Arc Acoustics
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ワタシハオンキョウチョットデキル  生まれ付いての不精者で飽きっぽいので多分大した事書きません。 訂正やご要望などのご用件は是非メッセージにてお寄せ下さい。  拝読した上で妥当なご指摘や内容…

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例えば一般化した議論に於いてラウドスピーカーに“良い音”を求めた時、それは何を示すのだろうか?

ラウドスピーカーに求められる“良い音”とは、言わずもがな良い主観評価を得られる音であろう。
そしてラウドスピーカーに求められる“良い物理特性”もまた、良い音、良い主観評価を得られる特性である。
つまり、物理特性やその評価の基準は、聴く者が覚える感覚その物にあるのだ。

しかし乍ら人間の感覚は生得的に極めて不安定(*)である。
例えば35年程前のある実験では、同じラウドスピーカーを聴いた被験者はグリルの色によって異なる印象を報告した。
赤いグリルは良い低域を、青いグリルはクリアさと広がりを… 感覚を直接的に扱う事の危うさは想像に難くないだろう。
従って、良し悪しを評価するためには、盲検法や統計処理により人間の持つ不安定性を排さなければならない。
そして、得られた物理特性と人間の真の感覚との相関は、感覚を対象とした機器の設計に於ける確かな道標となるのだ。
(*仮に感覚が安定していたら環境の変化に順応出来ないので、感覚の不安定さは生物が“獲得してきた能力”でもある)

しばしば物理特性による評価は人間の持つ感覚を蔑ろにしているかのように言われるが、寧ろ心理音響の評価のプロセスは他の科学と同様に、実現象や感性に最も忠実であろうとする営みである。
他方、ノイズに塗れたサイテッドでの個人の印象を過信するのは非常に危うい行為であり、正しい結論に達するのは極めて困難であると言えよう。


さて、15年程前、米ハーマンの研究所のショーン・オリーブ博士主導の下で行われた大規模な主観評価実験により、主観評価のスコアを予測するモデルが算出されている。
これは16kHzまでの軸上特性の滑らかさと、軸上及び初期反射音、パワーレスポンスから算出する室内応答の滑らかさ、そして低域の伸長の3要素から求める数式で、ダブルブラインドテストによる主観評価と、この主観評価の予測値は実にp≦0.0001の有意性とr=0.86もの相関を持つ。(*)(AES Paper 6190)
テストに使われたラウドスピーカーは、小型から大型まで、ダイポール型や(共振が多く指向性が大きく暴れている)静電型といった特殊な物までもを含む事から、それなりの汎用性を持った指標と言えるだろう。
(*因みに小型のスピーカーに限った以前のモデルでは、0.995もの相関を持つ)


このPreference ratingや、その元となるSPINORAMAプロットは比較的“目新しいもの”として扱われがちであるが、実は歴史を遡ると1985年頃の時点でカナダ国立研究機構(NRC)の研究者により、ラウドスピーカーの主観評価が、フラットな軸上特性と滑らかな指向性が齎す滑らかな室内応答、そして低域の伸長という3要素と強く結び付いている事が示されていた。
研究者の名前はフロイド・トゥール博士、後に後進のオリーブと共にハーマンへと移り、ラウドスピーカーやヘッドホンの評価手法を大きく前進させ、ハーマン傘下に限らず世の製品の改善に貢献した、生けるレジェンドとして知られる。

閑話休題、先述の3要素が極めて重要である事は、然程不思議では無い。

半世紀前のバロンの有名な図(JSV15)にも示されていたように、人が知覚する空間印象が、初期反射音の到来するタイミングと強さ、そしてその到来方向(主に両耳間相関度)により変化する事は以前から知られていた。
ソースに含まれる空間情報を乱さずに知覚するためには、先行音と初期反射音の間に一貫性を齎す滑らかな指向性が求められるのは感覚的にも当然と言えよう。

またソースが必要とする範囲で、十分な帯域が確保されている事も、当然の要求である。

しかし、指向性と再生帯域がラウドスピーカーという放射体単体に求められる性質であったのに対し、ぱっと見では最も自明と思われるフラットな軸上特性には、実は録音・製作環境がフラットであるという前提条件が必要になる。
と言うのも、モニタリング環境とは逆のスペクトルバランスが音源に表出する事をボルハが報告したのは1977年なのだ。
製作環境と再生環境の間に齟齬が生じると、このようにオーディオという業界全体が捻れた構造になってしまうため、製作と再生双方にある程度一貫した環境の基準が要求される。
幸いにして現代ではある程度ニュートラルな製作環境が整っているため、再生側でもフラットな特性が基準*である。
(*但し、低域への要求に関しては個人差が見られる事、加齢性難聴が進行した層がブライトな特性を好むようになると示されている事からも、個々人の再生ではフラットに固執する必要までは無いと考える)


このように、フラットな軸上特性と、滑らかな指向性が齎す滑らかな室内応答、そして低域の伸長という3要素から、嗜好の度合いが定量的に予測出来るようになったのは比較的近年であるが、しかしこれら3要素それぞれの重要性はかなり古くから知られており、現在に至るまで覆されてはいない事がお分かりいただけたであろう。
そしてその3要素は設計に於いて概ね独立であるから、Preference ratingの予測モデルが無くとも目標とする特性は不変な筈である。
従って、良い音、良い特性を標榜するのであれば、これらの3要素(若しくは整った特性の機種を含む広汎なサンプルを対象とした主観評価実験に於ける高い評価)はこの数十年に亘り達成すべきと考えられてきた最低限の“基本性能”、“必要条件”であり、どれが欠けても“良くない”と評価せざるを得ない。


立証されていない様々な“独自理論”を拠り所に良い音、良い特性を標榜する者は多い。
確かに十分な基本性能を与えた上で、設計者の拘りやロマンを注ぎ込むなら結構な事であるが、私の知る限りでは例外無く3要素を十分なレベルでクリアしていない、“良くない”設計である。
そして“独自理論”は往々にして、基本性能に抱える欠陥の言い訳にも使われる。
独自理論とやらが既に立証された基本性能に優先し、しかも基本性能とコンフリクトする事を示しているのであれば大いに傾聴する価値があるが、勿論そんな例は無い。

「型がある人間が型を破れば型破り、型がない人間が型を破れば形無し」とは、子ども電話相談番組での無着成恭氏の言葉だそうである。
せめて“独自理論”を主張する者に、基本性能をクリアした設計を行う能力(型)があれば救いもあろうが、その実ただの能無し(形無し)ばかりなのだ。

彼等は素人目には尤もらしく聞こえる(かも知れない)文句を並べているが、科学的な見地から申し上げれば、何の根拠も示さずにスピーカーが白ければ白い程音が良いと高らかに“宣言”し、出鱈目な特性のスピーカーをただ白く塗りたくるのと何ら変わらぬ愚行に過ぎない。


真に良い何かとは如何なる物であるのか。
我々が本当に求めているのは、“必要条件”では無く“十分条件”である。
その問いを突き詰めた時、その先は自ずと何かと対峙する我々を向く。
我々は如何にして音を“解釈”しているのか?
その途は果てしもない。

この半世紀近くに亘り、先に挙げた3要素は、少なくとも良いラウドスピーカーには欠かせない“必要条件”だった。
しかし明日の科学では覆されているかも知れない。
科学の本質とは、主張が真に正しいか否かでは無い。
正しくあろうとする人の生き様その物である。
だから、実現象や感性に忠実であり続け、そして今も歯を食い縛って愚直に答えを求め続けている者の言葉だけが重みを伴うのだ。


若し皆様の中にも安易に良し悪しを語っている方が居られたなら、それが本当に科学的な姿勢であるのか、今一度自問して頂きたいと願う。

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