パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました。
所有製品
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル
  • 電源ケーブル
    KIMBER KABLE PK-10Gold

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日記

『リュッケルトの詩による5つの歌曲』を素材に、「行きて還りし物語」を楽しむ

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2018年06月06日

先日の日記で、ワーグナーの『ヴェーゼンドンク歌曲集』から、ベルリオーズの『夏の夜』、そしてマーラーの『リュッケルトの詩による歌曲』へと連想が続いて、とまらなくなったお話をしました。今日のお題は、その続きです。

マーラーは数多くの歌曲集を残しています。歌集の中には必ず一つか二つ、民謡・寓話風の道化騒ぎと皮肉が隠れている曲や、暴力・飢餓・戦争・死などの不条理が剥き出しの形で示されている曲が含まれていて、作曲家の素直でない性格が見え隠れしていることが多いのです。でも、『リュッケルトの詩による歌曲』は、珍しく純粋な恋愛感情の高ぶりや、自己の内面世界の内省を歌っているものばかりが集められています。この歌集の中でも、よく聴くのは、『私は仄かな香りを吸い込んだ』と『私はこの世に捨てられて』の二曲です。

この曲集、どれほど人気があるのか判らないのですが、昔から名歌手達が録音を残しています。先ず、この曲集に取り付かれる切っ掛けになったのは、ワルター指揮ウィーンフィルが伴奏のキャスリーン・フェリアーのこれ(1952、41歳の若さで亡くなる前年の録音)。
暗く重く響く彼女のコントラルト(アルトより更に低い)の歌声は中性的なエロティシズムを感じさせる独特のものです。この表現力豊かな響き自体で、詞を超越した何かを語っているようで、仄かな花の香りを通じて恋人の愛の香りを感じるという情景が、目の前に広がりそう。

もう一つが、クレンペラー指揮フィルハーモニアが伴奏のクリスタ・ルートビッヒのこれ(1964)。
フェリアーの独特の声に比べると、ビロードのような肌触り感の声そのものの美しさに魅了されます。『私はこの世に捨てられて』は、マーラーの交響曲5番の第四楽章のアダージェットと曲想的には非常に近いものがあります。ヴィスコンティが映画化した、ヴェニスの煙るような空の下に、重くたゆたう内海の映像と五番のアダージェットの組み合わせは有名ですが、その上にこの唄声が響くことを、つい空想してしまいます。

時代を下ると、私のお気に入りの、メゾ・ソプラノの二人、フォン・オッターはガーディナー指揮・北ドイツ放送交響楽団と(1993年)、コジェナーはラトル指揮・ベルリンフィルと(12年)、録音をしています。
両方とも、それぞれの達者な歌いぶりで個性的な演奏を聴かせてくれるのですが、前の二つの録音が余りに重量級なためか、「上手いなー」で終わってしまい、聴き終わった後の打ちのめされた感が今一つ(いや、別に打ちのめされるのを求めて聴いているわけではないのですが・・・)。

低音女声の響きの表現の力とシンフォニックな伴奏、この二つのせめぎ合いによる情感の演出という土俵で戦っていては、勝ち目はないのかも知れません。そういう時に出てきたのが、クリスティーネ・シェーファーがエッシェンバッハ指揮・ベルリンドイツ交響楽団(08年)と録音したこれです。
まずソプラノ、それも軽めの叙情的な声質でこの歌曲集を歌うのは滅多にない組み合わせ。これは別世界です。重く暗い声の響きでもなく、もっと言えば、歌うというより語りかけるような詩の表現は、何とも言えず官能的。正統的な評価では「無し」なのかもしれませんが、リュッケルトの詩の世界の表現としては、しっかり成り立っていますし、マーラーの音楽の不思議な色気を伝えています。シェファーも可愛いばかりの歌手ではない、違った側面の発見です。

これが限界点かと思っていたら、更に軽やかな、叙情性と安らぎに満ちた演奏が出てきました。歌手は、こちらは更に軽めで明るい美声で、オペレッタまでレパートリーにしているフェリシティ・ロット。伴奏はオーケストラではなくて、シューマン弦楽四重奏団を中心とするピアノ五重奏という、びっくりの構成(07年)。
これは際物ではないかと懸念しつつ聴いてみました。やはり、なんとも不思議な世界です。透明感があって品の良い声は、先にあげたどの歌手よりも、あっさり系ですが、細やかで丁寧な表現で聴かせます。この声と、室内楽の見通しの良さの組み合わせがあって初めて成立する名演奏です。が、これは既にマーラーの世界を飛び越えてしまっているかも。

今日は、年代もののフルボディの赤で、渋みと深みと香りを兼ね備えたような二組から始めて、だんだん若くて軽く爽やかな方に進んで来てしまいました。この順番、ワインなら感覚が飛んでしまう所ですが、そこは音楽の面白い所です。女声の様々な味わいを楽しむことができました(って下戸の感想ではありませんね)。おまけに、最後のCDは、リュッケルト歌曲とヴェーゼンドンク歌曲のカップリングで、この旅の始めに戻ってきたような構成で締めくくることとなりました。

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  1. パグ太郎さん

    「リュッケルト歌曲集」というと思い出すのは、どんぐりさんのシャコンヌホールで見せていただいたLD。ウィーン・フィル150周年記念コンサートでのクリスタ・ルートヴィッヒの絶唱が感動的でした。

    http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20140212/41326/

    私の愛聴盤は、トーマス・ハンプソン/バーンスタイン&VPO盤です。

    もうかれこれ30年近くになるでしょうか。この曲は、女性に限らずバリトンでも歌われるようで、例によってフィッシャー=ディスカウ盤もあるわけですが、私にはこのハンプソン盤が男女問わず最愛の演奏です。バリトンには歌曲の深みもありますし、メゾソプラノでは出せない輝かしい張りのようなものがあります。それが「真夜中に」の終結での神々しい愛のクレドのような高まりで炸裂するのです。バーンスタイン&VSOも素晴らしい。

    最近、聴いているのは、ゲルヒルト・ロンベルガーとアルフレッド・パールのピアノ版です。

    ロンベルガーは、ミラノでマーラー3番のソロを聴いてすっかり気に入ってしまいました。この二人はドイツのデトモルト音楽院の同窓で、白井光子&ハルトムート・ヘルのコースにも参加し歌唱を磨いたとのこと。ドイツリートやマーラーなどのほか現代曲にも熱心に取り組んでいて歌曲専門のメゾソプラノ。ハンプソンに共通する、真っ直ぐに迫ってくる真情が胸を打ちます。

    どちらも深みのあるルビー色の鮮やかなブルゴーニュというところでしょうか。

    この曲は、そういう声質の違いもありますが、曲順の組み立てによって違ったドラマが展開するというところがありますね。

    ハンプソンもロンベルガーも「私はこの世に捨てられて」を最後に持ってくるところが共通。至福の合一と愛惜の離別がひとつに止揚されて長い余韻を残して昇華していくような終末が、私は好きです。トンプソンは、「真夜中に」から一気にそういう終末に突き当たりますが、ロンベルガーは、「真夜中に」の高まりをいったん鎮めるかのように「私は仄かな香りを吸い込んだ」を第4曲として入れてから終曲に向かいます。そういう曲順の違いが、聴いている私たちの心のストーリーを微妙に変化させるという気がします。

    byベルウッド at2018-06-07 01:35

  2. ベルウッドさん

    文字通りの真夜中のレス有難うございます(あるいは時差のある所からでしょうか)

    フェリアーとルートビッヒでこの曲を覚えてしまったので、バリトンで聴くと違和感を感じてしまいます。が、バリトンが適している曲もありますね。その中でもディースカウは何時もながらのうまさで何も言えず取り上げられませんでした。

    ルートビッヒはカラヤンとの再録も良いですが、少し情緒過剰の印象があります。ご紹介のLDは知りませんでした。ムーティとマーラーの組み合わせも記憶がないですが、見てみたいですね。

    この曲集、曲順と表現のポイントという視点でも面白いですし、『真夜中に』のオケ伴奏が、弦楽器が全くない響きの面白さとか、語り出すとキリがない奥深さがあります。

    byパグ太郎 at2018-06-07 07:29

  3. おはようございます。

    またまた反応してしまいました。

    マーラー交響曲大好きな私ですが、歌曲はリュッケルト、それも「私はこの世に忘れられ」しか聴きません。

    3種しかレコードは持っていませんが、バルビローリ&J.ベイカーがあれば他は要りません。

    最後の「(Und) ruh' in 」からの音程が不安になるぎりぎりの弱音は
    最初に聴いた時鳥肌がたちました。

    こんなに美しい曲がこの世にあるのかと思った次第です。

    byジュン at2018-06-09 09:23

  4. ジュンさん

    レス有り難うございます。

    ジャネット ベイカー! あの演奏を上げ忘れて居たとは、本当に迂闊ですね。あのソットヴォーチェ (ドイツリートでも、こういう表現するのか分かりませんが)をあれだけ上品に仕上げるのは、凄いですよね。バルビローリの伴奏も言うこと無しに素晴らしいです。

    久しぶりに聴きたくなりました。気が付かせて頂き感謝致します。

    byパグ太郎 at2018-06-09 11:55

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