kanata
kanata
<最新自己紹介> 2019.7.20 ようやく一山超えました。 2019.6.8 色々あってなかなか大変な日々です。 日々成長する息子と遊ぶのが一番の楽しみです。 2018.8…

日記

最新の日記
カレンダー
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

お気に入り製品

お気に入り製品はありません

最新の日記

X1おやじ邸訪問記

X1おやじ邸訪問記

0. まえがき

去る4月下旬、緊急事態宣言の合間を縫ってMFさんと一緒にX1おやじ邸(以下おやじさん、おやじ邸、と記します)に訪問させていただきました。訪問から1ヵ月近く経過し、随分と遅くなってしまいましたが(汗)、素晴らしい機会を頂戴したお二人への感謝の気持ちと共に拙いながらその時の訪問記を記したいと思います。



1. 概要

例によって長文になりそうですので(汗)、最初に私が感じたおやじ邸の音について、そのエッセンスを記します。


・色々な意味で器の大きな音。人間もまた然り。
・自分の経験の中では唯一無二。似た系統の世界の音楽を鳴らしているお宅は今まで聞いたことがない。
・枠からはみ出る楽しさや驚き、ワクワク感がある。型に嵌らず、あえて遊びを持たせている。
・しかしエキセントリックでは無い。グロテスクでもない。押さえるべきポイントはしっかりと押さえてある。
・自分の尺度では測れない、測ってはいけない。
・百聞は一聴に如かず。


今回の体験について仮に一言で語るのならば最後の「百聞は一聴に如かず」に尽きると思います。(いつも似たようなことを書いている気もしますね(汗)・・・)居住環境に制限の多い日本において一般的なオーディオをやっていてはおよそ体験できないスケールのオーディオをされており、だからこそおやじさんの音楽世界は私を含む多くの人々にとって自分の既存の認知の範疇外に存在しています。ですから既存の自分の尺度でおやじ邸を当てはめて語ることはナンセンスです。いつも以上に虚心坦懐に、自分の世界を大きく広げてくれるこの体験に目と耳と心を全開に開け放ち素直に自分の感性を泳がせること、それが自分にとってもホストにとっても幸せな展開を生むように感じました。



2. 音楽世界の印象


長旅の末ようやくおやじ邸へ到着。(MFさん長時間の運転お疲れ様でした)ガレージの前にMFさんが車を停めると、ラフな格好のおやじさんが庭から出迎えて下さいました。初めましての挨拶の間にも家の中からそれなりの音量で音楽が鳴っているのが聞こえてきます。

挨拶を済ませてMFさんと一緒にMFPC関連の機材を玄関に運び込み、これまたどっさりと山盛り持参した私のレコードも一緒に玄関に置きます。おやじ邸でのレコードの再生が楽しみで楽しみでついついあれもこれもと持参してしまいました(汗)

おやじ邸は玄関から入ってすぐの右手がオーディオルーム、廊下を少し行った所にトイレという配置計画となっており、プライベートとオーディオとの動線の分離がほぼ成されています。もちろん考え方は色々とありますが、この配置はオーディオ趣味の一つの理想形と言えるのではないでしょうか。リビングオーディオしかやったことのない自分から見て、遊ぶのにハードルが低いこの手の配置はうらやましく感じることも多いです(笑)

既に3割程度開いていた重く分厚い防音ドアを大きく開けると、このコミュニティで見慣れたおやじさんのオーディオルームが目に飛び込んで来ました。





・・・

一瞬言葉を失い、同時に色々な思いが頭の中を駆け巡りました。
昨今流行りの異世界に紛れ込んだかの様な・・・いや違うな。そもそも異世界に行った事ないし(爆)
そう、初めて行くコンサートホール(しかも比較的設計の新しいもの)のドアを開けた時の感覚が一番近いような気がします。パーッと視界が開け、巨大な空間の解放感を感じつつ、ホールの各所の凝った意匠や調音設備を見渡してホールの響きを想像し、これから始まる演奏に胸をときめかせる。それと同種のものを感じました。オーディオのオフ会としては異例のこの感覚。これはオーディオの機器や部屋ではなく、これからこの空間で再生される音楽自体と濃密な時間を私は無意識に予感したのだと思います。


部屋に入って、おやじさんに説明を受けつつ全体として巨大かつ個々としても弩級のシステムを順番に見渡していきます。
システムは大きく2種類。B&W 800D3とWilson Alexx + の2つのスピーカーそれぞれにワンスルー+αの機器が誂えられています。

正面向かって左側の壁に設置されているB&W 800D3システムは











(Digital) Esoteric Grandioso K1X + PS1 + G1
(Digital 2) Soulnote S3
(Cartridge) van den hul
(Cartridge 2) Benz micro
(Tonearm) SME series 5
(Turntable) Acoustic Solid Solid Royal
(Phono Equalizer) Soulnote E1
(Phono Equalizer 2) CH precision P1 + X1
(Pre amp) Jeff Rowland Corus + PSU
(Power amp) Jeff Rowland model 725 s2 (bi amp)
(Speaker) B&W 800D3

という陣容。


正面向かって右側のWilson Alexx + のシステムは











(Digital) Esoteric Grandioso P1X + D1X + G1
(Digital 2) MFPC
(Cartridge) van den ful
(Tonearm) Graham phantom elite
(Turntable) Thorens Prestige
(Phono Equalizer) FM acoustics FM222
(Pre amp) Esoteric Grandioso C1X
(Power amp) Esoteric Grandioso M1

という陣容。


おやじさんのご説明によると、もともとはクラシック音源への対応を主軸としたWilsonのシステムが存在し、そこに音源への対応の幅を広げるためにB&Wのシステムを追加したとのことでした。B&Wのシステムは追加当初はJazzをターゲットとしたものであったとのことですが、その後のおやじさんの調整により訪問日時点ではそれなりにクラシックも鳴るようになったとの自己評価を付けておられました。(実際にお聞かせいただいてその自己評価には私も納得するものでした。)

セッティングは広大な部屋を上手く利用したユニークなものでした。

まず、向かって正面の壁に近い位置(といっても壁まで数メートルありますが 汗)にWilsonをやや強めの内振りでセッティングしておられ、こちらのリスポジは部屋の中央やや後方にある素敵なチェアに設定。内振りの角度はちょうどこのリスポジに座った際にスピーカーが正対するイメージです。

そしてWilsonよりも正面の壁から離れたリスポジに近い位置にB&Wをこちらは弱めの内振りでセッティング。こちらのリスポジは背面の壁(特注の可動式CDラックになっています。2層目へのアクセスのためのヒンジの設計がとてもユニーク。この様な細部にもおやじさんの面白い発想がちりばめられており、刺激に溢れています)から近い位置にある3人掛けのソファに設定されています。ソファの前にはテーブルもあり、複数人でリラックスして談笑しながら音楽を楽しむイメージでしょうか。

この日は基本的に私もMFさんもこのソファに腰を掛け、たまに前方のチェアに移るというスタイルで音楽を楽しませていただきました。一方おやじさんはテーブルのサイドの床にちょこんと正座か膝を付く形で、度々音源を入れ替えたり、我々へコーヒーを汲んでいただいたりとそのホストとしての所作の一つ一つに誠実なおやじさんのお人柄を感じ感銘を受けました。



さて、ソファに座っていよいよ音出しとなりました。まずはB&Wのシステムからです。


♪♪~~


(・・・ああ、これは大きい。やはりそうなのだな・・・)

最初の音源から、おやじさんの音楽世界は私が事前に予想していた展開でありながら予想以上のものであると感じました。

予想していた展開とはすなわち、私を含めて日本の一般的なオーディオとはそもそも土台からしてやっている事が違うという事です。そして予想以上とは、その違いの根っこが予想より更に深い所にあり、かつその内容の大きさも更に巨大であるという事です。従って拝聴する際は自分主体の感覚を通常より大きく下方修正し、ほぼゼロの状態に持っていくことがこのおやじさんの音楽世界を最大限捉えるためには必要だと感じました。



話を戻します。

繰り返しになりますが、最初に感じたことはとにかく大きいということ。大きくかつ流派が私と大きく異なる。従って通常の受け方では受け切れない。むしろ通常の受け方でこの音楽世界を捉えてしまっては、その本質を変容させて受け取ってしまう。そんな危うささえある。大きいがゆえにその取扱いには格段の注意が必要。音楽を聴きながら感覚的にこう判断しました。

そこで一旦自分を放り出してしまうことにしました。自分の既存の音楽の捉え方は一旦捨て去り、いまこの場で出ている音を全てそのまま受け入れる。自分の感覚では気になってしまう音も定位も音場も全てを先入観なく受け入れる。自分というフィルターを出来るだけ通さない。実際こんな事がどこまで可能かは置いておいてそういう状態であろうとしました。

すると少しずつ、少しずつ、見えてくる、捉えることが可能になってくるものが出て来ました。(なんか書いていてキモいですね、自分(汗) 御勘弁下さい・・・)



一番大きく感じる違いは音の鳴り響き方です。これが自分の中にある既存のオーディオでの鳴り方や聞こえ方のイメージとは大きく異なる。だからオーディオを聴くという通常の受け入れ態勢で聞くとうまく自分の認知が噛み合わないのです。例えるのならオーディオルームでオーディオをしているというよりも、むしろホールで楽器を演奏しているのを聴くのに近い感覚です。特に音の広がり方に関してそれを顕著に感じます。ストレスを感じさせずスパーっと音が気持ちよくかつキレ良く広がっていくさまはオーディオでは感じた事が無いものです。

それでいてホールでコンサートを聴いているのともそっくり同じではありません。その違いは音の抜け方です。この訪問記の冒頭で外に居ても音がそれなりに聞こえてきていたと書きましたが、このオーディオルームは上手い具合に音が抜けて行くのです。ですからコンサートホールの様な長い残響を感じません。かといって防音室でガチガチに音を閉じ込めてその上で吸音を施した際に感じる様なデッド感や詰まった感覚もない。音は活きたまま抜けていく。途中でMFさんが手を叩いていましたが、その音もフラッター的に鳴かず、大きな残響もなく、しかしデッドにも感じずにスッと抜けていきました。このように非常にユニークでオンリーワンな聞き味がこの部屋にはあります。もちろんこの部屋の音の傾向を作っているのは、おやじさんが細部まで詰めている部屋の構造があればこそであることは今更言うまでもないでしょう。






私もそれなりの期間オーディオをやっていて少なくないお宅に訪問させていただいていますが、ホストの創造する音楽世界が高い次元に行けば行くほどに感じるのは部屋という器の大切さです。逆に言うと、いかにホストご自身の音楽世界の構築能力が高くとも、部屋という器によって絵を描くキャンパスの大きさが決まってしまい頭打ち状態になってしまうケースさえあるように感じます。

特にこの日は「オーディオ」という大枠には納まりつつも、部屋という器によってまるで別の物事をやっているほどの違いがあることを深く感じました。優劣の話ではなく、部屋によって音楽世界を構築するコトワリが異なり、煮詰めてった時の世界の見え方が違うイメージです。オーケストラと室内楽の違いが近いようなそうでもないような・・・。ボクシングで例えると階級が異なると重要度の高い項目も異なり、結果としてボクサーの体作りや試合での立ち回りも異なってくるような感じでしょうか?(完全な素人論の域ですが)

この部屋に感じるイメージは、とても広大で境界線が見えない真っ白なキャンパスです。部屋による制約や干渉がなく音はストレスフリーに広がり、かつ部屋による一定の響きや色を感じさせない。よって描き手は存分に自分の腕を振るってそこに音楽世界を描いて行くことが出来る。そしてこの部屋の傾向は各機器のセッティングや電源でのおやじさんの調整の傾向ともある種共通したものを感じ、個人的に腑に落ちるものでした。



そんな部屋の真っ白なキャンパスの上におやじさんはどんな絵を描いているのでしょうか。

ざっと感じる全体の印象としては、音を聞いてそこから個別の機器の音に分解しにくく、個々の機器の顔がパッと頭をよぎることもなく、一つのシステムとして統合されたおやじさんの音楽になっていることを感じました。一つ一つが弩級の機器群の手綱をしっかりと握り、ご自分の手の内にしっかりと入れておられます。

ある程度の経験を積むと多くの人が感じることだと思いますが、現代のハイエンドオーディオの機器は性能の向上と共にある種の扱いにくさを伴って来る傾向にあります。従ってその高い音的な性能を発揮させつつ、システムを構成する他の機器との音楽的な統合を図るのはオーナーの調整能力に拠り、しかもその調整部分による音質傾向は不思議なことに聴感上では意外なほどウェイトが大きいと感じることもままあります。この観点からも、おやじさんのオーディオと音楽への認知の深さとその調整の経験値の高さや引き出しの多さが見て取れます。

因みに蛇足になりますが、私は使いこなしや調整というものを手放しで礼賛する立場ではありません。むしろオーディオは機器を選択してほぼ完了というもので然るべきだという考えです。実際にそれで素晴らしい音楽を奏でている方々もいらっしゃいますし、自分も本来そうありたい人間です。しかし、現実に現代ハイエンド機器を自分で本気で真剣に使用していて、残念ながらオーナーによる調整が少なからず必要であると特にこの1年余りで痛感したからこそ、前述の書き方になっています。(Accutonのダイヤモンドツイーターからストレスの無い音を出すのは本当に大変で何度も心が折れかけています・・・)そして、そういう面からも現代ハイエンドオーディオの現状にはやや懐疑的な立場でもあります。聴感上、より好ましい再生のためにオーナーの調整によるウェイトが一定以上あるという事実は、機器そのものの不完全性や、機器と音源との親和性の乖離を表しているとも言えるからです。(また長くなりそうなのでこの話はここのあたりで終わらせます。)







おやじさんの音楽世界の特徴として感じるのは、音源に元々存在する枠からはみ出る楽しさや驚き、ワクワク感があることです。音楽がピチピチと活きていて、聴いている人間に楽しさや喜びを運んできてくれます。「この音源はこんな表現も聴けるのか!」「こういう繋がり方をするのか!」といった新鮮な驚きと喜びを聴取者にもたらします。そして聴くにつれて、「次はどんな表現が飛び出して来るのだろう?」とワクワクしながらどんどん音楽にのめり込んで行くのです。実際私もこの日持参した山の様なCDやレコードを夢中でとっかえひっかえ聞かせていただきました(汗)

高域にややピークを感じる帯域がある等の細かい瑕疵は散見されますが、そんな事はこの音楽世界では問題になりません。いや、もっと言うとそんな細部の瑕疵を問題にするという行為自体がこの音楽世界を理解していないことの裏返しとなってしまう様にさえ感じました。「そんな細かい所に目を向けずに、それと引き換えに手に入れているこの飛び跳ねる様な音楽を楽しもうぜ!」こう言われているように感じます。

誤解を招きかねないので補足しておきますが先に「枠からはみ出る」「細かい瑕疵がある」と書きましたが、音源に入っている音楽の印象を根本からガラッと改変してしまうものではありません。ベースとなるバランスは良く、落ち着いて音楽に身を委ねて楽しむことが出来ます。押さえるべきポイントはしっかりと押さえてあります。音源をプレイバックするという意味でも大枠では違和感は無く、だからこそこの音楽世界においては細かい瑕疵は気にするべきではない思わせられる確かな説得力があります。

そんなおやじ邸の音楽世界の細かい事を問題にしないスケール感は、最終的には部屋という器の質と量に帰結している様に感じます。巨大なエアボリュームがあり、かつ嫌な癖がなくデッドでもなく音の抜けが良いこの部屋だからこそ、細かい瑕疵よりももっと大枠の音楽の活きの良さや説得力の方を聴取者は大きく感じ取ることが出来ますし、だからこそ後者にウェイトを置いた調整が有効であり、実際おやじさんもそういう調整をされていると感じました。それがこの日の聴き始めに「土台からしてやっている事が違う」と感じた所なのでしょう。

しかしそれにしても、これだけ枠から飛び出す楽しさ・ワクワク感を出しつつ、押さえるべきところはウェルバランスに押さえるそのセンスは簡単に真似が出来るものではありません。オーディオに関する色々な試行錯誤の積み重ねの結果得られた膨大な経験値と、音楽鑑賞に関する経験値、それら2つを自分システムに昇華しつつ、なお自分の枠に囚われず遊びを入れる度量の大きさ、良い意味での子供心・童心、そんなものを感じさせるおやじさんの音楽でした。

これは私の直感ですが、オーディオだけを、音楽(音源)だけを主眼に置いてやっていたのではこの調整は出来ない様な気がします。音楽(音源)主体ならば枠からはみ出ることを選択しないでしょうし、細かい瑕疵も調整の対象になります。オーディオ主体ならばこのベースとしてのウェルバランス感や安心して音楽を聴ける土台は縮小され、もっととんがった攻めの気配を感じさせるものになりがちです。オーディオも音楽もどちらも愛してかつ楽しむ、そんな懐の深い趣味人的な姿勢があればこそ、この魅力的な音楽世界を構築することが出来るのではないでしょうか。

完全には自分色に染めない。余白を残す。逆に冗長性を残す。その塩梅が絶妙です。そこに新鮮な発見や驚き今まで見えなかった楽しみがあります。これは私には無い引き出しであり、とても勉強になりました。思えば私は自分の持つ音源主体のバランス感覚に少し拘り過ぎていて、遊びや発展性が足り無かったのかもしれないなと考えさせられました。







さて、最初の方でおやじさんと私とは流派が違うと書きましたが、最後にその流派の面で私と比較してこの項を締めようと思います。

私は音源を主体に置いたオーディオを志向しています。(他人が聴いてどう感じるかは別ですが)出来るだけ脚色を廃し、音源に入っているものを大きく形を変えず過不足なく眼前に再現したいと思っています。そのため、個々の音源に寄り添った着地点を自分の経験に基づいて自分でイメージして調整するのですが、この日気づかせられたのは、その調整の中で細部まで「全て」を自分のコントロール下に置き、自分の考えるあるべき姿で再生したいと無意識のうちに考えていたという事です。指先まで、毛先までをコントロール下に置こうとするため、そこに遊びはなく、悪く言えば全ては予定調和に終わるとも言えます。


対するおやじさんは前述した様にオーディオと音楽の両方に主眼を置いたオーディオをされている様に感じます。ですから音源の要点を押さえつつ、その枠からはみ出た楽しさや驚きが得られるのです。ここに私は人間として、趣味人としての総合的な経験値とバランスの良さを感じるのです。


例えるならば、私は音源の録音の現場を眼前に再現する感じで、オヤジさんはその奏者をこの部屋に呼んで来て今演奏してもらう感じでしょうか。だからまるでコンサートに行ったかのような新鮮な驚きや感動が得られるのではないか、そう思うのです。









3. 音の印象

前項では、おやじさんの音楽を大掴みの「音楽世界」として自分が感じた事を書いてきました。続いて本項ではやや分析的に解析した「音」に関して散文的に書こうと思います。前項と重複する記述もありますが、そこはお目こぼしいただけると幸いです(汗)


< 部屋 >

スパーッと音が抜ける。部屋由来のお釣りを全く感じない。
音が上へと自然に上がって行く。
音が抜けるので体へのダメージが音量の割に非常に少ない。10dB以上低い音量の拙宅の方がダメージが蓄積される感覚がある。

デッドではないが、ライブでもない独特の聴き味。小ホールでのコンサート的でありながらホールの様に部屋の響きに溢れる訳ではない。やはり音がうまく逃げている。

帰って自分のシステムを聴くと過去最高に部屋のクセを感じる。つまりはそれだけX1おやじ邸の部屋が素晴らしかったという事。拙宅では音圧の高さを感じる。部屋に音が溜まる感じ。壁の石膏ボードの音もいつも以上に顕著に感じてしまう。


< 音像 >

現代ハイエンドのカッティングエッジを見せてくれる。音楽として安心して聴けるバランスの上で音としての魅力を高く感じる。

やや高域がキツい傾向。しかしこれが枠を飛び出した楽しさに繋がっており単純に瑕疵とは言えない。聞き味良く抑えるとかえって良さをスポイルしてしまう予感がする。

鮮度が高く鮮烈な表現が魅力的。聞いていて気持ちが良いし楽しい。しかし同時に深みや懐の深さも併せ持つ。

レンジは広いが中域のおいしい所の厚みとコクが素晴らしい。音楽を魅力的に鳴らすのに重要なポイントをきっちりと手厚く押さえられている。

定位は大味ではなくキュッと収束するが、口だけ・手元だけではなく、体全体を等身大に感じる。それでいてディティール表現も併せ持つ。送り出しの情報量の多さとそれを出す調整の巧みさがある。


< 音場 >

音場の広がり方が一般のオーディオという枠を軽く飛び越している。どちらかと言うと小ホールで生演奏を聴いているかのようなイメージ。最初はその世界の違いに自分の感覚をアジャストするのに時間がかかる。既存の自分の中にあるオーディオのイメージを一旦取っ払って真っ白の状態でこの音楽世界を受け入れることが必要。やっていることが土台から違う。

音場は広大に広がり定位もスケール大きく定位する。特に高さ方向が素晴らしい。しかもこれだけ高く上がりつつも下がお留守な感覚が出ない。機器自体の高い実力と電源含めたオヤジさんの調整の賜物。

前後方向の定位表現や音場の広がりがややアバウト。


< その他 >

あちらが立てばこちらが立たずではなく、基本的にどんな音源でも鳴らすことが出来る。
素のままでは訴求力が不足する様な音源達を救いつつもエキセントリックには陥らないバランス感覚がある。嫌味にならない塩梅で機器による情報の補強を感じる。
これらは全ての音楽に対するおやじさんの深い愛情がベースに存在するように感じる。


<個別の印象(特に印象的だったもの)>

・800D3
低域は締まり良く弾ける。高域はスコーンと抜ける。高性能感はあるがそれが全面に出ていない。
中域が素晴らしい。厚みとクリーミーなコクがる。このスピーカーをして中域が魅力的に感じる鳴らし方をせしめるのは驚き。初めてこういう鳴り方をするのを聞いた。かといってスピーカーの本筋を曲げているのではない。弱点を補強しそれを魅力にまで昇華させる素晴らしい使いこなし。800D3シリーズを使っている方は聞いた方が良い。

・Alexx+
盤石のピラミッドバランス。派手さがないためB&Wから変更した直後は一瞬冴えないなと感じがちだが、その判断は間違っているとすぐに分かる。明らかにおやじさんはこちらがメインであることが分かる。出てくる音楽の安定性・スケール感・説得力がすこぶる高い。音楽がぶ厚い。固有の癖を感じず、音源に従って自在の表現力を示してくれる。使い手としてはこれほど信頼性の高いスピーカーもないのではないか。


・男性ボーカル
この表現力の素晴らしさたるや!厚みと深みとコクなど、聴いていて男性の声が魅力的だと感じるいくつもの項目を高い次元で兼ね備えている。個人的に男性の声が魅力的なシステムはそのシステムの成熟度がかなり高いと思っているがこの再生は素晴らしかった。








・カンターテドミノ(アナログ盤)
これは素晴らし過ぎる!!
パイプオルガンのキレとスケール感はもはやオーディオという枠組みを完全に超えている。
眼前に並ぶ合唱隊は等身大でかつ個々の描写も細部まで見える。おやじ邸の再生能力の高さが非常に良く分かった。


・Grandioso P1X
機器自体の性能もそうだが、オヤジさんの調整がハマっている。
ムターの自在の技術や表現力が手に取る様に分かる。
押し引き、緩急の表現力に対する追随性の高さを感じる。一本調子とは真逆。
音源が上手く魅力的に聞こえる様に巧みに情報を補強している。この点でMFPCとは思想が異なる。


・MFPC
おやじ邸はMFPCの弱点が露骨に出る環境と課題音源の様に感じる。おやじさんの調整が基本的に機器としての高い基礎体力を前提としたものであり、ここでは電源や筐体などの物量が一般的な環境よりも露骨に音に効いて来るように感じた。ここでこの音源を使っての対決はMFPCには相当厳しい。だからこそMF挑戦されているのであろう。


・オヤジさんとの会話で印象に残った言葉
「入れたら一か月は我慢。軽々に判断しない。」
「やり過ぎてから戻って来て、ちょうど良い所に落とす。」
「実際自分で使ってから、聴いてから判断する。語る。」
その他FM acousticsのパワーに関する話、アナログの静電気除去機の話、いちいち私の思っている所と同じであり、さすがと感じた。
音に関するバランス感覚・判断基準ともに確たるものをお持ちで、それは音を聴いてお話を聞けばとても納得できるものだった。
超ド級のシステムを運用されているがゆえにショップ等各所からの引き合いがあるが、芯はブレなく無駄なくしかし遊び心は残しつつ、多角的な判断のもと導入されている印象。超ド級の機器群の名前だけで、日記の文章だけで、偏った色眼鏡でもってオヤジさんのオーディオを判断してはいけない。



4. 改めてオフ会を考える

今回は得るものがとても多いオフ会でした。というのも、何度も書いている様に、おやじさんは自分とは土台も方向性も異なるオーディオをされているからで、だからこそ新鮮なもの、自分の中に無かったものを色々と見ることが出来ました。しかもベースのバランスはしっかりとされているため、余計な事に気を取られずに安心して聴くことが出来た事も大きいと感じています。
おかげで自分のオフ会というものへの心構えや、更には音楽とオーディオに対する自分の姿勢について、改めて振り返る良い機会になりました。


ちょうどよい機会なのでオフ会について少し書きます。
私はオフ会の際以下のサイクルを意識しています。

①その人の音楽世界に浸かり込み出来るだけその人になったつもりで聞く、自分の中に無い音楽の聞き方・鳴らし方・楽しみ方を学習する。

②帰って訪問宅の音に慣れた耳で自宅の音を聞く。

③自宅の音を訪問宅の観点で再認識しつつ、逆説的に訪問宅の音を自分の音の観点から更に深掘りする。

④これらによって自分へのフィードバックと訪問宅の音楽世界の解釈および音の解析の精確性を向上させる。

⑤このサイクルを繰り返し自分の感覚とシステムを常にブラッシュアップさせる。


私の今のオーディオの再生はこのサイクルを何度も継続してたどり着いたものであり、従ってこれまでに交流させていただいた全ての方々の音楽を糧にさせていただいています。どの交流も何かしら得るもの気づくものがあり、オフ会は私にとって欠かすことの出来ないものになっています。


オフ会をはじめとするオーディオファイル同士の交流は単純に楽しいですし、お互いのオーディオを前進させる良いチャンスでもあります。しかし、実りある交流をするためには、お互い音楽とオーディオを愛する仲間であるという認識がまずベースとして必要だと思っています。それがあればお互いに同好の士としてのリスペクトが生まれ、議論も建設的な方向に進みますし、信頼関係が築ければさらに踏み込んだ議論が可能となって得るものも大きくなります。この日のおやじさんやMFさんの所作を拝見し、改めて良好な関係を構築するお互いの心持ちや相手に対する心配りの大切さを学びました。そして自分もそうありたいと深く思いました。



5. あとがき

最後に、X1おやじさん、MFさん、改めまして今回はありがとうございました。
時に真面目に、時に馬鹿になりながらオーディオと音楽を楽しむ。趣味や遊びというものの勘所を分かっている大人の楽しみ方を感じました。
音楽についても持ち込み音源の何を再生しても大きな違和感が少なく、それよりも大きな新鮮な気づきや楽しさが感じられ、純粋に趣味としてのオーディオを心の底から楽しめる貴重な時間と経験を頂戴しました。もし近くに住んでいたのならば、厚かましくもしょっちゅう押しかけて色々な音源を再生させていただくことになっていたに違いありません(笑)
遠方なのでなかなかそうもいきませんが、是非また訪問させて色々とお聞かせ下さい。今後ともよろしくお願いいたします。

最新のレビュー/コメント

AK120-64GB-BLK

IRIVER

AK120-64GB-BLK

直販サイト価格¥129,800(税込)

発売:2013年6月上旬

製品DBで詳細を見る

この製品にレビュー/コメントを書く

ほかのユーザーの登録・投稿を見る

1に携帯性、2に音質

2013.6.27記述

もともと気にはなっていたのですが、発売直後に在庫があったため長期出張の渇きを癒すため購入してしまいました。
私は3年前まではヘッドホン派でしたが、最近のヘッドホン・イヤホン・ポータブル市場には疎いです。あくまで据置SPシステムメインの人間が通勤用としての用途のみを考えたインプレと思って下さい。
現在の使用時間は50時間程度、エージングは10時間程度で初期段階を抜けて、その後は安定してあまり違いは感じていません。



1.AK120という製品の解釈

このDAPはとても立ち位置が微妙で、人によって評価がかなり変わってしまう製品だと感じる。その一番の原因は128,000円という価格だ。
正直言ってスペックだけを単純に見ると高いと思う。iPodを持っている人間から見るとこの価格なら2段3段の高級ポタアンを組み合わせた運用が可能であるし、単体DAPではHM-901というスペック上は明らかに上位の製品が同価格帯に存在する。(未聴のため音質比較は出来ません)
従って音質のみを考えた場合、コストパフォーマンスが良いとは感じにくい。


しかし、視点を変えてやると魅力的な製品になる。一番のセールスポイントはその小ささによる携帯性の高さだ。

私は3年前はiPod+iQubeを使用していて音質には満足していたがその大きさによる携帯性の悪さに挫折。割り切ってその後の2年間はiPhoneのみの運用。今春に音質が諦めきれずHP-P1を導入して2段生活に出戻りしていた。しかし、やはり2段は大きい。胸ポケットに入らないため満員電車の中では満足に使えず、折角の高音質が発揮出来るシチュエーションが限られしまい不満を募らせていた。
これらの経験から、私はポータブル環境は音質よりも携帯性が重要という考えとなっている。
携帯性を重視したいが音質も捨てたくないという考え方にこの製品はドンピシャなのである。

また、ソフト的な仕様も魅力的だ。
まずクラシックメインの私には必須のギャップレス再生機能が付いていること。据置のネットワークプレイヤーでもそしてDAPでもなぜか驚く程ギャップレス再生が可能な機種は少ない。
そしてDSDを含む全てのフォーマットに対応するという点も使用者の自由度を高めるという点で嬉しい点だ。


この様に、携帯性を軸とした総合力という点でこの製品を見直すと、価格は高いがなるほどその価値もあるのかな、という評価も出来るのではないだろうか。



2.音質

それでは音質についてインプレを行う。

現環境
AK120 → AUDIOTRAK SR1 → SHURE SE535



旧環境(比較対象)
iPod Classic → VentureCraft V73J2AK → Fostex HP-P1 → AUDIOTRAK SR1 → SHURE SE535



基本的に旧環境であるHP-P1との比較論になっているが、私個人の好みによる評価や拙宅据置システムを基本とした評価も加味したものになっている。ご容赦いただきたい。



音色はカッチリとしていて暖かくも冷たくもない、ニュートラルな傾向だ。真面目な日本的音作り(メーカーは韓国だが)で、据置で言うとアキュフェーズの様な傾向だと感じる。いや、アキュフェーズよりも更に遊びがない感じか。メーカーとしての音作りを全く考えず、素のままを出そうという意思が感じられる。個人的には下手に音作りをするよりも好印象だ。

帯域バランスはフラットだ。低域が厚めだという評をどこかで見たが、私はあまり感じなかった。むしろクラシックを聴くのであれば物足りない位だ。しかし、HP-P1との相対的な評価となると低域が厚く(特に響きが厚い)沈み込みもよい。

しかもこの低域の表現力がとても良い、これは特筆すべき点だと思う。低域だけではないのだが、このDAPは音像の芯から倍音や響きに至るまで潰れずに丁寧に滑らかに表現出来ている。特に弦楽器の低域やピアノの低域の表現力はとても良く感じた。

音の線は細めだが芯はキッチリとあり、細すぎて芯がやや物足りない感覚ではない。個人的には太さは良いがもう少し厚さを感じさせてくれると尚良い。

倍音成分や空間の響きも豊富に再生出来ており、HP-P1と比較して音場はかなり広く感じる。左右のセパレーションも良く、音場の広さに一役買っている。流石はデュアルDACだ。

HP-P1との大きな差は背景の静寂性で、音場の見通しが良く音像がより鮮明に浮き上がる。また、解像度や音の分離もすこぶる良い。かと言ってエッジを立てて無理に解像感を演出しようとしている感覚もない。


ここまで褒めてばかりだが、欠点もある。
一番気になるのは音がカッチリとし過ぎていてしなやかさに欠ける点だ。細部を潰さずに滑らかに表現する力があるのだが、カッチリしている音のためどうしても音が縦割りになってしまい有機性を感じられない。音楽よりも音を聞いてしまいがちになる傾向だ。ただ、この点は私のケーブルSR1も影響している様な気がしている。ゆくゆくはよりしなやかで有機性を感じられるケーブルを吟味して変更したい。
また、これは好みの範疇だがあまりにフラット過ぎる。もう少し低域と中域を盛った方が全体的に安定感が出て音楽が楽しく聞けると思う。だがこの商品のコンセプトが「持ち運べるモニタリング環境」なのでこれはただの難癖か。



3.使用感

ここまで2週間使用してみて概ね満足出来る使用感である。一度もフリーズやバグには遭遇していない。安定性は合格点を与えられる。

タッチパネルは小さめでレスポンスもやや悪く、iPhoneの様にスクロールもサクサクとは行かないがストレスが溜まる程ではない。ただ、左上の戻るボタンが押しにくく、しばしば誤って違う操作をしてしまうことがある。

横から突き出しているボリュームは、胸ポケットに入れる私の使用方法ではロックしなくても一度も誤作動を起こしたことはない。ただしダサい。

iPhoneと違って側面の物理ボタンで再生、一時停止、曲スキップが可能なのは個人的には嬉しい点。

付属の本革製カバーは質感も良く、手にも馴染み易い。



4.まとめ

纏めると、この製品は音質という一点のみで考えるのではなく、音質プラス携帯性・ソフト的な対応力の高さ・操作性という総合力で考えてやるべき製品だと感じた。そして、その総合力に価値を見いだす人間ならば導入しても不満はないのではと感じる。それほど音質も良い。

最後に、この製品は音質傾向にせよ、総合力を売りにする製品作りにせよ、いかにも日本のメーカーが作りそうな製品なのだが残念ながら日本のメーカーの製品ではない。私が無知だからかもしれないが、現状このレベルで高い総合力を誇る製品は他に見当たらないため、今後日本のメーカーにも頑張って対抗商品を作って欲しいと思う。特に音作りを放棄した製品であるため、上手い聞かせ方をしてくれるものが対抗商品としてあると個人的に嬉しい。○ニーさん、いかがでしょうか?

【SPEC】●内蔵メモリー:64GB ●対応記録メディア:microSDカードスロット×2 ●周波数特性:20Hz〜20kHz(±0.02dB)/10Hz〜70kHz(±0.2dB) ●S/N比:113dB ●クロストーク:-128dB ●THD+N:0.0008% Typ ●クロックジッター:50ps ●IMD:0.0005% ●インピーダンス:3Ω ●インターフェース:USB 2.0端子/光デジタル入出力端子/ヘッドホン出力兼用光デジタル出力端子 ●対応フォーマット:FLAC/WAV/ALAC/AIFF/FLAC/WAV/ALAC/AIFF ●外形寸法:約59.2W×89.1H×14.4Dmm ●質量:約144g

マイルーム

家族で音楽に浸れる空間を目指して
家族で音楽に浸れる空間を目指して
持ち家(マンション) / リビング兼用 / 16畳~ / 防音なし / スクリーン~100型 / ~2ch

<最新マイルーム> 2019.7.20 まだまだ状況は落ち着かないものの、交流の予定もあり、現状をさらっと晒します。 <現有システム> [Transport] Marklevinson No.31.5L or DELA N1AH30/2 or MF PC (2018 winter) ↓ [DAC] Marklevinson No.30.6L or Lavry DA …

所有製品