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日記

石野竜三・朗読劇「怪談 牡丹灯籠」[往]

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2012年11月26日

 先日の東雅夫氏の講義の後を受けて、本番組である石野竜三氏による朗読劇を25日15:00の最終回で鑑賞。イベントの最初と最後だけ参加となる。
 東氏とは客筋が違うらしく、男性は少なく40過ぎの「おっさん」もいない。ほとんど20代とおぼしき女性で、せいぜい30代までだろうか、前回の朗読劇でも似たようなものだったことと、客席はほぼ真っ暗なので気にならない。多分、パラボリカ・ビス本来の客層だろう。
 自宅から会場まで乗り換えは一回だが、1時間以上かかるので、東雅夫氏編纂の怪談集『私は幽霊を見た 現代怪談実話傑作選』<メディアファクトリー>を購入して(アマゾンで前夜おそくに注文したら翌朝に届いたのには驚いた)読みながら往く。内容はアマゾンのレビューアーの「直いい親父」氏がまとめられている。東氏の編纂の妙は実話怪談ということで怪異や話者の状況を複数の視点、連鎖で語らせようとしていることだ。急死した牧野吉晴と、その寝室(執筆場)の謎を書く富沢有為夫、旅館の離れで怪異現象を共有した三浦朱門と遠藤周作、不思議な一致が繋ぐ徳川夢声と池田弥三郎など。また、遠藤周作の話を聞き、「おめえ」「またウソを言う…」との台詞で登場する柴田錬三郎[1]の怪談作品も収録する。

 収録作品のひとつ、徳川夢声の話を読みながら、「アアこれか」と思った。
 というのは、15年以上昔、北総レール倶楽部というサイトで、今は大幅に削除されてしまったようだけれども、北総夜話という鉄道にまつわる事故、不思議、怪談話を集めたページがあった。事故では近鉄花園駅の衝突事故、北陸トンネル急行きたぐに火災事故、青函連絡船沈没などを扱っていた[2]。怪談編として、踏切少女の悲話や定番である客が消える話などがあり[3]、そのひとつとして徳川夢声のこの田中河内介の話があった。たまたま最寄り(でもないが)駅を通る小田急線がネタに含まれていることもあり、座間駅のクダリなど深夜に読むといい気分になったものだった。魅力的な話のまくらを語り終えたところで怪談の話者が急死してしまい、本題がいかなる話か誰も知らないという形式。これも怪談の定番パターンであり、小松左京の「牛の首」が有名だろうか。
 久しぶりにサイトを訪問して、店頭に通っていた頃を思い出し、そういえば代表の奥さんが扱っているドールハウスも同居していたことを思い出した。怪異と人形、つながりがあるのかもしれないことはないようなあるような気がしないわけでもないわけでもない。
 そして、柴田錬三郎の実話とも創作ともつかない話では、シバレンの切れ味を30年ブリくらいに堪能した。眠狂四郎シリーズなどを中学時代に読んだ記憶がある。本作も、眠狂四郎シリーズが推理小説の側面をもっているのと同様の構成となっており、強面の前任者達が次々と逃げ出してしまうある寮の舎監に据えられた主人公の「ナンパぶり」と鮮やかな謎解きにシバレンダークヒーローの面影を見た。筋金入りのナンパはいかなる状況下でも硬派と違い、しなやかで折れないということだろう。
 昨今、亀井静香氏に「お前ひとりで死ね!」と罵倒された変人、石原慎太郎の作品の後(この人達も昔から変わらないナァ、2人でドツキ漫才でもやっていたほうがいいんじゃないか。)、最後を飾るは稲川淳二の「生き人形」。非常に尺の長い話で講演ではこれを話すと他を話す時間がなくなるので滅多に話さなくなってしまったこと。また、後日談があるものの、関連した人死にがあまりに多い話なので氏が封印してしまったためナマでは聴けなくなってしまった。この話を読んで、ふとおもったのは、東氏の講義において「日本の言文一致の形、二葉亭四迷の『浮き雲』の源流が三遊亭圓朝の聞き書きにある。ただし、書いたものは圓朝の語りとは比べものにもならないほど落ちる、ということでも有名だったらしい」という話があった。今野氏がすかさず、「(ネタ、技を)盗まれることをおそれて変じて話したのだろうか」とつっこんだところ、「それはあるかもしれない」と東氏は答えていたが、本作を読んでいるウチに、そうではないのかもしれないと思った。怪談は、談じてこそ生きる。読んでは死んでしまう。記述された「生き人形」は確かに「生き人形」の話なのだが、怪異めいた雰囲気は消えてしまい、別モノのようだ。結局、今野氏の質問「圓朝の録音は残っていないの?」というところに話は落ちてしまう。間合いを演じ手がコントロールしてこその怪談は、文字の羅列になってしまうと儚いものだ。

 秋葉原の隣の駅、浅草橋に着き、柳橋病院前の会場へ。
 受付時刻を確認したあと、江戸通りに戻り喫茶店で時間を潰す。
 東氏の談義のときには時間の潰し方に見当がつかず、建屋内に匣?の展覧会があったが、非常に小規模なものであったことと、見始めて2,3分で会場設営のため(展覧会とイベント会場が同じ)出ていかざるをえなかったので途方に暮れた。人形(少女)の入った匣というと京極夏彦の『魍魎の匣』を想起するのは一般的だろうが、オーディオ関連だと、LS3/5aのエンクロージャーに丁度良いサイズかな。けど、板が合板でないのでちょっとダメかな?とかどうでもいいことを考えてしまう。若い女性向けにparabolica-bis LS3/5aというのもありえそうなブランドか。昼でも薄暗いショップなので、青くグロー放電がでるような球[4]で鳴らすと雰囲気がでるかもしれない。
 通りまで戻らず、会場近くに茶店でもあればいいのだが、まだ見つけていない。
 
[1]p.130 遠藤と柴田の掛け合いは狐狸庵物を手がけた遠藤らしい軽妙さ。
[2]いくつかは残存しているようだがサイト管理者の本意ではないだろう。
[3]このパターンは現在も根強く残っており、最近では「ファンキー中村」氏、「いたこ28号」氏、「雲谷斎」氏が語っている事例がある。
 怪談「二両編成
 ※石切の話は1946年の旧生駒トンネル火災事故の関連だろう。
[4]http://www.geocities.jp/tu879r/sub5.html

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