パグ太郎
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クラシック中心に聴いています。オーディオは手段と考えてはいるものの、気がつくと手段の魔力に取り付かれてしまうことも多く、日々修行をしております。

マイルーム

パグ太郎の部屋
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持ち家(戸建) / リビング兼用 / その他 / 16畳~ / 防音あり / スクリーンなし / ~2ch
Phileweb登録後1年、気が付くとスピーカー導入していました(2018/6)。所有製品はHRS130ですが、製品DBに登録がないので、一番近いもので代替しています。 10数年愛用したアン…
所有製品
  • スピーカーシステム
    GERMAN PHYSIKS HRS120 Carbon
  • プリメインアンプ
    OCTAVE V110SE
  • ハードラック
    QUADRASPIRE QAVM
  • RCA/BNCオーディオケーブル
    KIMBER KABLE KS-1020
  • 電源ケーブル

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日記

もう一つの時代を映し出す鏡、パヴェル ハース弦楽四重奏団のショスタコーヴィッチ

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2020年01月16日

チェコの弦楽四重奏団パヴェル・ハース弦楽四重奏団(PHQ)は、贔屓の団体です。彼らの主なレパートリーは、お国物のスメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェク、ハースといった作曲家なのですが、この日記では、殆ど演奏されることのないプロコフィエフの2つの弦楽四重奏曲と彼らとの相性が意外に良かったとか(これ)、NHK BSで放送された16年来日時のペルトとバルトークの凄まじかったこととか(これ)、変な取り上げ方しかできていませんでした。今回は、それに輪をかけるような・・・・。

彼らのプロコフィエフ、ペルト、バルトークと聴いてみて、あの地の霊を呼び起こすような野性味あふれるリズム感と求道的な表現の厳しさ、そして明るさと皮肉を混ぜ合わせた心理描写力は、チェコ音楽ではなくて、ショスタコーヴィッチにぴったりのはずと思っていました。そんな「ひねくれた」と言われそうな期待に応えてくれたのか、彼らの新録音(リリースは昨年9月末でしたので既に旧聞)は、なんとそのショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲2番、7番、8番だったのです。


以前取り上げたプロコフィエフの演奏では、自らを「バンド」と称しているPHQらしいグルーヴィな弦楽四重奏に感心したのですが、今回の第一印象は、「ロックだなー」です。激しいベースのリフに乗って、全てのメンバーが一つの表現に向けて自律的に、自分の音楽を繰り広げている。でも、そこはPHQらしく、一糸乱れぬ精緻さで、リード・ギター、いや違った、ファースト・ヴァイオリンの泣きの旋律ラインと凶暴なベースのリズムとが交錯、その姿に惚れ惚れします。で、ロックだなーと感じるのは、それが何かに統率された正確性ではなく、個々の想いがぶつかり、もつれ合って行くうちにシンクロするに至ったというような自由さがあるからなのかもしれません。

前世紀の弦楽四重奏団のイメージは、規律の厳しいトップダウンの集団で脱退などしようものなら裏切り者扱い(実際にそういう非難合戦があったことも)され、私生活の犠牲の上に成り立つような献身を求める印象がありました。最近はやりの「ワーク・ライフ・バランス」とか、「働き方改革」とはかけ離れたブラックな世界?。PHQの師匠でもあるスメタナSQのヴィオラ奏者、ミラン・シュカンパは弦楽四重奏団を 「音楽の世界で最も美しい監獄」と評していたくらいです。

でも、英グラモフォン誌のインタビューに応えているPHQの様子は、フラットで個人尊重で自由。音楽へのコミットメントは私生活とは切り離せないものではあるけれど、私生活の犠牲の上に成り立つような音楽に拘束された日常があるわけではないという感じです。弦楽四重奏をやっていても前時代的な化石の様な生活をしているわけではなく、やはり現代人なのです。

そのインタビュー記事を見ていて、そうだよな~と、改めて感じたのが、セカンド ヴァイオリンのマレク・ツヴィーベルが加入した時の、まったく形式ばらない今日風の物事の進み方です。

「PHQがヴァイオリンを探しているという噂を聞いたので、音楽家のサッカーチームで顔を知っていた程度だったけれど、ペーター(PHQのチェリスト)のFaceBookにメッセージを残しておいたのさ。そしたらペーターから電話があって、一緒にコンサートやろうよくらいのノリだったな」「いや、奴の演奏ぶりはYouTubeでしっかりチェックしてから連絡したさ(笑)」
これが世界トップクラスの団体のメンバー選定のプロセスとは!?と驚くやら、笑えるやら。最近の弦楽四重奏団の劇的な進化の様子は何度も日記に書いていますが、実はその背景には、こういう人間関係、人生観、そして日常生活自体が変わっていることもあるのかもしれません。先ほど書いた「 何かに統率された正確性ではなく、個々の想いがぶつかり、もつれ合って行くうちにシンクロするに至ったというような自由さ」は、こういう変化とつながっている気がしてきました。

そして、もう一つ。あの政治的解釈論争から永遠に抜け出せそうにもないショスタコーヴィッチであっても、作曲家のメッセージとして作品を考えるよりも、演奏家の個人的想い乗せるための器としてPHQは捉えようとしている、そういう気がするのです。メンバーはこう言っています。「自分自身の想いや物語を、作品の中に見出そうとしている」「彼(ショスタコ)と共に生活している感じ」「彼の伝記上の事実は関係があるかもしれないし、純粋に音楽なのかもしれない。誰にもわからない」「12年、この曲を演奏しているが、やるたびに作品について語り合うし、物語は決して終わることはない」「作品に極めて個人的で親密なものを感じる」。やはり、作品に対する姿勢も大きく変わりつつあるようです。

少し前に、ベアトリーチェ・ラナのピアノを聴いて、作曲された社会の世相を映し出す鏡の様な演奏という感想を書きましたが、逆に、演奏家が生きる社会の様相を作品の表現に反映させるという、もう一つの鏡がここにあると感じたのです。そして、それは優れた演奏に求められる大切な要素なのかもしれません。




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  1. 「ブラックな世界」の頃の演奏も素晴らしい作品はありますが、現代風の演奏もまた良いですね!
    「 何かに統率された正確性ではなく、個々の想いがぶつかり、もつれ合って行くうちにシンクロするに至ったというような自由さ」というのを感じながら音源を聴くことができて、本当にそうだなぁと思いまがら感動的な時間を過ごしました。

    byきょや at2020-01-19 10:53

  2. きょやさん

    レス有難うございました。

    > 「ブラックな世界」の頃の演奏も素晴らしい

    はい。それは否定できない事実ですね(ブラックだったから良かったのかどうかは別議論ですが)。最近の著名な指揮者や大物歌手にまつわるme too不祥事を見ていると、この業界も浮世離れした特殊な世界ではなくなってきていると感じますね。

    ただ、チェコという国は、日本人のイメージする『モルダウ』とか『新世界』とかの牧歌的で、プラハの街並みの御伽噺的な存在とは別の、進取の精神としぶとい抵抗精神を持つ不思議な国民性があるので、PHQにもそういう側面が現れているのかもしれません。

    byパグ太郎 at2020-01-19 14:53

  3. こんばんは
    いつも遅レスですみません。
    ちょうど今ほど、PHQのショスタコを聴いておりました。始めて聴いたのですが、ロックな感じもする一方で、意外にまとまりも良い「バンド」ですね。本来相反するものが共存している面白さを感じました。個人的にはショスタコ8番、大傑作だと思っています。冒頭の柔らかい入りからの大爆発、クライマックスの壊れちゃった感じなど、この演奏イケてると思いますよ。

    byOrisuke at2020-01-24 00:29

  4. Orisukeさん

    レス有難うございました。

    PHQは大姐御ヤルツコヴァの仕切りと、「各々思うがままに」のバランスが凄くいい様な気がするのです。ご指摘の8番の「壊れちゃった感」も、カタストロフ寸前で踏み止まったスリリングな演奏だと思いました。このバランスには、姐御の旦那さんでもあるチェロのヤルシェクの存在が大きいのでは無いかと睨んでおります。

    byパグ太郎 at2020-01-24 13:09

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