パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

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パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

『野生の息吹』を歌うニーナ・シモンのピアノ伴奏の魅力、或いは、何を聴いても己の領域に引っ張り込んでしまうのは心の硬直化の症状?

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2019年06月15日

珍しくジャズ・ボーカルのお話です。
ニーナ・シモンの『Wild is the wind』(野生の息吹) を聴きたくなりました。
元々は同名の映画(1957年)の主題音楽でしたが、公民権運動の立役者のひとりである彼女が1960年前後にカバーしてジャズのスタンダードになったのだそうです。

ジャズ・ボーカルは完全に守備範囲外で何かを語るなんておこがましい限りなのですが、ただただ、この独特の歌声に惹かれるのです。柔らかいのに強くて深い、そして皮膚感というか、触感として伝わってきそうな細やかなビブラートの息遣いは、変な例えですがアルト・サックスの息吹の様。そして、その胸に染み込むような表現力。決して持ち前の豊かな声を張り上げることもなく、沈むように語りかけるだけなのに、この曲の心に吹きあれる抑えがたい想いが恐ろしいまでに伝わってきます。

私の愛はこの吹きすさぶ風
あなたと一緒に飛んでいかせて、この風に吹き飛ばされてもいいから
もっと激しく愛して、あなたの心にこの風が吹き抜けるように
私を離さないで、この風に吹かれた木の葉が枝にしがみつくように
私もあなたもこの愛の風から生れたのだから
・・・・・

今回聴いていて、もう一つ感じたことは、伴奏のピアノの情景描写と心理描写の巧みさです。流れる様な美しいタッチで、吹きすさぶ風を具象的に表現しつつ、その風に託して恋人に訴えかけている様々な思いまで描き分けていることです。突飛かもしれませんがシューベルトの歌曲の伴奏ピアノに通じるものを感じます。このピアニストは誰だろう。と調べたら、ニーナの弾き歌いなのですね。もう少し詳しく見たら、彼女はジュリアード音楽院でクラシック・ピアノを学んでいたとのこと。人種差別が激しかった公民権運動前の時代、その道は誰も歩もうとしない険しいものだったはず。 納得と同時に驚きでもありました。
そう思って聴き直してみると、伴奏の音型の中に、耳慣れたシューベルトの曲、例えば代表作の一つ、『水の上で歌う』の伴奏ピアノが隠されている気がしてきます。

『水の上で歌う』。シューベルトのこの名曲は、夕陽に煌めく湖面の美しさと、時の移ろいの儚さを感傷的に歌い上げたもの。『Wild is the wind』の率直で生々しく愛情をぶつけてくる姿とは全く別物の控えめな表現。でも、感情が次第に高ぶって行く様を表しているかと思える、短い音節が加速しながら反復される伴奏ピアノの奔流は、これが愛の歌だということを雄弁に物語っています。この「想いが乗せた伴奏の秘めた激しさ」という感触、それはニーナのピアノにも感じられたものだったのです。ただ、歌詞から表面的に読み取れるのは、小舟に乗っているのを「私たち」と呼んでいる、たった一単語からのみ。この抑制の力は、これはこれで凄いものです。

シューベルトのこの曲を演奏して、ニーナ・シモンの描き出す濃密な世界に太刀打ちできる歌手とピアノは誰でしょう。やはり、定番中の定番ですが、シュワルツコップの気品と情感が零れ落ちそうな歌声とフィッシャーのピアノ伴奏にご登場いただくしかありませんね。
1952年のモノラル録音ですし、表現も時代を感じさせるものではありますが、この曲を「愛の歌」としての情感を表現し切るという点で、これを超えるものに未だに出会えていません。

「出会えていない」というのでは面白くないので、この曲の他の録音を物色していたら、珍しいものを発見しました。なんと、取り上げている二つの曲をつなげて歌っている歌手がいるのです。

ジャズとクラシックのクロスオーバー企画、メインはシューベルトの歌曲とデューク・エリントンです。歌手が、カレン・ヴールというクラシックのソプラノ歌手で、少し前に出たグリーグ・シベリウス・ドビュッシーの歌曲集での透明感のある軽やかな歌声が印象に残っていました。当然、ニーナ・シモン、シュワルツコップの両方とも全然タイプの違う歌手。伴奏は、ジャズのピアノとクラリネット、クラシックのチェロという混成チーム。


冒頭はシューベルトの『ます』とエリントンの『キャラヴァン』が溶け合っている不思議な曲。『ます』のあの魅力的な旋律と皮肉っぽい軽妙に、『キャラヴァン』の異国情緒の色濃いリズムが交錯して、これはこれで楽しめます。

問題の『Wild is the wind』と『水の上で歌う』。ニーナとシュワルツコップの二人が続けて歌ったとしたら、落差が激しすぎて、一つの音楽にはならないのは当然ですが、この二曲の橋渡しをするものをどう描き出してくれるのでしょう。最初は『Wild is the wind』から。やはり、ヴールの軽くて澄んだ声で歌われるこの歌は、大人の女性の「心の嵐」というよりも、恋への「憧れ」を描いている様でまるで別もの。バックの3人も、声に合わせた軽めの都会風アレンジで総じてあっさり系。ピアノ伴奏でつなげて『水の上で歌う』へ。

こちらもクラシックの発声は敢えて採らず、表情付けも言ってみれば薄化粧で、美しい旋律の自然の情景描写としては成立しています。シュワルツコップと比べるのは酷ですが、ぐっと年齢が下がって、この曲もやはり恋への憧れの表現となっているのかもしれません。その意味では、二つ繋がったこの演奏はヴールの作品としては成立しているのです。が、歌い手の心象風景まで感じたいという当方の願いは充たされないままでした。

その理由の一つとしてピアノ伴奏の単調さがあるような気がします。クラシック調から、ジャズ風の音型や即興を入れることで味付けをして変化を持たせようとしていますが、ニーナ・シモンやアーウィン・フィッシャーに感じた、一つの音型の繰り返しが作り出す高揚とか焦燥とか、そして反復音型の描き分けによる情感の変容とか、そういう表現にまではなっていない。それがもどかしいのです。

この三者三様の録音を聴いてみて、ニーナの歌も凄いけれど、それを心の奥深くに伝えるためには、彼女のあのピアノが欠かせないものだったということに気づかされました。その上、単なる思い込み以上のものではありませんが、それがシューベルト歌曲にも底でつながっているものだとすると、音楽の魅力の不思議さを感じずにはおれません。そして、ニーナがそれを学んで身に着けたものなのか、直感的に創り出したのであったのか、いずれにしても飛んでもない才能であることには違いない、などと妄想してしまうのです。

それにしても我田引水が強すぎますね。ジャズにお詳しい方からすれば、お話にならない間違いなのかもしれませんし、シューベルトに通じるものの有る無しが、この曲の良さを左右するものでは全くないわけですから。何が出てきても自分の普段の思考回路に引っ張り込んでしまうのは、心の硬直化の表れかもしれません。

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  1. こんにちは

    ニーナ・シモンからシューベルトの歌曲のお話が聞けるとは思ってもみなかったです。でも『水の上で歌う』を注意して聞いてみると、なるほど「一つの音型の繰り返しが作り出す高揚とか焦燥とか、そして反復音型の描き分けによる情感の変容」とおっしゃるのは、わかる気がしました。

    『Wild is the wind』は私も大好きで、以前に日記でも紹介したことがあるくらいです。ライヴ・ヴァージョンもあって、そちらのほうが完全な弾き語りですので、より愉しめるかな~と思いました。

    「Wild Is The Wind by Nina Simone (Live at Town Hall; best version!!)」
    https://www.youtube.com/watch?v=c1_D5gef72A

    byゲオルグ at2019-06-15 13:37

  2. ゲオルグさん

    レス有難うございます。

    ご紹介をいただいたライブ版はソロの弾き歌いで、Philips盤とは随分違いますね。ソロ演奏ではニーナの歌にピアノが寄り添う印象が強いですが、Philips盤では歌とピアノが対等にというのは言い過ぎにしても、歌の世界を広げて見せる様な自己主張が感じられます。ソロを聴いてしまうと、シューベルト繋がりはやはり無理筋かなと。

    byパグ太郎 at2019-06-15 19:31

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