パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

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パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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クルレンティスの悲愴、あるいは、シベリア版『闇の奥』の主は正統派?

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2017年12月24日

以前、フィガロの結婚について書いた時に、登場人物の外面的感情に、とことん素直に寄り添った、これまでにない斬新な音楽表現をしている演奏として、クルレンティスの録音を触れたことがあります。

そもそも、モーツァルトのオペラでは、悪戯で笑いをこらながら表面的には求愛の言葉を口にする時も、音楽は極めて美しい純粋な愛の呼びかけになっていますし、全く反省していない浮気男の上辺の謝罪と、どうせまたかと諦めているだけで表面を取り繕って許容する妻のやり取りであっても、額面どおり、言葉どおりの真摯な贖罪と赦しの神聖な誓いの音楽であったりします。でも、現代の生きる私たちは、その内側にある本心こそが真理であるという観念に囚われているからでしょうか、裏側を垣間見せるような味付けをしないと、どうしても居心地が悪く、気がすまないようです。


クルレンティスの『フィガロ』は、そういった固定観念に囚われた味付けを排除して、モーツアルトの書いた音楽をそのままストレートに、悪戯が隠れていても求愛はどこまでも甘く美しく、謝罪と許しは荘厳かつ神聖に提示されます。その書かれたままの音楽の率直な表現は、驚きでもあり新鮮でもありますし、これまで聴いてきた演奏が、額面どおりの感情をそのまま無批判に表現することは避けるべきだという特定の価値観にフィルタリングされていたことに、改めて気づかせてくれる体験にもなります。

という体験をしていたにも関わらず、クルレンティスというギリシャ出身の指揮者は、シベリアの奥地で古楽器のオーケストラを結成して、聴く人を驚かせる独自の世界を作り出しているという余計な情報に頭が行ってしまいます。この舞台設定だけ聞くと、アフリカの奥地に独自の価値観に基づく王国を作り出すした反逆軍人の物語り『闇の奥』(そして、それを映画化した『地獄の黙示録』)を思い起こさせなくもありません。
<未開の地、深く踏み入った果に見出した王国の物語>

そのクルレンティスのチャイコフスキーの悲愴です。子供の頃から亡父が何時も、カラヤン・ベルリンフィルのLP(恐らく1965年版)をかけていて、聞き飽きるほど繰り返し聴いた曲、でも、この大袈裟な悲壮感が鼻について、いつしか余り聴かなくなってしまった曲。それをクルレンティスが録音したけれども、彼がリリースを承諾するのに手間取っていて中々出てこないというニュースは見ていました。でも、「あの鬼才があの悲愴」という各所での取上げられ方の胡散臭さと、「古楽器でチャイコフスキー?」(まあ、既にヴァイオリン協奏曲やストラビンスキーも好評らしいのですが)という先入観も有り、手をこまねいていたのです(同様の感覚で止まっていた方も何人もお見受けしましたし)。でもゲオルグさんを始め多くの方が、その素晴らしさを書いておられるのも拝見して、やはり気になって聴いて見ました。

聴く前の躊躇は全く無意味でした。第一楽章の冒頭から、感情を鷲づかみで持っていかれてしまいました。これはどういう演奏か?という様なことを考える余裕を与えず、この音楽作品のエモーショナルな世界に吸い込まれて、あとは身を任せるしかないという体験です。飽きるほど聴かされ、少しの気恥ずかしさを感じていたこの曲で、こういうことになるとは想像すらしていませんでした。

その後、何度か、繰り返し聴いているうちに、これは、これまでにない演奏であっても、珍しいこと、奇抜なことはしていない(つまり「鬼才」という様な際物ではない)、作曲家が書いたとおりの演奏だということが次第に判ってきました。チャイコフスキーが「悲愴」で表現したかった感情を、そのままストレートに、そしてもっとも力強く演奏する形を、素直に楽譜の中から読み解いて、それを実行しているだけなのかもしれません。しかし、その様な行為から、過去の作品解釈の歴史・伝統・蓄積に縛られないオリジナリティにあふれる結果を作り出すこと至難の技ですし、それが出来たとしても多くの聴き手に受け入れられる表現に昇華させることは更に難しいことだと思いますが、クルレンティスにはその稀有な才能がそなわっているのかもしれません。

しかし、その表現がここまで、一瞬にして聴き手の心を捕まえる結果になっているのは何故なのかと考えてしまいます。やはり、彼が目指しているのが、作品が表現しようとしている人間の根源的感情を素のままの形でストレートに表出するという、現代人には中々抵抗感のある所だということが無関係ではないと思います。フィガロでも登場人物の素の感情を何のフィルターをかけることなく剥き出しの形で提示していることに驚かされました。同様に、悲愴という作品の感情過多な部分をさらけ出すことは「外聞を憚る」所なのかもしれませんが、そういった固定観念をあっさりと飛び越えて、臆面も無くやってのけ、しかも現代的表現として成立している、そこにクルレンティスの作品の秘密があるのかもしれません。

ということで、クルレンティスは私にとっては、鬼才でもなければ、シベリアの『闇の奥』の主のような理解不能な存在ではなく、極めて正統的な作品の解釈者であったということが納得できました。これから彼が何を聴かせてくれるのか非常に楽しみです。同時に、彼の演奏は、自分の固定観念をあからさまにしてしまう怖い存在ですし、その観念を打ち破って差し出してくれるものが、自分の内面にとって受け入れ可能かどうかはまた別の話ではあります。その意味では、コンゴ川のジャングルを遡る主人公が、それと並行して自己の内面に深く踏み込みんで行き、最後は根源的な選択に迫られるといういう『闇の奥』の主題そのものを体現している指揮者であるのかもしれません。<クルレンティスの手勢:漆黒の長衣の集団:Musica Aeterna>

クリスマス・イブの選曲ではありませんね。スミマセン。

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  1. 含蓄の深いレポートありがとうございます。たしかにクルレンティスのCD は クリスマス向きの選曲では無いように思いますが フィガロにしろ、悲愴にしろ 聴き手をジェットコースターに乗ったように翻弄されたように思います。しかし、なるほどと思わせるところは役者が数枚上ですね。
    フィガロは 何回見たかわかりませんが どこをとっても完璧な音楽になっているのかのは すごいですね。したがって 歌詞や映像無しでも楽しめますね。悲愴は 私は ムラヴィンスキーの盤が 刷り込まれているので、それと比較してしまいますが、たしかにすごい演奏ですね。

    byKE2 at2017-12-24 18:10

  2. KE2さん

    レス有難うございます。
    フィガロは作品として「どこをとっても完璧な音楽になっている」のは、まさしくその通りで、常日頃思っていたことを、仰っていただいた気がしました。名作を上げるときりが無いモーツァルトですが、フィガロはその全ての要素を包含していると思っています。
    クルレンティスはフィガロだから、あの演奏でも良かったけれど、悲愴では行き過ぎになるのではと懸念していたのですが、良い意味で予想外でした。こういうビックリも時にはいいものですね。

    byパグ太郎 at2017-12-25 12:11

  3. パグ太郎さん
    こんばんは

    >チャイコフスキーが「悲愴」で表現したかった感情を、そのままストレートに、そしてもっとも力強く演奏する形を、素直に楽譜の中から読み解いて、それを実行しているだけ

    >彼が目指しているのが、作品が表現しようとしている人間の根源的感情を素のままの形でストレートに表出するという、現代人には中々抵抗感のある所だということが無関係ではない

    おっしゃるとおりだな~と思います。表現力が足りなくて、どうも私のレビューではその大事な点が指摘できていなかったです。。。

    クルレンティス自身がインタビューのなかで「アーキタイプ」とか「インスティンクト」とか言っているのは、そういう根源的なものなんだと思います。

    そしてよくよく研究しているのだろうな~と。まだ読めていないのですが、CDについている解説、ものすごい長編で、けっこう難解。。。しかもその解説のタイトルがジョイ・ディヴィジョンの名曲「Love Will Tear Us Apart」。。。彼が過去ではなく今を生きる聴衆に向けて発しているメッセージのような気がしています。

    byゲオルグ at2017-12-25 20:40

  4. ゲオルグさん

    レス有難うございます。貴日記に背中を押されていなければ、聴いていなかったかもしれません。感謝です!

    ブックレットの解説は確かに難解で、恥ずかしながら何を言いたいのかわかりませんでした。彼に倣ってではないですが、演奏から聴こえてくるもの、感じることだけを自分の言葉にしてみたのですが、共感いただければ嬉しいです。また、ご紹介宜しくお願いします。

    ps 昨日、ベートーヴェンのチェロソナタが漸く到着しました! 良いですね。

    byパグ太郎 at2017-12-25 23:34

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