日記
第185話 仲道郁代のピアノ教室
2010年08月29日
今月からNHKで始まっている、ピアニストの仲道郁代氏によるピアノ講座は、音楽に疎い私にはとても参考になっている。特に譜面に書かれた音符を、いかに感動できる演奏に変換するかという話は、演奏者の立場を垣間見られて興味が尽きない。
そんな面白いお話をされている仲道氏のコンサートが、今日、横浜の音楽堂で行われたので参加してみた。主に子供たちを対象にしているだけあって、会場はチビッコたちで溢れかえっていた。なので正直、あまりコンサートの内容には期待してなかったが、結果は最高に面白かった。最も面白かったのが、ショパンが使っていた同年代のピアノと2010年製のヤマハのピアノの弾き比べだった。
ショパンが使っていたピアノは、1839年製のプレイエル社のモデルだそうで、現在はパリで保存がされているという。一方、今日音楽堂で使われたのは、同じプレイエル社のモデルで、こちらは1846年製でショパンが36歳の時に作られたものだ。
このプレイエルのピアノの音色は、現代のピアノと比べると音が小さく、またレンジも狭めで中域を中心にしたものだった。このプレイエルと現代のピアノとは、何が一番違うのかというと、まず弦の張力が違うという。2010年製のヤマハでは、
一つの弦当たり約70kgもの張力があり、ピアノ全体では20tになるという。対してプレイエルはその半分である25~30kgしかないそうだ。この張力の違いは音の大きさと関係があるそうで、結論からいうと大きいほうが音が大きくなるそうだ。現在のようにホールで演奏することが前提の音楽会では、これくらいの張力がないと、聴衆に音が届かないのだろう。また、プレイエルとヤマハでは、前者の弦が真っ直ぐ伸びているのに対し、ヤマハは低い音の弦と高い音の弦が交差する形をとっている。この弦の配置が実は低音の出方に大きく影響しているという。プレイエルは低い音の弦はそのままピアノの側板に沿って伸びているが、ヤマハは右側に向かって張られているので、ピアノの中心に弦が来ている関係で、全体に音が響くので音が大きくなるそうだ。ちょうど太鼓も際よりも中心を叩いた方が大きな音が出るのと同じだという。こう書くと、プレイエルには現代のピアノと比べ何も工夫がされていないのかと思ってしまうが、そんなことは無かった。ひとつはハンマーにある。ヤマハのハンマーには、弦に当たる部分には羊の毛で作られたフェルトが使われているそうだが、プレイエルにはハンマー全体に羊の皮が貼られその上に羊のフェルトが取り付けられているという。もともとシューベルトの時代には、皮のみのハンマーが使われていたという。しかしより音を大きくするために、フェルトが使われたそうだ。このプレイエルのハンマーは、シューベルト時代の音色とヤマハにつながる現代のピアノのちょうど良いとこ取りみたいな性格があるという。また鍵盤やハンマー部分のアクションと呼ばれるパートを、ピアノ本体から引き出して見せてくれたのだが、プレイエルとヤマハでは、その構造は全く異なっていた。プレイエルでは、鍵盤の動きがダイレクトにハンマーに伝わるとてもシンプルな仕組みに対し、ヤマハはとても複雑な動きをしていた。実はこのアクション部の違いが、ショパンを演奏する上でとても大きな影響を与えているという。プレイエルでは鍵盤を押して(5ミリのストロークだそうだ。因みにヤマハは10ミリ沈むという)ハンマーが弦まで上がり、鍵盤から指を離してハンマーも下がる。しかしハンマーが完全に下に戻る前に、いくら鍵盤を押しても音は出ないという。ヤマハではこの点が改善されていて、ハンマーが下に戻る前に鍵盤を押しても、ちゃんと音がでるようになっているそうだ。この違いがトリルに大きな影響を与え、要するにショパン時代のピアノでは、「トゥル・トゥル・トゥル」といったトリルは、ユックリ弾かないと音が出ないのだ。現在のスタインウェイやヤマハのようなピアノで演奏されるショパンは、必ずしもショパンが思い描いたイメージではないという話だった。
会場では、ノクターンや子犬のワルツ、幻想即興曲に英雄がそれぞれプレイエルとヤマハで弾き比べをしてくれたが、非常に参考になった。プレイエルは音が小さいので、繊細の音が大きな音に掻き消されないので、より表情が豊かにそして滑らかに感じられて、ハッキリ言ってショパンは、全部プレイエルで聴きたいと強く感じた。特に「革命」ではショパンの怒りが左手に込められているが、それがヤマハではいとも簡単に、サラッと表現されてしまうのだ。プレイエルでは、もう、そんなに強く弾いたらぶっ壊れるじゃね~かといった悲鳴が、逆に怒りとして感じられ、聴く者にある種の共感を呼ぶと思うが、ヤマハではこの強いパッセージも軽がるしくこなしてしまうので、あまり強烈な印象が得られなかった。
最後に語った仲道氏の話では、このプレイエルを使ったレコーディングが先日行われたそうで、近い内にこの音色が再び聴けると思うと楽しみである。