パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

アイザック・スターンのモーツァルト、或いは、酷暑の夏に楽しむ昔の巨匠達の精妙なやり取りについて

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2018年07月27日

真空管アンプに切り替えて2回目の夏、昨年は導入直後で浮かれていたせいか、それほど感じなかった室温の上昇ですが、今年は真空管ってこんなに熱かったのかと改めて感じております。が、その思いを涼しい顔をしてひた隠しにし、これは、アンプのせいばかりではなく、この異常気象のせいなのだと、家人には必死の言い訳をする日々が続いております。

さて、そういう暑い夏になると、聞きたくなるのが、モーツァルトのフルート四重奏曲です。小編成で爽やか、弦楽四重奏のような真剣さとか実験精神とは違った、軽やかさがありますし、やはり弦と交じり合うフルートの音色が楽しさと涼しさをもたらしてくれるのです。暑い盛りに、あまり、肩肘張らずに、難しいことを考えずに、美しい旋律に身を任せたいという時にピッタリ。

ただ、こういう曲は、甘口でベトベトし過ぎるとかえって暑苦しくなってしまいます。また、普通に演奏していると個性が出せないということで、要らぬ一工夫をされると、それも煩わしくなって、「身を任せる」ことが出来なくなります。普通に演奏していても、それだけで曲本来の楽しさがあふれ出てくる、そして、演奏している佇まいそのものが個性になっている、そういう楽しみを求めてしまうと、どうしても昔の巨匠の安定感のある演奏に手が伸びます。

この録音、この軽快な曲のイメージとはかけ離れた、超重量級の「巨匠」が並んでいます。ランパル、スターン、アッカルド(この録音ではヴィオラを弾いています)、ロストロポーヴィッチ。これは幾らなんでも重すぎではという気持ちになりますし、爽やかさ、軽快さなんて巨匠のぶつかり合いで吹き飛ばされるのではとか、オールスターキャストだが全員お付き合いで顔出しているだけなのではと色々懸念されるかと思います。 が、これが良いのです。

難しい高尚な哲学に走るわけでもなく、当然、甘すぎにもなりません。普通に弾いているだけですが、それが平凡になることもない。単純な明るさにしか見えないものが、何故か新鮮な美しさを保ち続けているという、モーツアルトの本質を決して外していない。名人4人が本気で楽しんでいる、そうでなければこういう音楽にはならない、そう感じさせる演奏です。こういうものには中々出会えず、毎年、夏場にこのCDが登場するのです。

さて、この四巨頭の絶妙のバランスを作っているのは、実はスターンではないかと思っています。ランパルのフルートが前面に出るのは、曲の成り立ちから言って当然、アッカルドのヴィオラは明るく軽快な傾向が強く、ロストロポーヴィッチは豊かな旋律ではありますが渋く締めています。スターンは、その間を自由に飛びまわりながら、締める所は締め、走る所は走らせ、歌うところは歌わせていると感じるのです。彼の、どちらかというと濃厚で表情豊かなヴァイオリンが、今、申し上げた他の3人の個性を上手く結び付けているとも感じます。あるいは、理知的な側面と、芸達者で人を楽しませる側面を、彼が併せ持っている所が、それを実現させている秘密かもしれません(でも、そんな舞台裏のこと等、全く考えずに音楽に没入できるのが、この演奏の嬉しい所なのですが)。

スターンがそういう役回りを担っていると考えたのは、もう一つ彼のモーツァルトを聴いても、同じ様なことを感じたからなのです。
セル指揮コロンビア交響楽団(=実体は、クリーブランド交響楽団)の伴奏によるモーツアルトのヴァイオリン協奏曲1番・3番・5番。
これも先ほどの録音同様、老巨匠の協演です。流石にフルート四重奏曲とは異なり、この曲にはこれ以外にも巨匠の名演奏といわれる録音が多々あります。例えば、グリュミオー(C.デイビス指揮ロンドン交響楽団)、シュナイダーハンやオイストラフ(ご両人ともベルリンフィルを指揮しながら)、どれも面白いのですが、個性の異なる巨匠のやり取りが楽しめるのは、やはりスターンとセルです。

セルは一貫して透明感の高い、明晰なモーツアルトです。それとスターンの濃厚なヴァイオリンの歌いっぷりが、どう絡んでいくか。意外にも、その答えは、作品によって異なるようです。つまり、二人の関係性が曲毎に変っているのです。独奏ヴァイオリンの魅力が完全に開花しているとは言えない1番、ここでは主導権はセルに渡されていて、極めて精緻で透明感の高いモーツアルトが展開されています。一方、5番では、逆に完全にヴァイオリンが全体を支配して濃密なスターンの色が出ています。

そして、3番。この曲はモーツァルトが突然変異し、その才能を遺憾なく発揮しだした19歳の夏を印象付ける作品だといわれています。確かに、オーケストラの扱いも独奏ヴァイオリンの歌わせ方も、1番・2番とは次元の違うレベルに3番は進化していて、その間、わずか3ヶ月、一体何が起きたのかと、この曲を聴くたびに不思議に思います。その天才の飛躍的転換を示しているヴァイオリンの歌も、伴奏のオーケストラも、どちらが弱くても成り立たないのですが、スターンもセルも絶妙の均衡を示すような演奏です。特に第2楽章のヴァイオリンのゆったりとした、弱音で歌う繊細な美しさと、それに合わせるオーケストラの精妙さは、双方の個性が一歩も譲っていない様でもありながら、しっかりと歩み寄っている不思議な光景です。まるで室内楽曲の様です。

スターンが、曲や相手の個性に応じて、こういう役割の入れ替えを柔軟にこなせる人だったということが良く現れています。この多面性・柔軟性が、あの強烈な四人の室内楽を、「全く何も考えずに音楽に没入して涼しく過ごせる音楽」に仕立てることに役立ったのではないかと思った次第です。

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  1. パグ太郎さん

    スターンは、戦後、オイストラフが初訪米を遂げたときに共演したレコードでよく聴いてきた大巨匠です。1951年のエリザベス国際コンクールで出会った二人は深い尊敬と友情で結ばれていました。ヴィヴァルティやバッハの協奏曲を録音したモノラルの旧盤です。

    その巨匠は、いささか現役に長くとどまりすぎたきらいがあります。私は、アメリカで二度ほどその実演を聴く機会がありましたが、もはや往年の輝きはなくてあまりよい印象を残してくれていません。

    一度目は、シカゴ響と共演したベルクの協奏曲。60歳半ばでこの曲を弾くということは驚きですが音程は不安定。この前後に録音された同曲のCD(1983年録音)では、スターンではなくチョン・キョンファがソリストを務めています。

    二度目は、その10年ほど後のコネチカットの市民ホールでの公演でしたが、もはやプロとしてリサイタルを開くような状態ではなかったのです。

    ヨーヨー・マと共演したブラームスの二重協奏曲のCD(1987年録音)も持っていますが、やはり、若いマの音量・音質、技巧とちょっとマッチせず、あまり聴くことのないディスクになってしまいました。擁護者としての共演だったのではないでしょうか。

    おそらく全盛期は、50~60年代だったのだと思います。その時代の演奏や録音にタイムリーに接することができず、あたら引退が遅かったために晩年の実演でよい印象を持てなかったのは残念でなりません。

    オイストラフとの共演につられて、ランパルと共演したヴィヴァルディの協奏曲のCDも持っていますが、デジタルマスタリングのせいで音質的にあまり楽しめません。

    全盛期と録音年代の関係はなかなか嫌らしいところがあります。年代ものの録音のデジタルリマスタリングもずいぶんと出来不出来があります。ご紹介の録音ですが、中古LPを地道に探してみることにします。

    byベルウッド at2018-07-28 13:09

  2. パグ太郎さん

    >真空管ってこんなに熱かったのか

    今年はとりわけですよね。。。我が家のハーベスも真空管アンプ(しかも発熱量大のアンプ)で鳴らしていますので、わかりますです。

    スターンによるコンチェルト、気に入って、ポチらせていただきました!オケとのバランスが好みでした。それとスターンのヴァイオリンは、あまりビブラートをかけていない奏法のせいでしょうか、透明感のようなものが感じられました。近年だとファウストの演奏もそんな印象がありましたが、ちょっと線が細いところもあるので、スターンの方が快活に聞こえます。

    ご紹介ありがとうございました!

    byゲオルグ at2018-07-28 19:14

  3. ベルウッドさん

    レス有り難うございます。アメリカのクラシック音楽界の御意見番的存在だった様な印象があり、私もそれほど多く録音を持っていないのですが、このモーツァルトだけはよく聴くのです。セルとの協奏曲は61年と63年の録音ですので全盛期の記録です。フルート四重奏は86年で、全盛期は過ぎていますが、主役はランパルに渡して気楽にやっているのが良いのかもしれません。実はランパル、スターンのこの曲の録音は69年のものがあり、確かにそちらの方が闊達かもしれません。ヴィオラ(シュナイダー)、チェロ(ローズ)は、やはり86年版に譲るという印象です。

    確かに、こういう巨匠で業界重鎮という役回りを持ってしまうと、ヒビの入った骨董と言われながら現役続行することになりかねないので難しいですネ。

    byパグ太郎 at2018-07-28 23:05

  4. ゲオルグさん

    ここ数日は過ごしやすいですが、夏の真空管はキツイですね。エアコンの音を我慢するか、暑さを耐えるのかです。

    スターン 気にいって頂けたのは嬉しいです。確かにベルギー一派の様な美音ではないですね。でもファウストの様なストイックさでもない。やはりバランスの人だったのでしょうね。

    byパグ太郎 at2018-07-28 23:19

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