パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

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パグ太郎の部屋
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Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
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日記

『死と乙女』はベルチャ再録待ち、あるいは、人様の日記に便乗して楽をすることを覚えるのは如何なもの?について

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2018年12月24日

最近、怒涛の勢いでフランスの新進エンジニアKen Yoshida氏の作品紹介をされているOrisukeさんですが、その第一弾となったのが、シューベルトの弦楽四重奏曲『死と乙女』の二つの新録音の紹介でした(こちらの日記)。演奏はキアロスクーロ弦楽四重奏団(SQ)とKenYoshida録音のヴァン・カイックSQ。いつも楽しみにしている切れ味鋭い新譜紹介に、レスは差し上げたものの、自分の想いを書きたくなってしまいました。

イブラギモヴァ率いるキアロスクーロSQ。いつも感じるのですがイブラギモヴァは、ティベルギアンのピアノと二重奏やっている時よりも、このSQでの演奏の方が自由で開放的、ベートーヴェン、モーツァルト、ハイドンと古典の王道であっても、表現の幅を広げる実験場として演奏している印象すらあります。で、今回のシューベルトですが、そういう進取の精神の塊のような驚きの展開に唖然として、放心状態のところに登場したのが、Orisukeさんの日記でした。

その表現をお借りするならば、「聴衆がこの曲に期待するドラマやセンチメンタリズムは冒頭でイブラギモヴァの弓により一刀両断」「トスカニーニが裸足で逃げ出すようなテンションでゾリゾリと即物的な演奏を貫徹」「ロマン派というよりもバロック的に屹立する大伽藍」「『本当に死にそうな乙女がメランコリックになると思ってるの?』って言われた気がする」。

私にとってシューベルトは、どうしても歌曲の名手としてシューベルトで、何を聴いても、そこに物語性と抒情性、そして彼独特のメランコリーを求めてしまうのです。それだけであれば、セピア色の無声映画に登場する美女に似合いそうな、昔の大家の名演奏を聴いていれば満足なはずなのですが、最近の進化の著しい若手弦楽四重奏団の、切れ味鋭くて、磨き抜かれて細部まで見通せるような緻密な演奏も捨てがたく、この二つが両立するものは無いものかと探していたのです。

正直言いますと、キアロスクーロSQに、それを少し期待していたのです。だって、何時もの黒ずくめの4人組が挑発するような姿勢でこちらに眼差しを向けているジャケットではなく、曇天の下、枯れた芦原の水辺に、こちらに背を向けて佇む4人という、いかにもドラマと抒情を感じさせるようなジャケ写だったのです。
こういうのもジャケ買いというのかどうか、それで予想外れというのは初めてかも・・・。しかし、このオリジナリティと、それを有無を言わさずやってのける実力は流石としか言いようがありません。

一方、もう一つのヴァン・カイックSQは、最近、入手することが一番多いレーベルかもしれないαクラシックから。本レーベルは大贔屓のベルチャSQの本拠地で、そろそろシューベルトの再録かと期待していたのはOrisukeさんと全く同じです。(この会社はヴァン・カイックSQとほぼ同時に、奇才コパチンスカヤでこういう『死と乙女』もリリースするという独特のマーケティングをしますので、同曲をもう一つ重ねてくる可能性は残っているかもと、かすかな望みは持ち続けております)
(コパチンスカヤさん、何時もながらのエキセントリックさ)

さて、肝心のヴァン・カイックSQの演奏ですが、こちらも引用させていただくと「弦の音が濡れている」「とにかく良く歌う、歌うだけでなく、泣く、喚く、シャウトする」「シューベルトの歌謡性やロマン性をこれでもかと引き出したドラマチックな演奏」「技術的なレベルが猛烈に高いのでお涙ちょうだいにはならずに、すっきりとして格好いい。スポーツ観戦後のような爽快感が残る」。まさしく、その通りの快演です。

一つ一つの表現の振幅が大きくて鮮明、感情豊かではあっても、べたつかず、極めて現代的。彼ららしさを端的に表しているのが最終楽章。どんどん鞭が入って加速していく興奮で、聴き手が踊りだしそうな勢いです。時々現れる一瞬の休止も、他の演奏のように落ち着きを取り戻しためのクールダウンではなく、引き留めようとする手綱を振り解くのももどかしいという演出効果になっています。強靭なリズムとスピード感と、巧みな鞭と手綱裁きで煽られて、終わった時には思わず「カッケェー」って『死と乙女』の感想とは思えぬ一言。

これがシューベルトかと自問すると、何かが足りないのです。敢えて言うと、もう少し陰りと、甘みと、余韻でしょうか。やはり、『死と乙女』にはメランコリーの風情は残しておいてもらいたいと思ってしまうのです。再度、ジャケ写の例えで言えば、4人のクールに決めた(?)お兄さんたち、この写真では『死と乙女』やシューベルトを感じるよりも、ヴァン・カイックSQの個性が全面に立っているというと、それは言い過ぎでしょうか。でも、それはそれで良いことです。この曲に個性を刻み込むことができるSQは、そう居るわけではないのですから。

という、未消化のまま、この二つの録音を聴いて、凄いのはわかるが・・・どうしたものか(どうもするわけではないですが)と思っていたということなのです。ここで終わりにすると単なる言いっぱなしになってしまいます。それではいけませんので、現時点で、先ほどの「この二つが両立する演奏」に近いと思っている演奏を上げておきます。エルサレムSQの2007年の録音です。

技術的には、21世紀のグループらしい今日的切れ味です。その一方で、陰りのある、抒情性たっぷりの歌が流れてもいます。ただし、感情ダダ洩れの大時代的ロマンに走るかというと、現代人としての客観性、冷静な第三者的視点も忘れていません。再々度のジャケ写の例えで言いますと、ここで使用されているクリムトの『死と生』(1916年)のように、単純な物語性や抒情性に加えて、世紀末の精神分析的な視線が絡み合っている演奏のような気がするのです。
(死もどこかしら滑稽、乙女も潜在意識では誘惑するかのよう)

イブラギモヴァの「本当に死にそうな乙女がメランコリックになると思ってるの」という問いかけに対する答えは、このメランコリーは「死を想う乙女というロマンティックな設定に心惹かれる19世紀の心性を冷徹に振り返る現代人の憂鬱」ということにでもなるでしょうか。

ただ、この演奏で満足かというと、切れ味、風情・余韻、色気、良いバランスではあるのですが、どれもこちらに迫るものが今一つ足りていない、惜しい。ここはやはり、シェーンベルクの『浄められた夜』でもキレッキレの鋭さと、月夜の恋人達の甘さを見せつける名演を届けてくれたベルチャSQの再録音を待たないといけないのかもしれません。

今回は、人様の日記に完全に乗っかった日記になってしまいました。お陰様で、新録音二つに感じていたモヤモヤが晴れ、気に入り作品の良いところ、不足と感じるところがはっきりとしましたが….日記としては如何なものかです。

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  1. パグ太郎さん

    自分も『死と乙女』は好きな曲です。なので、最近のDiscでよいものがあればと目を凝らして拝読したのですが、もう一つ消化不良なのですね。

    自分が気に入っている盤は、
    タカーチQの2006年HyperionレーベルのDiscです。抒情性と切れ味が両立しているように思いますが、いかがなものでしょうか。すでにお持ちかもしれませんが、
    https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%EF%BC%881797-1828%EF%BC%89_000000000034589/item_%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC14%E7%95%AA%E3%80%8E%E6%AD%BB%E3%81%A8%E4%B9%99%E5%A5%B3%E3%80%8F%E3%80%81%E7%AC%AC13%E7%95%AA%E3%80%8E%E3%83%AD%E3%82%B6%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%87%E3%80%8F-%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%81%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E5%9B%A3_1238929

    特別価格の限定版もありました
    https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%EF%BC%881797-1828%EF%BC%89_000000000034589/item_%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC%EF%BC%91%EF%BC%93%E7%95%AA%E3%80%8E%E3%83%AD%E3%82%B6%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%87%E3%80%8F%E3%80%81%E7%AC%AC%EF%BC%91%EF%BC%94%E7%95%AA%E3%80%8E%E6%AD%BB%E3%81%A8%E4%B9%99%E5%A5%B3%E3%80%8F-%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%81%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E5%9B%A3%EF%BC%88%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%96%EF%BC%89%EF%BC%88%E7%89%B9%E5%88%A5%E4%BE%A1%E6%A0%BC%E9%99%90%E5%AE%9A%E7%9B%A4%EF%BC%89_3903019

    byヒジヤン at2018-12-25 19:29

  2. パグ太郎さん
    今晩は

    シューベルトはおもしろいですよね。でもそのおもしろさを言葉にしようとすると途端に難しくなるような気がします。

    ヒジヤンさんが端的にまとめられた「抒情性と切れ味の両立」っていう表現をお借りすれば、パグ太郎さんのもやもやは、やはり近年の盤の『死と乙女』は「切れ味」に寄りすぎているっていうことでしょうか。だとすれば、私もそういう感じは何となくわかります。緩急でいうと、どうしても急のほうに、表現する側も意識的になる(たとえば1楽章の冒頭)のは分かるような気もするけれど、そういうところに個性をぶつけてくるっていう戦略がもはや陳腐化しつつあるような気もするからです。かといって「大時代的ロマン」に戻るのではやっている意味がない。。。っていう隘路があるのかな。

    私は実はエベーヌがやっている『死と乙女』がなんとなく好きです。「変面」な彼らのどちらかといえば柔らかいほうがでている演奏だと思います。CDにはなっていなくて、ライブをネットで聞いただけなのですが、なんだかバランス良く聞こえました。。。私には酒場でちょっと仲間といっしょに演奏している感じのシューベルトも想像できました。

    byゲオルグ at2018-12-25 20:10

  3. ヒジヤンさん

    レスありがとうございます。

    タカーチQはお気に入り(デッカの旧録ですが)です。仰る通り非常の良いバランスで、よく聴く録音の一つでもあります。

    ただ、自分の頭の中で、弦楽四重奏団は世代別進化が激しいジャンルだという思いがあって、1940年代に設立されたアマデウス・ラサール・イタリア・スメタナの古き良き演奏と、1970・80年代設立のアルバン・ベルク、タカーチ、ハーゲンなどの「切れ味」が強く意識できる演奏、そして1990年代後半から今日まで、極論するとベルチャ以降の精密機械の様な精緻な演奏は、それぞれ別物のように感じられるのです。それぞれ優劣があるわけではないのですが、今回の日記は、上の分類でいう第三世代の「死と乙女」に決定打がないものかという頭で書いておりました(読み返して見るとその前提が全く書いてありませんでしたね)。

    今世紀になってどんどん登場する弦楽四重奏団は、皆とんでもなく上手くてびっくりしませんか?

    byパグ太郎 at2018-12-26 09:29

  4. ゲオルグさん

    ヒジヤンさんへのレスで書いたポスト・ベルチャ世代は、アンサンブルの精緻さが、4人の音色、表情、音量にまで及んでいてユニゾンなんて、まるでオルガンが鳴っているのというくらいのレベルに達している事が多いのですが、その精巧さとシューベルトの抒情性は決して矛盾するものではないと思うのです。きっとそういう演奏が出てくるに違いないと網を張っているのですが・・・。

    エベーヌQは、以前、日記にも登場した通り好きなグループです。プレスラーとの鱒はピアノの方に気がとられて聴いていました。確か、D.956の五重奏もCDありましたね。未聴なので、こちらをじっくり聴いてみようかと思いました。

    byパグ太郎 at2018-12-26 10:32

  5. バク太郎さん 遅レス失礼します

    私の「死と乙女」の愛聴盤はボスコフスキー率いるウィーンフィルカルテット版です。230E 51044(1957録音)
    力みのない素直な演奏は瑞々しくこれぞシューベルトという感じです。
    良き時代の良い音楽です。
    他に最新のアマデウス・カルテットのCDや東京で聴いたウィーンカルテットもいずれも力みが強く、今の時代を反映している演奏かなと思います。

    byどんぐり at2018-12-26 13:30

  6. どんぐりさん

    レス有難うございます。
    ボスコフスキー四重奏団ですね! 正しく第一世代の代表格かと。メンバーの入れ替わりが激しくて追いかけきれない、といいますかボスコフスキーが弦楽四重奏を演ずる時のVPO選抜隊という方が正しい? この大らかさこそ時代を象徴している気がします。

    方や第三世代は、ハイレゾ時代にふさわしい、1ビットも落とさない正確性と解像度重視の面白さはありますが、どういう表現に落ち着いていくのか、まだ定まっていない生育途上の楽しみがあると感じております。

    byパグ太郎 at2018-12-26 18:59

  7. パグ太郎さん

    こんばんは

    便乗、大歓迎です!こんなに深い考察をして頂けるのですから。ただただ有り難いやら、こっぱずかしいやらで・・・(汗)

    弦楽四重奏団の3つのジェネレーションへの類型化、全く同感です。私自身も「死と乙女」は中学生の頃に第1世代(アマデウス・スメタナ・イタリア)を聴いて感動してメランコリーを刷り込まれ、第2世代(アルバンベルク)で、「なんか、やたら上手いけどちょっと温度感下がったな」と感じ、今回の第3世代で「もはや、時代は変わった」となりました。

    個人的には、ヴァン・カイックの行き方は曲による当たり外れは今後予想されるにしても、応援したいです。コッテリ系の表現なのにアッサリしているという不思議な感覚、これは薄味に感じた第2世代よりも自分の好みに近いかなと思っています。ちなみに、わが新潟県はラーメンの多様性が高いのでマニアに有名でして、ラーメン評論家はコッテリ+アッサリの両立した味を「コッサリ」と言います(汗)。

    ベルチャの新録音、アルファは演目かぶりは気にしないレーベルのような気がしますので、出るのではないかと期待しています。大好きな弦楽五重奏とセットでやってくれるとなお嬉しいです。

    byOrisuke at2018-12-26 23:56

  8. Orisukeさん

    おはようございます。レスありがとうございます。いつも切れ味鋭い評価に刺激を受けて、何か書きたくなってしまうのです。

    三世代目は「コッサリ」というのも面白いですね。確かにそういう傾向はあるかもしれませんね。ハイレゾとか録音技術とか周辺環境に対応した表現なのかもしれないとも感じています。

    ベルチャの次の新譜は4月にヤナーチェクの再録+リゲティというニュースを見ました。現メンバーでのヤナーチェク再録ということは、シューベルトもその可能性ありと期待しています。

    byパグ太郎 at2018-12-27 09:05

  9. パグ太郎さん

    「死と乙女」は大好きな曲のひとつです。

    この曲は、ベートーヴェンのあの偉大な後期弦楽四重奏曲と同時代に書かれました。の作曲です。ベートーヴェンの様式的、形式的な革新への挑戦に較べるとかなり保守的ですが、その深遠なまでの内向性という点では優劣つけがたく、気高く美しい叙情を大衆的な親しみやすさで歌い上げているという点で、浪漫主義の新たな時代の到来を高々と告げています。

    そういう意味で、ヒジヤンさんの仰る「抒情性と切れ味が両立」というのはズバリその通りなのだと思います。甘美な歌と耳ざわりのよい演奏に堕するか、その反対にあまりに厳しく緊張を強いるような演奏に傾斜してしまうか、なかなかこの曲の持つ美しい歌と厳しさの両立が難しいのです。

    その点で、イタリア四重奏団の演奏がイチオシです。そのふたつを見事に両立させた名演となっています。

    もともとイタリア人ならではの豊かな歌心と明朗なアンサンブルを特色としていますが、冒頭から実に厳しいアンサンブルで緊迫した鋭い切り込みで聴き手の心をわしづかみにしてしまいます。スケルツォや終楽章でも息をもつかせぬ推進力で死の淵へと追い込んでいく。悲劇的で暗い情念。死の孤独と絶望の淵を覗いたような慟哭とカタルシス。臨死体験のような光芒と一瞬の安らぎと多幸感。肉体から離脱し浮遊する魂のようなヴァイオリンソロ。哀愁に満ちた豊かなチェロのカンタービレ。まさに弦楽合奏の奇跡のような演奏です。

    ただ、録音が1979年とやや古くアナログ時代の録音です。それでもいかにもフィリップスらしい美音の名録音だと言えます。デジタル時代にはもう少しアンサンブルの厳しさの方へ傾斜したものの方が時代感覚に沿ったものかもしれません。私自身は、カルミナSQ(2000年DENON)を愛聴しています。

    ベルチャSQは「断章」を実演で聴きました(2010年)。バルトークなみの切れ味鋭いシューベルトで、実に厳しい演奏でした。現代はむしろアンサンブルの切れ味の方へと大胆に傾斜したものの方が好まれるのでしょう。そういう意味で、私も彼女らの新録音に期待しています。

    byベルウッド at2018-12-28 10:30

  10. ベルウッドさん

    レスありがとうございます。『死と乙女』は激情型、メロドラマ型の双方の表現が成り立つので、その振れ幅の中で各四重奏団が個性を出しやすいのかもしれません。それと時代に応じたスタイルの変化が絡んできているのが面白い所です。イタリアSQは、団体名の通り本当に良く歌ってくれる好きな団体で、ハイドン、モーツァルトなど素直に楽しめますね。今仕込んでいる日記にも軽く登場するので、驚きました。

    byパグ太郎 at2018-12-28 22:53

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