パグ太郎
パグ太郎
クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
パグ太郎の部屋
持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

クレドが揺らぐ時、或いは、水平線の向こうに見えるものは?

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2018年02月18日

「どんな機器を使っても音楽は楽しめる」とうのが、大袈裟に言うと私の信条(クレド)です。子供の頃、電波状況が悪いラジカセから聴こえてきたオーケストラで、音楽っていいなと思ったのが原体験なのですから、それは理屈ではなく当然のことなのです(だからこそ、クレド=信仰)。

オーディオに拘りはあっても、今、手元にある機器で聴こえる音楽を、どれだけ楽しめるものにするのか、それが自分にとっては関心の的です。昨年、Philewebに登録して依頼、オフ会で色々な方々のシステムを聴かせて頂くと、凄いなと驚くことばかりです。それでも、自分が楽しめる音楽はやはりどちらのお宅で聞かせていただいても共通で、楽しさのレベルの差として(その差は、それはそれで大変なので、いつもショックを受けているのですが)受け止めておりました。

新年早々、その信条が怪しくなることがありました。それは、今年のお正月にGRFさんのお宅でご紹介頂いたこの録音でした。
この演奏では、ウィーンフィルの各パート、各プレイヤーの掛け合いが、室内楽ばりの緻密さと自主性をもって、この大編成の交響曲の中で行われているのです。これでどうだというお互いの目配せと笑み、録画作品であれば良く見かけるシーンですが、その気配が音として録られているのです。
早速入手して拙宅で聴いてみたのですが、全然楽しくない。平凡な演奏にしか聴こえません。何が違うのか? あの掛け合いの呼吸感が聴こえてこないのです。この秘密は何かというのが、今年の課題になりました。

そのGRFさんから、German Physiksの日本に入ってきていないスピーカー(HRS-130)が偶々、短期間、家にあるので聴きに来ないかというお誘いを頂きました。これは伺わない訳にはまいりません。でも、日程の調整が全く付かず、平日の夜、仕事帰りにお邪魔することになってしまいました。ご町内オフ会のメリットですね。

さてお邪魔すると、いつも80+TW3が設置されている大きな部屋に光沢のある黒い塔が2本すっくりと立っています。次々と色々なCDをかけていただき、結局は音楽談義になってしまったのは何時ものとおりの展開でした。でも、秘密の一端が見えてきたような気がします。今日の日記は、順不同でその印象に残った点を、備忘録として残してみます。

マゼールの「ラ・ヴァルス」「シェエラザード」。
これまで「何か、変ったことしているな・・・奇をてらっている」という印象が強かった彼の指揮ですが、その意図が初めて分かりました。多分、「変わったこと」として目立つ部分と、上・下のつなぎの繊細な絡み合いの空気まで手に取るように見えるので、その部分が全体の中で収まって聴こえるからかと感じました。これはカプランの復活でも同じで、そこまで聴こえないことが、この演奏が拙宅では全く面白くないと根本原因ではないかと思えてきました。

そのことを更に感じたのはジュリーニのブラームス4番。
この響きを創り出すために、ジュリーニがどれだけ複雑な表情付けを各パート毎に、小節単位で要求していて、それが文字通り「綾をなしているか」が見えてきます。

一体どうなっているの?!ということで、失礼を省みず、もう一回頭から再生してくださいなんてお願いしてしまいました。マゼールには申し訳ないですが、「格が違う」ということが判ってしまいます(GRFさんの「アーティストとエンタテイナーの違い」という表現には笑えました)。ブラームスは得意ではないのですが、こういう演奏で、その真価がわかります。

システムの違いで演奏家の格や、作曲家の真価が判ったりするなんていうことは、自分のクレドには無いことなのですが、現実として突きつけられますと、どうしようもありませんね。

ピアノでも、ギレリスのベートーベンのソナタは、愛聴盤で聞き込んでいるはずなのですが、あの情緒あふれる瑞々しさが、ここまで繊細な音色コントロールによって成り立っているとは思いもしませんでした。これはピアノの楽しみ方が一段上がります。

実は、この1週間ほど前に、別件で立ち寄らせて頂いた際に、調整中の段階で一瞬だけお聴きしていたのですが、その時にかかっていた声楽の色気にびっくりさせられていました。調整後の状態で、自分の定番のクレスパンの夏の夜がどうなるか、興味を抑えきれずCDを持ち込んでしまいました。
流石に、このCDで「改めて真価がわかる」ということはありませんでしたが、その普段楽しいんでいるクレスパンの声の色の使い分けが、驚くほど鮮明に浮き出してきます。参りました。微調整と鳴らしこみが進んで華開いたHRS-130の女声の色気は、やはり独特のものがあります。
それは正月明けに教えて頂いた白井光子でも同じでした。自然で何も足されていないのに声に艶がある、これは自分のツボに嵌りました。

アバドのブルックナー、ミンツの色々な指揮者との協演などなど、きりが無いのでこの辺りで止めますが、この空間とこのシステム(と、勿論、その追い込み)が、音楽を楽しむ、そのレベルを上げてくれる、そして演奏・楽曲の一段深い価値に気づかせてくれるということが、良く判りました。メインの80+TW3とは空間スケールと密度が違いますが(同じだったら、困るというのは、仰るとおり)、この形でもここまで行けるのは、やはり使いこなしの技なのだと思います。

そんなこんなで、楽しすぎて平日の夜に押しかけて、深夜まで居座ってしまいました。うーん、社会人としての常識を完全に逸脱していますね。これは拙い。更に拙いのは、音楽の楽しみの本質は、機器では左右されないというクレドが、ますます揺らいだということでしょうか。あるいは、新たな水平線が見えてきたということなのかもしれません。

色々と考えさせられる、このような機会を頂戴したGRFさんには、心より感謝申し上げます。

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レス一覧

  1. パグ太郎さん
    小生が思うに、音楽の楽しみの一つには、楽曲を如何に理解していくかを段階を追っていくその過程にあるのではないでしょうか?

    例えラジカセで聞こうが音楽を楽しめることには間違いないですが、機器によっては聞こえない(感知できない)ような楽曲の構成が聞こえるような機器からは、聞くたびに新たな発見がありそれが楽しみの一つになるのではないかと思ってます。

    生演奏もそうですが、奏でられる音楽が琴線にふれるものであれば、それだけ喜び、楽しみも深まるのでしょう。

    パグ太郎さんの衝撃と困惑の度合いが、日記の行間から立ち昇っているようですが、何か新たな展開が待ち受けている予感がします(笑)

    by椀方 at2018-02-19 12:14

  2. パグ太郎さん

    私の信条は、オーディオシステムは音楽そのものを楽しむのが本来だということです。その信念のもとに、自分としてはコストパファーマンス重視で小ぶりな装置を目指しています。正統オーディオを志向し、高価・大規模な装置はもとより、電線などのアクセサリーでの遊びを排し、特にオカルト系グッズは印を結んで厳に遠ざけるべく身を戒め修行も怠らない。アンプづくりも、あくまでも安価なコストでハイクォリティを実現というのが目的で、オーディオ趣味を楽しむというより、よい音のためなら手間を惜しまずというのを本分と心得ています。

    おそらくパグ太郎さんも同じような考え方なのだと思います。そういう音楽とオーディオの関係はとても個人的なもので、人それぞれです。オーディオを通じて音楽を再発見したり深めたりということは、オーディオ趣味の最大の達成感なわけですが、それは自己満足とも言い換えてもよいようなもので、人に自慢するものでも押し付けるものでもない、全く自分だけの個人的なものです。

    同じ趣味を共有する仲間での交遊や共感はとても楽しいものですが、どこか一線を越えると、それはプライバシー…すなわち、《他人の干渉を許さない各個人の私生活上の自由》や思想信条の自由の侵害、あるいは自らそれらを放棄することになってしまいます。

    パグ太郎さんの戸惑いは、実は、そういうプライバシーの侵害感覚なのではないでしょうか。ぜひ、自らの信条に自信をお持ち下さい(笑)。

    byベルウッド at2018-02-19 15:36

  3. 椀方さん

    レス有難うございます

    >音楽の楽しみの一つには、楽曲を如何に理解していくかを段階を追っていくその過程にある

    その通りだと思います。その過程に色々な要素が介在していて、例えば歴史的背景や、作曲者・演奏者個人を知るという様なことも、音楽の理解を深める要素なのだと思います。そして再生装置というのもその要素・手段の一つなんでしょうね。これまでの体験では、良いものが更に良くなるための知識であり、手段だったのですが、今回は自分には合わないと捨てていたものの美質が見えてきたという驚きと感動があったということです。

    本物の評論家の一文で、作品の見方がわかった時の感覚に似ているかもしれません。そういう意味を込めて、「水平線の向こう」という表現をしました。

    byパグ太郎 at2018-02-19 23:12

  4. ベルウッドさん

    レス有難うございます。

    音楽の楽しみ方、そのための環境をどう作りあげるかは、表裏一体で、極めて個人的なものだというのは、まさしく自分もそう思っています。

    で、今回も戸惑っているのは、自分の楽しみ方を左右することを、再生装置にやられてしまったことなのです。プライバシーを侵害されたと言う感覚は全くなく(そもそも、機械がプライバシーを侵害するわけもなく)、感動とか、驚きとかの方が多いのです。

    信条が揺らぐのは、決して悪い意味ではなく、時には心地よいものであったりするのです。おまけに、私は、ご存知の通りの(?)頑固者で、自分の感じたことしか信用せず、人の言うこと聞かない悪い癖があります。信条を揺らして楽しんでいるのは、案外自分自身であるのかもしれません。

    byパグ太郎 at2018-02-19 23:37

  5. 毎週日曜の朝、お母さんがAMラジオでクラッシック音楽を聴いています。朝なんで良く一緒に聴いたりしております。

    AMでクラッシックを聴くとなかなかいいんですよこれが。もちろんモノラルですし、非常にプアな音なんですが、特にベートーヴェンなどがかかるとすごいなあと結構感動します。

    苦手科目もありますね。オペラなどの声楽系はさっぱりよく聴こえません。大声を張り上げているように聴こえ、ちっとも良くありません。

    ベートーヴェンでは感動さえ覚えますが、プアな機械だとやはり聴けないジャンルというのもあるようです。

    いい装置で聴かないとよく聴こえないものもあると思います。

    あと、ビートルズなどがかかるとAMラジオではすごくよく聴こえますね。たぶんプアなラジオ向けに作ったんだと思います。あの時代はほとんどの人がラジオで聴いていましたからそうなんだと思います。

    byうつみくん at2018-02-20 08:20

  6. パグ太郎さん こんばんは。

    日記を興味深く拝見しました。
    私もHRS-130は聴いたことがありませんが・・・GRFさんが調整されたのでしたら、やはり素晴らしいサウンドであろうことは想像ができます。

    同じ演奏から、より多くのものが伝わってくると、おっしゃるように捉え方も変わりそうです。良いものはより良さが分かるのでしょうね。

    byKYLYN(キリン) at2018-02-20 19:59

  7. パグ太郎さん、

    考えさせられます。

    >「どんな機器を使っても音楽は楽しめる」

    これが主流の考え方であると思います。
    私自身はこの考え方に対してコンプレックスを感じています。
    私は時にメロディーラインを追うというより楽器の音色の美しさを味わうような聴き方をすることがあるからです。

    例えば私の好きなピアノの例をとるとシューマンやショパン以降の曲などです。特にドビュッシー、ラヴェルあたりでは七の和音というのでしょうか、不思議系の和音の美しさ、ピアノの音色に酔いしれることがあります。
    また、ロマン派以降のほとんどけん盤をなでるように弾くピアニシモと強烈なフォルテシモなど現代のピアノの能力を極限まで生かすような曲もあります。
    こういうのは満員電車のスマホではちょっと楽しむのが難しいのではないかと思っています。
    バッハやモーツァルトだったら私も装置、環境をあまり気にしないと思います。(笑)

    今回、パグ太郎さんが経験されたように、聴く装置や環境によって演奏の評価まで違ってくる場合があるというのも確かにありますので悩ましいところだと思います。

    例が適切かどうかわかりませんが、ピアニストでも自分のピアノを世界中に持ち歩く、または各地に用意しておくようなピアニストもいますし、公民館のほとんど家庭用とも思えるピアノでも演奏するメジューエワさんのようなかたもいらっしゃいます。
    自分の演奏の質が楽器の不備によって損なわれるのはがまんできない奏者の心情も理解できますし、自分の演奏が誤解されかねない環境でも勇気をもって演奏する奏者の心意気もまたスゴイと思います。

    現代はDiversityの時代なので私みたいな変な聴き方も音楽の楽しみ方の一つなのではないかと自分を慰めています。
    ただ、私の場合には経済上、オーディオへの投資額はかなり限られますのでその範囲で自分の満足を得るための工夫が必要になっています。

    byK&K at2018-02-21 14:10

  8. うつみくんさん

    今晩は。レス有難うございます。お返事遅くなりました。

    そうですね。ジャンル・ソフトによっては、ある程度の装置がないと、その良さが判らないということは、皆さんの仰るとおりだと思います。それは理解はしてはいるのです。が、それでも「音楽の良さはわかる筈だ、あるいは、「判るべきだ」、「判ることであってほしい」、「そう信じたい」というと言う意味で、信仰告白=クレドなんです。「人間悪い人は居ない」と言い切りたいというのに似ていますかね。

    あ、でもオーディオを否定しているわけではないのです。でも、人間の音楽を楽しめる力は、もっと根源的なものであって欲しいのです。

    なんか、言っていることが支離滅裂ですね。

    byパグ太郎 at2018-02-21 22:40

  9. genmiさん

    今晩は。レス有難うございました。

    「これで充分上がり」かどうかは、まさしく人によるということかと思います。人間の欲求は何処までもキリがありませんし・・・・。

    でも演奏の理解が変ってくるという体験は、中々興奮させられるものでした。

    byパグ太郎 at2018-02-21 22:50

  10. KYLYNさん

    今晩は。レス有難うございます。

    はい、素晴らしいものでした。でも、スピーカーだけの問題ではなく、使いこなしの腕がなければあの音にはならないと思います。プレイヤーもアンプも部屋そのものも、全部あわせてどうかということもありますし。なんだと思います。それが面白い所ですね。

    byパグ太郎 at2018-02-21 22:59

  11. K&Kさん

    レス有難うございます。仰っていること、全て共感できます。

    私も、音そのものを楽しむことがあります。その方向に進めば、どんな機器を使っても、常にその先があるし、どこかで折り合いをつける必要がでてきます。だからこそ、どんな機器を使っても音楽は楽しめるという信仰が必要なのかもしれません。

    ピアニストが自分のピアノに、専属の調律師をつけてツアーする気持ちも判りますし、俺の音楽性はどんなピアノだって表現できるとうそぶきたくなる気持ちもまた判るということかもしれません。

    byパグ太郎 at2018-02-21 23:13

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