パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6) 10数年愛用したアンプが逝ってしまったので、久々の機器更新をしました(2017/6)。
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

バティアシビリのシベリウス、あるいは、要らぬ先入観に邪魔されることの愚かさについて

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2018年10月20日

本日のお題は、2年前にリリースされたこのCD。

バティアシビリのヴァイオリン・ソロ、バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(SKB)の伴奏のシベリウスとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ですが、気にはなっていたのですが、購入にまでは至らず聴き逃したまま放置していたのです。思い立って手を出してみました。

いや~、いいですね。特にシベリウスの協奏曲、これだけ壮大で、胸の空くような格好良さと、心を揺さぶるような激しい感情の動き、近年稀というのは大袈裟かもしれませんが、凄く気に入りました。早く聴いておけばよかったのにと今更ながらに思います。

最大の聴き所は、やはりバティアシビリのヴァイオリンの美質が端的に顕れていることでしょうか。一聴して嬉しくなってしまったのは、その音色の、強さ、澄んだ冷たさ、美しさ、、、、一言で言えば切れ味のよさ、正に鋼の音。でも、「繊細で、鋭利」という印象よりも、もっと厚みのある存在感がそこにあります。もう少しで途切れるというような弱音でも力感は失われず、高らかに歌い切る強音はどこまで強靭、どちらの場合も、その迫ってくる勢いが尋常ではない。そうかといって、力任せで単調だなんてことは一切無く、表現の多彩さ、変幻自在ぶりに、聴いているほうが着いていくのが大変なほどです。

その音色が、シベリウスの音楽の表情、そしてその歌わせ方に、完璧なほど適っているのです。シベリウス独特の他を圧して押し進むようなシーンでの、独奏ヴァイオリンの力強くて堂々とした佇まい、その逆の暗く情緒的な情景での、細やかさに潜んだ力と切れ味。こういうヴァイオリンでこの曲が聴きたかったと思わず口にしてしまいました。これはムターの艶っぽい「泣きの歌」とは正反対です。
(ムターの泣きの歌、これはこれで中々に楽しめるのですが)

もう一つ。力任せの単調さと無縁の多彩に変幻する音色と言いましたが、それが、感情の起伏の幅の大きさ、その切り替わりの表現の巧みさに直結しています。哀愁を帯びた旋律はどこまでも暗く沈み、エネルギーの爆発は高ぶる思いを抑えきれない激しさで、その感情のダイナミックレンジが大きさがとてつもないのです。これは、ハーンの先鋭的なクールさとも違う熱い感情のたぎりがあります。
(バティアシビリやムターでは暑苦しいという向きにはこのクールな表情が良いかも)

パートナーにバレンボイムを選んだのは誰だかわかりません。が、大正解。「シベリウスとバレンボイム? 複雑な音の重なり合いの中に、清清しさを演出するのがシベリウスの通例なのに、暑苦しい指揮者は合わないのでは?(バレンボイムのシベリウスなんて始めて)」という懸念があったのですが、その似合わなさが逆に功を奏しています。劇的なソロの歌に、堂々とした構えで、これでもかと言うくらいロマンティックに応える姿は、やはりバレンボイムです。そしてオーケストラ。ドレスデン国立歌劇場(SKD)でもなく、ベルリンフィルでもなく、SKBの幾分硬質で少し暗めの骨太な響きが、この二人の個性、更にはシベリウスの音楽をしっかりと結びつくけている重要な役割を果たしているような気がします。

似合いそうにも無い組み合わせに恐れをなして、手をこまねいていたこの録音、1楽章冒頭のヴァイオリンの繊細、且つ強靭な入り方から、バティアシビリの術中にはまり、後は完全にジェットコースター状態で、スケールの大きな音楽と感情の起伏に振り回され、3楽章の最後の音が消えても呆然と座ったままという滅多にない体験をさせてもらいました。要らぬ先入観に邪魔されて食わず嫌いというのは、やはり良くありませんね。

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  1. パグ太郎さん

    シベリウスは大好きです。誰が演奏してもその人の良さを感じます。諏訪内がヤルヴィ/N響と共演したものをエアチェックしたものも最近聴いて感心したもののひとつ。何年か前、その諏訪内が、ゲルギエフ/ロンドン響と共演した演奏(皇太子が来てました)も素晴らしかった。

    それだけにソフトは、これ以上手を出すのには躊躇してしまいます。バティアシビリはともかく、バレンボイム/ベルリン国立歌劇場管のあの分厚くしつこい響きがシベリウスと合うのかどうかということには、やはり先入観があります。聴いてみないことには手を出す気になれません。

    ぜひ、ブラックタワーでお聴かせください

    byベルウッド at2018-10-23 22:48

  2. ベルウッドさん

    おはようございます。レス有り難うございます。

    そうなんです。シベリウスとバレンボイム/SKDの世界があう筈がないのです。これはバティアシヴィリを触媒として成立している化学反応なのかも知れません。その化合物が正統的なシベリウスと言えるのかどうかは別の話ですね。

    >聴いてみないことには手を出す気になれません

    確かに仰せの通りですね。厄介なのは「手を出さないと聴いてみることができない」ということでしょうか。拙宅でのご試聴、畏まりました。ただ拙宅のシステムの現状でお気に召すかどうか甚だ心許無く、更に指揮者、オーケストラと併せて三重苦のハンディをバティアシヴィリに負わせてしまいそうです。

    byパグ太郎 at2018-10-24 09:05

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