ベルウッド
ベルウッド
クラシック音楽ファン:よい演奏会があると知れば遠征もいといません。オーディオシステムは、音楽そのものを楽しむのが本来というモットーのもとにコストパファーマンス重視で小ぶりな装置を目指します。正統オーデ…

マイルーム

メインシステム
メインシステム
持ち家(戸建) / リビング兼用 / オーディオルーム / 16畳~ / 防音なし / スクリーンなし / ~2ch
スピーカー:    PSD T4 Limited Special-ネットワークレス・マルチアンプ駆動 調音パネル:    Escart Ventoスクエア パワーアンプ:   金田式DCアンプ…
所有製品

レビュー/コメント

レビュー/コメントはありません

カレンダー

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最新のレス

お気に入り製品

お気に入り製品はありません

日記

「音楽の聴き方」(岡田暁生著)-中公新書

このエントリーをはてなブックマークに追加
2014年04月03日


音楽の聴き方
---聴く型と趣味を語る言葉
岡田暁生著(中公新書)


よく、「音楽の感動は言葉に尽くしがたい」とか、「音楽は言葉を超えた存在だ」といいます。音楽を聴いている最中に、あれこれ頭のなかで言葉を考えているのはやぼだ…とも。

この本はそういう考え方への痛烈な反論です。

そもそも、「音楽は言葉ではありません、聴くのです、ひたすら聴くべきです」と言うのなら、「祈るのです、ひたすら心を無にして祈るのです!」という宗教と変わらない。そういう論調は19世紀のドイツ教養主義から生まれたといいます。

音楽を、新しい「宗教」にしようとする勢力と、台頭してきたブルジョワ聴衆を相手に音楽でひともうけしようという勢力との思惑が一致した。それが「音楽は言葉ではない」というレトリック。ついでに20世紀にもなると「音楽は国境を越える」「音楽は世界の共通語」というレトリックにまで拡大していきます。

こういう「音楽は神聖なもの」という風潮は、ドイツ・ロマン派によって一種の宗教体験にまで高められていく。「すばらしい音楽の前では、言葉は無力だ」というわけのわからないほめ言葉でもって、聴衆に沈黙と服従を強いていく。

聴衆は黙って権威をあがめるだけ。よかったのか悪かったのかはひたすらプロの批評家やマスコミが決めつける。音楽の価値(?)は、音楽そのものとは無関係な怪しげな「ポエム」や「ストーリー」で決められる。あれこれ細かいことを言うと、枝葉末節をあげつらうのは何と浅はかな、とケーベツされてしまう。

賄賂が横行し、プロの「さくら」が暗躍する。でたらめなことを言って偽物を売りつけようと思えばいくらでもできる。「音楽の神格化」、「音楽欺瞞商売化」が横行する。…これらは、近代の音楽界のことを言っているのですが、まるで最近のあの事件を予言していたかのようです。(本書は、2009年の初版です。)

音楽とオーディオは兄弟みたいなものですから、こういうことはオーディオにも共通しているような気がしますね。

やっぱり音楽は、その感動や自分の思い出とともに思い入れたっぷりに、気の合う仲間と大いに語り合ってこそ楽しいと思います。つまり音楽の「聴き方」とは「語り方」と同じこと。「聴くこと」と「語り合うこと」とが一体になってこそ音楽は楽しい。そして、そのためには「音楽を語る言葉を磨く」という努力を怠るべきではない!!

これには溜飲が下がる思いがしました。

次回の日記→

←前回の日記

レス一覧

  1. ストラさん

    アルバイトですかぁ~(笑)。でもどうして団員は感づいちゃうでしょうね。

    私がとても楽しいと思ったのは、アメリカの大学キャンパスの講堂でミュージカル映画「ウェストサイド・ストーリー」を観たときです。若い連中もこの映画が大好き。始まる前から客席はむんむん。「序曲」が始まると大拍手。「クール」の場面では、みんなで指を鳴らし、「トゥナイト」では最初はみんなで「しーっ」と静かに聴いているのですがやがて大合唱。という具合でノリノリ、フリフリです。こんな観客と一緒にこの映画を観られてシアワセだなぁ~!って思いましたよ。

    トラさんも浅草の小さな映画館で観ると、そんな感じだった時代がありましたよね。

    楽しかったなぁ(爆)。

    byベルウッド at2014-04-03 17:41

  2. 遅レスすみません。

    興味深い本の紹介ありがとうございます、早速探してみます。

    音楽は言語ですよねえ、当たり前です。
    コミュニケイト手段としての能力は
    「緊張からの緩和」や「郷愁の思い」「憧れ」といった感情の表現の的確さ深さにおいて言語よりも、コードの進行や解決法を駆使出来る音楽の方が手段としてはよほど優秀ですよね。

    私も楽典は子供の頃の薄かじりですが、作曲行動は無から有を生み出すのではなくて、曲想にあったパーツの選択と演出効果のアイディアから成り立つものですからそう考えると、なんとかゴーチ氏の指示メモから一定のイメージの曲を作るのは経験者なら容易いとこも分かりますね。

    そんな作業的な職業作曲家の群れから古今の大作曲家を区別するポイントは、強い個性で以て予定調和と見せない新鮮さ、独創性にあるのかななんて、あの事件以来考えます。
    なんとかゴーチ氏の曲はTVの後ろで流れるのを聞いただけですが、勧善懲悪な水戸黄門的完璧予定調和に感じてしまうのは事件が明るみに出た後から聞いたからでしょうか、後だしジャンケンと笑われるので止めましょう。(笑)

    byLoge at2014-04-06 01:21

  3. Logeさん ありがとうございます。

    本書でも紹介され、巻末の推薦の参考書として「モーツァルトの手紙」があげられています。本書で引用されているのは、モーツァルトが聴衆の反応が期待通りだったと大喜びして父親に報告している一文です。聴衆がここは静かにじっくり聴くところだからと周囲に「しーっ」と言っているのに大喜びしています。聴衆の「読み」を先読みして、喜ばしたり、くすぐったり、わざと外して意外性を持たせたり、意表をついてびっくりさせたり…。やはりコミュニケーションなんですね。

    《予定調和》…その通りですね。

    やはり革命というか斬新さが常に必要です。同時代として人気のあった作曲家も、後世にはすっかりその名が忘れられていることが多いようです。その時代の殻を破れなかったからでしょうね。逆に、モーツァルトのように常に新しさを求めていた音楽は、後世になっても魅力的です。フレッシュなエネルギーというものは保存されるのでしょうね。モーツァルトを「心地よい」音楽だと思って弾いたり聴いたりしているだけのひとびとは、実はモーツァルトを聴いていないのだと思います。

    byベルウッド at2014-04-07 09:45

レスを書く

レスを書くにはログインする必要があります
ログインする