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東京都在住のオーディオマニアです。リビングオーディオです。狭いスペースを与えられてやっています。MPS-5,Marklevinson No32Lなどを愛用中。クラシックはほとんど聞かず、ポップス、ラッ…

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日記

Double helix cables Spore ゼンハイザーHD800用 ヘッドホン リケーブルの私的レビュー:ゴーストのささやき

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2011年12月21日


「ゆだねてみるわ、ゴーストのささやきに。」
             草薙 素子
             (攻殻機動隊Stand alone complexより)

・イントロ:

久しぶりに本格的なヘッドホンリスニングのレビューである。
既に方々で予告していたとおり、
今回、取り上げるのはSennheiser HD800用の
ダブルへリックスケーブルズ社製ヘッドホンケーブル。
その名はSpore(スポアー)。
新たなるリケーブルである。

今回が2011年のラストレビューである。
思う存分、このSporeというケーブルについて語り尽くそう。

このケーブルについては、
世界的にレビュー等が少ないうえ、
日本のヘッドホンマニアの中には
多少、関心を持っている方もおられるようなので、
導入の経緯やケーブルの仕様等についても
できうるかぎり詳細に俯瞰して書いておくこととした。
(音質のみを知りたい方は「その音質」の項のみをご覧ください。)
また、現用のヘッドホンシステムの概要についても
参考までに書き出しておくこととした。


・導入の経緯:

私の愛機であるゼンハイザーHD800は
Locus design Hyperion Agによる
バランスリケーブルなしには
潜在能力を発揮しえないだろうという話を
以前、書かせていただいた。
実は、あのレビューを上げてから、しばらくして
困った事態が生じた。
Locus designの公式サイトのカタログから
Hyperion Agの項が消え去ったのだ。
ディスコンになったのであろうか。
Hyperion Agを製作しない、なにか事情ができたのか。
実はまだ注文には応じてくれるのか。
私には分からなかったが、
断線時のスペアにもう一本!
シングルエンド仕様ももう一本!
と予定して調子に乗っていた私は困った。
しかし、
他のメーカーに、これほどのケーブルを作る志と能力があるだろうか?
日本で入手可能ないくつかのケーブルを試しに入手したが、
価格差は性能差として現れた。

そうこうするうち、
私はある人の訃報を聞いた。
Locus designの主催者、
Lee Weilandが急死したとの知らせだった。
あの不世出のエンジニアの不在を悼むとともに、
手元のHyperion Agが
よほど貴重なケーブルに見えてきた。
こうなるとHyperion Agが、
もし断線しても、修理できる可能性は、
あまり高くないことも想像できた。

“Hyperion Agを失ってから
同じレベルのリケーブルを探しはじめても、
すぐには見つからないかもしれない。“

最適にリケーブルされたHD800なしには
私の毎日のヘッドホンリスニングは成り立たない。
私は急ぎはじめた。
Hyperion Ag に匹敵する
HD800用の新たなリケーブルを
本気で探し始めたのだ。

ほどなく
それらしきケーブルが見つかった。
Double helix cables社製の
SporeというHD800用ヘッドホンケーブルである。
Made in USA。
このDouble helix cables(以下DHCと略)は
日本では、ほとんど知られていないケーブル屋である。
Peter Bradstockが手がける、小規模だが
数多くのリケーブル製品を手がけるメーカーであり、
ヘッドホンのリケーブルに関して
豊富な経験とモチベーションを持ち合わせているようだ。
もちろん日本には代理店など無い。
Sporeは
DHC社のリケーブルの最高級モデルであり、
8 feetで3000ドルである。
Hyperion Agは確か現地価格は1500ドルほど。
単純には二倍ほどのプライスとなる。
(Hyperion Agは日本の代理店を通すと10feetで23万円であった。
Sporeは代理店を通すと一体いくらぐらいになるのだろう?)
やや高価なせいだろうか、
それとも純粋に、ただ人気がないのか、
日本語はもちろん
英語のまともなレビューすらヒットしない。
“The net is vast”(ネットは広大だ)とは言うが、
こういうことは自腹で買って体験するしか、
中身を知る方法はないのだ。

メーカーサイトのSporeの説明を読み込んでいくと
Hyperion Agを凌駕しうる可能性を秘めた、
高度な設計と惜しみない物量投入のなされた
ヘッドホンケーブルであることを理解するのに
それほど時間はかからなかった。

「これだ」 私のゴーストがささやいた。

その次の瞬間、マウスが勝手に動きはじめ、
キーボードがこれまた勝手に入力をはじめた。
Paypalでの決済が次々と進んでゆく。
サイトを見ながら作り始めた、
夜食のカップヌードルが出来上がる前に発注は完了していた。

そうは言っても、である。
深夜の暗闇に浮かぶカップヌードルの白い容器を眺めつつ、
冷静になって考えると
そう簡単にHyperion Agの牙城を
崩せるはずもないように思えてきた。
このケーブル大丈夫かね、という空気が流れ始める。
それは、あっというまに後悔の方に流れてゆく。

だが、驚いたことに、
発注完了から数分後、
エンジニア兼社長のPeter本人のiPhoneからメールが届いた。
「完成まで3週間ほどだが、
貴方のオーダーを最優先で製作しますよ」とのこと。
「いい仕事を期待してますよ」 とその場で返信。

ま、いいや。聴いてから考えよう。
メールを送り出したあと、真夜中の闇の中で、
DSを操作し、セロニアスモンクのソロピアノをHD800に流し込みつつ、
暗い天井を見上げた。


・外観および技術内容:

あの夜から一ヶ月余りが過ぎたある朝、玄関の呼び鈴が鳴った。
小包を受け取り、ハンコを押す。
アメリカはオクラホマから、
はるばると日本にやってきた、この小包。
思えば、XLRコネクターの到着の遅れや補償の問題等、
様々なやりとりと時間を経て、ここにこの箱がある。
メーカーの対応はキメ細やかで親切なものであったにしろ
英語はほとんど話せないし、書けない日本人なので、
それなりにストレスはあった。
はたして無事に届いているのだろうか?
Locus designのような
洒落たパッケージも取説も保証書もないが、
販促用のシールは同封されているのが面白い。
慎重に包みを開けてケーブルを取り出す。

それなりに太く、やや重いが、ガッチリと作られた、
自作感のあるケーブルである。
本当に個人に頼んで作ってもらったような印象がある。
この価格としては仕上がりの洗練度はやや低いところもある。
やや重量のあるケーブルであり、
若干取り回しづらいが、頭の動きに困るほどではない。
被覆に触った感じは、とてもシルキーだ。
線体の色は鈍い輝きのある象牙色であり、
純正のHD800のジャーマンシルバーのカラーリングとやや合わない。
Hyperion Agの時はピタリとマッチしたのに。
以前紹介したColor wareのサービスで、
このケーブルに合うカラーリングを施した
HD800を注文したくなってきた。
接続されるコネクターとケーブルの接合は
熱収縮パイプにより仕上げられているが、
特に、ここの作りは自作っぽく、親しみが持てる部分ではある。
だが、どうもカッコ悪いような気がするので、
手持ちのドライカーボンチューブで覆いをかけておいた。
ケーブル全体の外観の高級感は、コネクター等の美しさもあり、
Locus design Hyperion Agの方が明らかに上だと思う。
外観の精密さや取り回し、軽さにこだわりのある方には
このケーブルではなく、Hyperion Agをお薦めする。

このSporeと名づけられたリケーブルは
DHCのHPではUltimate headphone cableと呼ばれている。
これは、
ヘッドホンのリケーブルとして必要な
音質以外の諸条件(柔軟性、適切な線径等)をクリアしたうえで、
望みうる最高の音質を実現するため、
現在、投入可能な技術を全て投入し、
コストの制約をほぼ取り払ったケーブルと考えてよいということである。

なお、Sporeとは、菌類の“胞子”あるいは
一部の細菌が、環境が悪くなると自分の周囲に作り出して、
その身を守るという、“芽胞”と呼ばれる構造を指す。
導体を護る構造体のイメージからの命名かもしれないが、よく分からない。
ただPeterは生物学で立身している人らしいので、
それとも関連があるのかもしれない。

一般のヘッドホンケーブルというものは、
通常は左のプラスとマイナス、右のプラスとマイナス、
全部で実は4本のケーブルから成るものが多く、
これらが左右二本ずつまとめられて、
最終的に左一本、右一本のケーブルとなっていることが多い。
Sporeでは
これらをほぼ完全に分離し、4本ともに独立の被覆を与えている。
結果として4本のケーブルが出来上がり、
左右二本ずつが二重らせん状にゆるく絡んだような状態で
バランスヘッドホンアンプの端子へ導かれる。
この二重らせん状のケーブルの形態が
Double helix cableというメーカー名の所以なのだろう。
この形状をとることにより、
左右だけでなくプラスとマイナスの信号についても干渉の可能性を回避する。
普通なら2本、さらにまとめれば一本になる場合さえある、
ヘッドホンのケーブルを4本にしてしまうと、
被覆等にかかるコストは、単純には最もシンプルな場合の4倍となる。
このようなアイデアは
ALOやStephan audio artのケーブル等でも見られるし、
アルジェントの現行の最高級ケーブルFlow master referenceで
さらに突き詰めた形で認められる。
Sporeは少なくともALOのケーブルよりも
被覆は入念であるように見えるが、
アルジェントほど手の込んだものではない。
(Flow master referenceでは
直接、線体が直接触れ合わないように
スペーサーのような金具まで入れている。)
なお、このSporeはバランス専用であり、
アンバランス仕様は存在しない。
これは太い4本のケーブルを
一つのシングルエンドプラグに入れることが
できないからかもしれない。

ヘッドホンにケーブルを接続し、頭上に装着すると、
外見上はかなり大層なヘッドホンケーブルをつけてしまったというか、
いかにもヘッドホンマニアな印象になる。

このヘッドホンケーブルの導体は高純度銅ではない。
クライオ処理された、高純度単結晶銀の単線のようだ。
これは特殊な圧延技術により作出されるプレミアムな素材であり、
表面が非常にスムースに仕上がっているとのこと。
また、その断面は円形ではなく、長方形である。
方形の断面をもつ導体については、
エソテリックのMexcelケーブル等で採用があるが、
同じ断面積の丸棒状の導体よりも表面積が格段に広くなるため、
表皮効果を抑制し、均一な伝送が可能になると言われる。
私はヘッドホンケーブルに採用された例をSpore以外に知らない。

この導体は
シルク、コットン、カーボンファイバー等で幾重にも被覆され
適切に絶縁、ダンピングされており、
さらにカスタムデザインされた非常に薄い金属フォイルで
外来ノイズからシールドされる。
最外層の被覆は電気絶縁性、吸音性に優れる、
シリカ線維により織り上げられた象牙色の布材を用いている。
この繊細かつ高純度なシリカ線維は、
手触りのいいシルクのような感触でケーブル全体をソフトに包み込む。
このような入念な素材選択は
このヘッドホンケーブルに必要なしなやかさ、軽さ、細さを与えたうえ、
タッチノイズをも極小化させているようだ。

もうひとつのこのケーブルの特徴はXLRコネクターにある。
本ケーブルは、
オーストラリアのオーディオ工房Bocchinoで受注生産される
特殊なコネクターを用いている。
このコネクターの本体は
Carmine Bocchinoの手によるデルリンの丸棒からの削り出しである。
デルリンはギターピックや笛、現代のチェンバロの部品として使われる、
軽く、固有の音色を持ちにくい高耐久性の化学合成素材。
西洋の様々な古楽器の復元において
木や、鳥の羽の軸を用いていた部品の代替品として使われている。
この素材、音質的に無色透明に近い材質と私は認識している。
デルリンの切削加工のボディを採用するXLRコネクターは
恐らく、世界中探しても、このBocchino XLRのみであろう。
また、電極の材質についても
9ミクロンの厚い銀メッキをかけた無酸素銅と念入りである。
このコネクターの実物を見ると、かなり大きくゴツイので驚く。
この大きさ、恐らく世界最大のXLRでもあろう。
ヘッドホンアンプの正面の端子に挿すと
パネルからの張り出しがかなり大きく、
はっきり言って、不恰好ではある。
こんな代物を音質のためだけにチョイスしたPeterの
ヘッドホンオーディオに懸ける意気込み。
それは酔狂か、はたまた英断か。
どちらかは私が聞いて考えよう。

Bocchino XLRは、かなり高価なコネクターであるが
オーディオクエストの最高級ラインや
アルジェントオーディオのフラッグシップラインに納入実績がある。
オーストラリアでの出荷価格は4個一組で595ドル。
現今の円高状況でも
一個(一組ではない)あたり1万円以上と計算される。
(ちなみに電極が純銀無垢材のバージョンになると
一個5万円近い価格となる。)
Carmine Bocchinoは「世界最高のパフォーマンス」とHPで謳っている。
(こんな世界一だらけのXLR、ギネスブックにでも載せるか)

ただ、このBocchino XLRはストックがなく、
注文を受けてから作り始め、製作自体にも時間がかかるようだ。
ケーブルの納期が3週間後では済まず、一ヶ月以上にまで伸びたのは、
単純に、
このコネクターのオーストラリアからの納品が遅かったためと言う。
それほど待つ価値のあるコネクターということか。
なお、私のSporeに採用されたのは最新型のBocchino XLRであり、
従来型よりもさらに音が良いとか。

現在、DHCのHPを開くと
SporeのデフォルトのXLRコネクターは
もう少し入手しやすい、
カーボンチューブがあしらわれた、
Vitage audio製のコネクターに変更されている。
今回の納期遅れがあったためと推測される。
このVitage audio製のXLRの方がコンパクトで張り出しが少なく、
外見も美しく、扱いも楽かもしれない。

さらに余談だが、今回のSporeのセットには
このDHCのケーブルとBocchino XLRコネクターを用いた
バランス→シングルエンド変換アダプターもオマケでついてくる。
こんなアイテムまで最高のギアで固められるとは、
ヘッドホンマニアとして純粋にありがたい。

このSporeであるが、
現在はHD800の他, Hi-fi man, Audez’e用もラインアップされている。
今回、私が購入したのはHD800用の8フィートのオプションである。
(PeterはAudez’eの大ファンとのことで、
このケーブルをAudez’e用でも最高のリケーブルとして推している。)

また、SporeにはComplementという下位モデルも存在する。
こちらのケーブル構成はSporeよりシンプルだが、
外観はより洗練されている。
外観のスマートさ、取り回しの良さを求めて、
あえて、こちらをチョイスするのもアリだと思う。
Bocchino XLR を装備したSporeは外観等を考慮すると、
プロトタイプ的な意味合いを持つ
スペシャルモデルという位置付けなのかもしれない。


・試聴システムの概要:

今回の試聴は
ゼンハイザーHD800と
カスタマイズされたMBA-1platinum editionヘッドホンアンプとを、
このSporeで結線して行った。

試聴の状況をはっきりさせるために、
2011年12月現在のヘッドホンシステムのラインナップを確認する。
intercity製 MBA-1platinum editionヘッドホンアンプは
足をチタン製の大型のものに換装して4点支持とし、
トップボードには強化ガラスを重ねている。
ヒューズは、同規格ながらカーボンナノチユーブ複合銀メッキが
接点にかけられた音質対策品であるEau rouge製ER-FXに換装。
送り出しは
ひとつはネットワークプレーヤーで初代KLIMAX DS。
インターコネクトケーブルはJorma ORIGO XLR、
あるいはメインシステムより出張してくる
Jorma PRIME RCAである。
もう一つはフットをドライカーボンブロックに換えた
SACDプレーヤーPlayback designs MPS5であり
こちらのインターコネクトは
最近お気に入り、長尺のSaidera Ai SD-9003 XLR。
(このシンプルでダイレクトな音がいい)
電源ケーブルについては、
ヘッドホンアンプにはChikumaのPillar AC2、
DSにはJMラボのカプトバーターを接続し、
MPS5にはEsoteric 8N PC8100を使う。
これらは、ORB Kamakura電源タップ、
あるいはChikuma Possible4電源タップから通電している。
これらの機器はMPS5を除き、
別々の9cm厚のイルンゴ製アピトンボードの上にセットしている。
上記のシステムは私の常用のものであり、
音については知り尽くし、慣れ親しんだものである。
なお、このシステム構成は
PCオーディオ系とSACDがかかるディスクオーディオ系、
PCM変換系とDSD変換系、
対立する二つの音の系統を同じ条件で比較試聴可能な
並列形式であることに特徴があると考えている。

Locus design Hyperion Agの素晴らしさは以前レビューしたとおり。
試聴前の時点では、
SporeにHyperion Agの代わりが務まるかどうか、確信できなかった。
鳴り物入りで出て来て、
案外とつまらないモノというのはオーディオにはよくあることだ。
とにかく聞いてみよう。


・その音質:

予想以上の好音質であった。
もし、そうでなければ本稿自体がないのである。
確かに、初めてHyperion Agに換えたときほどの驚きはない。
もう、耳が簡単には驚いてはくれないのだ。
しかし、このケーブルには、聞き始めから、
私をしっかと魅了するいくつもの要素があった。

ただし、
おろしたての時点では、音がややモッサリしていた。
これは、かなり哀しかった。
外観がコレで、音までこんなでは・・・・
その後、静電気除去箱に入れたり、
エージングソフトを回したりしてみると、
ようやくに本調子と思われる音を出し始めた。
エージングがそれなりに必要なタイプと聞けた。
その後、毎晩つけっぱなしで試聴を続けると
ドンドン音は良くなってきた。
今では音質上でHyperion Agを凌駕する点がいくつもある。

まずは、このケーブルを通した音は
極めて壮大で豊かであると言いたい。
SporeにリケーブルしたHD800は真のビッグサウンドを奏でる。
Hypreion Agのサウンドでさえ、明らかに小じんまりして聞こえる。
左右上下、奥行きの広がりが、かつてないほどオープンである。
ボリュウムをいつものポジションより少し右へひねりさえすれば
大型のスピーカーを大音量で聞いている錯覚に陥る。
とめどない音のFLOWにリスナーは取り囲まれるのだ。
これは、いままでヘッドホンには感じたことのない包囲感であり、
本ケーブルに換える第一の意味であろう。
このケーブルは、かなり大音量にしても
腰砕けになったり、飽和感が出たりすることがほとんどない。
むしろ大音量は得意中の得意である。
音量をグッと上げると、持ち前の壮大さが予想以上に際立つ。
こうなると、音量調節は、
音の大きさの調節であると同時に
音像と自分との距離の調節あるいは、スケール感の調整、
迫力と繊細感のコントロールの役割も
果たしていることに気付く。

基本的な音調は
とてもナチュラルで安定感のあるものと言えるが、
対照たるHyperion Agの持ち味、
すなわち超高解像度と高域方向へのヌケの良さ、
輪郭の明確さは特徴ではない。
むしろ、やや低域寄りのバランスで、
柔らかな音の感触が際立っている。
SporeのサウンドはHyperion Agほどの
ピシリとした音の締まり、
シャープさを目指していないようだ。
むしろ、ゆったりした太い音とさえ感じられることがあり、
高域の若干の煌びやかささえ、目をつぶれば、
銀のケーブルではなく、
銅のケーブルのようにも聞こえる側面がある。

Hyperion Agは基本的にクールな方向性を持ち、
ハイスピードな反応の良さと
華麗なメリハリでカラフルに音楽を聞かせる。
それに対してSporeはウォームな印象であり、
音の温度感は若干高い。
音の強弱や動きをメリハリだけでなく、
グラデーション、連続的な変化としても捉え、
音楽を醸し出すようにゆったりと表現する。

音のスピード感についてはHyperion Agほど速くない。
(Hyperion Agは音が速すぎるかも。)
Sporeの音は音の立ち上がり、
立ち下がりのスピードは標準的なのだが
音の起伏の中に、独特のパワーを感じる。
このパワー感がHyperion Agには備わっていない。
この独特の音の力感で、
激しく上昇し下向する、動きの激しいキツイ音楽を
大人っぽい流麗なタッチで聞かせてくれるのが、
Sporeの第二のハイライトだろう。
このためか、Sporeでは、音圧が異例なほど高く感じられる。
キックドラムの連打では、
柔らかな音圧が鼓膜をリズミカルにキックするのだが、
そのインパクトにはHyperion Agよりも強い底力を感じる。
HD800の鳴りっぷりが、いつもにも増して重厚かつ強烈だ。
これは時々感じる音圧でなく、音がある限りいつも感じられる。

Hyperion Agに換えると、HD800のサウンドの印象は
よく晴れた午前に
ライトウェイトスポーツカーに飛び乗り、
エンジンを小気味よく回転させて、
サーキットを攻めるかのようである。
(ランボルギーニ セストエレメントというところ)
一方、Sporeでは
大排気量のラグジャリーサルーンで夜の高速に乗り入れ、
その柔らかいシートに身をまかせたまま、
悠々と操るような印象になる。
(ブガッティ ガリビエールというところ)
一台のHD800を、ただリケーブルするだけで
これほど明らかな違いを楽しめるのも
オーディオの真骨頂かもしれない。
所詮はケーブル、されどケーブルか。
一組のケーブルの威力というものを、今更ながらに感じる。

このSporeのサウンドは個性的でもある。
特に音の随所に感じられる、
重力の鎖を急に断ち切ったような、
フワリとした浮遊感。
これは、曲想さえ改変してしまいかねないほどに
際立つ個性であろう。
ここのところは好き嫌いの分かれ道かもしれない。
導入検討中の方には試聴をお薦めしたいが、
いかんせん、このケーブル、
日本では恐らく私のところにしかないかも知れない。

音の背後にある暗騒音が、
非常に克明にとらえられるのも素晴らしい。
SporeではHyperion Agより
さらに背景の微細音の音数が増える。
ここがヘッドホンの限界ではないだろうか。
これがSporeの第三のウリである。
こうなると、録音時の空気感、
音作りの雰囲気の質感描写の細密度は凄まじい。
360度の音の包囲感とあいまって、
本当に制作現場にワープしたような錯覚が支配する。
それでいて、解像度の高さが前面に出てこないのが摩訶不思議。
通常、これほどの細密描写をやってのけるケーブルの場合、
もう少し音の締まりとかキツさを感じるのだが、それがない。
ベースとなる音調が、柔らかなるタッチを旨とするためだろうか。
とにかく、不自然な高解像度調の硬さは皆無だ。
むしろほぐれて緩やかな印象の音である。
これほどのケーブルであるから、
当然のことながら余韻は長く長く尾を曳く。
Hyperion Agでも十二分に余韻の伸びを感じるものだが
それよりも、さらに滞空時間が長く感じる。
この驚異的なリバーヴの持続性は
Sporeの持つ異様なほどの細密描写力の賜物だろう。

さらに、ハーモニーの豊潤さも特筆すべきだ。
ハーモニーとは音楽の美しい衣装なのだと誰かが言っていたが、
その衣装が音の舞踏に合わせて舞いひらめく様が実に心地よい。
Sporeにおいては、
音楽を楽器ごとの分離の良さで整理して表現するのではなく、
互いにハーモナイズし、渾然一体と溶け合った集合体として表現する。

演奏と録音の諸条件が揃った楽曲においては、
Sporeの持つ壮大な空間性と
ハーモニーの豊かさが分かち難く融合することになる。
その音楽がSporeを通してHD800から流れるとき、
巨大なオーロラを北空に眺めるような荘厳な音響イメージが
どのリスナーの脳裏にも浮かび上がることだろう。
この小さなHD800から、
これほどのビッグサウンドが溢れ出てくることに
私は素直な驚きを禁じえない。
実例としては、
ヴァントの指揮、シューベルト:交響曲第8番「未完成」&
第9番「ザ・グレイト」[1995年ライヴ] [Hybrid SACD]を
リッピングし、KLIMAX DS経由で再生する、
あるいはSACDとして聞くというのをやってみた時である。
ほぼ確実に上記のような体験が味わえる。

このケーブル、
オーナーが世界的にも、かなり少ないらしいことは既に述べた。
つまり、このケーブルを入手すれば、
ほとんど、誰も聞いたことのない音を聞くことになる。
Sporeは誰とも似ていない
自分だけの音を確立したいと考えている方にも、十分お薦めできる。

それにしても
設計も素材も、そして価格も
おそらくHyperion Agを超えているとはいえ
こうも野暮な外見のSporeに
こうもあっさり肩をならべられる、
あるいは凌駕されるとは予想外であった。
Peterの言うUltimate headphone cableの称号は伊達ではないし、
人は見かけによらないものだとも言える。

Sporeの外観には、未だ不満は残るものの
音そのものの純粋な迫力に、いつまでも抗しきれるわけではない。
ついにHyperion Agはバックアップに回り、
代わってSporeが
メインのヘッドホンケーブルとして採用される顛末となった。

その後、一月ほど経つと、
全帯域にわたる透明感やスピード感が生まれてきた。
全体のヌケも向上し、信号を素通しするような、
透明なケーブルという印象も加わってきたように思う。
ますます気に入った。

このヘッドホンケーブルに換えて感じるのは、
スケール感のアップが第一だ。
いままではインタコにJorma PRIMEを使うと、
PRIMEの音のスケールが大き過ぎ、
まるで小さな穴から大きな風景を見ているようであった。
Sporeに換えてから、全体のスケール感のマッチングが取れたようで
PRIMEも違和感なく使える。

・まとめ:

送り出しやヘッドホンアンプ、
ヘッドホン本体にこだわるのは勿論だが、
最近ではインターコネクトケーブル、電源ケーブル、
セッテイングにまで眼を向けるコアなヘッドホンマニアが増えてきている。
ヘッドホンオーディオのサウンドのクォリティが上がってきたのだ。
しかしながら、
ヘッドホンケーブルの選択枝は
それらの機器、ケーブルのバリエーションに比べてなんと貧弱なことか。
ヘッドホンオーディオでのヘッドホンケーブルというものは、
スピーカーオーディオでのスピーカーケーブルに相当する。
しかもシステムの中では最も長いケーブルであることが多い。
スピーカーケーブルがスピーカーの出音に与える影響がかなり大きいように、
ヘッドホンケーブルがヘッドホンの音質に与える影響は、
やはり、とても大きいようだ。

デフォルトのケーブルにも、モチロンの良さがあるのだが、
もっとヘッドホンの可能性を探りたい、
あるいは他人と同じ音では聞きたくないという
私のようなリスナーは
今回、購入したSporeやHyperion Agの如き
ハイエンドなリケーブルが
これからもっと増えてくれることを期待するだろう。
またリケーブルしやすいヘッドホンが増えることも希求するだろう。
リケーブルに限らず、
ヘッドホンに情熱あるメーカーが全力投球してきたモノを
素手で受け止めるような心地よい手ごたえを
ヘッドフォンマニアとしてもっと感じたいではないか。

このシステムで聞いているとヘッドホンオーディオは
もはやニッチな趣味ではありえない。
(自惚れか。)
今、この真夜中の真ん中で、
豊潤にして、細密かつ柔軟なビッグサウンドに
身を任せていると
Sporeをシステムに組み込んで得られた、
この未踏の領域こそ、ヘッドホンオーディオの最前線そのものだ、
そう無責任に言い放ってしまいたい気分にさえなる。
おそらく、日本中で、ほとんど誰も聞いたことのないサウンドが
耳元で鳴り響いてることに、新鮮な驚きを感じつつ、だ

本稿を読んで、
微かにでも、自らのゴーストのささやきを聞いた方は、
DHCのサイトに突撃されてはいかがであろう。
貴殿には、
この先進的なサウンドと、
いささかの優越感とを、ぜひ我がものとしていただきたいのだ。
勿論、いかなる保証も事前にはいたしかねるのだが・・・・。
最後にPeter Bradstockの一言で、
長かったこのレビューをしめくくるとしよう。
「It sounds ridiculously good,
definitely the highest my HD800 have ever performed...Have fun!」

追伸:
上奉書屋は2012年度より万策堂として独立しました。ご興味のある方はどうぞ。

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