日記
ミュンヘンオペラ「ドン・カルロ」(ドイツ音楽三昧 その1)
2015年08月18日
夏休みはドイツに行って参りました。ヨーロッパ音楽三昧シリーズ第4弾。今回はミュンヘンを中心に、ザルツブルク、バイロイトを巡る旅でした。

それにしてもドイツの鉄道運行のずさんさには翻弄されました。単に列車が遅れるというだけではないのです。例え在来線特急であっても何と途中打ち切り、この先は別の列車や、別の路線に乗り換えてくれと放り出されてしまうのです。イタリアなどは昔からずいぶんといい加減でしたが、日本なみに時間が正確だと思ったドイツなのに、今やボロボロ。大変な目に遭いました。ドイツ人の国民性と思っていた規律はすっかり緩んでしまったようです。その反対にいささか冷たくて、時には人種差別と偏見の強い印象があったドイツ人はすっかり外国人、異民族に大らかになり、優しくて親切になったような気がします。これもヨーロッパ統合の影響でしょうか。ギリシャ問題ではドイツばかりが悪者になったところがありましたが、結局はギリシア支援を受け入れたのです。今回の旅行で、そういうドイツがよく見えた感じがしました。

フランクフルトに到着したその日は、市内に一泊。夕方は、市内を散策、たまたまその日は美術館も夜8時まで開いていたので、フェルメールやボッティチェリの名画を鑑賞。

翌日は、ヴュルツブルグに立ち寄りながらのんびりとミュンヘンへ移動。ヴュルツブルグはロマンチック街道の起点として有名ですが、戦災を奇跡的に免れた王宮(レジデンツ)の階段天井画が見事でした。ガイドさんが、この地フランケンがかつて独自の文化を持つ独立国だったことを誇りにしていて「決してバイエルンの属地ではない」と強調していたのがちょっと可笑しかった。

19世紀末まで封建王制で分割統治されていたドイツは、地方ほど日本と似た郷土愛が強いようです。独特のボトルが特徴のフランケンワインは美味しかったので帰りに土産に買って帰りました。久々にドイツワインに目ざめました。

ミュンヘンのホテルは、何とあの有名なホーフブロイハウスの裏手。

バイエルン国立歌劇場にも歩いて5分ほど。ホテルに落ち着き周辺を下見すると、さっそく着換えます。本場のオペラハウスともなると服装にも気を使いますが、昨今は昔ほど正装にこだわらないのでこの日は初日ということもあってブレザーにネクタイという軽装で出かけることにしました。

世界でもトップレベルを誇る現在のバイエルン国立歌劇場。大戦後、若きゲオルグ・ショルティが音楽監督に抜擢され再建に取り組んだことが彼の指揮者としてのキャリアの出発となりました。現在の音楽監督であるペトレンコがベルリンフィルのシェフに指名されたというホットなニュースでも注目。初めてなかに入るには胸がときめきます。そういう期待に違わず内部は、バロック様式の美しい空間です。一聴して歌劇場としてはずいぶんと響きの豊かなライブなアコースティック。ところが演奏が始まってびっくりしました。歌手の声が空間に充満して、すみずみまで声が行き渡り言葉も明瞭に聴き取れます。まさに理想のオペラハウスだと思いました。

ミュンヘンには、バイエルン放送響という世界トップ5のオーケストラがあり、また、チェリビダッケが育てたミュンヘン・フィルもあるオーケストラ激戦区。このオペラハウスの管弦楽団(別称・バイエルン国立管弦楽団)は、まったくの専属オケですが、かのカルロス・クライバーとの名演中の名演として知られるベートーヴェンの交響曲7番や4番を遺した名オーケストラでもあります。オペラハウスのアコースティックのよさもあって、その実力のほどをいやというほど知らされた思いがしました。トゥッティの素晴らしい音の伸びと充実した響き。一方で、静かな場面でも実にくっきりと細部が聞こえてきます。フィリッポ王が「わしを愛してはくれぬ」と内面の真情を独白する場面での、チェロのソロなどはとても美しく雄弁でした。ミュンヘンまでわざわざやって来た幸せを噛みしめた一瞬です。

「ドン・カルロ」は、ヴェルディの歴史オペラのなかでもひときわ大作で、様々な版があるのですがここでは第一幕をカットしない完全5幕版。予習に使ったカラヤン盤は4幕版で、第一幕のフォンテーヌブローの森でのエリザベッタとの出会いがカットされているのでとっつきにくいのです。この話しをしたら、妻が「歌舞伎と同じね。ストーリーはいいの。承前ということね。」と笑ってました。
このオペラはパリで初演されましたが、その内容は実在のスペイン王フィリッポ二世と信教自由を求めるフランドル(現在のベルギー•オランダ地方)の新教徒との相克に題材を得たもの。王子ドン・カルロは相思相愛の許嫁であるフランス王女エリザベッタをその父親の政略のために奪い取られてしまう。悪役フィリッポ王のフランドルのプロテスタント派に対する悪逆無道なまでの弾圧を生々しいまでに描いています。その第2幕は火あぶりの刑場で裸同然の刑人が薪の上にくくられていて生々しくうごめいています。まさかと思いましたが大詰めではついに火が放たれてめらめらと火に包まれ思わず息を呑みました。よくぞこれをカトリック国のパリで初演したものだと思います。それは、ここカトリック派の南ドイツでも言えることですが、ヨーロッパの宗教戦争の苛酷さとともに、こういう歴史劇のロマンスに熱狂するヨーロッパ人の熱気には当てられっぱなしでした。

もうこちらは圧倒されっぱなしでしたが、カーテンコールではブラヴォーとブーイングの大嵐。ブーイングを浴びたのは主役のアルフレッド・キムと指揮者のアッシャー・フィッシュ。キムは大変な声量で、ほぼ出ずっぱりのタフなタイトルロールをエネルギッシュにこなしましたが、確かに、やや単調で見映えとか演技力には不満があるかもしれません。ミュンヘンのこの役はヨナス・カウフマンの当たり役でもあったので誰が出てもこんなところかもしれませんし、キムは代役出演だったのでなおのこと。でも、オケの圧倒的な演奏に心酔していた私には指揮者のフィッシャーに浴びせられたブーイングはやや解せないところがありました。ブラヴォーの嵐は、もっぱらフィリッポ王のルネ・パペとエリザベッタアニア・ハルテロスが浴びていました。とにかくこれだけ粒のそろったレベルの高い歌手陣は日本では聴けないと痛感しました。
ミュンヘン・オペラ・フェスティバルは、直近のシーズンで評判をとったプロダクションを集中的に公演するという夏の饗宴なので、聴衆も最高のキャスティングで、最高のパフォーマンスを求めるのでしょう。大変な贅沢です。終幕では、劇場は怒濤のような騒ぎで、日本のファンのように「ブラボー屋」が迷惑だとか、ブーイングは演奏者に失礼だとか、そんなひ弱なことは言ってられません。
もう初日から、本場のオペラの圧倒的な感動と会場の熱気にすっかりやられてしまいました。これからの怒濤の音楽三昧に期待が高まるばかりです。
レス一覧
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ベルウッド様
レポート楽しみにしておりました。やはり本場のオペラハウスの風格は違いますねえ。続編も期待しております。
ちなみに私の大学時代の先生がヴュルツブルクに留学しておられて、フランケンワインはたくさん飲ませていただきました。先生はお弟子さんもヴュルツブルクに半強制的に留学させて、フランケンワインを大量に送らせていたのです(笑)。フルーティかつスッキリしてて美味しいワインですよね。
byちょさん at2015-08-18 23:48
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ちょさん
レスありがとうございます。
ヴュルツブルク大学といえば何といってもレントゲン博士ですね。15世紀創立の古い大学で大学のなかの大学といってもよいほどですが、やはり、物理・化学が有名ですね。先生もそちらのご専門でしょうか。もしかしたら醸造学だったりして(笑)。
おあとがよろしいようで。(最後に大どんでん返しが待ってます。)
byベルウッド at2015-08-19 14:53
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ミュンヘンの街はあまり好きになれないところが有るのですが、オペラハウスは最高級ですよね。このハコは緞帳も品が良くて好き(´∀`)。ただ夏のフェスティバルは、通常公演と比べてチケット代高すぎませんか(・・;)。
byGEA01171 at2015-08-19 21:53
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GEA01171さん
お好きではなかったですか(苦笑)。
かの地をビジネスの町と見るか、音楽の都と見るかでだいぶ違うでしょうね。
私にとっては、オーケストラはよし、オペラよし、ハコもよしで、天国のようなところ。ヘラクレスザールには行きたかったのですが、夏季シーズンなので公演がなかったのが残念。いつか再トライしたいと思っています。ガスタイクホールも覗いてみたい気持ちはあったのですが、これはという公演がありませんでした。
確かにチケットは高いかもしれませんね。でも、これだけ高いレベルと世界的なスターがきら星のように輝いていることからすればその価値はあります。席によって細かく価格も設定されていますし。安い席もありますよ。高価なケーブルやヘタなハイエンドよりずっとリーズナブルですよ(笑)。第一、わざわざ日本から出かけていって高いの安いのだなんてそんなことは言ってられません(笑)。
純粋に観光とか居住環境という意味でも、ミュンヘンはトップレベルの町だと思います。醜悪な高層オフィスビルとか無味乾燥な高層マンションは皆無。ちょっと郊外に出れば緑に包まれた自然環境に恵まれた住宅地が広がっています。ドイツ人にとっても圧倒的に「住みたい町」ナンバーワンだそうです。
byベルウッド at2015-08-20 08:59