パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6) 10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました(2017/6)。
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  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
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日記

往年のイタリア・オペラの楽しみ方、あるいは「リマスタリングは、照明の眩しいお化け屋敷?」について

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2018年10月10日

入手した作品について否定的なことを、極力、言わない積もりでいます。こういう趣味は人それぞれで、どんなものであっても、それが好きな人は必ず居るし、その方の気分を悪くする権利を自分が(もっと言えば、何人も)持っているわけは無いと思うからです。

でも、今日はちょっと、その原則を曲げて、愚痴をこぼしたいと思います。

ヴェルディのオペラに『イル・トロバトーレ』という傑作があります。そのオペラの録音で一番気に入ってLP時代から愛聴して来たのが、1962年に録音されたセラフィン指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団、歌手はベルゴンツィ、バスティアニーニ、ステッラ、コッソットというもの。
(昔聴いていたLPのボックスはこれだったはず)

スカラ座の音楽監督の座をトスカニーニから引き継ぎ、カラスやデル・モナコを発掘したイタリア・オペラの代名詞のような名指揮者セラフィンの円熟期の演奏。そして歌手はイタリア人の名手達が豪華に並んでいます。ステレオLP録音が始まったばかりで、レコード会社は各社、資金をつぎ込んで、オペラの全曲盤の名作を次々と競争ってリリースしていたイタリアオペラの全盛期の作品の一つです。

で、この曲のCDとして持っているのがこれ(発売は97年だそうです。一応、ドイツ製)。
何時購入したのか良く覚えていませんが、ずーっとこれで聴いていました。元々の演奏は素晴らしいし、デジタル・リマスターされたCDは、記憶にあるLPの音に比べて各歌手の声が鮮明に、前面に出てきていて、流石CDは違うとかなんとか思っていたのです。が、どこかに何か引っかかるものがあったのです。

イタリア・オペラの醍醐味は、やはり、判りやすく美しい旋律に乗った輝かしい歌声と、その感情の爆発です。喜び、怒り、愛、嫉妬、哀しみ・・・感情には色々ありますが、イタリア・オペラにおいては、基本的に単純明快。それをどれだけストレートに表現しながら、聴き手にそれに共感させられるかが勝負です。それを実現しているのは歌手の力もあるのですが、同じくらい重要なのはオーケストラと合唱だと思っています。

というのも、歌手の独唱や重唱だけでは為し得ないダイナミックレンジでの強弱を振幅させながら、テンポを加速させていくオーケストラと合唱の盛り上がりが、「感情の爆発」の大前提なのです。常套句のように使われるオペラ歌手への褒め言葉、「オーケストラと合唱に埋もれることなく、輝かしい高い声が突き抜けるように劇場中に響き渡った」というのは、普通に歌っていては「埋もれてしまう」ほどの盛り上がりが伴奏側にあって初めて成り立つのです。グイグイ加速する弦のリズム、そこに積み重なって鳴り響く管楽器、そして全てを揺り動かすような打楽器の振動、その全てを押しのけて、「俺が俺が」(あるいは「私が私が」)とステージを支配する歌声を響かせるその姿こそ、オペラの聴き所だと思います。(引っ込み思案のオペラ歌手なんて存在できるのかしら?)

「美しい旋律の歌を作る」というだけであれば、ヴェルディに匹敵、あるいはそれを超える作曲家は存在すると思います。ヴェルディの素晴らしさは、その歌に美しさに加えて、オーケストラ・合唱を使って、主人公の心の変化・機微を描きながら、その情感の盛り上がりをダイナミックに表現することが誰よりも巧みだという所にあると思うのです。更に、主人公の置かれた状況、つまり劇的なシーンを管弦楽や合唱で描写して見せる力は誰にもかないません。ある意味、伴奏は歌手を劇場の最上階にまで打ち上げるための発射台となる舞台装置なわけですが、その推進力がヴェルディの作品は他を圧倒しているように思えます。

で、話をCDに戻します。「デジタル・リマスターされたCDは、LPに比べて各歌手の声が鮮明に、前面に出てきていて、流石CDは違う」と思ったと書きました。でも、長々と説明したきたイタリア・オペラ、それもヴェルディの傑作を味わうために、それが本当にに良い事なのでしょうかというのが、本日の愚痴のテーマです。

引っかかるような違和感は、「なんか盛り上がらないな・・・。好きな歌手の声は、こんなにクリアになって迫力を増しているのに、何で?」だったのです。「***技術による最新のリマスタリングで」なんていわれると、機械音痴・技術用語恐怖症の私は、これで盛り上がらないのは、自分の感性の問題だと、つまり「年のせい」だと思っていたのです。

ところが、先日、入手したのがこのCD
(発売は1989年。こちらも同じくドイツ製)。

「***技術による最新のリマスタリング」が施されるより前に出されたこれを聴いてみて、ビックリしました。ベタな言い方ですが「昔の感動がよみがえった」のです。比べてみると、歌手の声と、オーケストラ・合唱とのバランスが全然違います。今まで聴いていたものが、デジタルの力で声を前に出し、声のボリューム・バランスを上げて、鮮鋭に浮かび上がらせている、結果として伴奏は後ろに、そして小さく控えることになっていたのです。

これでは、先ほど長々とご説明した、イタリア・オペラの醍醐味(俺が俺がと掻き分けて前に出てくる姿を楽しむ)、ヴェルディの素晴らしさ(歌手を天高く打ち上げるためのロケット発射台作りの名手)を堪能できないのです。言い換えれば、最後の最後の盛り上がりでクライマックスを演出するための折角の舞台装置の効果を半減させている、まあ変な例えですが、「最新の照明装置を導入して隅々まで見えるようにしたお化け屋敷」といいましょうか、全くの余計なお世話なのであります。

「歌手の声だけをズームアップして、それを鑑賞したい」ということで、意図的にこういうバランスにしているのであれば、まだ良いのです。逆に、このリマスタリングをした人が、この音楽を楽しむためには、どのような舞台設定が必要なのかを十分に理解していない、そういう背景を知らずに、良かれと思ってお化け屋敷に照明器具を持ち込んだとしたら、それは恐ろしいことで、文化財の破壊行為でしかないのではと思ったりします。

自分としては、長年の違和感が解消し、感動が減じたのは自分の感性が鈍化したからではないのだということが確認できたという意味では、大変良い体験をさせてもらったと考えることにいたします。また、声だけを、つぶさに聴きたい人もいるのかもしれませんので、自分の趣味嗜好が全てだと申しているわけではございませんし、文化財の破壊と言いましたが、破壊の上に新しい芸術が生まれることは、歴史上、何度も繰り返されています。突き詰めていくと、何をもって「良い録音」というのか、それをどう再生するのを「良いシステム」と考えるか、なかなか難しい話にもなってきます。

つい先日も、ある作曲家の交響曲を、ある指揮者が60年代に録音したものを、最新技術でリマスタリングしたSACDボックス(限定1000セットのシリアル・ナンバ付き)を、性懲りも無くポチったのです。悲しいかな、1枚目の1トラック目で挫折。こういう悲劇を繰り返さないためにも、お願いしたいのは、収録当初のバランスを再現する考え方で作られたものなのか、最新技術の実力を誇示するためのリマスタリングなのか、そのどちらなのかが買う前に判るように旗色鮮明にしておいて貰えないだろうかということです・・・・という最後まで愚痴となってしまいました。

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  1. パグ太郎さん、こんにちは。

    私は上記の日記に登場するLP/CDは残念ながら聴いたことはありませんが、とても共感できる内容です。自分がCDで聴いていたのと同じLPを実は父が持っていた、なんてことがよくあり、見つけると借りてきて聴くのですが、ええ?LPのが遙かにいいじゃない、今まで何を聴いてたんだか、、となったり、実はその逆のケースもあったりします。

    ご存知かもしれませんが、2000年12月発売のステレオサウンド#137号に柳沢功力氏が寄せた「接ぎ木論」を思い出しました。確か、アナログ時代のマスターテープを現代の技術でリマスタリングして製作されたCDは、「確かに美しい花は咲くけど、樹木全体としての佇まいのよさは失われるよ」といった趣旨のことを「接ぎ木」に例えていました。これに対し、#138号で楢大樹氏が「接ぎ木論」にもの申す、と題して反論し、仲裁役に菅野氏を立てての鼎談が紙面で紹介されていました。

    私の怪しい記憶では、マスターテープの捉え方(マスターといってもイニシャル・マスターやカッティング・マスターなどいろいろあるわけですが)の違い、そもそもLPがメイン・ソースだった柳沢氏とCDがメインの楢氏のジェネレーションの違い、そもそもの音楽の感じ方や捉え方の違いなどが根底にあることがうかがえる内容でした。

    マスターテープに入っているものを、現代の技術なら全部CDに入れられるんだから入れてしまえ的なリマスタリングではなく、マスターテープのよさ、狙いとしたところを吟味した上でのリマスタリングならかなり納得できる、という柳沢氏、リマスタリングされたCDを私はこんなにも楽しんでいるよ、そもそも、マスターが録音された時点ではレコーディング・エンジニアは最終メディアが何になるか(LP/CD)なんてことは考えていないという論を展開する楢氏。どちらの言い分もうなずける部分があり、読み応えがあります。読者からもさまざまな反応があったらしく、楢氏に同調する読者からの投稿も紹介されていました。

    私は、どちらかを選べといわれたら、○○氏派、、は控えますが、マスターテープを神格化するのではなく、録音~再生という複雑な流れにおいてはレコーディングエンジニアでさえも気づいていない良さがある場合もあって、そういう場合にはそれを聞き手が積極的に発見していけばいいのだ、という柳沢氏の発言が強く印象に残っています。

    by柳緑花紅 at2018-10-10 16:37

  2. パグ太郎さん、

    こんばんは。

    やっぱり"Il Trovatore" はトロバドール・ユニットを使用したスピーカーで気持ちよく鳴ってくれないと困りますよね。(笑)

    私はこのLP、CDとも聴いていないのですが、97年版のCDで歌とオーケストラのバランスを変更したのだとしたらちょっと罪深いかもしれませんね。
    2つのCDを比べて同じヴォリューム設定で聴いたときどちらの方が大きく聴こえるでしょうか?
    歌とオーケストラで違うかもしれませんが…

    もし、97年版の方が大きく聴こえるとしたら、97年版ではコンプレッサーをかけて圧縮したかもしれません。
    オーケストラにコンプレッサーをかけて最大音圧を抑えて独奏楽器の音量を上げて引き立たせる手法はヴァイオリン・コンチェルトなどではよくとられる手法ですが、同じやり方を歌とオーケストラの関係に適用したのかもしれません。

    このような操作をするとラジカセやミニコンなどで小音量で聴く場合には聴きやすくなると思いますが、ダイナミックレンジの広い本格的な再生が可能な装置では残念な結果になります。

    >入手した作品について否定的なことを、極力、言わない積もりでいます。…

    このお気持ちはわかりますが、後から購入して同じようにがっかりする犠牲者を減らすという意味では、否定的な見解でもハッキリ行ってしまった方が世のためになるという考え方もあると思います。
    意見を言う場合にはその発言に責任を持つことが必要ですが、ご自分が本当にそう感じるのであれば、私は否定的な意見も臆さずに言ってしまった方が良いと思っています。

    私も以前、ある有名レーベルのオーケストラ録音をボロクソにけなしたことがあります。非難は覚悟していましたが、データの裏付けがあったので自分に非はないと信じてのことです。
    まあ、私みたいな一購入者の意見では何の影響力もありませんでしたが…(笑)

    byK&K at2018-10-10 19:42

  3. パグ太郎さん、

    再レスお許しください。

    先のレスはグラモフォンのOIBPについての知識がない状態で書いてしまいました。スミマセン。

    リマスタリングの最新手法をとって元のマルチトラック音源を使ってマスターを作り直したのですね。マイク位置のデータも利用してタイムアライメント処理までしているようですが…
    コンプレッサーを使用することはまずないと思われますが、歌とバックのバランスは変わってしまったんでしょうね。

    元のマスターテープは録音エンジニアが当時の録音技術を駆使して生の音に近くなるようエフェクトをかけながらミキシングしたものと思われます。ひとつの完成された作品ですね。

    当時の生音を知らないエンジニアが生音のイメージを再構築できるのかは???ですね。確かに音の鮮明度を上げることはできるのでしょうが、それで感動が失われるようだと…
    難しい問題だと思います。
    リマスタリングにあたるエンジニアの感性によって結果が大きく異なりそうなので、CDによって是々非々になるのかもしれません。

    少なくともLPのイメージを求める方は手を出さない方がいいのかも。

    byK&K at2018-10-11 13:43

  4. パグ太郎さん

    “Original Image Bit Processing(OIBP)”技術については、以前に日記に書きましたが、マルチトラック収録のオリジナルマスターにまで遡ってマイク間の時間差補正までも行うというリマスタリング技術のことで、リミックスと言っても過言ではないかもしれません。

    http://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20121107/33709/

    純然たる器楽オーケストラではよい結果ももたらすことも少なくないのですが、オペラのように広大なステージでのアンサンブルを再現するにはあまりに不自然になってしまうのでしょう。当時の録音エンジニアが、あまり感度のよくなかったその時代のマイクを職人技で配置し、プロデューサーが広大な録音会場内での各楽器や歌手の配置を必死で指示しながら収録したマスターを、たまたま記録されていたマイク位置の座標数値だけを頼りに解体しデジタルタイムアライメントをかけて再合成するというのでは、かえって自然なステージ感覚やドラマ感動とはずれてしまうのでしょう。

    「隅々まで見えるようにしたお化け屋敷」とは言い得て妙ですね。


    (追伸)
    近々、赤羽界隈でオリジナルLPばかりを聴いてみようというオフ会を予定しています。ご興味があればいらっしゃいませんか?

    byベルウッド at2018-10-11 13:44

  5. 柳緑花紅さん

    レス有り難うございました。
    私も再発CDが全部ダメとは全く思っていません。デジタル化で良くなった録音も沢山ありますので。できれば、元の録音のバランスを極端に崩すのはやめた方が良いのではと感じています。演奏者もそのバランスで良しとしたはずだと思うのです。

    一方で、再生装置のバランスによっては加工した方が良いとか、聴きたい部分にスポットを当てたいというニーズもあって、それに合わせた音作りをするのもありなのかも知れないとも思うのです。でもそれは、新たな創作物として鑑賞、評価するべきなのかも知れません。「聞く手が発見する良さ」というのも、大いにあると思いますし、そういう発見をしたいですね。

    byパグ太郎 at2018-10-11 17:40

  6. K&Kさん

    レス有り難うございます。
    技術的なことはサッパリなのですが、違うことと、好き嫌いだけは言えるという子供状態です。新盤の方がボリュームが大きいですね。

    否定的見解を表明するかどうかについて。
    私は良いと思ったものを、何故良いと思ったのかをお伝えして、共感したい、結果としてそれを体験する人が広がれば良いなぁと思っているだけなのです。それを信じて入手した結果、全くダメダメで無駄な金を使ったという方もいると思います。それについては申し訳ないと思いはしますが、仕方ないとも思うのです。

    一方、否定的な見解の影響で、それを試す機会を潰すのはしたくないのです。私に理解できていない良さを見出して、それを楽しむ人がいることは十分に(或いは、確実に)あり得る訳です。そういう人が一人でもいて、その方の楽しみ潰すくらいなら、私が嫌いだと言わなかったせいで失敗したと思う人が何人いても(私ごときの意見に影響にされる方はいないというのもありますし)、全然構わないとまで思います。

    逆の立場で、自分が他の方の推薦を信じて失敗しても、それは仕方ないと思いますが、否定的見解に影響されて、良いものを逃した時には、自分の愚かさに本当にガッカリします。

    勝手な思いですが、せっかく機会をいただいたので信条表明させていただきました。

    byパグ太郎 at2018-10-11 18:24

  7. K&Kさん

    再レス有り難うございました。
    違いは明白で聞けばわかる、おまけに相手はプロ中のプロです。
    となると、こっちの方がいいと心底思っての結果なのではないかと思います。そうなると、好みとか、文化的バックグランドの違いの話になるのでタチが悪いですね。

    私はアナログLP命の人間ではありませんので、そこまでストイックにデジタルリマスターを否定するわけではないですが、余りにショックだったのです。

    byパグ太郎 at2018-10-11 18:34

  8. ベルウッドさん

    レス有り難うございます。OIBPは当たり外れが大きいので、本当に困ります。最近ではDECCA版、Philips版にも侵食しているようですね。もっと怖いのは、旧EMI版のW印です。この場合は、判断に迷う必要が無いですし、代わりがあるのでまだ対処が簡単ですが。(と言いつつ、日記の最後のボックスは…)

    オリジナルLP、良さそうですね! そちらは手を出さない(出せない)と決めていますが、都合がつけば是非。

    byパグ太郎 at2018-10-11 18:48

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