日記
GRF邸再訪、新年早々、大地の歌の世界に遊ぶ その①
2018年01月10日
前回、相互訪問をさせて頂いたのは台風襲来の晩秋でした。それから殆ど間をおかずに、ご近所であることを良い事に、厚かましくも新年早々、GRF邸を再訪問させて頂く機会を頂戴しました。当方日記で取上げた録音に興味を持って頂いて入手された録音の聴き比べや、当方の記事への返答として膨大なコレクションから選んでいただいた録音を楽しむという完全に音楽鑑賞会です。
通常のオーディオオフ会と異なり、CDの一部だけ聴いてとっかえひっかえするのではなく、しっかりと聴く、場合によっては殆ど一枚聴き通してしまうこともありました。その演奏家の美質を知るにはCDの一部分だけでは判らない、作品の本質を発見するには聴かせどころだけではない部分からの積み上げが必要という大義名分はありますが、思う存分、音楽と会話を堪能できて幸せな8時間(長居しすぎだろう!)でした。
この長丁場、流れに沿って記録するのでは収まりがつきません(というか記憶がさだかではありません)。実際に聞かせていただいた順番とは異なり、自分が感じたテーマに沿って、記したいと思います。ホストから見れば、そういう主旨で聴かせたわけは無いよということがあるかもしれません。
第一楽章:麗人の歌に酔い、大いに語りあう
年初ですので、やはりウィーンのオペレッタが登場。紹介いただいたのはルチア・ポップ、ネビル・マリナー指揮セント・マーチン管弦楽団の伴奏によるこれ。

オペレッタアリア集というと、シュワルツコップのセピア色の気品と味のある色気、時代がかった郷愁を感じさせる録音に手が行ってしまうのですが、この演奏は、それよりも、もう少し現代的です(セピア色ではなくカラーにはなっている?)が、現在活躍中の誰よりも、きっちりと品位を保った好感を持てる歌いぶりです。こういう録音を彼女が残しているのを教えて頂き殆ど一枚聴き通してしまいました。良く知っているはずの歌手からの嬉しい贈り物です。
一方、こちらは、こんな歌手がいたのかという発見です。

イネッサ ガランテというソプラノ(1954年ラトビア生)。1曲目のノルマの「清らかな女神よ」の一声から、只者じゃない、硬質で輝きのある声に驚かされます。プッチーニのミミやドレッタのリリックな軽めの役柄を表現力豊かに歌っています。こんな歌手を見過ごしていたなんて何故(正直、悔しい)? お話を伺うと、デビューCDのこれ以外は、それほど良くないそうです。確かに、ノルマのアリアも前半で切っていて後半の力強さとテクニックを要する部分は入っていませんし、他の収録曲も、そういう要素を上手く避けた選曲になっています。でも、一人の歌手の美質を最大限に記録した最初で最後の一枚、それだからこその輝きというものがあっても良いのです(もちろんポチりました)。
私の贔屓歌手ガランチャ(彼女もラトビア出身ですね)に関する日記で、相手役のフレミングの癖のある声が苦手と書いたところ、その返答として聴かせて頂いたのがこれ。

聴いてもフレミングだとわからなかったことに愕然(これもまた悔しい)。いつも歌に表情を付ける時に鼻にかかるような発声となる癖は、彼女の魅力でもあり、時にはちょっと気になるところでもあったのですが、この録音にはそれが全く無く、ストレートな美声です。ということは癖ではなく演技だったということか、そして、それを止めさせているのは指揮のエッシェンバッハ? でも自分が持っている同じ指揮者の他の録音は、いつも通りだったはず。よく知る歌手の意外な側面を発見。この違いがどうして出るのか、追求してみたい気分になっています。
カサロバのドイツリートの表現が独特で新鮮だったことも日記に書きましたが、どこが良いのかというご下問がありました。この硬質な声で、ドイツリートにありがちな過剰演出にならない爽やかな表現が新鮮だったのですが、確かに、これまでの伝統的表現とは全く異質、ドイツ語の発音自体も怪しいというのはご指摘の通り。GRFさんから模範演技として、白井光子のブラームスのご提示がありました。
<変調 カサロヴァと正調 白井>
いや正統派の素晴らしい演奏です。伴奏者の夫君との日常会話がドイツ語なのでしょうから、当然の如く発音に違和感があるわけもなく、表現も、抑制の効いた美しい、正調ドイツ歌曲です。変調と並べて正調の凄さを再認識し、正調と比して変調の斬新さが際立つということかなと、一人で納得しておりました。(ついでに申し上げると、休憩時間にかけていただいたコチシュとアラウのショパン。ショパン演奏としてどちらが正調・変調なのか、演奏として心に響くのはどちらなのか、真面目に考えると難しいテーマです)
第二楽章:小さな珠を愛でる
アメリンクのシューベルト歌曲集という定番CDで、メインのSonyのCDプレイヤー(CDP-MS1)とマランツの20年以上前の普及機(定価598千円)CD-34の両方で聞き比べるということをして頂きました。

ピアノも声もピントの合い方が違います。後者の普及機の方が確実に上質です。種明かしをして頂くと、ピックアップ精度とアナログ回路を徹底してチューニングしてある特殊機器だということです。おまけに後者は最初期のCDオーディオの仕様14bit対応(現仕様は16bit)、それでもここまでの再生ができる。但し、ダイナミックな表現には適さず、こういう歌曲や器楽曲・室内楽曲で最新のハイレゾ音源でなければ、こちらの方がアドバンテージがあるとのこと。トロバドールの部屋でも同様の比較をこのタリス・スコラーズの、美しいルネサンス宗教曲で比較して頂いたのですが、やはり同じです。

少し空間のスケール感が無くなり、こじんまりとなりますが、小編成の合唱パートの一つ一つの声の粒立ち、輝きはCD-34がEMMのハイエンドに勝っています。どこまでのチューニングがされているのか、何故こうなるのかの説明能力は、機械音痴の私にはありませんが、何でもハイエンド、何でも大情報量であればよいという思考とは別に、小編成の落ち着いた音楽の輝きを、小さな宝石を愛でるように楽しむという世界がここにあります。そしてアメリンクの歌声も、タリスの美しい合唱も、その珠となる最上の音楽でした。
<本稿、次回に続きます>
レス一覧
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パグ太郎さん、あけましておめでとうございます。
何を唄ってもFlemingとすぐ分かる彼女の声が認識できない歌唱に興味があります。TIDALで確認してみます。
それにしても、GRFさんの満面の笑みが目に浮かぶような展開ですね。
第二部を楽しみにしています。
byのびー at2018-01-10 19:38
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のびーさん、明けましておめでとうございます。
良い意味でフレミングらしくないとは言い過ぎかもしれませんが、ちょっとショックでした。私の嗜好は判り易いらしく、経験豊富な皆さんにピンポイントで急所を突かれております。後半戦もそれは続いており、笑ってしまいます。
byパグ太郎 at2018-01-11 00:02
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パグ太郎さん、
今年もよろしくお願いいたします。
コアなオフ会ですね。
歌曲しばりですか?
う~ん、すごいです。ひたすら音楽に浸ったという感じが伝わってきます。
CDPは昔の高級機が数年後の超普及機に負けるというのは経験していますが、昔の普及機が新しい高級機に買ってしまうというのはちょっと…困りますね。(笑)
byK&K at2018-01-11 14:41
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K&Kさん 今年もよろしくお願いします。
実はあのCD34は普及機ではありません。中の部品もオールビシェイにタンタルコンデンサーに変わっています。電源も別電源ですし、アナログ回路も作り直しています。部品代だけで、人にいえないぐらい掛けています(汗)。何よりも精密な調整が効いていますね。でなければ、emmとは張り合えません
そして、いろいろなアイデアのうちで、ダイナミックレンジを調整して微妙に聞きやすくしているのが秘密ですね!
byGRF at2018-01-11 20:41
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K&Kさん
今年もよろしくお願いします!
歌曲縛りではありませんが、振り返ると歌モノが並んでいますね。後半は幅が出る筈です。
CDPは私の説明不足です。勝ち負けより適材適所で、特定ジャンルの特定音源では、素晴らしい結果をだしているという印象を持ちました。
byパグ太郎 at2018-01-11 21:22
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パグ太郎さん、GRFさん、
情報ありがとうございました。
GRFさんの解説で特別なCD-34のなせるワザであることが良くわかりました。やはり普通ではなかったのですね。
>部品代だけで、人にいえないぐらい掛けています(汗)。
恐ろしそうです。(笑)
メーカーがお金をかけにくい部分というのがどうしてもありますね。タンタル・コンデンサ―は安全上の理由からメーカーでは採用が難しい部品ですし、…
かといってやみくもに高価な部品を使えば良くなるようなものでもないので改造にはセンスが要求されると思います。
いろいろ秘密が隠されていそうですね。
byK&K at2018-01-12 00:32
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パグ太郎さん
後編もあわせて拝読させていただきました。
GRFさんの素晴らしいシステムと卓抜なオペレーションの初体験に新鮮な感動を抱かれたことと思います。行間から、GRFさんの得意満面の高笑いが聞こえてくるようです(笑)。
>どこが良いのかというご下問
手厳しいですね。私も叱責とも詰問ともつかぬこのお言葉を何度も頂戴しています(爆)。
とはいえ、私もカサロバのドイツリートはちょっと難かしく感じました。硬質さに独自の新鮮さを感じさせるというのもわからないではないのですが、やはり言葉や語感に抵抗を感じます。私の語学力は、聴きながらドイツ語歌詞と対訳英語を目で追うという程度なのですが、たびたびどこを歌っているのか見失ってしまいます。優れたリート歌手の歌を聴いていると、しばしば空気が一変することがあります。暖かくなったり、寒くなったり、華やいだり、凍てついたり…と。例えば‘grün'の発音、それがもたらす語感、感情などが伝わってくるのかどうか。
そういうことは、エディット・マティスの公開レッスンでも体験しました。マティスのアドバイスを受けた受講生たちの歌唱がみるみる変化していくのです。歌手が歌詞を理解し、言葉の意味や語感と音楽との結びつきに目覚めることで、リートの印象は変わっていきます。もちろん聴き手にもほぼ同じことが言えるのだと思います。
オーディオの大事なキモのひとつは、言うまでもなくボーカルですが、発音が美しく、言葉が明瞭に聞こえるかどうかということがとても大事ですね。拙宅のお茶の間オーディオはまだまだです。精進を重ねたいところです。
byベルウッド at2018-01-15 11:12
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ベルウッドさん
レス有難うございます。
カサロバのドイツ歌曲、やはりお気に召しませんでしたか。そうですね、彼女のはドイツリートでは無いのかもしれません。GRFさんに模範演技として聴かせて頂いた白井光子と並べて見ても、自分の基準点であるシュワルツコップや、ベルウッドさんが言及されているマティスとは、歌詞に対する姿勢が全く異なります(それは、彼女のフランス歌曲や、イタリア・アリアを聴いても感じる所ではあります)。ある意味、別種ですね。(サザーランドの歌詞聴き取り不能のいい加減さに匹敵?)
>行間から、GRFさんの得意満面の高笑いが聞こえてくるようです(笑)。
行間から、そう受け止められてしまうのは、いけませんね。偏に私の文章力不足に因るもので、猛省です。二人とも自分の好みの音楽について、どう聴こえるのが嬉しいかという、放談・清談に終始しましたので、六朝文人趣味になぞらえて、『大地の歌』の真似た文章構成にしてみたのですが・・・。
>>どこが良いのかというご下問
>手厳しいですね。私も叱責とも詰問ともつかぬこのお言葉を
ここも、文字通り「どこが良いのか教えて」と聞かれたことを、へりくだって表現し過ぎる悪い癖で、誤解を産んでしまったとしたら、申し訳ないことです。叱責・詰問と受け止めていたら、「正調と比して変調の斬新さが際立つということかなと、一人で納得しておりました」なんて不遜なことは幾ら空気読まずでも書けません。
byパグ太郎 at2018-01-15 22:03
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