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日記

紀尾井シンフォニエッタ東京 アントン・ナヌート

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2014年09月29日



指揮者のアントン・ナヌートさんは、スロヴェニアの指揮者。

その力量は内外で高く評価されてきました。特に手兵スロヴェニア放送響を率いて150タイトルものCDを録音。欧州では、駅の売店などで比較的手軽で親しみやすい曲を売っていて、ナヌートさんのCDはこうした売店に並べられていたので「廉価版の帝王」などという異名もありました。

レパートリーは限りなく広く、その演奏は王道を行くものですが、ともすれば個性に乏しく「当たり障りのない」演奏と受け取られがち。こうしたCDは、演奏者が表記されていないものが多く、その地味な存在もあって日本での知名度も高くなかったので「幽霊指揮者」「幻の巨匠」とも呼ばれていました。



5年前の2009年紀尾井に客演。この埋もれていた名匠の初来日は日本の聴衆にとって静かな衝撃をもたらしました。この時、ソリストとして登場したのが、同じように知る人ぞ知るというべきヴァイオリニストのアナ・チュマチェンコさん。この二人によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、メインの同交響曲第五番はいまでも語り草になっています。この時のライブは、エクストンレーベルからリリースされていて、私のちょっとした「運命」ルネッサンスとなりました。

一見、とても温厚そうなナヌートさんですが、その時のリハーサル初日は楽員真っ青の大変なシゴキだったそうです。ヴァイオリン協奏曲の冒頭のティンパニの連打では「ノン、ノン」の連発で、静まりかえる団員の面前でたったひとりで何度もやり直しを要求され、音程が違うとまで言われたティンパニの近藤さん(新日フィル首席)は、すっかり打ちのめされて「こんなの人生で初めて」と嘆き、出番のない間は客席側に移ってステージからの音がどう聞こえるのかリハーサル中じっと聴き直したとか。見たいような、見たくないようなすごい練習だったそうな。それでも団員も次第にその音楽性に敬服して、練習後はみんな「すごい指揮者だ」と言っていたそうです。

そのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、かつてよく聴かされた巨匠的な重厚長大な演奏とは違います。でもとても懐かしさを感じさせる音楽。春のように暖かい、伸びやかな幸福感に満ちたこの曲本来のもの…そう感じました。きちんとしていて輪郭がはっきりしている。これみよがしのところは微塵もありません。旧東欧出身ですが、むしろウィーンやプラハなどの中欧的な古典的な均整美と木管を中心としたソロの音色がきらめくバランスのよい音楽。

昨年も、ブラームスの交響曲第4番を振って多くの音楽通を唸らせたとか。私自身は、これまでは残念ながら都合がつかず本番を聴いたことがありません。初来日当時も、そのリハーサルを聴いただけで、本番を聴くのは、実は、今回が初めて。それだけに期待が大きく満を持しての鑑賞でした。



今回も、廉価盤ばりの泰西名曲をカップリングしたプログラム。

前半は、「レオノーレ序曲第3番」と「未完成」交響曲。ご一緒した和室のユニコーンさんと休憩時にバーラウンジでお会いすると、そのお口からは相当な辛口のコメントの連続でたじたじ。…確かに「王道」というのは「凡庸」と紙一重のところがあります。

レオノーレでは、徹底したインテンポ。冒頭のG和音の強奏は、室内オケとは思えないような実に重厚な響き。ところが、そういう遅めの重厚なテンポが編成の小さい室内オケには仇となったようでした。アダージョでもテンポが沈みがちとなり、続くアレグロの重層的で不安感の満ちた展開から、突如、舞台裏から響くトランペットで劇的な場面転換となり勝利の祝祭へとたたみかけていく後半がどうも盛り上がりに欠けてしまいました。

「未完成」は、冒頭の低弦によるテーマがとても印象的。フルトヴェングラーなどは、ここを聞こえるか聞こえないかぐらいの微弱音で思わせぶりに開始しますが、ナヌートさんはきっちりとしかも自然に響かせます。ここから曲全体を通じて、河原さん(サイトウキネン、水戸室内管首席)、吉田さん(N響首席)というたったふたりのコントラバスの名手が支える低域の深々とした表情は、感情の奥底を感じさせるようで見事。第二楽章に入ってからは、クラリネットの鈴木さん(新日フィル)の音が冴えわたり、オーボエの蠣崎さん(読響)らとともに木管の森閑とした響きで魅了します。ただ、ここでも弦楽器群にまだ慎重さが抜けきらず大きくうねるような歌の豊かさに不足しているような気がしました。

ところが後半の「英雄」になって、爆発的な快演が炸裂。第一楽章こそややオーソドックスさの鈍重さが残っていましたが、第二楽章「葬送行進曲」のフガートの感情の昂揚あたりからこんこんと湧き出る泉のような音楽の渦が会場いっぱいに広がっていきます。特に、第三楽章の中間部トリオのホルンが見事に決まったところから、楽員一体となっての快進撃が止まりません。こうなってくるとヴァイオリン群のアンサンブルが、心臓や呼吸までもが完璧に一致したと思わせる程のピュアで伸びやかな響きとなります。第四楽章は、オーケストラのための協奏曲とでも言うような個人技の競演となりますが、どんなに複雑で速いパッセージでも伸びやかに雄壮に、しかも、見事なまでに透明で力強いアンサンブルで、聴いている私も思わず半ば腰を浮かすほどの大興奮でした。

この日が、私にとって2014-15年の音楽シーズンの初日。ほんとうに幸せな音楽人生だと幸福感で胸がいっぱいになりました。

コンサートが跳ねたあとは、もちろん「反省会」。休憩時とはうって変わって満面に笑みをたたえた和室のユニコーンさんとワイングラスを一杯、一杯、また一杯と重ねたことは言うまでもありません。






紀尾井シンフォニエッタ東京 第96回定期演奏会
 名匠ナヌートの、これぞクラシックの心髄

2014年9月19日(金) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール

紀尾井シンフォニエッタ東京
指揮  アントン・ナヌート

ベートーヴェン レオノーレ序曲 第3番 作品72b
シューベルト 交響曲第7番ロ短調D759「未完成」
ベートーヴェン 交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」

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