パグ太郎
パグ太郎
クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
パグ太郎の部屋
持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました。
所有製品
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル
  • 電源ケーブル
    KIMBER KABLE PK-10Gold

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日記

海を渡らないピアノを巡る2つのお話、あるいは「誰が為に音は鳴る?」について

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2017年10月12日

前回は、19世紀後半、西洋文明が世界を制覇する過程で起きた、ピアノを巡るちょっと危ない物語を3つ取上げてみました。でも、ピアノと人々の関わり方は、そんなものばかりでは当然ありません。今回は、世界を飛び回らずに、閉ざされた狭い空間で、平和に、しかし濃密に語られるピアノの物語についてです。

ピアノへの愛情を静かに、しかし情熱を持って語るといえば、やはりこのノンフィクションでしょう。(カーハート作『パリ左岸のピアノ工房』)

舞台は、パリ左岸にあるアンティークピアノの修復・販売のアトリエです。パリの職人の伝統的社会は閉鎖的で、顧客の紹介状なしに工房の中を覗くことすらできません。まして著者はアメリカ人です。その彼が、何とか工房にもぐりこみ、自分にぴったりのピアノを手にいれること、そして工房の2代目親方とピアノへの愛情を語り合ううちに、パリっ子の地域社会に本当に受入られていく姿が生き生きと描かれています。
(著者が入手したメーカはシュティングル)
登場するのは、ピアノの修復・売買をする人たちだけでなく、ピアノを背中に担いで2階の筆者の住居に運ぶ込む、上半身ビア樽のような運搬業者、午後は酔っ払って仕事が出来ないが午前中は腕の確かな調律師、ワイン片手にピアノについて語りだしたら止まらない記号論の教授、長くピアノ演奏から離れていた著者に大人としてピアノのレッスンをするレバノン人教師、皆、一筋縄では行きそうにない魅力的な人々が登場します。また、それと並行してピアノの歴史や、仕組み、様々なメーカの栄枯盛衰などの薀蓄も語られていきます。

その様な、中々、外から窺い知ることが難しい興味深い逸話の紹介の一方で、もう一つ著者が語りたかったことは、自分にとってのピアノを演奏することの意味、あるいはピアノを持つことの価値であるような気がします。つまり、プロとして人に聞かせるための演奏にだけが注目され、そのための教育制度があり、プロがホールで演奏することに最適なピアノが最高級であるという思い込みがあります。それとは別に、誰にも聞かせなくても良い、自分のためだけに一人演奏することの素晴らしさ、そのための自分に(そして自分の居住環境に)ぴったりのピアノを持つこと、それによりもたらされる人生の豊かさが、繰り返し語られます。これを久々に読み返してみて、オーディオも同じく、人に聴かせるためにあるよりも、自分の好きな音楽を自分の好きな形で、自分の環境が許す範囲で楽しむことだと、書いてしまえばそれ以外のことがあるのが変だと思えるほど当たり前のことではありますが、改めてそういうことも感じました。

さて、「自分が楽しむピアノではどうして駄目なのか」「どうして誰もがプロを目指さなければいけないのか」という同様の疑問にさいなまれながら、天性の才能をもてあましているピアノ科音大生の物語といえば、「のだめカンタービレ」です。この漫画は、もう10年前になるのですが、テレビドラマとしてもヒットし、映画化もされましたのでご存知の方も多いかもしれません。このお話の第一部も、パリ左岸と同じく、或いはそれよりも更に狭い、独特の文化・習慣を持つ日本の私立音大という舞台で展開され、そこから飛び出すことが自体が一つの課題として背景設定がされています。

この漫画、天才肌だが、自分の感性だけで弾きまくるヒロインのピアノ科学生の音楽的成長の物語でもあるのですが、使われる楽曲の選択とその使い方が中々、凝っているのです。レッスン嫌いで、楽譜も見ずに弾き飛ばす彼女を、先輩の指揮者志望で「俺様が一番」のヒーローが指導する様に言われる場面での課題曲がモーツアルトの2台のピアノのためのソナタ。天性の感覚で楽譜を無視して飛び跳ねる彼女に、「自分のプライドにかけて合わせる」羽目になった「俺様が一番」君が、相手の音に合わせ、合奏することの素晴らしさを、実は学ばされていたという展開なのですが、性格の違う2台のピアノが奏でる音楽の愉悦感を、シンプルにわかりやすく示すのに、この原作者の選曲は只者ではないと思いました。そういうピアニスト2人の個性の違いが楽しめるといえば、これでしょう。 天衣無縫というのでしょうか自由に跳ね回るアルゲリッチと、ひたすら合わせる(ちょっと苦労しているのが垣間見える所も、また魅力)ラビノヴィッチは、のだめの二人そのものです。


話が進んで、「幼稚園の先生志望、楽しくピアノが弾ければそれでよかった」ヒロインが、コンクールに出て「上を目指す」ために脱皮する場面で使われたのが、シューベルトのピアノソナタの16番。そもそも、テレビドラマで、地味なシューベルトのピアノソナタが登場すること自体が信じられない上に、選んだ曲が、下手な引き方をすれば平板で退屈、長いだけのこの曲です。当然、彼女の持ち前の感性だけで弾き通せるようなものではないのですが、それをドラマで、どう料理するのか心配して見ていました。「楽譜の中でシューベルトが何を語っているのか会話が出来るまで楽譜と向き合うことで、楽曲がその本来の姿を表す」と言葉で書くのは簡単でも、それをドラマの中で音楽として伝えるのは難しいだろうと。

が、このスタッフ、本気度が違ったようです。弾き始めの手探り状態の背景に持って来たのが、ソナタ形式の、構造は明確だが不安定さを抱えている提示部。続いて、不安定な転調・変奏部分が繰り返される展開部を、作曲者と上手く語り合えないと混乱する背景にし、脱皮後の演奏には、各主題が安定的に統合される再現部と、使う部分を上手く切り張り・コラージュして演出していました。まるで、楽曲解説をドラマで再現しているようなものです。普段やりなれない「楽譜に向き合い」ことに集中しすぎて「頭をショートさせた結果」、高熱を発して寝込んだために、本選の課題曲の準備が完了できず、主人公はコンクールに負け、失意の中、故郷に帰ってピアノに触ることも出来なくなります。その彼女が立ち直る切っ掛けとなったのも、初めて「必死で楽譜と向き合った」このソナタ。恋愛TVドラマでソナタ形式の本質を、そういう説明は一切なく、さらりと演出に取り込むというのが、只者ではないと感じた瞬間でした。

人気のなかった風変わりで、ちょっと退屈で盛り上がりに欠けるこの曲を、曲の構造を浮き彫りにしながら聴こうとすればポリーニ、構造など気にせずロマンチックに歌いきればいいのであれば内田でしょうか。

さて、やりおおせなかった本選課題曲とその顛末が、また傑作でした。選ばれたのはストラビンスキーのペトルーシュカ。華やかで様々な音色が煌くこの曲は、彼女の資質にぴったり。だからこそ、逆に自分の世界に迷う込む隠し扉が沢山潜んでいる危険な曲。その迷路の入り口に選ばれたのが、ご存知、NHKの料理番組の主題曲のあれ「たんたか・たかたか・たんたんたーん(実は富田勲 作曲です)」。コンクール会場に向かうバス車中でも楽譜を睨んで必死にさらっているその時に、マナーモードにしていなかった乗客の携帯呼び出し音で、この曲が鳴り響きます。

耳から入った音が、直接、指に抜けるような彼女の才能が災いしたのでしょう、コンクール本番舞台で最後のペトルーシュカを演奏途中に、一瞬停止してしまった彼女の指から、このおなじみのメロディが飛び出してくるという惨劇。それも単純に入れ替わるだけではなく「きょうの料理」の「のだめ変奏版」とペトルーシュカ原曲が混線して行ったり来たりします。番組上では、この変奏曲はあっと言う間に終わってしまいましたが、本格的変奏曲として、通しで(そんなものが存在するかどうか不明ですが)聴いてみたいと、今でも思っています。この誰でも知っている曲が、ペトルーシュカのこの部分にマッチするという、その組み合わせを思いついたのは原作者だと思いますが、変奏曲まで作って主人公の才能と、天然ぶりを演出した拘りには脱帽です。

この曲の煌びやかで極彩色な姿を楽しむ、そういう意味で聴いてみたいピアニストは沢山いるのですが、以外に録音数はそれほど多くありません。昔から聴いているのは、これです。 (残念ながら、混線変奏曲は見つけられませんでした)

その後、音楽家、アーティストを取上げた映像作品は色々ありましたが、スタッフのピアノ演奏への愛と拘りを、ここまで感じさせるものは、未だに出会っていません。唯一の不満は、恋人役の、大金持ちの指揮者志望の「先輩」の部屋にあったオーディオ。あれはもう少しマニアックに攻めて貰っても良かったのではというのは、望みすぎでしょうか。こちらは楽器提供を受けたメーカとの大人の事情があったのかもしれません。

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レス一覧

  1. パグ太郎さん

    「のだめカンタービレ」とは懐かしいですね。
    この中に出て来る「ショパン:ピアノ協奏曲第1番」
    PentaToneの中でも数少ない192KHzは、オーディオ機器調整に外せない曲になっています。

    録音が2008年ですから、その頃から 既に実用レベルの192KHzで録音していたのには驚かされます。・・・日本では訳の分からないbitマッピングやオーバーサンブリングを行って24bit相当と騒いでいた頃では?

    録音もピアニッシモか非常に綺麗でハンマーが弦を叩いた瞬間の打撃音とそれに続く余韻のコントラストの美しさには衝撃を覚えました。
    これを高速で演奏されると・・・キラキラと、「のだめカンタービレ」の音の球が弾けるイメージその物です。

    なんとなく格の差を見せつけられたみたいです。

    byhelicats at2017-10-13 11:45

  2. helicatsさん

    レス有難うございます。「のだめ」ちょっと古すぎでしたね。『セーヌ左岸のピアノ工房』を再読していたら、「どうして上を目指さなければいけないの」と重なるメッセージが伝わってきて、つい思い出話を書いてしまいました。

    PentaToneのショパンの協奏曲と言うのは、サ・チェンの一枚でしょうか? このピアニストはノーチェックでしたし、この録音がドラマに使われていたのも知りませんでした。今度、聴いてみなくては。情報有難うございます。

    byパグ太郎 at2017-10-14 09:43

  3. パグ太郎さん

    ピアノの原型はもともとは家具のようなものだったようですね。現にスタインウェイの創始者ハインリッヒ(ヘンリー)は、もともとはドイツの家具職人でした。

    モーツァルトやベートーヴェンが登場してからも、ピアノは家庭で自分で楽しむ楽器であり続けたし、若きショパンやリストなどプロであってもサロンなどで演奏することが多かったようです。それだけにピアノは、他の楽器(演奏者)に較べるとひときわ内向的だという気がします。

    アルゲリッチはあがり症で、楽屋に引き籠もりなかなかステージに上がりたがらず周囲を手こずらせたとどこかで聞いた気がします。彼女はソリストとして強烈な印象を与えましたが、そういうゾーンに入らないとなかなか実力を発揮しないピアニストなんだと思います。いつしかソロは控えるようになってしまったと思います。

    デュオでも、自分だけ奔放に振る舞い勝手にゾーンに入ってしまうので相手を選ぶし、なかなか忠実なパートナーは限られたようです。そういう忠実タイプか、あるいは丁々発止と渡り合うケンカ腰のパートナーのどちらかが多いようです。

    逆にバレンボイムとの最近のデュオでは、「春の祭典」など第二ピアノに徹していて健気にリズムと和声を刻んでいるのはちょっと微笑ましい。さすがに幼なじみでいまやの巨匠バレンボイムが相手となると気を緩めて競うこともないのでしょうね。

    クレーメルなどは、ケンカ相手的なパートナー。ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタなど面白いし感動もしますが、ちょっと疲れてしまいます。マイスキーとのアルペジオーネ・ソナタも名演名盤ですが、最初のテーマのワンフレージでこの曲の全てを先に語ってしまい、マイスキーの影が薄くなってしまいます。

    ドーラ・シュヴァルツベルクとのフランクのソナタでは、気の置けない旧友とのくつろいだ語り口でほっとします。いかにも気位の高いふたりが、唯一気を許し心開いて話せる相手同士として、懐かしい昔を語り合い、泣いたり笑ったり、時にはちょっと感情を高ぶらせたり…という風です。アルゲリッチの中でも、バッハ・アルバムと並んで彼女の本来の内心が聴けるような気がして、好きなディスクです。

    byベルウッド at2017-10-16 11:14

  4. パグ太郎さん

    PentaToneのショパンの協奏曲、サ・チェンの演奏です。
    ただ「のだめカンタービレ」に使われたのは、この演奏では無いと思います。

    もう一枚PentaToneの192KHzの演奏でユリア・フィッシャーのチャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲も良い録音がされています。
    これはショパンのピアノ協奏曲より更に古くて2006年の録音だそうです。

    PentaToneは優秀な録音をしていたのに、潰れてしまって192KHzはもう出て来ないので残念です。

    byhelicats at2017-10-16 19:23

  5. helicatsさん

    >「のだめカンタービレ」に使われたのは、この演奏では無い

    私が読み間違えていましたね。すみません。

    PentaToneのユリア・フィッシャーは何枚か持っていますが、チャイコフスキーは未聴です。今度、試してみます。

    byパグ太郎 at2017-10-16 22:22

  6. ベルウッドさん

    力作レスありがとうございます。

    >ピアノは内向的

    そうですね。物理的にも個人が簡単に持ち運び出来るものでもないですし(映画『アマデウス』でも人足に担がせていたシーンがありましたが)、見せる演奏を意識しだしたのは、やはリストあたりからなんでしょうか。更に一人で自己完結できるというのも大きいですね。

    アルゲリッチの話、大変興味深いです。ルガーノや別府で気の知れた仲間たちとの室内楽的協演が多くなっていることの理由が得心できました。

    また、二重奏の相手との関係のパターンも面白いです。ラビノビッチは完全フォロー型ですね。クレーメルとのクロイツエルは私も好きですが疲れて途中で止めることもしばしばですし、マイスキーとのアルペジオーネのCDはシューマンの民謡風小品集(先日のホルヌング・河村でも良かったです)まで進むとほっと安心します。ドーラ姐さんとのフランクのソナタは、どんな激しいものにになるかと及び腰で聴き始めたら、非常に穏やかで親密な空気の漂う演奏でびっくりした記憶があります(このCDの話題が出てくることも、びっくりですが)。

    byパグ太郎 at2017-10-16 22:28

  7. パグ太郎さん、

    私もある方から紹介されて『パリ左岸のピアノ工房』を読みました。もうだいぶ前のことなので内容についての記憶があいまいですが著者のピアノへのこだわりとピアノ工房の職人さんや関係する方たちが生き生きと描かれていて面白かったのを覚えています。

    ウチのピアノもこだわりのリビルド職人の社長さんが仕上げてくださったものなのでこの本の内容には親しみを感じました。

    byK&K at2017-10-16 22:29

  8. K&Kさん、今晩は。レス有難うございます。

    私も記事書くための内容再確認のために、久しぶりに引っ張り出して見ている内に、はまって再読してしまいました。一つ一つの逸話に、ピアノへの愛と、パリの職人の世界への敬意を感じさせる、良い本ですね。

    拘りのリビルドピアノ、(ピアノが弾けることも含め)羨ましいです。

    byパグ太郎 at2017-10-16 23:26

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