日記
弦楽四重奏団に拓かれる新たな地平の予感、或いは、アポロン・ミューザゲートを埋もれさせたのは事務所の怠慢という言いがかりについて
2019年06月08日
昼間処理しきれなかった書類整理に唸っていた月曜の夜、ショートメッセージが飛び込んできました。GRFさんです。アポロン ミューザ・ゲート弦楽四重奏団(AMGSQ)の演奏会の休憩時間中とのこと。「音が洗練されていてバイエルンかドレスデンのオーケストラみたいです」。 演奏会の途中のショートメッセージなんて初めてですし、その上、弦楽四重奏団が「オーケストラみたい」って、どういう事なのでしょう。普通じゃなさそうです。
好奇心に負けて、どんな演奏会かと検索してみた所、その金曜日にも紀尾井ホールで演奏会が予定されていることを発見。
うーん・・・この日は、雑事が多くて無理かも。と思っていたのですが、翌日、GRFさんのブログにその演奏会の記事がアップされました。なんだか不思議な言葉が並んでいます。(このページ)
・普通の弦楽四重奏団では聞けないようなハーモニー
・空間でコーラスの様にハモル
・歌曲を歌っている様
・ハーモニーの間から木管楽器の響きが聞こえてきそう
・彼らの演奏は四重奏ではなくオーケストラの響きを追っているよう
正直、どういうことなのか、やっぱり良く判りませんでしたが、尋常ではないことが起きていたということだけは想像できました。これは、予定をこじ開けてでも行くしかありません。気が付けば手元にチケットが、そして我に返るとホールに座っておりました。
プログラムは、シューベルトの1番と15番。その間にペンデレツキの3番。シューベルトの最初と最後の弦楽四重奏曲に、ポーランド(彼らの出身国です)の現代音楽という不思議な取り合わせ。
一曲目、シューベルトの1番は、十代前半の本当に若書きの作品。これまで聴いた経験で言うと、第一楽章の疾風怒濤の切れ味鋭い音楽に続く、第二楽章の牧歌的なメヌエットの落差が大きくて、どうしても曲としてバラバラという印象をもっていました。最近の若手グループですから、技術的には完璧で先鋭的に切り込んで来るに違いない、そこから第二楽章をどう構成してくるのかお手並み拝見なんて態度で臨んだのですが、予想外の展開に。出だしの一音目から、その柔らかな響きに耳を奪われてしまいました。このまろやかさは何だ? そしてこの優雅な歌いぶりは? 「各楽器の対比と、絡み合いの造形性を聴かせるのが弦楽四重奏」という今までの概念を変えるような演奏です。「対比と造形」というよりも、一つの響きを醸し出すことに四本の楽器が完全に集中している、その響きの中で各楽器の歌が入れ替わりで浮き上がってくる、そういう演奏なのです。確かにこれは聴いたことがない。
そういう演奏でもシューベルト独特の情念を塗り込めたような第一楽章の強い感情は見事に表現されています。でも、激情一辺倒でない雅な美しさが根底に流れています。その流れに乗って、第二楽章の平和なメヌエットが全く違和感なく始まります。この演奏スタイルがあって初めて実現できることかもしれません。シューベルトの意図したのはこういう事だったのかと素直に納得してしまいました。お手並み拝見どころの話ではありません。
二曲目はペンデレツキの3番。初めて聴く作品です。現代の作曲家の、特殊奏法の塊で決して耳に優しいとは言えない作風が、この柔らかい典雅な響きと歌声に合うのかと心配になるような選曲です。逆に、この曲ではバリバリの技巧で難曲もこなせるという姿を見せてくれるのかも。という予測は、またしても完全に外れ、そのどちらでもありませんでした。というよりも、そのどちらでもあったという方が正しく、典雅な響きのまま、とんでもない技巧で難曲を弾きこなし、更に音楽としての楽しみを存分に盛り込んでくれるような演奏だったのです。現代の弦楽四重奏団らしい技術の高さで、四本の楽器が完璧に合った音程と表情付けで彼ららしい響きを作り出しながら、ペンデレツキらしい切れ味も損なわず、その上に音楽の楽しさを満喫できる歌と踊りが展開されているのです。体が自然と動き出すような演奏で顔が緩んできます。こんなペンデレツキは初めて。
休憩時間、今週2回目のAMGSQというGRFさんとお会いして、ブログに書いておられた意味がやっと解りましたと白状。でも、これは言葉でいくら書いても伝わらないと言い訳も忘れず(って、この文章自体の自己否定ですが)。
休憩後は、シューベルトの最後の四重奏曲15番。反復が多い50分近い大作で、その反復部分の表情の描き分けが見えてこないと、ただ長いだけの緩んだ演奏になってしまいます。また、特徴的なトレモロ奏法で弦を細かく震わせて弱音を響かせた微細な音の持続する上に各楽器の性格の違う歌が乗ってくる部分は、腕の見せ所でもあり、緊張感を維持することが難しい所でもあります。ベルチャ四重奏団(BSQ)に代表される近年のグループの演奏は、恐ろしいほどの精密な表情付けと緊張感のある演奏で凄みのある音楽を聴かせてくれるのですが、AMGQSは違った意味で究極の姿を見せてくれました。微細な音の流れを作り出す集中と技術力はすでに前半で実証済みですが、そこにあったのは「凄み」「緊張感」というよりも、一貫して、ゆったりと身を任せられる美しい響きと歌の流れだったのです。
これまで何度も書いてきましたが、1990年代後半以降の弦楽四重奏団には突然変異的進化が起きて、素晴らしい団体が続々と登場しているけれど、「現代的切れ味と、しみじみと音楽を聴くことを両立させる団体を見つけるのは難しい」と感じていました。が、AMGSQの音楽を聴いて、やっとその答えの一つを見つけたと思いました。ブレークスルーを起こした弦楽四重奏の新しい姿を究極の形で突き詰めようとしているのがベルチャSQ、その進化した技術を用いて別の表現にさらに転換しようとしているのがAMGSQ(先日取り上げたエルサレムSQもその流れにあるのかもしれません)というくらい大きな存在になるという想いが残りました。
こんなすごい団体がいたなんて・・・。10年前くらいにミュンヘン国際コンクールで優勝した団体というのは知っていましたが、その後の活動はとんと聞こえてこず、録音も殆ど出ないため、自分の中では消えたしまった団体という認識でした。不明を恥じるばかり。
シューベルトの他の作品、「死と乙女」はどうなるんだろう、ここまでのシューベルトならハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンでも、きっと凄いはず、ペンデレツキのあの形でバルトーク・ショスタコーヴィッチを弾いたら、いやフランス物のラヴェル・ドビュッシーだって・・・と妄想が膨らみます。演奏会後の感想戦では、一体、彼らのマネージメント会社は、この十年何をしていたのか?
先ず、あの芸人の様な大柄のチェック模様のおそろいのスーツ姿を止めさせるところから、売り込み戦術を練り直した方が好いのではないかという変な盛り上がり方をしたのでありました。
素晴らしい四重奏団の存在を教えていただいたGRFさんには大感謝であります。
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おはようございます。
今日日ブレイクスルーが起きにくいとされてきた古典的分野において、パグ太郎さんやGRFさんのような百戦錬磨の経験豊富な方でも今さら衝撃を受けるという事態は、一体どういうことなのでしょうか!?実際に将棋の世界でも起きてしまってますし・・
確かにyoutubeなどをみていますと、楽器演奏など習得が必要な様々な技能が人に教わらなくても目に見えて分かるので、世界規模で若い人の技術向上や感性の発達が早まっているなとは感じていました。
同時に、才能のある人が確実に世に出ることができる時代になってきたなと。以前の十年が今の一年くらいなのかもしれません。
ジョンとポールが小さい街で同時代に出会ったような奇跡が、情報ツールの発達で世界的に起きているのかな?とか、あれこれ空想してしまいます。
byにら at2019-06-09 06:38
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追記です。
10年前に優勝して日の目を浴びさせないまままマネジメントは何をしていたのか?という趣旨のお話なのですね。ちょっと履き違えたコメントをしてしまいました。とはいえ、やっぱり凄い話です。そのレベルでも埋もれてしまうくらいに、あちこちにモンスターは潜んでいるのでしょうか・・
byにら at2019-06-09 08:51
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こんにちは
所用があってイケマセンでしたが、例年恒例の紀尾井ホールのカルテットシリーズは、地味ですが長年の積み重ねでずいぶんと充実してきましたね。
最近は、音楽コンクールも、かつてのピアノとヴァイオリンばかりということではなく楽器や分野も広がり、しかも、そのレベルも上がってきました。弦楽四重奏もその潮流の高まりのひとつですね。それに伴いレパートリーもかつてのようにウィーン古典派一辺倒ということではなく、実に多彩になってきました。ところが優勝後の活動の持続が難しくて、メンバーも入れ代わりがちです。
紀尾井ホールも今後の課題としては、「レジデンツ」でしょうか。
本場では、ウィーンのコンツェルトハウスやロンドンのウィグモアホールなど、一定期間、常駐的に練習場の便宜を図り、定期コンサートを主催するなどの支援を行って、一流のカルテットを育てるという動きが定着しつつあります。アメリカでもワシントンの国立図書館などは、ブダペストSQなどそうそうたる楽団を支援しました。
まだまだ、オーケストラ中心の日本のクラシック音楽界ですが、地方都市こそ、規模の面で持続可能な文化事業としてこういう室内楽楽団の紹介支援に取り組んでもらいたいです。何も日本だから日本人ということに限らないと思います。事業環境として恵まれた東京ならなおのことです。
byベルウッド at2019-06-09 09:53
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こんにちは。
名古屋は有りましたが関西方面には来なかったので残念です。
これだけの演奏水準なら次回来日時には是非ともPAC小ホールで聴いてみたきいです。
ベルウッドさんも書かれていますが、日本では常設のSQの数が少ないですから、このような海外さらの刺激を受けて動きが出てくると嬉しいですね。
by椀方 at2019-06-09 11:07
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にらさん
レス有難うございます。
どんなジャンルにでも、何かを契機にして今まで不可能と思われていたことが、出来る人たちが続々と登場するということがありますよね。その契機になったものとしてIT技術もあるのかもしれません。
10年間マネージメントは何をしていたのかというのは、自分のウッカリ振りを他人様のせいにする口実でしかありません。隠れた才能、見逃された宝も、やはりどのジャンルにでもいるものですね。それがあるからこそ、シンデレラ・ストーリーという夢が成立して、若手がそれを目指して努力するという動機にもなるのかもしれません。
byパグ太郎 at2019-06-09 14:36
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ベルウッドさん
レス有難うございました。
ウィグモアホールの活動は、一つのモデルですね。
国際コンクールや、レジデンツ制度や、演奏会録音の商品化など、発掘・育成支援・プロモーションを多層的に展開しています。それに向けて、エイベックスの様に自国の演奏家をウィグモアに送り込むスポンサー活動を行うような企業も出て来るという波及効果さへ生み出していますね。
国内のホールで『箱もの』でない、本物の振興活動をしている数少ない紀尾井は、それに一番近い所にいるのではないでしょうか。
byパグ太郎 at2019-06-09 14:49
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椀方さん
レス有難うございます。
春先のベルチャにも感動しましたが、ある意味、予想できたものでしたが、今回は本当に嬉しい驚きでした。
レコード会社と契約して、録音増やしてくれると嬉しいのですが・・・。国際メジャー系列は殆ど室内楽の若手契約していないですし、独立新興勢力に期待するしかないのかもしれません。
日本人の若手SQもいくつも出て来ますが、安定的に持続するのは本当に難しいようですね。大阪にはベルチャやドーリックが優勝した大阪室内国際コンクールがあって、発掘に大きな貢献をしているのではないでしょうか。
byパグ太郎 at2019-06-09 15:07
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パグ太郎さん、こんばんは。
うーん、聴いてみたいです。
ディスコグラフィを見ると、現代曲への志向が結構強いみたいですね。
conservativeな聴衆には受け入れにくいところもありそうです。
とりあえず、デビュー盤他、注文してみました。
到着を楽しみに待つことにします。
byfuku at2019-06-10 00:29
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fukuさん
おはようございます。レス有難うございます。
ペンデレツキの実演奏は、あまり経験したことは無いのですが、先進性と娯楽性が高いレベルで融合していて、いい体験でした。少ない録音レパートリー見ると確かに現代音楽との適合度は高いのでしょうね。
保守的聴衆からの評価という意味では、弦楽四重奏を対比の妙として楽しむ方々には物足りないのかもしれませんね。
byパグ太郎 at2019-06-10 07:25
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