パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6) 10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました(2017/6)。
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

ショスタコーヴィッチ あなたはどういう人なのか?

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2018年01月08日

前回の日記で書きましたが、年末年始で頭の中で鳴っていた星条旗のメロディーに、一旦、ご退場いただくには、真逆の音楽をということで、選んだのがこれ。意識しないで東西冷戦構造のようになっているのは世代のせいでしょうか。


聴いたのは、ピアノ・トリオの2番。第二次世界大戦のドイツによる2年半に及ぶレニングラード包囲戦から解放されたその年に作曲され、飢餓と砲撃で人口の3分1が亡くなった、まさしくその街で初演された曲です。作曲者ショスタコーヴィッチは、親友の音楽学者のイワン・ソルレチンスキーの追悼としてこの曲を捧げています。が、時代の文脈においてみれば、親友の死を悼む以上の受け止め方をする方が自然かもしれません。

第一楽章冒頭から、チェロが引っかくような不穏な高音で嘆きの歌を奏で始めます。この時点で、正月早々こんな曲を流された家人が嫌な顔をしておりますが、仕方ありません。ヴァイオリンとピアノが続きますが、これまた不安定な和音と旋律。そのうち、リズミカルな部分が登場しますが、何かが壊れたような落ち着かなさ。骸骨の踊る死の舞踏? 楽章が代わって、急に明るい兆しが見えますが、それはどこか「タガが緩んだ」哄笑と、ギクシャクとした酔っ払いの踊りで狂気すら感じさせます。その後に続くのが静かな祈りのはずなのですが、ここでも和音とリズムが微妙にずらされていく中で、祈りが天に届くのではなく地を這っているよう。

そして終楽章ではユダヤのクレズマー旋律の強烈な舞曲。そして、そのリズムの合間にこれまで登場した要素が全て回顧される不思議な感覚。チャイコフスキー、アレンスキー、プロコフィエフ、皆さん揃って、親密な方の追悼としてピアノ三重奏曲を捧げていますが、そのロシアの伝統に則っているとは到底感じられない、過激さです。

「重苦しい不協和音と、不安定で不可解なリズムの中から立ち現れる祈り」、「民族色の強いリズムと旋律が呼び起こすメランコリー」、「突然の哄笑と高揚感」。この三つが入れ替わり、立ち代り登場して、何が本音なのか掴みどころが無いのです。ショスタコービッチさん、本当のあなたの顔はどこにあるのか? 

振り返ってみれば、彼の作品は交響曲にしても、室内楽にしても、上記の要素が混り合って、それらが思わぬところから顔を出して聴くものを驚かせる所が、大なり小なりあるとも思えます。重苦しい深刻さ、民衆的なわかりやすさ、全てをあざ笑っているような強烈な皮肉、この多面性があって、彼はあの時代を生き延びてきたのかもしれません。方や国家の認める英雄であり、方や壁の向こうの国々では「本音は違っていた」反体制の志士という両極端な持ち上げられ方をされることが可能だったのも、その多義性、多様な解釈が成立し得るそのスタイルのせいかも。それを彼が望んでいたのかどうかは判りませんが。


この曲ではアルゲリッチ・クレーメル・マイスキーという豪華トリオの録音もあり、愛聴盤だったのですが、ショスタコーヴィッチ独特の見通しの悪さの魅力には、ちょっと全てがクリアで鮮烈過ぎる印象です。やはり、そんなことに想いをはせながら、巨匠アシュケナージが若手弦楽器奏者2人と演奏したこの録音を聴いていると、先ほどまで頭の中を流れていた星条旗の行進曲は綺麗に消え去っていました。

と同時に、脇に置いたはずのduoWのコダーイやラベルの音楽と、ショスタコーヴィッチの音楽が、頭の中でつながり出したのです。

音楽の形の差はあるものの、先ほどの「重苦しい不協和音と、不安定で不可解なリズムによる哀悼」、「民族色の強いリズムと旋律が呼び起こすメランコリー」、「突然の哄笑と高揚感」は、まさしくバルトークやコダーイそのものですし、自身バスク地方出身でユダヤ・ロマへの共感を作品に強く打ち出していたラヴェルの音楽にも通じるのではないかと。そう感ずると体で確かめずにはおれなくなり、一旦退出願ったCDをトレイに乗せる事になりました。これではいけません。どこまで行っても抜け出せそうにありません。ただ、この抜け出せそうに無い既視感こそが、ショスタコービッチの魅力の一つかもしれません。あなたは一体どういう人なんでしょう。

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  1. パグ太郎さん

    ロシア人の追悼のためのピアノトリオという伝統はチャイコフスキー以来で、そのチャイコフスキーの死を悼んでラフマニノフも書いていますね。

    ショスタコーヴィチの本音がわからないというのは私もその通りだと思います。

    私にとってショスタコーヴィチは若い頃から親しみのある作曲家でした。同時代の作曲家でしたし、歌声運動とともに社会主義の理想への強い共感が戦後日本を覆っていたからだし、冷戦構造が音楽家を巻き込んで東西両陣営の激しい教宣合戦が展開されたからでしょう。簡便なミニチュアスコアが音楽之友社から出版されていくらでも入手できたのもそういう背景があったのでしょうが、それがまた彼の音楽にのめり込むことに拍車をかけました。最後の交響曲第15番の初演は、高校生の時でFMでそれが放送されたことを鮮明に覚えています。それでもショスタコーヴィチはわかりにくかった。

    ショスタコーヴィチの音楽はそういうスターリニズムや国家文化教宣を抜きには語れないのだと思います。裏の裏は…オモテ…とも言えない、複雑な矛盾と真実を胎んでいます。三島由紀夫の「仮面の告白」のような《告白》が必ずしも本音とならないところで複雑で華麗な一人称の自伝体の音楽が実存する…才能とはそうものなのでしょうか。

    それに翻弄されるのは、何も聴き手ばかりではありません。レニングラード包囲網のなかで書かれた交響曲第7番は、ラジオ放送でロシア全土を熱狂させたばかりか、その楽譜が西側にマイクロフィルムで送られて「反ナチ・反ファッショ」の熱狂をも巻き起こします。初演をめぐってストコフスキーと熾烈な争いを演じ、ついには哀願までして初演を勝ち取った大指揮者トスカニーニは、後年、東西冷戦の現実のなかで「こんな作品で初演を争ったことを恥じる」とこの曲を貶めています。それは、物量を誇示する超弩級の大編成も含めて「戦意高揚」のための壮大なプロパガンダというこの曲の表向きの《仮面》が外れて、そのユーフォリアが急速に冷え込んでいったからです。

    byベルウッド at2018-01-09 12:02

  2. しかし、強大なプロパガンダという外形は作曲者自身も意図したことだったわけですが、ともすれば空疎なボリシェヴィキ的リアリズムに陥りがちなこの作品に、それでも、ショスタコーヴィチが信念と愛着を失わなかったのは、逆に「体制」が、ナチズム、スターリニズムのどちらであれ、その他の何であれ、その不条理な抑圧と暴力が市井の人々の日常に知らぬまに浸透し支配し、恐怖に満ちた災厄と過酷な運命をもたらすという普遍的な真理をもこめることができたと自負していたからなのだと思うのです。

    そこには、ショスタコーヴィチ独特の『毒』があります。交響曲第7番で言えば、壮大な大編成や行軍を模した長大なオスティナート、室内楽で言えば雑音じみた奏法や不協和音など。そういう『毒』と『日常性』を同時に胎んでいて、だからこそ、それを表現することに成功した演奏は希だったし、聴き手にとってもなかなかついていきにくいものがあったのだと思います。

    ショスタコーヴィチの音楽は、演奏者にも聴き手にもある種の《ネガティブ・オーラ》のようなものが必要で、それは猜疑とか不信、嫉妬、反感、皮肉といったものなのだろうと思いますが、それがぶつかり合い克服していかないと彼の音楽性の真実にはなかなかたどり着けない…そういうゴツゴツした道のりなのだと思います。《ポジティブ》一辺倒の安直なユーフォリアは醒めるのも早いのです。

    私自身は、どちらかといえばポジティブさだけで聴ける自伝的な作品「ピアノとトランペットのための協奏曲(アルゲリッチの名盤があります)」や「交響曲第15番」が好きな作品です。プロコフィエフとも共通する比較的素直で率直なモダニズムにあふれています。それでも「第15番」の終末にはちょっとぞっとします。この人は死ぬまで毒を吐いていたのでしょう。

    byベルウッド at2018-01-09 12:03

  3. ベルウッドさん

    長文レス有難うございます。

    『戦争と革命と冷戦の時代』の構造が限界に来る予兆が始まったところから、世界の動きを実感として受け止め始めた身としては、ショスタコービッチの姿勢は、平等の理想主義も、反ファシズムにも、西側の自由にも、全て斜に構えた半身の対応の様に受け止められてしまいます。そして、そこに共感を感じます。

    どの選択をしても権力は暴力的であることへの言いようのない絶望感と哀愁、それでも日々の生活を送り続ける日常世界への共感と醒めた視線、そして全てを放り出して高笑いしたくなるような馬鹿げた悲劇的で理不尽な出来事の連続、こういった感情が彼の作品の中に渦巻いているように聴こえます。

    この感情、あるいは世界観は、彼ほど先鋭ではないですが、20世紀以降の真摯な表現者の中にも共通して潜んでいる(日記の流れで言えば、バルトーク・コダーイ・ラベルにも。もしかすると星条旗やユニオンジャックを素材にして遊んでいる作曲家たちも、いえ、これは違いますね)というのが、本日記の仮説です。ショスタコーヴィッチがそのような姿勢でいたとすると、双方の陣営から持ち上げられ、良いように利用され、自分としてもそれを拒否も否定もせず乗っかっている、その自身の姿に直面しても心の平衡を保っている、その所が同時代人にはないショスタコービッチの更なる複雑性を創り出している原因かもしれません。それとも、これは後から振り返った解釈でしかなく、同時代の文脈の中で彼自身も変貌して行ったのかもなどと、ぼんやり考えていた時に飛び込んできた、ベルウッドさんの「立看」への言及には実はドキッとしたのです。

    byパグ太郎 at2018-01-09 21:38

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