日記
時には素直に愛聴盤を語る:フランクのヴァイオリンとピアノのためのソナタ
2017年11月10日
ヴァイオリンとピアノの二重奏の中でも、時々、思い出したように無性に聴きたくなる曲が幾つか有るのですが、その内の一曲が、フランクのソナタ。
1楽章の緊迫感あふれる出だし、2楽章の激情もいいのですが、それに続く3楽章の平和と静けさに満ちた美しい旋律と、4楽章の幸福感あふれる二つの楽器の掛け合いという展開に、どっぷり浸ることを体と心が、時々、求めるようです。(前回日記のテーマにした、ロシア・東欧のユダヤ・ロマ旋律とリズムで塗りつぶされていた三連休への反動?)
さて、昔から聴いているのは、この定番といわれた一枚(61年)。
華やかなグリュミオーのヴァイオリンの音色は、ヴァイオリニストのイザーイの結婚祝いに作曲された「言祝ぎの曲」という作曲の経緯に相応しく、明るく、芳醇で艶やかです。演奏スタイルは少し時代を感じさせますが、それがまた、「古きよき時代の香り立つような典雅さ」(というものが本当に有ったかどうかはさておき)を感じさせてくれる名演です。弦のビブラートに厚みのある美しさとはこういうことを指すのかと思います。
60年以降も、数々の名手(ハイフェッツ・オイストラフ・コーガン・ボベスコ・パールマン・ギトリス・・・)がこの曲を録音し、夫々に良いのですが、Tower Recordsが復刻してくれたお陰で初めて知ったヴァイオリニスト P.ドゥーカンの録音(59年)が、もう一つの愛聴盤です。
先ず、バイオリンが渋く引き締まっていて、グリュミオーの豪華さとか優美さとは全く異なるものですが、気品と透明感があふれる音色は心が洗われるようです。曲の解釈も、その音色に適した、抑制の効いた淡々とした語り口で、特に第3楽章は、どんな名手の演奏でも、この品位には頭を垂れざるを得ない高貴さを感じるほどです。これほどのヴァイオリニストですが、殆ど録音がないというのはどういう経緯なのでしょうか。
優美な典雅さや、そして抑制の効いた気品とくれば、もう一つのこの作品の姿は、二人の演奏者の親密な対話です。その方向での愛聴盤は、意外に思われるかもしれませんが、アルゲリッチとシュバルツべルクのこの一枚です。
アルゲリッチといえば、エネルギッシュで激情あふれる燃え尽き型の演奏を思う浮かべる方が多いと思います。第一楽章の導入部から、どんな火花散るやり取りが始まるかと身構えていたのですが、ゆっくりとした語り口で、極めて親密な対話が進んでいきます。そして、その会話の中で、時には緊張感、時には喜びの感情が高まることはありますが、決して燃え尽きるというような激しさに進むことはありません。共感を確かめあいながら、日常の中に流れる豊かな時間を静かに楽しんでいる、そういう録音です。アルゲリッチの演奏を聴いて心穏やかになるという体験はフランクのこの曲が始めてかもしれません。(この曲は彼女のお気に入りで、他にも7-8種類録音があるみたいですが、他はどうなんでしょう)
ここまで取上げた三つの演奏の内、二つは半世紀以上前の時代を感じさせる演奏、もう一つは円熟期に入った二人の親密な会話ということでしたが、最近、この曲の若々しい、名演奏が更に二つ登場しました。
一つはこれ。
ルノー・キャプソンのヴァイオリンは、フランス・ベルギーのヴァイオリニストの伝統をしっかりと引き継いだ、柔らかく豊かで伸びのある音色ですが、やはり現代的な新しさが加わって、何も考えずに聴いているだけでも、引き込まれそうな魅力があります。一方、ブニアティシビリは何時ものけれんみたっぷりの演奏は影を潜め、神秘的とも感じられる深く陰影のある響きでヴァイオリンを包み込んでおり(特に第1,3楽章)、彼女はこういう成熟した色気も演ずることが出来たのかと驚かされます。最終楽章の強奏部分では、いつもの彼女らしいさを十二分に発揮しており、キャプソンの華やかな弦と相まって、その高揚感、解放感は滅多に味わえないとまで思わせます。この二人の組み合わせ、契約レコード会社の壁があるのでしょうが、もっと聴きたい。
もう一つはこれ。
ファウストのヴァイオリン(ストラディバリウスは愛用のスリーピング・ビューティではなく、ビュータン)は、何時もにも増して弱音の繊細さが際立っており、唄うというより、ささやき、つぶやくような細やかな表現で、その一言一言を逃してはいけないと、聴き手も姿勢を正すことになります。キャプソンの暖かい華やかさとは対照的で、彼女のストイックな求道者の姿はどんな曲でも相変わらずです。相方のメルニコフの拘りの楽器選択は今回は1885年製仏エラールで、独特の低域の深い響きと高域の煌きは、ファウストの繊細な弦との対話を、濃密ではあるけれども静けさがあり、緊張感はあるけれども落ち着きのあるものにしています。この二人は、何を演奏しても夫々の曲の美質を見つけ出してくれますが、このスタイルが常に変らず高いレベルで安定しているのはどうしてなんでしょう。
今回は、何の芸もなく、気に入った録音を並べてみましたが、書いてみて60年前の二組の演奏の対比と、若手二組のそれとが、相似形になっていることに気がつきました。私がこの曲に求めるものが、この2つの間で常に振り子のように揺れているのかもしれません。
レス一覧
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パグ太郎さん
私もフランクのソナタ大好きです。
2009年10月トッパンホールでの礒絵里子さんの演奏は鳥肌ものでした。
http://www.toppanhall.com/concert/detail/200910161900.html
CDはオクタヴィアレコードから出ていて、録音も良好です。
http://www.octavia.co.jp/shop/exton/001028.html
この時の彼女のキャリアは10年を超えたところでしたが、今年20周年の記念リサイタルが来週13日(月)に東京文化会館であるので、聴きに行く予定です。
http://www.34-net.com/eriko/cont/index.html
byもろこし at2017-11-10 23:47
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パグ太郎さん
以前触れましたが私もシュバルツべルク&アルゲリッチが愛聴盤になっています。以前の日記では、愛情のあまりついつい「祇園の古参芸妓ふたり」とか「年増の芸」とか失礼なことも書いてしまいました(笑)。
↓
http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20130607/37440/
最近は、若い人でも簡単に取り上げて弾いていますが、全体の構成バランス、感情の大きな起伏、呼吸や運弓、テンポの動かし方、ピアノとヴァイオリンの掛け合いや呼吸の合わせ方など、ツッコミどころ満載で、そういう若手の未熟さがかえって勉強になるところがあります。味わい深い名曲だけに難しい曲だとしばしば思います。
ヴァイオリンとピアノの名曲ともなると、とかく名のある名手たちの演奏の懐古に終始しがちですが、この曲にも新しい世代の時代が訪れているという気がしますね。
byベルウッド at2017-11-11 01:45
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パグ太郎さん、おはようございます。
アルゲリッチとファウストは拙宅でも聴いております。
ファウストとメルニコフは所属レーベルも同じですが、演奏についての考え方も共通するところが多いのでしょうね。
逆に、違うキャラクターの二人がやり合うのも面白いのですけれども。
前回の日記に触発されて、手持ちのMArecordingsのディスクをリッピングしました。
もちろん、例の超高速チンドン屋もありましたけれど(笑)
byfuku at2017-11-11 09:41
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パグ太郎さん、こんばんは
メルニコフ・ファウストに一票!
っていうことではないと思いますが、メルニコフのノリのようなものが初めてわかった気がしたのです。。。それくらい良かったな~。ショーソンとのカップリングも不思議に盛り上がってしまいます。。。
あと番外編ということで、若手コンビのチェロ・ヴァージョンも私のお気に入りです!
Camille Thomas, Julien Libeer“REMINISCENCES”(2016)
byゲオルグ at2017-11-11 19:42
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パグ太郎さん、こんばんは。
オーディオ的には難しさを感じていますが、私もこの曲は好きです。手持ちはチョンキョンファ&ルプーのみです。日記を読んで時代や表現の違いを聴いてみようと思いました。このところグリュミオーの別作品をあちらこちらで聴く機会があり、あの艶やかなヴァイオリンで聴くとどうなるのだろうと、想像しています。
by横浜のvafan at2017-11-11 21:04
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もろこしさん
レス有難うございます。礒絵里子さん、ベルギー派のヴァイオリニストなんですね。どんな音色か聴いてみたいです。教えていただいて有難うございます。
byパグ太郎 at2017-11-11 23:39
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ベルウッドさん
レス、有難うございます。以前の日記、拝読しました。
>祇園の古参芸妓
>妖しい至芸の世界
>一見さんに迎合しない年増の芸
お茶屋でお大尽遊びの経験したことのない私には、粋すぎるお話で、何とも申し上げられません(笑)。
ファウスト・メルノコフや、カプソン・ブニアティシビリを聞くと、ここにも新世代が来ていることを実感しています。
byパグ太郎 at2017-11-11 23:53
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fukuさん
レス、有難うございます。アルゲリッチ・シュバルツベルク盤を好きな方、想像以上に多いのですね。
>MArecordingsのディスクをリッピングしました。
>もちろん、例の超高速チンドン屋もありましたけれど(笑)
MAといえば、Zellerの無伴奏チェロとか、Equezのリュート版無伴奏チェロとかを良く聴いていますが、高速チンドン屋は未体験でしたので、これからトライです。色んな話がつながって面白いですね。
byパグ太郎 at2017-11-12 00:05
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ゲオルグさん
レス、有難うございます。
ファウスト・メルニコフ、あの繊細さと品位を持ったエネルギーというのは独特の世界で、何時も驚かされます。目が離せないです。
Camille Thomas, Julien Libeerのサンプル聴きました。良いですね!
byパグ太郎 at2017-11-12 00:13
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横浜のvafanさん
>日記を読んで時代や表現の違いを聴いてみようと思いました。
嬉しいコメント、有難うございます。
グリュミオーのあの艶は誰にも真似できないので、それに嵌ると抜けられない魔力がありますよね。
byパグ太郎 at2017-11-12 00:18
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