パグ太郎
パグ太郎
クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
パグ太郎の部屋
持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6) 10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました(2017/6)。
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

カラスの『ノルマ』、あるいは歌手の一生を左右するオペラの亡霊について

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2018年04月26日

今日のテーマは、イタリア・オペラの中でも、特別な存在であるベルリーニの『ノルマ』です。何故、特別かというと、一つには、この作品が、イタリア・オペラの歴史の中でヴェルディ、プッチーニという高い頂きに至る道筋を用意した、大きな転換点になる重要な役割を果たしたということです。

舞台設定は、今から2000年前のローマ帝国植民地支配下のガリア(=フランス)。ローマの将軍と、被支配民の指導者(神官)の娘(巫女=ノルマ)との、道ならぬ恋のお話。ローマ将軍は、ノルマとの間に秘密裏に二人の子供までなしていますが、ノルマの若い侍女にまで手を出す浮気者。侍女が将軍との恋に悩んで当のノルマに相談したものですから、とんでもない修羅場になります。ノルマは一度は子供を道連れに無理心中を図るも、恋を捨てる決意をした侍女に説得され果たせません。最後は彼女自身の罪を告白し、ガリアの反乱民に捕らえられた将軍と伴に死ぬ道を選ぶという悲劇です。
(これでも十分、大掛かりな舞台ですが、バロック・オペラと比較するとリアルで人間的)

この作品のどこが、特別なのか? 今、観れば、いかにもイタリアオペラらしい、非現実的お話です。しかし、オペラの歴史を振り返ってみると、バロック期から19世紀前半まで、オペラは、宮廷劇場で王様賛美のために演じられ、声の技巧・装飾・即興性を重視したものだったのです。でもノルマには、神話も妖精も登場せず、王様万歳の予定調和でも無い、この二股不倫に隠し子と嫉妬の嵐という人間味あふれる恋愛劇は、当時(1831年)の聴衆には、極めて現実味のある、登場人物の心情にも共感できるものとして、斬新だったでしょう。
(バロック オペラ:カストラートが活躍する神話と王様万歳の予定調和の世界)

劇作品としての内容だけでなく、表現方法に於いても『ノルマ』は大きな転換点でした。19世紀半ば以降のヴェルディ・プッチーニ・ワーグナーに代表されるような、「オペラ」として一般にイメージされる作品は、大オーケストラ・大群衆の合唱にも負けない声量・音量で大劇場の隅々まで響き渡らせて、登場人物の個人的内面を劇的に表現することに主眼が置かれています。『ノルマ』は、それまでの宮廷オペラの声の技巧・装飾性を残しつつも、その筋書きに相応しく、突き抜けるような力強い発声で登場人物の感情表現を実現した分水嶺的存在といわれています。

もう一つこの作品を特別な存在にしている理由は、『ノルマ』の主役を演じることの特殊性なのかもしれません。というのは、「声の技巧・装飾と、突き抜けるような力強さと劇的な表現力の両方を兼ね備えた」歌手が滅多に出てこない貴重な存在であること。さらに、その役に深く関係する大歌手、マリア・カラスの亡霊、呪縛から、未だに誰も抜け出すことができていないという、この役柄の神話性があるのです。
(ノルマを演じるカラス、作品と伴に神格化された大歌手)

ノルマといえば、マリア・カラスといわれるほど、この組み合わせは有名です。それは、この役に求められる、装飾的な技巧と、劇的な表現力の両立の難しさゆえに、永らく忘れられていたこの作品を復活させたのが、まさしく彼女だったからです。しかし、カラスの10年といわれる絶世期の短さは、この役のための無理な歌い方にもその一因があったのではないかとも言われています。カラスのノルマは、大歌手が文字通り身を削って作り出した作品として、神格化されてしまっています。ですので、今でも、スカラ座でノルマを演じることは、ヤンキースで4番を打つような、歌舞伎座で弁慶を演ずるような、伝統と伝説を背負う特別なことなのだと感じます(比喩が訳、分からんですね)。

カラス以降、聴衆はノルマの歌い手にカラスの姿を投影しようとし、その後、何人もの歌手が、「カラスの再来」と言われこの役に挑んでいます。しかし、そのキャリアは決して順調なものにはならず、大歌手の呪縛は今でも続いている様に思えます。告白しますと、私は、その「身を削る」ということの重さと同時に、どこかに無理を感じるその声が苦手で、この作品を今日、聴くことが出来るようにした功労者であるカラスのノルマは敬遠してしまうのです。
(ノルマの定盤ですが、いつも敬遠)

で、身を削ることなくノルマを演ずるには、二つの相反する要素を極力取り入れはするものの、現実的には劇的表現に寄せるか、装飾的煌びやかさに寄せるか、どちらかが必要なのでしょう。劇的表現に寄せている歌い手として、よく聴いていたのは、レナータ・スコット。主人公の心の揺らぎ、裏切った恋人への思い、同じ罪を犯した忠実な侍女への慈しみ、子供を思う母、そして民を束ねる巫女として矜持、その複雑で揺れ動く感情を決め細やかに描き分けているのは、「現代のノルマ」の一つのあり方を示したと思います。
(凄みはないが、丁寧に歌うレナータ スコットのノルマ)

装飾性に寄せている歌手の代表格は、サザーランドか、カバリエでしょうか。高音の軽々とした転がり方と、声の強さが両立しています。本当に美しい歌声です。ただ、この二人、その美しく強い発声と声の転がりを最優先して、歌詞は二の次になっています。サーザーランドの歌詞は聞き取り不能で意味不明、カバリエは発声のためには邪魔になる子音は飛ばすとまで公言しています。これでは、一人の女の中に、様々な顔を持つノルマ、その描き分けは無理、でも、それを補って余りある声のテクニック。これはこれで、イタリア・オペラの醍醐味ではあります。
(綺麗だが何を言っているのか分からないサザーランドとカバリエ)

今日、この難しい役柄をこなせるトップスターで次に出てくるのはネトレプコだと信じていました。というのは、彼女はより高い音域で軽い声を出す役(例えば若くてコケティッシュな女中)でキャリアを始め、徐々に重くて力強い声を必要とする役(例えば悲劇の女王)に、そのレパートリーを拡大しており、その広さ、すなわち装飾性の高い高音域から、重たい劇的表現までの適用能力の高さは当代一の歌手です。
(黄金の衣装で、ノルマのアリアを歌うネトレプコ。まさしくプリマ)

そして、2016年の春、待っていたニュースが発表されました。2017年-18年のメトロポリタン歌劇場(MET)の新演目『ノルマ』に満を持して彼女が登場するとというのです。しかし、この期待は半年後、あっけなくひっくり返りました。なんと、ネトレプコはこの役は歌えないと降板してしまったのです。

舞台・衣装・演出・・・恐らく3-4年前から準備を進めていた大劇場の新作を開演半年前に急に変更することは不可能です。狭いオペラの世界は、数少ないノルマを歌える代役探しで大騒動。確かウィーン国立歌劇場の別演目にネトレプコを廻して、その役で出演予定だった「ノルマ歌い」をMETに持ってきて急場をしのいだと思います。ついでに言うと、ロンドンのロイヤル・オペラも、この翌年にネトレプコ主演でのノルマ公演を組んでおり、17年のシーズンにボエームに出る筈だった歌手を休ませてノルマを勉強させるという泥縄を演じました。これでノルマのロンドン・デビューを果たしたのが人気急上昇中のソーニャ・ヨンチェヴァです。
(これでトップスターとしての地位を確実にしたヨンチェヴァ)

この騒ぎを「プリマの我が侭」というのは簡単ですが、カラスの例を考えると、ネトレプコの判断は正しかったのかもしれません。そして、こういう代役騒動があって、新しいスターがシンデレラの様に登場するのも、また事実です。『ノルマ』というオペラ、そしてそこに潜むカラスの幻影は、今日の大スター、ネトレプコのキャリアや、ヨンチェバという明日のディーバ達の人生を今でも左右しているというお話でした。

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  1. パグ太郎さん

    カラスは、私にとっては「存在の不存在、不存在の存在」みたいな歌手。オペラが苦手な私は真面目に聴いたことがないし、見たこともない。それでいて強烈な存在感、重圧があります。

    というのも、ものごころついた時にはすでに声をからしたカラス、スキャンダルまみれのタレントで悪名高かったし、カネ稼ぎや観光半分で日本を荒らし回る盛りを過ぎた音楽家のシンボルのように言われていました。確か、声が出ないと一部で大不評を招いて札幌公演を最後にツアーを中止、彼女の歌手キャリアもそこで終わったという事件も私が大学生のころでしたから。

    大方のイメージと違って、彼女はもともとはアメリカ生まれのギリシャ人です。移民だった両親の離婚で母親とともにギリシャに戻りましたが、北米でのキャリアを求めてニューヨークの実の父親のもとに戻ります。その時はアメリカ音楽界に冷淡にあしらわれています。全盛時もリハーサルの合間にはニューヨークなまりの英語で雑談をよくしたとも伝えられています。

    そのカラスが、北米デビューを果たしたのは、シカゴのリリックオペラで演目が「ノルマ」でした。大恐慌で破綻したシカゴのオペラハウスはしばらく七転び八起きを繰り返していましたが、1954年に若き女性興行師キャロル・フォックスによって再興され、そのいわばこけら落とし的初シーズンに抜擢されたのがカラスであり「ノルマ」だったわけです。「ノルマ」の初演は、長期低迷を続けていたミラノ・スカラ座の起死回生ともなったそうです。「ノルマ」にはそういう因縁があるのかもしれません。

    先日、スカラ座で観た「オルフェオとエウリディーチェ」でも感じましたが、この時代のオペラは市民革命にふさわしいドラマ重視へと転換しつつも、コロラトゥーラ/アジリタの曲芸的歌唱という王侯貴族趣味が残っていて、その意味で主役歌手への負担が大きいのだと思いました。これからのし上がろうとする野心家たちにふさわしいオペラであって、名声を得た歌手の演目ではないのかもしれません。

    ネトレプコは、もはや、わがままし放題。自分の喉の温存とダンナを引き立てることを大優先にしていますね(笑)。

    byベルウッド at2018-04-27 09:40

  2. ベルウッドさん

    レス有難うございます。

    やはりバロック オペラのファルセットを多用する、装飾・技巧的発声と、実声中心の劇場全体を揺るがすような力強さを帯域のギャップなくつなぐという本来の意味のベルカントを、現代の発声法で再現するのは、やはり無理が有るということなのかもしれません。カラス以降、再来といわれた歌手が何人もいましたが、長続きしませんでした(私の学生時代には、シルビア・シャーシュがいました)。

    ネトレプコは実は期待していたのです。バーデン・バーデンのガラ・コンサートで歌った、「カスタ・ディーヴァ」とガランチャとの「ミラ・ノルマ」の二重唱はノルマ歌手としての可能性をしめしていました。さらにベルリーニのもう一つの名曲『カプレーティとモンテッキ(ロミオとジュリエット)』のジュリエット役も良かったので。

    byパグ太郎 at2018-04-27 22:17

  3. パグ太郎さん、

    相変わらずの遅レスで申し訳ございません。パグ太郎さんのお話にはいつも発見があります。

    私もどうもカラスが苦手で、「あれだけの大歌手なのだから」と何度もトライするもののスッキリしなかったのですが、「僕だけじゃなかった」と安堵しました。

    もう一つは、Royal Operaのノルマ。「ヨンチェヴァのノルマをあまり良く知らないソプラノだな(単に自分の知識不足)」とパスしたら、一段と人気者になってしまいました。苦労せずにチケットがとれたのに残念です。

    byのびー at2018-04-29 15:59

  4. のびーさん

    レス有難うございます。

    >安堵しました

    お役に立てれば幸いです。世評の高いものが自分に合わないのは良くあることなので、私は平気で口にしてしまいます。おまけに、合う合わないが、時により変わるので、前言撤回も多いのです。その時はご容赦を!

    ヨンチェヴァは妙な色っぽさがあるのでノルマに合わないと思っていたのですが、今後どうなっていくのか楽しみです。でもロンドンはベテランも、ブレーク寸前の人たちも、バランスよく登場するので、羨ましいです!

    byパグ太郎 at2018-04-29 22:53

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