パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6) 10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました(2017/6)。
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    OCTAVE V110SE
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日記

「癒し」と「祈り」を混ぜこぜにする風潮への疑問、あるいは、白紙を前にした3人のヴァイオリン弾きについて

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2018年09月28日

ヴィクトリア ムローヴァという贔屓のヴァイオリニストが、三年ぶりの新録音で、アルヴォ・ぺルト作品集を出したというので、早速聴いてみました。協演は作曲者の母国、エストニア国立管弦楽団、指揮は、父ネーメ・ヤルヴィが作曲者と親交の深かったというパーヴォ・ヤルヴィです。この指揮者一家もエストニア人。

アルヴォ・ぺルトというと、存命中の現代作曲家(御年八十三歳:ジャケット写真中央、流石にお年を召されました)としては、名の知られている人気作家の一人だと思います。静かに流れる単純な和音の繰り返しに乗った、これまた静かで短い旋律の繰り返し。リズムも単純、テンポも変らず、前に突き進むわけでも、頂点に向かって登るわけでもない。まるで、自然の水とか風の、静かな反復する音があることで、周囲の静けさとか、広さとかが逆に際立ってくる、そういう音楽です。

ペルトの作品について語られている文章を読むと、決まって出てくるのが、「静謐」「癒し」「祈り」です。作曲者自身が、自分のスタイルのことを、中世の教会の「小さな鐘」様式と呼び、宗教をテーマにした作曲を続けているから、それが間違っているわけではないのですが、天邪鬼の私は、本当にそうなの?と思ってしまうのです。
(演出過剰ではというのは、性格の悪い感想?)

というのも、自分が彼の作品に感じるのもは、中立的な「白紙」だからなのです。そこに、どんな絵を描くのか、墨蹟を残すのか、映像を投影するのか、それは表現者に委ねられている様な気がするのです。例えば、同じバルト三国出身でぺルト作品の多くを献呈されているギドン・クレーメルの演奏(ECMのこの録音がぺルトの認知を国際的にしたといわれていますね)を聴くと、クレーメルらしい、先鋭的で、暗く厳しいストイックな世界が広がっていて、そこに祈りはあっても、癒しはもたらされていない印象です。(そもそも、祈りと癒しを一緒くたにするのは、どうかと思います。祈りは捧げるもので、癒しは与えられるもの、祈れば癒されるというのはお賽銭宗教?)
(ECMはその後、次々とぺルトの作品をリリースしています)

一方で、最近のハッチャケ振りが楽しい、バティアシビリもペルトの代表作『鏡の中の鏡』を録音しています(ピアノはグリモー)。これは、溺れるような美しさ。そぎ落としてもそぎ落としても最後まで残ってしまうヴァイオリンの絃の官能性を聴かせる様な演奏で、静けさは耽美的な夜に繋がっていくようです。これまた、単なる「癒し」や「祈り」とは異なる音楽が「白紙」の上に展開されています。


さて、本日のお題のムローヴァ。二十代前半で国際コンクールに優勝、その直後の西側演奏ツアー中に亡命。それから、三十数年、彼女はスタイルを変えながら、常に新しい地平を拓こうと最前線を走ってきている様に思えます。ある時は有名指揮者と一流オーケストラをバックにロマン派・国民楽派の人気協奏曲を演じ、ある時は自分の楽団を率いてピリオド楽器でのバロック演奏、そして、ある時は二十世紀以降の、一筋縄では行かない複雑な作品を圧倒的技術で弾きこなす、そんな彼女が、今度はぺルトという白紙を前に、どんな演奏をするのか、それがこの録音を手にした最大の関心ごとでした。

結論から言うと、前の二人とは全く異なる、ムローヴァの世界です。クレーメルの様なストイックで峻厳な、悪くすると無機質な世界でもなければ、耽美的な夜を感じさせるバティアシビリの世界でもないのです。彼女自身の「情念の唄」を感じさせる演奏とでもいうのでしょうか、人間的感情が、このシンプルな音の反復の上に乗って、唄として流れているのです。その感情は、己の出自・亡命者としての経歴から生じる個人的なものなのか、誰もが大なりしょうなり心の内に影のように秘めている矛盾の発露という様な一般的なものなのか、それを窺い知ることは出来ません。でも、そういう類の心理的葛藤は、彼女のプロコフィエフやショスタコーヴィッチの協奏曲・ソナタにも共通して流れているもので、それが醒めた美しさ、秘められた冷たい力という形で、この新作にもしっかりと刻み込まれていたのでした。

彼女の三年ぶりの新作は、表現者を投影する白紙というアルヴォ・ぺルトそのものでもあり、同時にムローヴァそのものでもある素晴らしい作品となっていました。

(そういえば、ECMの1984年の記念碑的録音のタイトル曲、『Tabula Rasa』は「精神の白紙状態」という意味です。が、日記本文の白紙と掛けている訳ではありません)

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レス一覧

  1. 今晩は

    ムローヴァの新作、私も気に入って、最近よく聞いています。ご紹介くださって、とても嬉しくなりました。

    クレーメルとバティアシビリも某所でさきほど聞いてきましたが、なるほどかなり音の手触りが違いますね。おっしゃるようにムローヴァ作が「情念の唄」を感じさせる演奏というのは、同感かな~。なぜ彼女のヴァイオリンがこのように響くのかは、やはりわかりませんが、でもいろいろな物語を夢想してしまうのは、どうしても彼女の経歴がそうさせるところではありますね。

    あと今作を聞いていて、彼女の弾いたバッハの無伴奏ソナタのことを思い出しました。同じ種類の手触りがある気がしたのです。今作は虚心坦懐に音に向き合って聞くべき、かなりの傑作なんじゃないかな~と思っているところです。。。

    byゲオルグ at2018-09-28 23:04

  2. パグ太郎さん、

    こんばんは。

    ペルトとはコアな話題ですね。
    私の知っているぺルトは長岡京室内アンサンブルのCDの中の「東洋と西洋」という曲だけなのですが、結構好きです。

    「祈り」と「癒し」私には難しすぎます。
    私がパグ太郎さんの記述の意図をどれだけ正しく理解しているかちょっと自信がありませんが…
    「東洋と西洋」には「祈り」は感じられるような気がします。
    でもあくまでも「祈り」だけであって、それを聴いて「癒し」を感じるかどうかは聴く人にゆだねられているような気がします。

    「祈り」は長岡京室内アンサンブルの同じCDの中のバーバーの「弦楽のためのアダージョ」でも感じます。映画で使われて有名になった曲ですね。

    ムローヴァのぺルト、聴きたくなってしまいました。『Tabula Rasa』、ラテン語ですか?
    とりあえず購入リストに入れました。

    支離滅裂な文でスミマセン。今日は珍しくワインを飲み過ぎてしまったようです。

    byK&K at2018-09-28 23:34

  3. パグ太郎さん

    偶然ですが、昨夜、とある試聴会でムローヴァのチャイコフスキーの協奏曲を聴いていました。小澤征爾/ボストン響との共演で、これが彼女の亡命後の初めてのメジャー録音となったものです。シベリウスがカップリングされています。彼女は、1982年のチャイコフスキー国際コンクールとともにその前にヘルシンキでのシベリウス国際コンクールでも優勝しているのですね。

    彼女は1983年にフィンランドを演奏旅行中に国境を越えて隣国スウェーデンに逃れ法的保護を求めます。週末だったためにアメリカ大使館が開くまで二日もホテルの一室に閉じこもり受付にも行かなかったそうです。その間、孤独のなかで必死に祈っていたのでしょう。そのトラウマはずっと癒やされることなく今でも心の奥底に淀んでいるのではないでしょうか。彼女の緊張度の高い祈りのような情念はいつも心を打ちます。

    当時、私はアメリカにいてこの劇的な亡命事件が大きな話題になったことを覚えています。その1~2年後、ちょうど小澤らとの録音の年だったと思いますが、シカゴでクレーメルやヨーヨーマらとの四重奏の演奏を聴きました。あれがあの亡命した女性ヴァイオリニストかと注目したことも覚えています。

    ペルトの「「カントス(ベンジャミン・ブリテンのための追悼)」(ヨーロッパ室内管)は、確か拙宅でもおかけして聴いていただいたと思います。

    http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20170912/56918/

    また拙宅へお出でください。ムローヴァのショスタコーヴィチの協奏曲も聴いていただきたいし、パーヴォ・ペルトのCDもたくさんあります。

    byベルウッド at2018-09-29 09:42

  4. ゲオルグさん

    今日は。レス有難うございます。

    三者三様で、実はどれも好きなのです。ぺルトの作品を白紙と感じるのは、多様な個性を皆許容してしまう受容力と、その個性、綺麗に映し出してみせる発色性の良さでしょうか。(大根役者の本来の意味?)

    >かなりの傑作なんじゃないかな~と思っている

    そうですよね。
    ぺルトに反映されたムローヴァの姿を観ていて、一皮むけたのではないかと思いました。彼女の代表作の一つになるのは間違いないですね。

    byパグ太郎 at2018-09-29 12:20

  5. K&Kさん

    今日は。レス有難うございます。

    >ぺルトとはコアな話題

    そうですよね。最近、グリモーとかバティアシビリとか、人気奏者が取上げているので、ギリギリ許容範囲かなと思い記事にしてみましたが・・・。でも、案外映画音楽みたいだという感想もあり、現代音楽としては聴きやすいですよね。

    「祈り」と「癒し」で言いたかったのは、少しでも宗教色や精神性を感じさせるものがあれば安易にこういう言葉を使うのは、どうも居心地が悪いということです。仰るとおり、祈りはあっても、癒されるとは限りませんし、これをセットのように考えるのはどうもしっくりこないのです。(でも、この音楽の本質とは別の話ですね)

    ムローヴァのペルトは、オススメです。録音も良いですし。

    Tabula Rasaはラテン語で、文字通りの意味はErased Tablet(文字を拭い消された石版)でそうです。

    byパグ太郎 at2018-09-29 13:38

  6. ベルウッドさん

    今日は。レス有難うございます。

    当時、アメリカにいらしたのですね。在スェーデン・アメリカ大使館が土日空かないので、ホテルで待っていろというスェーデンの警察の指示も酷いものです。そもそも、大使館が週末に完全に業務停止って、戦争・事故は7D*24H対応ではないかと思いますし、亡命するなら「金曜は駄目よ」ということ?などとニュースを見て思った記憶があります。

    ぺルトのカントスはお邪魔した時に、プログラムの最後に掛けて頂いたかと思います。最近、色々な方の貴邸訪問記を拝見していると大きな変化があったような印象もあり、どうなったのだろうと想像逞しくしておりました。お声がけ有難うございます。

    byパグ太郎 at2018-09-29 14:02

  7. パグ太郎さん、こんにちは。

    ECMのヒリヤードアンサンブルのシリーズを始め、ペルトは結構購入しております。
    「カントス(ベンジャミン・ブリテンのための追悼)」は、曲の持つ支配力がそれこそ「運命」並みに強いように感じますし。
    ちなみに拙宅では、BISのヤルヴィ盤が定盤となっております。
    初期の交響曲(これもBIS盤ですが)所持しておりますが、ペルトを有名にした「ティンティナブリ」以前の彼が興味深いですね。


    実を言いますと「癒し」と言われて私の頭の中には大きな「?」が浮かんでしましました。
    と言うのも、ペルトの音楽を聴いて癒しだと思ったことが一度も無いからなのですが。
    「ティンティナブリ」以後の(おそらく「クレド(1968)」以降)彼の作品に私が感じるのは「糸が張り詰め、切れる寸前の静けさ」と「(神・社会との)対峙」でしょうか?

    無宗教な私が言うと不敬な気がしますが、十字架に架けられたキリストの"Eli, Eli, lema sabachthani"と同質の匂いがするのです。
    様々な作曲技法を駆使していたペルトが正教会へ入信してまで生みだした「ティンティナブリ」を安易に「静謐」、「祈り」、「癒し」と安易に分類してしまうことにはどうも違和感を感じますね。

    ひょっとすると、ECMでペルトを取り上げたヒリヤードアンサンブルの他作品(「オフィチウム」他)のイメージが強すぎて、同質のイメージを持たれたのかもしれません。

    そう言えば、ムローヴァのペルトはまだ購入してませんでした(汗)
    また買わなくては(笑)

    byfuku at2018-09-30 10:25

  8. fukuさん

    レス有難うございます。こんなにぺルトがお好きな方がいらっしゃって、レス頂けるのは、嬉しいですね。

    祈りと癒しの部分は、日記本文では殆ど言い放しで、思うと所をキチンと書いていませんでしたが、共感いただけてこれまた嬉しいです。ペルト作品には真剣な祈りは感じます。書いていただいた言葉でいえば「(神・社会との)対峙」、私流にこれを解釈すると「現実への強い問題意識と、解決に対する希求、絶対的なものへの帰依、これらが交じり合った緊張感」ではないかと感じます。そして、この緊張感をもたらしているのは「この希求・帰依に対する現世的な応え・救いなど無い」という厳しい現実意識なのだと思います。そういう意味で、「癒し」などそこには無い。仰るとおり、Eli, Eli, lema sabachthaniです。

    現実の問題から目を背けることが『祈り』であったり、日々の生活のストレスに対する発散が『癒し』であるような風潮に乗って、この音楽が語られているとすると、それは違うのではというのが、本来、言いたいことでした。お陰様で、スッキリいたしました。

    byパグ太郎 at2018-09-30 11:53

  9. パグ太郎さん こんばんは。

    いつも素敵な楽曲のご紹介 ありがとうございます。
    日記で紹介されているバティアシビリのCDを聴きました!

    重低音が鳴り響く3曲目や躍動感のある4曲目、舞踏会のような雰囲気の6曲目、空に星が散らばっているようなピアノの響きにバイオリンの音色が神秘的な7曲目など
    どれもすっかり気に入ってしまいました。

    空間に漂うような なんとも気持ちのいいバイオリンの響きです。
    素晴らしいアルバムのご紹介 改めて感謝いたします。

    byケニティー at2018-10-01 21:21

  10. ケニティーさん

    おはようございます。レスありがとうございます。バティアシビリのCD、気に入っていただいたとの事、嬉しいです。暗くて重いイメージばかりが先行しているショスタコーヴィッチやペルトの色々な顔を発見できるいい演奏ですよね。あのヴァイオリンの美しさには、引き込まれそうになるところがあります。

    byパグ太郎 at2018-10-02 06:41

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