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東京都在住のオーディオマニアです。リビングオーディオです。狭いスペースを与えられてやっています。MPS-5,Marklevinson No32Lなどを愛用中。クラシックはほとんど聞かず、ポップス、ラッ…

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日記

パラダイムを超えて:Argento audio Flow master reference XLRの私的レビュー

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2012年02月01日


強く、
心惹かれつつも、
未聴のままのインターコネクトケーブルが、
いまひとつ残っていた。
Flow master reference(FMR)と名づけられた
まるでオブジェのようなデンマークのケーブルだ。

ケーブルメーカーArgento audioが創り出したコネクションは
いままで聴いてきたインターコネクトたちと、
デザインが、まるで異なっている。
簡単に言えば
三本の導体を完全に独立してシールドしたうえ、
各々をスペーサーで離している。
Rope ladder(縄梯子)を想わせる、
なんとも不思議なフォルム。
このケーブルの外観のもつ形や色、質感が醸し出す機能美は
インターコネクトケーブルの可能性の限界を
未知の領域にまで引き上げてくれそうな予感に満ちている。

このケーブルの写真をはじめて見たとき、
なにか運命的な出会いを感じたのは確かだ。
どうあってもその音を聞いてみたい・・・・。
初見から
私の心の琴線をたちまち弾いたFMR。
しかし、出会いから数年たっても、
聞くことはおろか、実物を見ることすらかなわなかった。

最近、ある経緯を経て
FMRのXLRをやっと手元に置くことが出来た。
関係者の方には感謝申し上げたい。

一組のケーブルが一変させる音の風景。
そんな現代オーディオの不思議のひとつが
このFlow master referenceと言ってよかろう。
その外観の美しさと音質の本態について
できるだけ詳しくレビューしておこうと思う。


外観:
Argento audioは
1991年にUlrik Gydensen Madsen氏が
二人のオーディオ仲間とともに、
デンマークに起こした小さなケーブル専業メーカーである。
Argentoとはイタリア語で銀のこと。
基本的には銀線ケーブルのメーカーである。
当初はデンマーク国内でのみ細々と流通していたようだが、
その品質の高さにより、
ほどなく世界中のオーディオマニアに知られることとなった。

現在のArgento audioは
Serenity signature、Flow、
Flow master reference(FMR)の
3つのラインを展開している。
その頂点である
Flow master referenceは
かつてSerenity master referenceと
呼ばれていた最高級シリーズに代わる
新たな旗艦として2009年に発表されたものだ。
(なお、Serenity master referenceは先にレビューした
Double helix cablesのSporeにも使われていた、
Boccinoコネクターを採用していた。
Double helix cablesのSporeはいくつかの点で、
Argento audioのケーブルに影響を受けているように思える。)
XLRタイプとRCAタイプが発表されており、
XLRタイプの方が高価に設定される。
XLRとRCAでは線体の本数、
その他の部品点数が違うので当然であろう。
なお、以前レビューしたケーブルのメーカー、Organic audioは、
このArgentoの弟分にあたるメーカーらしい。

デンマークの工房にて、極めて多くの工程を経て製造される
このマニアックなケーブルには
高音質を得るための大胆な設計思想と
スイスの高級時計を思わせる精密工作の融合が見て取れる。

実物を手にとって見ると、
今のところ、
これほど精密な印象を与えるケーブルは
他に思いつかない。
部品一つ一つのエッジや面取り、仕上げに
厳密さとエスプリを、
ここまで感じさせるケーブルは知らない。
また、心なしか重みを感じるケーブルで
目に見えない技術内容の充実が期待される。
若干硬めのケーブルであるが、
取り回しに粘土のような感じがあり
形にクセをつけようと思って曲げたまま置いても、
そのままの形を保つ。
ケーブル自体に板バネのような張力がないので、
勝手に元の形に戻らない。
少しクタクタした独特の触感である。

ケーブルの外表の白い被覆を触っていると
精密感と同時に衛生的、無菌的な清潔感もある。
線体の最外層の被覆は、
しっかりした触感の人工繊維で織られた素材である。
丈夫に編まれており、ほつれにくそうである。
前モデルのSerenity master referenceの被覆が
非常に細い糸で緻密に織られていて、
素材自体は、ほつれやすかったのとは微妙に異なる。

この被覆の中にあるケーブルの導体は、
99.997%の純度を持つ銀線である。
マクロ的にはごく細いリボン状の形状を取る線であるが、
ミクロ的には、
その断面は円形でも長方形でもなく楕円形をしている。
この特別な形状はエッジを持たないため、
また導体表面積が大きいため
他の断面形に比べてスムースな伝送が可能になるという。
この特殊な銀導体にクライオ処理を施している。
-193度にまで導体の温度を下げたのち、
さらに液体窒素を侵入させる。
これは全工程、五日間にわたる
二段階のディープクライオ処理であり、
ケーブル導体の銀を
ほぼ完全に結晶化させ、原子配列を整えることができるという。
仕上げとして、導体の表面研磨の工程がさらに入るのも独特。
Argento audioのどのモデルも、この研磨工程を通るようだが、
上位モデルほど回数が多く、
導体表面の鏡面精度は高くなってゆく。

このように手間のかかった銀導体を覆う素材は、
VDM(Vibration Damping Material)という特殊誘電体である。
VDMは室温では弾力性があり、
電気的に安定し、しかも適度に重たい。
多素材を組み合わせた複合マテリアルだ。
彼らにとって
理想的な電気的絶縁と機械的振動のダンピングもたらす
Argentoオリジナルの素材である。

線体どうしを分離し、一定の間隔を保つスペーサーは
このケーブルのデザインのハイライトと言える。
このスペーサーは精密に削り出された二つのアルミパーツを、
二本の小さなネジで締め、
線体を挟み込んで固定する構造となっている。
音質的意味合いもさることばがら、
この小さなスペーサー数個が
たった1mのケーブルに与える
メカニカルなイメージは格別なもので、
ハイエンドオーディオの未来を先取りしているかのようだ。
医療機器?生体代替部品?
サイボーグの脊髄神経のようにも見えるほどSFチックでもある。
機械人間の製造は未来の出来事であろうから、
これはオーパーツといったところか。

機能がデザインを決める、と
ポルシェデザインのデザイナー、
フェルディナンド アレクサンダー ポルシェは言ったらしいが、
このケーブルのデザインは
プラス、マイナス、グランドの信号を完全に独行させ、
理想的な伝送を実現するために生まれたものだろう。
そもそも
フォルムを楽しめるケーブルというもの自体非常に少ないのだが、
これは、その希少な一例。

XLRコネクターのボディは
スイス製のNCルーターによる
アルミ削り出しのオリジナルパーツで、
メス側の内腔を覗くと細かな年輪のような切削痕がある。
手にとって見るとヒンヤリとして心地よい感触であり、
軽いのにジワリと精密感が伝わってくる。
このコネクター本体も、もちろんクライオ処理済み。
外表は縦に繊細なヘアライン仕上げが施され、
このケーブルのために選ばれたと思われる灰色のフォントで、
このモデル専用の洒落たロゴや
シリアルナンバー等が印刷されている。
手元の個体のコネクターに刻まれたナンバーは、まだ10番台である。
最新で何番代なのかは無論知らないが、
なんとなく、
珍しいケーブルというイメージを抱かされる数字だ。

ここでは、
普通のXLRコネクターについている
ロック機構は排除されている。
省略されているのではない。
全ては音質のためであるという。
(StereovoxのShadowコネクターでもそうであった。)

オス側には赤みのある木材のような質感の絶縁体がはめ込まれ、
ここに純銀の筒型電極が三本、丁寧に打ち込まれている。
この見たこともない絶縁体は何だろう?
純粋に希少木材を使ったものなのか。
資料がないため分からないが、
少なくとも初めて目にするものである。
この材質も音質に影響はありそうだ。
メス側の内部の3本のピンについては、
Esoteric等のケーブルの如く中空構造を取っており、
これも純銀製であるという。

このコネクターの設計で驚くのは、
3本の線体を挿入する穴が、3つ別々に開けられていること。
XLRコネクターは、今まで見たどんなものでも
ケーブルを通す穴は一つであって、
ケーブルが外側で何本に別れていようと、
別々の穴に入って行くことはなかった。
このような部分も、初めて目にするつくりであり、
ホット、コールド、グランドのセパレーションを増すのだろう。
さらに、
このコネクターでは
無ハンダ、ネジ留めでの導体・電極接着も特徴である。
ハンダが純銀ではないからという単純な理由である。
かくて、
このケーブルでは、
コネクターの接点の先から導体まで
同一の素材、高純度銀で統一されている。
電気が流れるところ、
端から端まで純銀を貫徹していることになる。

コネクターの差込み感はしっとりとした感じであるが、
確実性は高く、端子はきっちりと機器にはまり込んでくれる。

Boccinoコネクターを調べていた時、
このようなオリジナルコネクターがいかに高くつくか
ということを思い知らされたものだが、
これほど造りに凝って、しかも美しい仕上がりのコネクター、
単体価格にしたら一体お幾らでしょうか?
製造地がヨーロッパであることも考慮すれば、
Boccino XLRのシルバータイプも凌ぐかもしれない。
当然、単体販売の話は聞こえてこないが。
(そもそも穴が三つでは普通のケーブルには適合しにくいだろう)

このケーブルのケースはツヤのある革で作られた
オリジナルケースであり、ジッパーで開け閉めする。

内側はArgento audioのロゴが織り込まれた、モノグラム仕様である。
このケースのためにこの布を特注し、織らせたとは。
思い入れがかなりあると見える。
サスペンダーのようなものでケーブルを留める仕組みも面白い。
他のケーブルを持ち歩くときにも
使いたくなるほど上品で高級感がある。

FMRは現在に日本には代理店経由では輸入されておらず、
正式な国内価格というのは不明である。
現在、正規輸入されている、FlowのXLR、1mは
ヨーロッパでは2950ユーロ。
日本では44万円で販売されている。
(値引きはありうるので実売は40万円以下か)
一方、FMRのXLR、1mはヨーロッパでは
6200ユーロで販売されている。
(一説に5300という情報もあるが、
現在、フランスの販売店では上記の価格であったので記載した)
FMRの、正規輸入代理店を通しての推定価格は
現況では70万円以上になろう。
価格帯でも
明らかにハイエンドケーブルの部類に入るものだろう。

このクラスになると
ケーブル一組がアンプ一台と同じくらい
“モノを言う”ようになることもあるのだが、
果たしてFMRの実力は私の予想を超えていた。
最近流行りのステマではないが、
(日本での入手はやや難しいので、ステマにもならないかもしれんが)
ハイエンドケーブルを極めたいと思われる方は
是非このFMRのサウンドにも触れてほしい。
無論、エイジングの済んだ絶好調の状態で、に限るが。


音質:
Slow starterである。
このデンマーク製ケーブルの音は
聴き始めの2日間ほどは、
全く悪い音とまでは言えないものの、
完調のJormaのPRIMEと比較すれば、惨めなほど。
躍動感やインパクトの強さが根こそぎ削がれた感じで、
ずっと眠たい音が出ていた。
このグレードのケーブルとしては全く冴えない。
自分の経験では、新品にしろ中古にしろ
これほどの技術内容を持つオーディオ機器に、
数日間も電気を流して、
この程度の音しか出てこないというのは
初めてのことであった。
値段なりの音の片鱗すら感じられない。
しかし、
これほどまで、マテリアルでも、メカニカルにも、電気的にも
やれることをやり尽くして、
その結果、音がこれでおしまいというのは考えにくい。
そう思い、いきなりの見切り解雇はせず、
溜息をつきながら、音が良くなる時をひたすらに待っていた。

その音が聞こえてきたのは三日目の夕方からであった。
その時は
ECMのTrio Mediaevalのアルバム
Soir dit elleがリビングに流れていた。
ヒリアードアンサンブルの女性版というか、
北欧的に美しく、どこか古風な声楽である。
SACDプレーヤーMPS5と
プリアンプNo.32LをFMRでつないでいたのだが、
家人が、またケーブルを変えたでしょうと言って、
茶杯を片付けながら台所に戻って行ったので気がついた。
冬の薄暮、青みがかった室内で、
聴きなれた曲が、聞き覚えのない音で流れ始めていた。
オーディオのMuseが降りてきた瞬間であった。

FMRを通したサウンドの真髄を
言葉で表現することはやや難しい。
いままで用いていたオーディオ用語や音を形容する言葉は
このケーブルの本質を描写するのには、あまり役に立たない。
それは、
この音が全く聴いたことのない音質であるからではない。
FMRでは、
解像度、スピード感、サウンドステージ、ワイドレンジ等の
オーディオにおいて要求される音質的要素の多くが、
リスナーの意識上に、
ほとんど登ってこないように聞こえるからである。
音がオーディオ、オーディオしていないとでも言おうか。
このケーブルを通すと
オーディオ的な“あざとさ”が本当に少ないサウンドに変貌する。
洗練に洗練を重ねて、
オーディオの煩悩を取り去って
音の品位の高さが残ったかのようだ。
日夜、この趣味に打ち込むあまり、
音楽に対峙するときに、
オーディオ的な音の聞こえ方、聞き方が
完全に当たり前になってしまったオーディオファイルの耳には、
この自然さを極めたサウンドが実に新鮮に映る。
大袈裟に言えば、オーディオのパラダイムシフトの過程の中に
放り込まれた感じもある。
このケーブルを通したサウンドと比較すると
他のほとんどのハイエンドケーブルの音は、
いわば「ドヤ顔」をしている。
どや、凄い音やろ、といいいたげなところがどこかにある。

だからと言って、
FMRのサウンドについて
なにも書かないわけにもいかない。
少しの無理をしつつ書き進めていく。

このケーブルにおける
聞き味の良さというものは抜群である。
硬くもなく、柔らかすぎもしない音触のせいだろうか。
いや、
どちらかというとソフトなのだが、
単純にそう言い切りたくない、
独特の音の触感がある。
バフで磨かれて光っているような質感とも違う。
滑らかだ。
しかも力強く滑らかな音の流れだ。
音楽が流れるものであることを強く意識させる。
導体表面の研磨の影響なのだろうか。

音場の広がりについて、どうこう言う気はしない。
最上のものが当たり前のように与えられる。
システムさえ条件を満たすなら
JormaのPRIMEのそれを超えた
透徹し、ややヒンヤリとした音場に包囲される。
音像としては、ことさらに克明ではないが、薄みは感じない。
いわゆるナチュラルな音像の立体感であり、定位感である。

このケーブルを通した音は、
既述のとおり、
ハイエンドケーブルらしいワイドレンジ感が極まっている。
高域は、ぱっと聞き、
Audio Noteの素晴らしい銀線ケーブルのごとく柔和で
心地よい微粒子感なのだが、
様々な音楽を試してゆくと
ソリッドな鋭さや見上げるように抜けきる動きも。
こうなると痛くないとか、柔らかいとか、
ただ言ってすませられない音なのだ。
どこか、掴めない音でもある。
中域には良い意味で主張はない。
エネルギーを、ここに集めるケーブルは少なくないが、
このケーブルの中域はサラリとしている。
厚みや密度で聞かせる傾向は皆無である。
しかし、聞かせる。聞き味の良さで。
ここでの聞き味の良さといったらないのだ。
痒いところに手が届く。
美味しいところに舌が当たる、この感じである。
この中域は若干スイートであり、
艶もないとは言えないが、
あくまで基調なニュートラルな客観性にあって、
音楽をオレ風に改変する兆しはない。
それでいて、この聞き味の良さなのだ。
また、低音の最も深い部分まで超高解像度を貫く。
しかし、そこには聞くものを驚かすような所作がない。
低域のインパクトは実は重く、連続するキックドラムなど、
腹に来ることもあるのだが、
決してもたれるような息苦しさにまではつなげない。

全帯域で音の速力は最上級であるが、
それが凄いとは思わせない、
不思議な奥ゆかしさがある。
速い音だがゆとりがある。
音の色彩感も音全体の傾向と同じく、
やや淡い印象だが、
明暗、濃淡のグラデーションの信じ難いほどの豊かさに驚く。
アンセル アダムスのモノクロのオリジナルプリントを
近寄って眺めるような印象がある。

解像度や音数について言えば、
いままで聞こえていなかった音が聞こえる
という次元は超えたと思う。
全てが聞こえるのは当たり前であり、
その先の領域、いかに自然に、そして美味しく聞こえるか
ということを意識させるまでに到っている。

デリカシーの表現の美しさは特筆したい。
微妙な感情的閃きが表現されている音楽では、
産毛をそっと指でなぞるような優しい音触が聞かれて、
ゾクッとすることが何回かあった。
また、人の声の、芯のある柔らかさが絶妙だ。
人の声は一体どれくらい柔らかく
どれくらい硬ければちょうどよいのか?
このケーブルを通した音は
ケーブルでなしうる最終的な解答かもしれない。
さらに、私のシステムでは、
ピアノの音が
本当にそれらしく聞こえるようになっただけでなく、
三次元的に上方にも伸びるようになったことも嬉しかった。
キム ハクエイのBreak the iceの
SHM-SACDではピアノの音の響きが素晴らしい。

Argent audioのHPを見ると、
ここでのケーブルの音決めは
Vivid audioのG2 giyaと
ラックスマンの最高級ステレオパワー
M-800Aを二台使いで行うようだ。
このブランドの組み合わせは
海外のオーディオHPで何度かお目にかかるが、
よほど良く合うのだろうか?
極めつけの音離れの良さ、
広大な空間描写を得意とするG2 giya
強大なパワーを持ちながら、
柔軟でややスイート、しかしストレートで
不思議な粘り感のあるM-800Aに
よく嵌るFMRということか。
なんとなく頷ける。

オーディオ的な側面を強くフューチャーしない反面、
音楽的な楽しさや、明るさに傾くのかと思いきや、
なぜか、そこにも落ち込まない。
どこか淡々として音楽を客観視する冷静さも兼ね備える。
音楽は、我々の身の回りにある自然物と同様に
あるがままにそこにあるだけだ。
FMRは言う。
「私は誰の邪魔もしない。しかし私はここに居る。」

なんだろうこの音は。
このケーブルに信号を通して聞くと、
今、流れている音楽の最も素敵な部分、
美味しい部分に、常に意識が集中できるような気がする。
それでいて、全体の見渡しはよく、スケールは大きい。
音楽の全体像を俯瞰して観察するのも容易である。

Argento audio Flow master reference XLRは
私の記憶の混沌の中で、
今まで耳にしたスーパーハイエンドケーブルたちのサウンドを、
軽やかに、鮮やかに、そして密やかに抜き去ってゆく。
私の中で、トップを走り続けるインターコネクト、
Jorma PRIMEの真のライバルがついに姿を現したようだ。

Jorma PRIMEとの比較で言えば、
FMRはJorma PRIMEよりも音場の表現が巧みだ。
広く、深くそして透明な音場を眺め、見つめる快感がこの上ない。
音像に感じるビビッドな生命感は
Jorma PRIMEの独壇場だが、
音楽が力強く柔らかに流れる意識はFMRの方が強く、
そこに魅了される曲も少なくない。
音像でも音場でもなく、音流の不思議とでも言おうか。
ゆとりもFMRの方がある。
PRIMEの方がスパルタンである。
Jormaとは異なるオーディオの不思議がFMRにはあるようだ。

好みの範疇であるが、
このケーブルの音は柔らかすぎるという批評もあろう。
確かにAET等のハイエンドケーブルの持つ
ソリッドネスはここには期待できない。
無いものねだりだ。
また、銀という導体のキャラクターは
完全に消えているわけではない。
高域の独特の響きの多さは好き嫌いを分けるかもしれない。
また、このケーブルを加えると
音圧が稼ぎにくい印象を持つことがあるかもしれない。
腰が柔らかい音なので、
低域がやや空振りするような気がする方がいるかもしれない。
それは全て、比較対象のケーブルが
不自然に硬い音を持つケーブルであることに起因する可能性がある。

このケーブルは
音楽のジャンルについては
若干の得手不得手はあるように思う。
ECMのアルバムは、なにをかけても恐ろしくハマる。
この温度感や余韻が、
マンフレッド アイヒャーのサウンドとのマッチングがいいのだろうか。
土地柄か、一般に北欧的なジャズ、クラシックは最高である。
一方、気温が高めの
古風なビッグバンドジャズなどはあまり合わない。
(それはNVSのCopper1にでも任せよう)
ポップスは大概はいい。
このケーブルのほぐれて、透き通って重くない音の感じは
軽音楽にマッチングがいい。
意外にラップなんかも合う。
ハイエンドオーディオとは無縁な、
エミネムの「Lose yourself」が
ハイエンドシステムで感動的に鳴る。
彼の訴えがいかに切々としたものか、今までは知らなかった。
このケーブルの音流の威力で、
リリックが巧みな行書のようにとめどなく溢れ、
ライムのインパクトを際立たせてくれる。


まとめ:
思えば、音楽そのものは
オーディオという趣味とは直接の関連はない。
オーディオは無くとも音楽は在るだろう。
太古から音楽はあるらしいから。
オーディオという趣味は
音楽の聞き方の一つに過ぎない。
この聞き方はオーディオファイルにとって
当然のこととされている認識や価値観、態度を多く含んでいる。
それはひとつのパラダイムである。
このオーディオという、どこか硬直したパラダイムを超え、
音楽そのものの領域へリスナーをいざなう。
オーディオを超えた新たなるオーディオへ。
それがFlow master referenceのサウンドの指向性であり、
現代オーディオの最先端のサウンドの
向いている方向でもあると思う。
(dartZeel, Constellationあたりのサウンドがいい例。
Constellationについては近く、レビューの予定もありますが。)

外はいつの間にか雪だ。
明日の朝になれば、
真っ白になった、新しい世界が朝日に照らされているのを
我々は目の当たりにするのかもしれない。
新しい世界。
オーディオも、時には、そうありたいものだ。

追伸:
上奉書屋は2012年度より万策堂として独立しました。ご興味のある方はどうぞ。

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