは。特に現代芸術においては、それ無しに創作芸術家だけでは受け手との関係は成立しないことが多いのではないでしょうか。

カラヤンは色々な言われ方をすることがあります。その商業主義を含め。でも、新ウィーン楽派の価値を初めて成立させたという点には誰も否定できない大きな功績だ、などと柄にも無く熱く語ってしまうのであります。

さて、カラヤン「浄められた夜」で20世紀音楽も案外いけると思われた方は、そのままベルクの、これまた「叙情組曲」に手(耳?)を伸ばしてはいかがでしょうか。カラヤン/BPOは、無調・十二音階のこの曲も非常に美しく、文字通りリリックに歌い上げています、この曲の弦楽四重奏版が、先ほど紹介のベルーチャQのCDに収録されています。やはり、顕微鏡的繊細さと、鋭さはまさしく「現代音楽」的ではありますが、カラヤン/BPOで耳を慣らしてから聴くと、それほどの抵抗感も無くその叙情性を楽しむことができます。

ここまで進めば、貴方も立派な前衛音楽愛好家。次は何が来ても怖くない?

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  1. パグ太郎さん

    カラヤンは、売れないからというレコード会社の反対を押し切って半ば強引にこの企画を進めたそうです。私もあのカラヤンが「新ウィーン楽派」集ということに新鮮な驚きがありましたが、まだ学生だった私にはちょっと高値の華で手が出ませんでした。他にもたくさん買いそろえたい曲がありましたし、シェーンベルクは「ワルシャワの生き残り」や「ピエロ・リュネール」が好きで、すでにロバート・クラフトのシェーンベルク作品集を買っていましたから。今でもカラヤン盤には憧れのような尊崇の気持ちを持っています。

    オリジナルの室内楽版とオーケストラ版との印象の違いは、おっしゃる通りだと思います。演奏ということだけではなく楽譜そのものが持つ本質的な違いもあると思えます。このことについては、実際の生演奏を聴いたときの感想として以前日記にしたことがあります。

    http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20140612/42914/

    シェーンベルクは、編曲の達人ともいうべき側面もあって、単に室内楽のオーケストレーションというにとどまらず音楽の本質に焦点を当てた楽曲構造や楽想の解析など深い解釈論が潜んでいますね。

    byベルウッド at2017-08-11 11:14

  2. ベルウッドさん

    レス有難うございます。また、以前の日記も拝見しました。

    私は印象のみで語っていましたが、その印象が何に因るものなのか、明晰に書いておられて、成る程と納得しました。毎回、有難うございます。

    オケ版でも別アプローチがあるというのは気づいていませんでした。というか、カラヤンアプローチを基準に判断していて、その良さに気づけずにいたということかもしれません。バレンボイム/シカゴ響聴いてみます。

    byパグ太郎 at2017-08-11 13:22

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