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東京都在住のオーディオマニアです。リビングオーディオです。狭いスペースを与えられてやっています。MPS-5,Marklevinson No32Lなどを愛用中。クラシックはほとんど聞かず、ポップス、ラッ…

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日記

Audio Note オーディオノート KSL-LPz 銀線RCAケーブルの私的レビュー:とある「見かけ起こし」のケーブルについて

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2011年12月05日


オーディオでは「見掛け倒し」というのはよくあるが、
その真逆もある。
「見かけ起こし」とでも言おうか。
最近の「見かけ起こし」の
典型的な例の一つが
Kondo Audio Noteオーディオノート製、
KSL-LPzというRCAケーブルである。
外見は、普通の細身のケーブルに過ぎないが
独自の音質的ベクトルをもち、
高度にバランスが取れた音調は、その価格に十分に見合うもの。
確固とした個性を持つケーブルであり、
先にレビューしたサイデラのケーブルとは、
その意味で対極に位置するかも知れない。
このあまり知られていないケーブルの、知られるべき音質について、
とりあえずは私的レビューしておきたい。
これほどの音質をもつものにして、
詳細なレビュー、ほぼ皆無というだけに、
詳しく試聴した者がレビューを上梓することは義務に近いとさえ思う。

外観:
いたってシンプルだ。
全く普通のRCAケーブルにしか見えない。
少し変わって見えるのはオリジナルのRCAコネクターぐらいだ。
これは滑り止めの加工がしっかりとついていて差込みやすい。
しっとりと、
そしてしっかりとアンプ側の端子に食いつくコネクターで、
不意に抜けることは考えにくい。
個人的には、最近の高級RCAコネクターについている
ねじ込み式のロックがついていないので、好感が持てる。
あのロックは狭いところに端子を差し込むとき、
あるいは抜くときに非常にやりにくい。
場合によっては回しすぎて
部品自体がケーブルから外れてしまうことすらある。
差込みが緩くなりにくいようにさえなっていれば、
あのロック機構はないに越したことはない。
線体は黒いメッシュがかかった細身で極めてしなやかなもの。
取り回しはとても楽。
しかし、この線体はしっとりと重たい。
中身の充実が期待できる。

導体は高純度銀であり、
0.15mmと0.1mmという線径の異なる銀線を混合して配置し
全体として4芯編組シールド構造としている。
導体の周りは絹巻きされているというのだが、
これはもしかすると社員の方の手作業なのかもしれない。
シルクによる絶縁は石油から合成される化合物による場合よりも
音の質感や響きが適度に柔らかくなる傾向があるように思うが、
このケーブルで
シルクの音質的なアドバンテージが感じられるのかどうか、
注目したいところだ。

価格は1mでほぼ30万円。
購入時はメーカーに直接注文するらしい。
高純度銀が豊かに使われていることや、
シンプルな外観ながら
作りこみが激しいことなどを考えると妥当なのだろう。

ラインナップとしては
銀線の本数が少ない下位モデルKSL-VzⅡもあり、
12万円前後の価格という。
中国(台湾?)のサイト等からの情報から察するに、
こちらはより繊細な音を奏でるようだが、
今回はテストしていない。

なお、このケーブルのパッケージは変わっている。
ケーブルが入っている箱は正方形の普通の紙箱なのだが、
中では、日本の風呂敷が日本式の畳み方でケーブルを包んでいる。
そして、この風呂敷にはAudio noteのロゴが染め抜かれている。
このようなパッケージは珍しく、
特に外国のオーディオファイルは面白がってくれるのではないか。

音質:
以上のように、外見はごくごく普通というわけであるが、
その音質はやや尋常ではない。
これこそ「見かけ起こし」というやつである。
透明かつ繊細、そしてなによりも柔らかな触感が素晴らしい。
この音触の柔和さは格別で、他のケーブルの追随を許すまい。

ビロード、シルク、カシミアなど、この手の音触を喩える、
高級線維の名は多々あれど、
この触感を表現するにはまだ足りない。
敢えて言えばビキューナのコートのような、とでも言おうか。
ビキューナはアンデスに生息する偶蹄目であるが
その獣毛は自然界で最も細い繊維と言われ、
メジャーな高級自然繊維であるカシミアよりもさらに細い。
掴んでみるとまるで空気のように軽く、
そして暖かく柔らかいものだ。
これでコートを仕立てるのだが、
繊細すぎるがゆえに仮縫いができず、
やむをえず、近似の繊維であるカシミアで仮縫いしたのち、
それを型として、ビキューナのコートを一発で縫い上げるとのこと。
これはイタリアの仕立て屋が言っていた。
つまり、ビキューナのコートを注文すると、
全く同じ型のカシミアコートがもう一着ついてくるということ。

バブルが弾ける以前、青山のバー。
空気のように軽々とした、
ビキューナコートを纏った伊達男と時計談義をしたの思い出す。
その時触れた、彼のコートの感触が、
KSL-LPzのサウンドに最も似た印象だろうか。
(彼は今、何処に居るのだろう。)

どこまでも女性的に繊細で暖かく、柔らかに聴覚を包み込むこの音は
真に耽美的であり、時として儚い(はかない)。
また、
どこか嗅覚に訴えるようなところもある。
まさに薫るというか、
着飾った女性の隣に座ったときのような、
華やかな香水の香りを微かに嗅ぐようだ。
この優美な音質は、特に女性の歌声に効く。
人肌の温度感、柔らかさが、艶々と感じられると同時に
歌い終りの余韻、気配の尾を引くところの描写が秀逸である。

このケーブルは、音像を前面に出すタイプのように聞こえる。
特に音場を大きく広げるパターンで発声しない。
ボーカルはいつもより近くで聞くような印象になり、
今そこにあるような生々しさが強く感じられる。

高域はか細くデリケートであり、
空の高い方へ、
どこまでも音の粒子が拡散していくような独特の眺め。
どんな鋭い音でも、痛みとしては感じられそうもない柔和さは、
この高域の特長による部分が大きいであろう。
中域は限りもなくpureで透明度が高く、
地底湖にたたえられた、
緑青色の清水を見透かすようなビジュアルなのだが、
少しも冷たく感じないのは何故だろう。
銀線の効能というよりは絹巻きの効果ではないだろうか。
低域は解像度は控えめで、アタックはやや弱い。
しかし、純銀ケーブルにありがちな
ピーキーな不安定感は極少で、
しっとりとした安定感のある低域であり、
音は締まり過ぎず、
安心して身をゆだねられる側面もある。

確かに、銀独特のサラサラした音触ははっきりとあり、
人によっては細か過ぎて
好みの範疇から外れる場合もあると思う。
この個性はクラシック以外の音楽には
巧くハマらないという意見も出そうだ。
特にベッタリと濃いブラックミュージックは
ほぼ完全にアウトではないだろうか。
しかし、そうであっても、
このケーブルの素晴らしさは汚されることはない。
むしろ、それは褒め言葉に近い。

それにしてもKSL-LPzの音は良い。
特に人の歌声をフューチャーしたクラシック音楽の鑑賞レベルを
これほど引き上げてくれるケーブルはそうそうはないであろう。
クラシックをあまり聞かない私でも、これは分かる。
今日ばかりはオーディオの荒野にも
大輪の銀の華が咲き乱れ、孤独な旅人の心を癒すようだ。

まとめ:
総じてこのケーブルの音質傾向は
オーディオノートのアンプ群に見られる音質傾向と
全く同じベクトルであり、
オーディオノートのアンプの良さを
さらに引き立てるべく開発されたケーブルであることは明らかだ。
しかし、他のメーカーのアンプと組み合わせた場合に、
むしろ驚きは大きいかもしれぬ。
システムの音を一変させるという意図はないにしろ、
いままで全く聞こえてこなかった柔らかで官能的なうねりが
スピーカーやヘッドホンから繰り出されてくるのを期待できる。
こういう音の変化を
現代のケーブルやオーディオアクセサリーに、
あまり期待できないのは嘆くべきことだ。
世界中のオーディオアクセサリーの開発が
ほぼ全くと言っていいほど、
この方向性を向いていないからだ。

確かにこのケーブルは安くはない。
だが、このケーブルより高価なケーブルは
ハイエンドオーディオ界にはいくらもある。
一方、このようなニュアンス表現を持つものはほぼ皆無だ。
そう考えれば、
価格を含めても比類なきケーブルであると結論せざるをえない。
また、この分では下位モデルの音質も相当なものであろうから、
そちらを取るのも賢明かもしれない。

今年もいろいろと聞いたが、
インターコネクトケーブルの分野では、
このKSL-LPzが最高の収穫である。
このような末端の製品にすら、
今更ながらに
オーディオノートの美学のレベルの高さを感じる。
モノ造りの志の起点そのものが
他のメーカーとは根本的に異なる次元にあるように思われてならない。
やはり忘れがたいサウンドだ。

今年はハイエンドオーディオにとっては、おそらく暗い年だった。
分かる方には分かる話だと思う。
しかし、
現代のハイエンドオーディオに足りないものを
いくつか見出したる年でもあった。
それはヘッドホンオーディオの熱気だったり、
Einsteinのアンプに見るロマンだったり、
ダゴスティーノのMomentumに見る音の太さだったり。
そして、このオーディオノートにおける真の優美さにも、
失われた楽園の匂いを嗅いだものだ。

オーディオは、おそらく不滅であり、終りのない趣味だ。
開拓されるべき荒野は、まだまだ眼前に広がっており、
作り手も聴き手も悲観しているヒマなどないはず。
この困難な年を越えて、オーディオの旅を続けることとしよう。

追伸:
上奉書屋は2012年度より万策堂として独立しました。ご興味のある方はどうぞ。

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